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wash

作者: バンザーギ

「まさかこんな一日になるとはな……」


 女が家を出ると俺は天井に向かって上がる煙草の煙を見つめながら呟いた。



--


 同期入社のチカが三股を掛けて音信不通になった後、異動先の職場で出会ったナツミにアプローチを受けて付き合う事にはなったのだがどうも女性というものを信じきることが出来ず、違和感を抱えながら俺は日々を過ごしていた。


 その折に前の職場で一緒だった一つ年上の栞さんと水族館の話で意気投合し、話の流れでデートをする事になってしまったのだが、ナツミと一緒に過ごす事にはまだ違和感があるとはいえ好きじゃない訳ではない。 彼女への罪悪感もあり楽しみな反面どことなく気乗りしない、そう思いつつ行った栞さんとのデートだったが今日は思いのほか楽しかったのだ。


 エプソン品川アクアスタジアムはコマーシャルでイメージするそれとは異なり、中に入ると意外とこじんまりした館内だった。

 しかし元々生き物が好きな事と人がごったがえず狭い館内故に栞さんと顔を寄せ合って話すのは悪い分ではなかったし気心が知れた相手との過ごすのは心地は良いものだった。


 土産物屋の一角はガラス細工の可愛らしい魚のオブジェで埋め尽くされており、家族連れがターゲットの他の水族館とは異なりどことなく幻想的な夢の続きの様な雰囲気を醸し出している。

 狭い土産物コーナーを人が通る度にスポットライトに影を落とし、通り抜けると再びガラス細工の中をくぐった光が栞さんの柔らかそうな髪と色白な頬の上でキラキラと煌めいている。


  美人なのだがどことなく浮世離れしており、ガラスで出来た珍妙なイカのオブジェをニヤニヤと覗き込む行動は間違いなくいつもと同じ栞さんだったがその姿はそれまで一緒に過ごした印象と大きく異なっており、つい先ほどまで何をしていても胸につかえていた彼女のナツミや、自分の煮え切らなさの原因になっている元恋人チカの存在を忘れてしまう程度には魅力的だった。



 「カラオケにでも行ってごはんも食べてから帰りませんか?」



 当初の予定では水族館で遊んだら帰る予定だったがどうしてももう少し一緒に過ごしたかった。

チカが音信不通になってからは落ち着ける時間というのは殆どなかったように感じる。

 

 毎日の様に一緒に過ごし、下品な話だがチカから「貴方のおしっこ飲みたい……」とまで言ってくるほど(流石にさせなかったが)チカは自分に身も心も許し切っており、結婚すると言ってゼクシィを買って来る様な行動をしておきながら……まさか三股を掛けており、その中で自分が一番優先順位が低かった事を知った時の衝撃は異性を信じられなくなるのには充分だった。


 そのダメージが全く抜けない中でナツミからのアプローチを受けたが最初は嬉しさというよりは辛さしか感じなかったし一緒に過ごすのは楽しいとはいえ友達としては良くてもそれ以上自分の内側に踏み込まれたくなかった。


 事実二回程断ったが何故かこんな俺を諦めてくれず、泣きながら理由を聞かれるのもそれはそれで傷口を掘り返される様で辛かった。

 とりあえず恋人として付き合う事にしたのだが付き合って初めてナツミから聞いた過去の恋人からの仕打ちは自分が受けたものよりも数段heavyであり、とてもこちらから「付き合ったけどなんか違うね」と言える様な雰囲気ではなく、俺はますます雁字搦めになっていたのだった。



--


 「いいよ♪ 今日は楽しいから♪」


 

 断ってもらい諦めるつもりで居たの予想外の返事に思わず戸惑うと栞さんは笑った。


 カラオケ店では懐メロを中心に歌い、未来玲可と蓮井朱可がごちゃごちゃになっていた俺は「じんべいのテーマを歌ってるのは松たか子で未来玲可は菅野美穂でZOOでしょ?」という発言で散々馬鹿にされたが無遠慮に馬鹿笑いしながらバシバシ叩かれるのもやはり栞さんだと悪い気はしなかった。

 



 食事も済ませ、いよいよ解散という雰囲気になってしまい栞さんを引き留めるべきか迷っていると



「そういえば新しい彼女できたんでしょ?大事にしなきゃだめだぞ!」



悪気なんで全くない顔でニヤニヤしながら小突いてくる。 栞さんは俺の現状をなんとなくわかりながら一日付き合ってくれていたのだ。


残念な反面、今日一日は純粋に楽しかったし最終的にナツミを傷つけずに済んだと考えると心遣いがありがたかった。



 帰りの電車で半日ぶりにメールを開いたら「今日は何で連絡とれないの?元カノとあってるだろ?殺すぞ」というメールがナツミから入っていた。


--


 終電までナツミの来訪を恐れたが杞憂に終わり、生命の危機に瀕した事と栞さんと過ごす事が叶わなかった事で悶々としたのでポストに入っていたピンクチラシの店をインターネットで検索して電話をかけると


「モシモシ、カワイイコ?イルヨ!ドノコガイイ?」


とカタコトの返事が返ってきた。

 

 あやしいとは思いつつも盛り上がった気持ちは抑えられず、シルエットがどことなく栞さんと似た子を指名する。


 おおよその到着予定時間から大幅に遅れてきた女を外で待っていると「ゴメンネ!マイゴニナッタ!ホンバンオッケーヨ!マタセタカラ ゴセンエン!」と言いながら駆け寄ってきた。割と美人だったが栞さんには全然似てなったしどうやら国籍も写真とは違う感じだった。


 五千円渡して女を抱きながら話を聞くとかなり生活に困っているらしく借家はガスを止められており、お湯も出ないらしい、ただ生活に困って嫌々この仕事をしているのかというとそうでも無い様でこちらが満足するのには充分すぎる程求められてそのギャップに笑ってしまった。

 

 「カノジョイルノ?」


 上気した赤い顔のまま、やや期待した眼差しで尋ねられたが彼女がいる事を伝えると少し悲しそうな、でも少し安心した様な顔で「ザンネン……」と言い残すと女はバスルームに入っていった。


 

「なかなか出てこないな……」



 女が生活苦を語っていたのを思い出して中々出てこない事に嫌な予感が頭をよぎる。


 「髭剃りはあるが安全の為に刃にワイヤーの付いた物なので大丈夫だろう。風呂トイレ一緒のアパートなので着替えやタオルも扉のこちら側にあるので危険な物は無いはずだよな。」


 「もしも我が家のバスルームで女が死ぬ様な事があったら俺も社会的に死ぬだろうな......その前にナツミに殺されるかも知れないが......」


なんて洒落にならない事を考えていると女が突然ドアを開けて出てくるなり全裸のまま拍子抜けする様な笑顔で俺に言った



「オニイサン セックスツヨイナ! フロ アラッタ! コレ オレイダヨ!」



--


 そこには生活苦の気配も女としての打算の様なものも一切感じられず、まるで原始の世界からやってきた様なたくましく生きる女の姿があった。


流石に笑うしか無かった。


--



 「まさかこんな一日になるとはな...」



煙草を吸いながら女を見送ると既に窓の外は白み始めていた。 一寝入りしたら今日も仕事だ。


 職場ではナツミと顔を合わせる事になる。

 殺されずに済んだらもう少し本音で向き合って、彼女が望むなら大事にしよう。


 さて、寝る前に風呂にでも入るか。





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