姉と弟?
指輪を手にしてから月日は流れ俺は一人王都に住む知人の家を尋ねた。
「待ってたわぁ。少し散らかってるけど気にしないでくつろいでぇ。
今日からここが貴方の家なんだからぁ」
俺を出迎えた家の主は下着同然の姿を露に晒し、蠱惑的な色気を放っていた。
「お姉ちゃんなんか着てよ。俺が恥ずかしいって」
「あらぁお姉さんの色気に惑わされちゃったかしらぁ?」
「美人なのは認めるけど、ちゃんとしてよ!」
「はいはい、ちょっと待っててぇ」
そう言ってウェーライは自室に引っ込んだ。
まったく、王国一の天才魔術師のこの実態を見た人間はこの国の未来を嘆くであろう。
そんな事を考えながら部屋を見回すと書物が乱雑に置かれたテーブル以外は小綺麗としていた。
やはりそこは大人の女性らしくさり気無くオシャレな部屋模様である。
着替えを済ませた家主はあくびをしながら戻ってきた。
「ほら、着替えたわよぉ」
「おかえり」
「6歳の男の子に言っても仕方ないけど、こういう時は女性を褒めるものよぉ」
「そのワンピース似合ってるね。綺麗だよ」
「よし、合格」
狐のような目が優しく垂れ下がった。
荷物を自室に置き、明日の準備ををしているとすっかり日は暮れていた。
親元を離れて初めての夕食はウェーライ特製のシチューだった。
パンが添えられ、芳しい匂いが部屋に満ち食欲をそそった。
「明日が入学試験ねぇ。緊張してきた?」
「試験って何するの?」
「魔力と身体能力の測定じゃないかしらぁ?
小学年の試験なんて大したことはしないと思うわぁ」
「お姉ちゃんは誰に魔術を教わったの?」
「おばあちゃんよぉ。と言っても血の繋がりは無いのよねぇ」
彼女は瞳の中にあるかすかな愁いを感じた。
「もともとこの国からとっても離れた所に住んでたのよぉ。
私が産まれてすぐ村が魔物に襲われてねぇ、両親も親族も亡くなったらしいの。
たまたま生き残った私をおばあちゃんが見つけて育ててくれたのよぉ。色々なことを教わったわぁ。
魔力の扱い方、この世界との繋がり方、語りきれないほどあるわぁ」
「今おばあさんは何処に?」
「私が8歳の時亡くなったわぁ」
「ごめん」
「いいのよぉ。それから2年一人で暮らしてたんだけどぉ、蒼炎の魔女なんて周りから怖れられててねぇ。
その時にたまたま貴方のお父さん達と出会ってこの国にやって来たのよぉ。
覚えてないかもしれないけど、レニが赤ん坊の時一緒に住んでたのよぉ」
「え?お姉ちゃん何歳?」
「今年で16よぉ? いくつだと思ってたのかしらぁ?」
「てっきりもっと大人だと思ってた」
「あらぁ14歳を過ぎればもう立派な成人よぉ?
それとも老けてるって言いたいのかしらぁ?」
そう言って彼女は口を尖らせた。
「いや、大人っぽいなって思ってたからさ」
あたふたする俺をじっと睨んだあと、彼女はフフっと笑った。
「明日早いんだからそろそろ寝ましょうか」
食卓を片付け終わったウェーライは自分の長い髪を紐でくくった。
俺が自室に入ろうとすると、彼女のキメ細かな手が俺を掴んだ。
「一緒に寝ましょ?」
「俺のベッド向こうにあるよ?」
「寂しいでしょ? お姉さんが一緒に寝てあげるわぁ」
「家でも一人で寝てたし大丈夫だよ」
彼女の口が尖った。
「一人で夜を過ごすのあまり好きじゃないのよ。
だから書物を読み漁って気を紛らわしちゃうんだけど、私も明日早く起きなきゃダメなのよぉ。人助けと思ってお願いよぉ。
それともお姉さんと寝るのは嫌かしらぁ?」
「わかったよ。いいよ」
凛としている彼女にこんな一面があったのは意外だった。
半ば呆れ気味に承認すると、彼女はパァっと明るくなって、俺に抱きついた。
「弟がいたらこんな感じなのかしらぁ? それとも息子?」
そう言いながら彼女はベッドで俺の頭をしきりに撫でながら抱き締めて眠った。
甘い匂いに妙な興奮を覚えたが、柔らかい温かさが次第に俺を眠りへと誘った。
そして小鳥のさえずりと寒さで俺は目覚めた。
昨夜あった温もりは既にそこになく、甘い香りだけが微かに漂っていた。
「おはようレニ」
「お姉ちゃんおはよう。って、その格好はどうしたの?」
「似合うかしらぁ? 私も高学年から入学することにしたのよぉ」
青と白を基調にした制服を着たウェーライが朝食を並べながら言った。
「うん。だけど昨日は一言もそんなこと言ってくれなかったから驚いたよ」
「それはぁ、制服姿を見せて驚かせたかったからよぉ」
色っぽい声と大人びたスタイルに相反する制服姿が妖艶さを醸し出していた。
学園に着くと門は入学希望者であふれかえっていた。
「じゃ、ここでお別れね。試験頑張るのよぉ。」
ウェーライは俺の額にキスして、学園の中へと去っていった。
そうして残された俺は小学年の試験会場へと足を運んだ。
試験の内容は至って簡単だった。
杖を渡されその杖に炎を規定時間灯せるかというような物だった。
ウェーライに教えて貰った時の事を懐かしく思い出しながら難なく試験は終了した。
こうして俺の王都の生活が幕を開けたのだ。