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もしもし、こちら若者支援企画です。

作者: 秋河 壱


 6畳のワンルームに大の字になって天井をただただぼーっと見つめている。

 視界に入っているはずの白くてまんまるい電気もモザイクがかかったようにボヤけて鮮明には映らない。

 首を少し傾けてみる。

 この狭い部屋には不釣り合いで、昨日まで確かにそこにあったはずの茶色い牛革のソファーがなくなっていた。


 これで最後か……


 私は右手の指で弄んでいたロープを優しく掴んで起き上がる。これは昨日近所のホームセンターで買ってきたもので不格好にも所々からアホ毛が飛び出て触るとチクチクして痛い。

 2メートル程あるそれを手繰り寄せて、蛇使いの蛇のように目の前でとぐろを巻き、まとめて放り投げる。そしてまた大の字に仰向けになり右手でロープの先端を弄る。

 さっきからこの繰り返しだ。


 何もやる気がしない……

 しかし、最後の時は確実に迫ってきている。

 


 私は1週間前まで人気コーチューバーだった。チャンネルは100万人の視聴者がいて、自作の動画を上げるたびにいいねやコメントもたくさんもらっていた。

 コーチューバーというのは結構儲かるもので、波に乗ってくると莫大な金額が手に入り、生活も豪華になる。

 高層ビルの最上階で食事をしたり、高級家具を買いあさったり、手に入らないものはないとさえ思っていた。

 

 しかし……


 実はその更に3週間前までの私は、生きていくのがやっとのギリギリな生活を送っていた。

 食事は1日に1回、安いカップ麺。バイトのためにスマホを持ってはいたが、別に何をするわけでもなく、使用料だけを払い続ける。

 友人や知り合いすらもいない私の生活は、素早く流れていく都会の時間軸から外れて、もう完全に追いつけなくなっていた。

 これも全て自分の生活能力の無さが招いた結果だ。


 思えば、私の人生は苦しいことばかりだった。


 両親は小さい頃に死に、叔父叔母に引き取られたがそこではあまりいい生活をさせてもらえず、叩かれたり殴られたりした記憶ばかりが蘇る。

 

 高校を卒業してからは逃げるように家を出て、都心行きの電車に飛び乗った。

 その電車からは赤や黄色、ゴールドといった都会のネオンがキラキラと輝き、自分の無限の可能性を表しているようで期待ばかりが膨らんでいったが、こんな世間知らずの若造を雇ってくれる会社などなく、週3回のコンビニ派遣アルバイトでなんとか生きながらえていた。


 あの日までは……


 夜勤からの帰り道、いつもは気にもかけないビルの壁に取り付けられた超大型モニターが目についた。顔も知らないタレントがワハハダハハと馬鹿笑いをしている。



 羨ましい……あの人たちは人生を謳歌している。



 自分よりも若い、中学生くらいの子どもだろうか、高そうなステーキを一口食べては下手な食レポをしている。

 年齢は私の方が上なのに、何故私はこんなになってしまったのか、左手に下げたビニール袋の中には、99円のカップラーメンが入っている。



今日はこれだけ……



 無性に悲しかった。冷たい空っぽの風が肩を撫でていった。巨大モニターの前で立ちすくんで動けない。今は、一歩を踏み出す力もない。



「私はコーチューバーの◯◯です!」


 ひときわ大きな声がテレビモニターから聞こえてきた。番組が切り替わり、今度は女性アナウンサーがエプロン姿の女性にインタビューをしている。


「コーチューバーってすごいんですね!」


「はい!私は少し前まで本当にただの主婦だったのですが、今や旦那の収入の3倍です!コーチューブ様々ですね」


「では、◯◯さんがコーチューブのお給料で何をご購入したのかちょっと拝見!チャンネルはそのままで!」


 多くの通行者がモニターを見上げている中、私はもう駆け出していた。走ったのは何年ぶりだろう。



 これしかない。

 もう自分が生きるためにはこれしかない!



