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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

度が過ぎたもてなし

作者: sybsyb

 午後10時。とあるアパートの前に男はいた。


 男は周囲に人の気配がないことを確認すると、アパートの裏手に回った。道路に面している場所から一番奥にある角部屋で男はとまった。ベランダ越しにその部屋を見ると明かりはついておらず、人が住んでいる気配もなかった。その部屋が空室となっていることは、事前の調べで男はわかっていた。


 男はベランダの柵に足をかけた。そのまま柵の上に乗ると、上へと伸びる排水パイプと2階ベランダの柵を掴み、木登りの要領で2階へよじ登った。2階の部屋の室内は明かりがついていたが、カーテンで中の様子は見えなかった。男はベランダの窓ガラスに耳を押し当てて、しばらく家の中の様子をうかがった。男はひとりでにうなずくと、背中とズボンの間にはさんでいた包丁をとりだし、それで窓ガラスを一突きにした。ガラスが砕ける音とともに、ガラスを突いた部分を中心に、放射状に細かく割れた。


 今まさに、男は民家へ侵入して強盗を企てているところだった。


 男は他人の家に押し入り、金品を要求する犯罪を何度も行っていた。また、狙う相手は決まって若い女性と決めていた。若者の家を狙う場合、現金が置いてある可能性は少ない。せいぜいブランドの装飾品やちょっとした宝飾類が目当ての品となり、効率が良いとはいえなかった。それでも、若い女性宅を狙うのには、この強盗がなにより若い女性が好みという嗜好があるからだった。


 今回、狙った女も強盗の好みで判断されたものだった。


 強盗は割れた窓ガラスに人差し指を突っ込み、窓のシリンダー錠を回した。施錠が解かれた窓を開け、カーテンを勢いよく開けた。


 強盗が目についたのは、部屋の入口付近にいた女だった。Tシャツにジーパンとラフな恰好。また、濡れた髪をタオルで拭いていることから、お風呂上がりのようだった。突然ベランダから入ってきた男に、女は目を見開き後ずさりした。


「え……。だれ? な、なんですか?」


 女は精いっぱい強盗と距離をとろうとしながら、震える声で強盗に問いかけた。


「おっと。騒がないでくれよ。これが何かわかるでしょ」


 強盗は手に持っていた包丁を、女のほうへ向けてみせた。女は首にかけていたタオルを口元におさえた。


 包丁から強盗へ、ゆっくりと視線をあげて女は言った。


「……強盗をしに入ってきたんですか?」


 強盗は答えた。「宅配業者にでも見える?」


 強盗は余裕の笑みを作った。強盗の一番の目的は金銭であったが、女性との緊張感のあるやりとりも他では味わえないスリルだと楽しんでいた。そのため、家主が不在の時間にこそこそ泥棒に入る気はなく、あえて人がいる時間に、家へ押し入るようにしていた。


 強盗はしばらく、怯える女の反応を楽しむつもりでいた。しかし、強盗の予想とは違う態度を女はみせ始めた。


「なるほど……。うん……包丁ですよね。わかりました。そういうことなら……」


 女はなぜか納得したように頭を縦に揺らした。強盗は女の反応がよくわからず、質問しようとしたときだった。女は体を反転し、強盗から離れようとした。


 強盗は警告した。


「まて。逃げても無駄だぞ」


 女は振り返り、男にこういった。


「逃げるわけじゃありません。お酒を持ってきますから待っていてください」


「さけ?」女の予期しない言葉に、強盗は思わず聞き返した。


 女は強盗の警告を聞かず、部屋をでた。強盗が慌ててついていくと、女はキッチンにある冷蔵庫を開けていた。


「おい、なにしてる?」


「どっちにしますか?」


 強盗の質問をよそに、女は両方の手にそれぞれ缶ビールとワインを持って、強盗にみせた。


「おいおい。何を企んでいるのか知らねぇが、余計なことはするなよ」


「余計なことですか? 私は純粋にあなたをもてなそうと思っていたのですが……」


「もてなす、だと?」


「はい。一緒にお酒でもどうでしょうか」

 女は初めて会ったときの怯えた表情とは一転し、柔らかい笑顔を強盗にむけた。


 強盗は女をよく観察した。俺を撃退するなにかの作戦だろうか、と強盗は疑ったが、腑に落ちなかった。それよりも、自分という男を待っていたかのように好意的にさえとれる表情にみえた。


