ベルトチカ
初投稿です。
仰向けになって深呼吸を一つ。
吐く息に合わせチラついたあの星達の明滅に、ベルトチカは一人呟いた。
「あいたい....」
硬質でいて厚ぼったい彼の指先が、ベルトチカの手の甲を撫でる。
指先まで冷えきった彼女の肌を確かめるように、彼の指先は手首までその歩みを這わせる。
「君が遠いのか、俺が遠いのか。どちらにせよ何を言っても仕方が無いコトさ」
ベルトチカは自分の部屋を抜け出して、傾斜のある板葺屋根の上で邯鄲の鳴き声にメロディをなぞっていた。そして、彼女は階下で寝ている父親の上着のポケットからくすねたタバコに火を点けていた。
その煙は、群青の空間にふわふわと水彩画の滲みのように。
なれぬ紫煙のせいか、そうではない感情のせいか、彼女は涙ぐみ、むせた。
「おねがい、独りにしないで」
彼の表情が、ゆらぐ煙の向こうでおぼろげだ。そして、涙のせいか、さらにかすんでしまいそうだ。
ベルトチカはメロディをやめて、彼の指先をとらえた。
寝静まる家族と、街の吐息は屋根から見下ろす木々の影を震わせた。
「ベルトチカ。出会わなければよかったなんて、いわないでおくれ」
ベルトチカは彼の動く唇に指をあて、身を起こした。
薄く荒れた彼の唇は乾いて、彼女はその皮膚を濡らしてしまいたくて、愛おしくてたまらなくなった。
「いつものように、またねって言ってくれないか」
彼は立ち上がり板葺にふらついた。
そして、力無く垂れた両腕でベルトチカの肩を抱き、頬を撫でた。
ふらついた自分におかしくて、また、その場を紛らわすように彼女に優しく微笑んだ。
「やだ」
ベルトチカは頬にあった彼の手を握り、ポロポロと溢れる自身の涙をその彼の手の平でぬぐった。
「泣かないで。愛してる」
声と同時に、彼の手がすり抜けた。
ベルトチカの呼吸に合わせて明滅していた星々の隙間。虫達の信号は既に無く、電気的な不安なサインが遠くの方で鳴っていた。
見上げれば夜空の、うんと向こうの暗黒に、花火のように散り散りになった炎達が煌めいていた。
その散乱する光のうちのひとかたまりは、ホウキ星のような尾をひいて漆黒に急降下の白煙の筋をこさえていた。
人類史上何度目かの挑戦。
太陽系外への有人長距離船団の何隻かが、帰還に失敗した。
地球軌道にのって、その最後の輝きは数時間続いた。
ベルトチカは屋根の上でその瞬きをとらえていた。
彼女の指先で短くなったタバコは、その火種が微かになり消えようとしていた。
薄らいだ煙は、頭上までも届かない。ただ、彼の温もりは火傷のように頬と手に残っていた。
ベルトチカはいつまでも、いつまでもその温もりを抱きながら、群青の海にチカチカと明滅する灯火を見つめていた。
そして彼女の乾いた唇は、声にならぬ言葉をもって、誰に届きようもない信号を宇宙に送り続けていた。
おわり