 そう思ったら、家についてポットのスイッチを入れるのも忘れ、スマホでコーチューバーについて何時間も調べていた。

 リサイクルショップで買った薄汚れた小さなちゃぶ台の横にビニール袋に入ったカップラーメンを転がしたまま。


 次の日から私はコーチューブで本の紹介をするチャンネルを始めた。

 なぜ本の紹介をと思うかもしれないが私にとってはそれ以外はむしろ考えられなかった。なぜなら昔から本ばかりを読んでいたから。

 物語に入ることで現実の辛さを忘れられた。私のオアシスは、学校でも家でもなく、中世のヨーロッパだったり、戦乱の幕末だったり、広大な宇宙だったりした。


 とにかくいろいろな本を読んでいたので、そのストーリーを知りたい人が必ずいると思った。

 例えば、本のあらすじだけを知りたい人や、読みたいけど自分好みの本じゃなかったら嫌だから本の紹介だけをかじりたい。みたいな人もいるだろう。

 そうした視聴者に合うように作ってみた。



 驚くことに、その日の夜にはすでに視聴者さんがついた。

 始めてすぐに視聴者登録30人とは、なかなか良い出だしだと思う。



 さて、今日はなんの本を紹介しようか……



ピピピ……ピピピ……


 図書館から借りた本の束を漁っていると、突然スマホの着信音が鳴った。

 私は飛び上がるほど驚いた。

 なんせ自分のスマホの電話着信音を聞いたのはこの時が初めてだったからだ。


 バイブレーション機能でちゃぶ台も一緒に震えている。



も、もしもし……


「もしもし!『本のムッシー』さまのお電話でよろしいでしょうか?わたくし、若者支援企画コーチューバー担当の山本と申します!少々お時間よろしいでしょうか?」


 本のムッシーとは私のコーチューバーネームだ。


 すごいハイテンションな男性の声が耳元でしたものだから、人と話す免疫のない私は頭がクラクラしてしまう。

 話をされてるというよりカーン!カーン!と後頭部をど突かれている感覚だ。

 彼は一方的に話した後、私の気のない返事を聞いたと思ったらまたも一方的に通話を終えた。


 ツーッツーッ



 なんだったのだろう。

 よくわからなかったが、もう電話が来ることはないだろう。



 次の日、また登録者数が増えていた。

 今度は100人。一気に増えた。昨日頑張って二冊紹介したのが良かったのかもしれない。


 ピピピ……ピピピ……


まただ。

今度は落ち着いて、黄緑色の受話器マークをタップした。


「おはようございます!本のムッシーさま!若者支援企画コーチューバー担当の山本です!100人登録おめでとうございます!ぜひ口座を確かめてくださいね!では失礼します!」


 頭に響く声質をお持ちの人だ。私の頭はまたグワングワン揺れている。

 それにしても、口座を確かめろと言っていたが、広告費?こんな視聴者数でもお金がもらえるのだろうか?100円?1000円?

 ネットビジネスの相場は見当もつかないが言われた通りに確認しに行ってみよう。


 駅前の銀行で通帳を記帳して驚いた。

1の後ろに0が5つもついている。まさかこんなにも早く結果が出るとは思わなかった。


 嬉しさのあまりその日の夕飯は贅沢にもアクドナルドのセットを2つも買ってしまった。


 その後、私のコーチューバー熱はどんどん加熱していった。今までのように本の紹介や道ゆく人に「あなたにあった本を紹介します」とゲリラ的な撮影をしたり(これはかなり評判が良かった)

 本屋さんの比較などもおこなった。

 すると、どんどん登録者数が増え、1週間後にはなんと100万人を超えていた。


その都度に『若者支援企画コーチューバー担当の山本』から電話があり、通帳を記帳すると大金が入っていた。


 私は前から欲しかった革のソファーや大型テレビ、ガラスのテーブル、ノートパソコンなどを一気に購入し、ワンルームには似合わない家具家電でいっぱいになった。

 幸せが凝縮しているようで嬉しい。


 街で声をかけられることも増えた。

「あ!本のムッシーさん。私に合う本を教えてください」なんて良く聞かれる。

 有名になり、安心な生活があり、贅沢もできる。この上ない幸せな日々。


 不思議なのは若者支援企画という会社だ。調べてみてもなんの情報も出てこない。

 コーチューブの広告会社でもないようだ。広告費とは別に金額が支払われて、それが50倍くらい差がある。


 どういうシステムかは分からないが、こんなにもお金をくれるのだからきっと私のチャンネルで得をしてるに違いない。

 