 何度となく家に押し入ってきた強盗だが、今までにはない展開だった。強盗に入った自分がなぜか酒を勧められ、歓迎されている……。


 強盗は思い悩んだ。そして、自身のなかで結論をだした。


「いいだろう、酒でも飲もう。俺はこっちがいい」


 強盗は缶ビールに手を伸ばし、女はそれを渡した。


 強盗は考えた。女がたとえ何を考えていようと、女に注意さえ払っていれば、警察に通報される心配はない。また、なにか不測の事態が起きたらすぐにベランダからでれば、逃げ切れるという自信があった。なにより、好みの若い女から酒を勧められることが、強盗にとって悪い気分ではなかった。


 二人はリビングに移動すると、女は強盗にソファへ座るよう促した。


「悪いな。用心のために、靴は履いたままにさせてもらうよ」


 強盗はワザとらしく申し訳なさそうに言った。こぎれいだった部屋の床は、すでに強盗の歩いた靴音が散見していた。


「もちろんです。好きにしてください」


 女は嫌な顔をせず答えた。お酒のほかに簡単な酒のあてが用意された。


 女はグラスを用意したが、強盗は缶ビールのままでいいと断った。女がグラスに細工している可能性があると警戒したためだった。女はわかりました、と自分が飲むワインをグラスに注いだ。


 では乾杯、と女が強盗へグラスを近づけた。強盗は少し考えた後、缶ビールをグラスに軽くぶつけた。


 強盗はビールを勢いよく口へ流し込み、一口で半分ほどなくなった。


「男らしい飲みっぷりですね」


 女はすぐに冷蔵庫から、新しい缶ビールをとりだし、テーブルの上に置いた。


「なぁ。あんたは俺に酒を飲ませて何を考えているわけ?」


 強盗はソファに深く腰かけた。


「別に何も……。安心してください。酔って油断したところで警察に通報しようだなんていう気もありません。ただ、しいて言えば、そうですね……」女はワイングラスを見つめながら続けた。「数ある家のなかで、私を選んでくれた巡りあわせ……というのでしょうか。それを大事にしたいと思って、お酒を勧めてみました」


 強盗は意外そうな顔をした。


「巡りあわせ? うれしい表現してくれるね。知らない男が勝手に家へ入ってきたら、普通の人はそれを不幸というんだぜ」


「不幸……。そうですね。でも、不幸かどうかはなにごとも終わってみなければわからないでしょう?」そういって、女は強盗が座っているソファの隣に座った。「今はあなたとお話することを楽しみたいです」 


 強盗は、アルコールの高揚を感じ始めたが、内心は腑に落ちない気分だった。もしかしたら、この女は何か策があるわけではなく、単純に頭がおかしいのか、と強盗は思い始めていた。


「泥棒に入るのは、今回が初めてなんですか?」


「え? あぁ、初めてじゃない。何回かやってる」


「そうなんですね。どんな家に入られたんですか?」


 女は食い入るように強盗を見つめた。興味をもって接してくれている女に、強盗は得意げに過去の泥棒体験を語った。強盗の話を女は興味深そうに聞いていた。


 強盗の話が終わると、女はすごい、と言った。


「現代の石川五右衛門みたい。度胸と行動力がなければできないと思います」


「まぁ慣れてしまえば、どうってことはない。クズの仕事だな」


「クズだなんて、とんでもない。だれにでもできることではありません」


 女はそういうと、上目遣いで強盗に体を寄せた。突然の女の行動に強盗は少々ひるんだ。また、女の胸を近くで見ると、服の上から突起があることに強盗は気付いた。


「……、あんた下着つけてないの?」


 女は自分の胸元を確認し、顔が赤らんだ。


「お風呂上りだったので。それに寝る前はいつも下着をつけていないんです」


「……なるほどね」強盗は勢いよくビールを飲み干した。さりげなく今度は女の下半身に視線を移した。そこで、強盗はあることが気になった。


「風呂上りなのに、ジーパン履いて寝るのか?」


「これは……」女は自分が履いていたジーパンを見たあと、少し間をあけてからいった。「あとで、コンビニに買い物へ行こうと思っていたからです。髪を乾かしてから行こうと思ったら、突然あなたがベランダから現れて……。心臓が飛び出るかと思いました」


