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ヴァキュラの銀狼

森を進むにつれて霧が立ち上ぼり、生い茂る木々の隙間からこぼれるわずかばかりの日光が進むべき道を照らしていた。

「やっぱり呼ばれてるっていうのは本当みたいねぇ」

ウェーライの艶めいた声が閑散とした森のせいでより色めいた。


「どういうことだ?」

「私もここに来たのは初めてだから確かな事は言えないんだけど」

そう前置きし、魔術師は父の問いに答えた。


「ヴァキュラの湖には王国に伝わる指針(コンパス)を使わなければたどり着けないと言われているのぉ。」

彼女は針のような物が浮かんだ水晶玉を手のひらで転がしていた。


「それとなんの関係があるんだ?」

「この指針が示す方向と陽射しが照らす道が同じってことよぉ」

「じゃ、この先に湖があるんだな?」

「そう思うわよぉ。だってこんなに霧が濃いのに、私たちの道だけはっきりと照らし出されてるんですもの」

父は納得した顔をして腕を組んだ。


(天界から地上に降り立った場所はこの森だったのか……)


俺は地上に降り立った時の事をしみじみ思い出した。

狼に出会ったこと、自分に自分を捧げた事。

力を取り戻してどうしろと言うのだろうか?


俺が消えた後も地上や精霊世界に乱れはないように思える。

魔物の存在を除いては。


「霧が晴れてきたわね」

ウェーライの言葉で湖が近いことを俺は理解した。


そして、茂みを抜けると水面が燃えるように赤く輝いていた。

「この湖は安全そうだな。日も落ちてきたことだしここで一夜を過ごそう」

父の言葉に同意した俺達は昼間の戦果をありがたく頂いた。




パチパチと薪が焼ける音を子守唄に俺はいつの間にか眠りについた。



――…… て――



――…… きて――



――さぁ起きて――



星々が大空に輝く中、一際まばゆく輝く月が一匹の獣を照らしている。

あぁ! それは懐かしさを感じさせる白銀の四足獣だった。



これは夢なのだろうか?

二人の姿を暗闇に探すと、薪の僅かに焚かれた炎が二人の寝姿を照らし出した。



白銀の獣は俺を一瞥(いちべつ)すると、あの日のように歩き出した。

俺はそれに従い湖畔を歩くと見覚えのある巨木が姿を表した。


巨木は枯れはて、ツタで結ったロープが何者かを吊るしていたような形で残っている。



「やっと来たのね」

声の方を振り返ると裸の二人の少女が居た。


「お前達が俺を呼んだのか?」

「さぁ、こっちよ」

そう言うと少女達は一匹の狼となり、水面の上を歩いていった。


俺はそれに従い水面に足を着けるが、沈むことはなく、薄氷の上を歩いているような心地であった。


案内人は歩を止め、咆哮が天を穿つと白銀の毛色が一層輝き消えた。

その瞬間俺は水の底へと沈んでいった。



――落ち着いて――


――心を開いて――



裸身の少女が俺の体にまとわりつき、地の底へと誘う。

息苦しさはなく、生命の危機を感じさせず、ただ夢見心地で地にたどり着くのを待っていた。




深く



深く



月光も届かない暗闇に()ちていく。



その暗闇のなかで小さな輝きを見つけた。



――手を延ばして――

少女達の囁きに従って俺は光に手を延ばし掴んだ。



――お願い助けて――



その瞬間呼吸が苦しくなり、必死の思いで水面へと上がった。

「ハァハァ……ハァ」

「レニ!大丈夫か!?」

岸で父とウェーライが叫んでいるようだった。


そして父は泳いで俺を岸まで迎えにきてくれた。

「しっかりしろ!大丈夫か?」

「うん。大丈夫だよ! ありがと」

「あら? 指輪なんてしてたかしらぁ?」

ウェーライの指摘で、俺は左手の人差し指の異物感に気がついた。


「ヴァキュラ湖畔の狼が、指輪の持ち主待っている……

ウェーライの精霊が歌ってたんだ」

「本当にレニを呼んでたのねぇ……」

ウェーライは驚き混じりの溜め息を漏らした。


黄金の指輪はリングをなぞるように神語(パラフィン)が赤く刻まれている。

「《我は全てを浄化する者》」

「え? レニ今の精霊語?」

リングに刻まれた文字を読んだ俺にウェーライが反応した。


次の瞬間水面が吹き上がり、白銀の狼が襲ってきた。

「うそ! これってヴァキュラの狼なんじゃない?」

「ウェーライ気を付けろ! 油断してると死ぬぞ!

レニは安全なところまで下がれ!」

「本気でやっても生きて帰れるかわからないわよぉ!」

父とウェーライは狼の強襲から逃れるので手一杯だった。


(おかしい、考えろ…… どうして襲ってきたんだ?

あれは、昼間の魔獣と戦った時と同じ黒い靄?)


「ウェーライ! 精霊が魔獣化することってあるの?」

「そんなの聞いたこと無いわ! それよりもっと距離を取りなさい!」

「俺に任せて!」

「レニ! なにバカなこと言ってるんだ逃げろ!」

父が必死で叫んでいるが俺は銀狼との距離を詰めた。



指輪が輝き、剣を擦る様に滑らすと()(剣の中央部にある溝の部分であるフラーとも言う)に神語が浮かび上がった。

(あの黒い靄の発生部分を断ち切ればいいんだろ!)


飛びかかる銀狼を袈裟切ると、切り口から光が溢れだし、黒い靄が消え去った。

そして銀狼は消え地面に二人の少女が伏していた。


「この少女達は一体……」

「これがヴァキュラの狼?」

父とウェーライは驚きと困惑の表情を見せた。


月光は失せ、蒼空は紅々と燃え始め夜明けを告げていた。

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