 次の日の朝……

 私はネットニュースを見て愕然とした。

そこには大きく、



 『コーチューブ!システムトラブルで機能停止!!動画を上げられないと嘆く人々』


 システムトラブル?今日のチャンネルが上げられない。しかし、システムのトラブルなら一日か二日で復帰するだろう。



 次の日……


 『コーチューブ!復帰の見込みなし!』



 その次の日……


 『もう絶望的?!減り続ける登録者!!」


 私のチャンネルも例に漏れず、登録者数がどんどん減っていった。

 しかし、不安はなかった。それまで築き上げたもののおかげで貯金残高は余裕すぎるほどある。  

 まだまだ贅沢な生活ができるのだ。


 とりあえず、今日の夕飯のために銀行でお金を下ろしてこよう。




 通帳残高……¥20


 何度見ても2の後ろには0が一つ。額に痛みが走り、背中を冷たい汗が2、3度流れる。

 恐怖と不安で心臓が押し潰されそうだ。



 引き落としているところは……『若者支援企画』



 なんだ?詐欺にあった?盗まれた?警察に連絡?弁護士に相談?まずどうしたらいいのだろう……

 フラフラとした足取りで私は家に帰った。



 ピピピ……ピピピ……


 電話だ。着信音画面には『若者支援企画コーチューバー担当の山本』と出ていた。

 床に散らばっている書籍に足を取られながら急いで私は電話に出る。


「こんにちは!本のムッシーさま!本日で口座のお金がなくなりますので、その後は家具家電をお受け取りに参ります!では失礼します!」


 ちょっ、ちょっと待ってください!どういうことか説明して下さい。

 何故口座のお金が無くなっているのか、家具家電てどういうことですか?!


「はっ!始めにちゃんと説明をしたと思いますが!登録者数が増えれば増えるほどあなたにご融資させて頂き、逆に減ってしまうとお金をお支払いいただきますと!

 このご時世、減るというのは絶対にないと思いましたがいやぁ、人生何があるかわからない。運が悪かったですね!ではっ!」


 ツーッツーッ

 通話が切れた……


 なんだ?コイツは何を言っているんだ。

 融資?そんなの聞いた覚えがない……、そもそも私はちゃんと契約をしたわけではない!いや、いやいやそれよりも今はどうすればいい?


 豪華な家具でギューギューの部屋の隅っこで膝を抱えてうずくまる。

 ソファーの革の匂いが不安を駆り立たせる。心臓が縮んでいく。

 

 ドンドンドンッ

「こんにちはぁ、家具引き取りに来ましたぁ」


 鍵が勝手に開けられ、作業着姿の男性二人が入ってきた。会社のロゴが入ったキャップ帽を深々とかぶり顔は見えにくい。

 帽子には『若者支援企画』と刺繍されていた。


 その日は大型テレビが運ばれていった。

 部屋の中がとてもアンバランスに感じる。ポッカリ開いたテレビスペース、少ないホコリの線だけがそこに四角い何かが置かれていた事を物語っていた。


 次の日も、その次の日も次々と家具、家電が奪われていき、私は生きていたことを否定されていくような虚しい感覚に陥っていた。



 そして……


今私は、財布に入っていたなけなしのお金で昨日買ったロープを仰向けになって弄んでいる。


 昨日、また若者支援企画の山本から電話があった。


「こんにちは!今日で家具家電全て引き取りましたので、次回はあなたの命になります!よろしくお願いします!」


 だそうだ。今日は私の命が奪われる。

 人に殺されるのは怖い。だから自分で命を断とうと思う。


 きっとそろそろ、私を殺すために人がやってくる。迷っている場合ではない。


ピロンッ


 スマホが今日のニュースを表示させる。

 しかし、これからこの世を立つ私に世間のニュースは必要ない。


 3週間前まで使っていたちゃぶ台を台座がわりにして天井にロープを取り付けた。


ドンドンドンッ


ノックと共に私は勢いよくちゃぶ台を蹴った……



ピピピ……ピピピ……ピピピ……



「もしもし!こんにちは!若者支援企画コーチューバー担当の山本です!ギリギリでしたね!

……あれ?作業スタッフ?えー!死んじゃったの?!あらら〜!なんだぁ、もっと早くに連絡入れてあげれば良かったよ〜。はーい!了解でーす!」


 家具も何もなく、人の気配はない。ただ大きなものが吊り下がっているワンルームでスマホの明かりだけがその闇を少しだけ照らしている。



『コーチューブ復活!登録者も続々戻る!』





 「あーあ、あっさり死んじゃうとはなぁ。良いチャンネルだったのに。まぁいいか。新しい人探そっ」

 パソコンに向い、僕はため息をついた。

僕は人気サーチューバー。コーチューブとは別のチャンネルで生計を立てている。


 コーチューブでこれから伸びそうなコーチューバーをピックアップして支援している。

 そして、その人の人生と今の生活を調べ、彼らが大金を何にどう使っていくのかを、リアルタイムで実況していくのだ。


 「今回の『本のムッシー』さんは人生がちょっとかわいそうで視聴率伸びたけど、買ったものはイマイチだったなぁ。本のムッシーさんお疲れ様でした!」


 なんて感想動画を上げてみる。これで今日の仕事は終了。


すると、スマホの着信音が鳴り響いた。


 

ピリリリリリ……ピリリリリリ……


 僕はすぐに電話に出る。


「もしもし!ヘッドハンター山本さま!若者支援企画サーチューバー担当の来栖です!今回も登録者数伸びましたね!おめでとうございます!通帳をご覧下さいませ!」


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