「だろうね。でもこっちだって驚いてるよ。押し入った家の女とゆっくりお喋りするとは思わないから」


「こうやってお話するのは嫌ですか?」


「別に嫌だなんて言っちゃいないよ。若い女と酒を飲むのに悪い気はしないさ」


「そうですか。喜んでいただけているなら、私もうれしいです」


 女はそう言いながら、自分の手を強盗の手に重ねてきた。女の行動に強盗は驚いたが、すでに覚悟を固めていた。


 強盗はすでに空となった缶をテーブルに置いた。そして、重ねてきた女の手を強引に自分のほうへ引き寄せた。女は短い奇声を発して、強盗に体をあずけた。


「先に誘ってきたのは、そっちだぜ?」


 強盗は女の後頭部をつかんで、自分の顔に女の顔を寄せた。女は抵抗しなかった。それぞれの唇が触れ合った。


 何度か口づけを交わしている間に、お互いの着ていた服は床に転がっていった。


 強盗は欲求の求めるままに、女の身体を堪能した。


 いよいよ強盗のものを女に挿入しようとしたとき、強盗は少し躊躇った。それに気付いた女は、強盗のものを自らの膣口にあてがった。


「おい、ゴムはないのか」


「安全な日だから大丈夫です。はやく……」女は上目遣いで強盗を見た。


 女の一言で、強盗のなけなしの理性は崩壊した。それから小一時間、強盗は女と性行為をした。


 強盗は欲求がおさまると、長い息を吐いて、ソファにもたれた。


 強盗はぽつりと言った。


「俺は浦島太郎にでもなったのか?」


 着替えを済ませた女が笑った。


「それ、どういう意味ですか?」


「浦島太郎っていうのは、たいしたこともしていないのに、竜宮城で、綺麗なお姉さんからもてなしを受けたんだろう? 今の俺は、まさにそんな気分だね」


「だとすると、私が乙姫ってことですね?」


「まぁ、そうなるな」


「それなら、これはあなたにとって玉手箱、ということになりますね」


 女はそういうと、強盗の顔の前に封筒をさし出した。強盗は不思議そうにそれを受け取った。


 封がされていないため、中身はすぐ見られる状態だった。強盗が中身を確認すると、数万の現金が入っていた。


「これはどういう意味だ?」


「あなたは泥棒に入られたわけですから、現金が必要なんですよね」


「まぁ、そうだけど……」強盗は言い淀んだ。


「手持ちのお金がそれだけしかないんです。どうか、それで今日は見逃してもらえませんか?」


 強盗は呆気に取られた。この女は強盗に入ってきた男に、酒を飲ませ、体を許し、挙句の果てには、丁寧に現金を封筒にまで入れて渡そうとしているのだ。楽観的に考えていた強盗だったが、度が過ぎた女のもてなしに、さすがに気味の悪さを感じた。


 しかし、女のいうとおり、強盗に入った1番の目的は現金であることに変わりはなかった。


 強盗は、床に落ちていたズボンのポケットに封筒をしまった。


「これで十分だ。悪いね、どうも」

 強盗の発言に、女はほっとした様子だった。


 強盗は着替え終わると、すぐに玄関へ向かった。いまさらこの家で、ほかの金品を漁る気にはなれなかった。


 家から出ようとすると、女が玄関までついてきた。


 強盗はばつが悪そうに言った。


「……なんだか色々してもらって悪かったね。今日あったことは事故だと思って忘れてくれ」


「いいえ、そんな」女は顔を横に振った。「先ほども言いましたが、これは良い巡りあわせだと思っています。こちらこそお粗末さまでした」


 丁寧に頭を下げる女に、強盗は不思議でならなかった。だが、余計なことは聞かなかった。


「女の一人暮らしなんだから、もっと防犯には気を付けるんだよ。じゃあ」


 たった今強盗に入っていた者とは思えない発言をして、玄関ドアを開けようとした。


 そのとき、女は「あの……」と強盗の背中にむかって言った。


 強盗は振り返った。


「ん? なに?」


「あ、いえ、あ……」女は何を考えているのか、挙動不審だった。その後、「やっぱりなんでもありません」と女は頭を下げた。


「そう。じゃあお邪魔しました」男はそういって、家を出た。強盗の足音が徐々に遠くなっていった。


 強盗が去ったあと、女は()()()になった。


 女は自分を責めた。計画が上手くいっていることで最後に気持ちの余裕がでてしまった。強盗の帰り際に純粋な気持ちで、「包丁を持って帰らないのですか」と聞くところだった。それで強盗が包丁を持って帰っていれば、計画の台無しだったと女は思った。


 強盗が完全にいなくなったことを確認すると、女はすぐに携帯で110番を押した。そして、電話がつながると、涙ぐむ声で携帯にむかって叫んだ。


「たったいま、家に強盗が押し入りました。()()()()()()()()()()()()()()()()()、私に乱暴をして現金を奪っていきました。早く来てください」


 女は住所を伝え、通話を切った。すぐに警察が駆けつけることとなった。


 女はリビングに放置された強盗が持ってきた包丁を手に取り、浴室へ向かった。浴室の扉を開けて、湯船に浮いていた包丁を拾い上げて、代わりに強盗の包丁を湯船に投げ入れた。女は本物の凶器はどこに隠すのがいいか、思案を始めた。


 湯船は血の海となっていた。そのなかに、湯船の波に漂う流木のように、背中に刺し傷のある若い男性が浮いていた。

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