魔力と精霊
父の剣の稽古が始まって3か月たったある日、稽古を休みにして魔術師を連れてきた。
「今日はこの前の約束だった魔術師に会わせてやる。
父さんの古い付き合いの友人でな、まぁ口は多少悪いかもしれんが、悪い奴じゃないから仲良くやってくれ」
そう言って父はローブ姿の女性を紹介してくれた。
「あなたがレニ? ふーん、ケルト団長とは似ても似つかない綺麗な顔立ちじゃない」
女は顔を覗き込むように近づき、狐のような目つきと、色っぽい紅色の唇に俺はドキドキさせられた。
「おい、その呼び方はやめろ。それにもう団は抜けている。」
「そうだったわねぇ、今はこの村の守衛さんよね?」
「なんか険のある言い方だな」
「あら? そうだったかしら御免なさい」
女はクスリと笑い、父は頭をポリポリと掻いた。
「自己紹介がまだだったわね。私はウェーライ・ピュアよ。ウェーライお姉ちゃんって呼んで頂戴」
「レニ・ケルトです、よろしくお願いします」
「あらぁ、本当に団長の息子さん? すごく礼儀正しいんだけどぉ」
「俺は礼儀正しくないっていうのか?」
父は呼び名を訂正することを諦めたといった感じだった。
「お父さんは昔ね、国王直属騎士団団長だったのよぉ。
でもね、国王陛下にいっつもタメ口で話して、それを見た貴族はいつもお父さんを苦い顔で見てたのよぉ。
しかもこの人ったら国王を変装させて街に飲みに出るんですもの。
相当礼儀とかわきまえない人よねぇ?」
「昔の事は良いだろ。息子に対して父の威厳がなくなるから余計な事話すのはやめてくれよ。
それに、その時お前だって居ただろうが」
「お酒の席に女性は付き物よぉん。それに昔の事ってつい最近も二人で行ってたの知ってるわよぉ」
「お前だって、女王陛下とショッピングとか言って街に繰り出してる噂をよく聞くんだが」
「女子には息抜きも必要なのよぉ?」
「息しか抜いてない奴が何言ってやがる」
「あの……」
俺の言葉に二人は我に返った。
「あら、ごめんなさいね。つい熱くなってしまったわ。
今日はこの木偶の坊に代わって私がレニを特訓するわね」
何か言いたげな父は溜息をついてそれを飲み込んだ。
「じゃ、あとはコイツに任せて俺は仕事行くわ。お前今日は家に泊まっていくだろ?」
「えぇ勿論。エミィさんの料理も食べたいしね」
「母さんの料理好きなの?」
「えぇ、昔から大好きよ」
ニコっと微笑むウェーライはとても綺麗だった。
「じゃ、始めましょうか」
ウェーライがそう言うと、枝のような棒が突如空間から飛び出した。
「これは杖と言って、人間に眠る魔力を増幅させる道具よ。
人の体内や、自然界には魔力という物があって、それを引き出すことによって魔法が発現するの。
この杖はね、魔石から魔力を吸った樹木を加工したものなの。
今は魔石を人工的に敷き詰めてその上で栽培したものを使うのが一般的なんだけど、これは天然物で扱える魔力が桁違いなのよぉ」
「そんなすごい物で地面に絵を書いていいの?」
「うーん…… 私は使わなくてもそれ以上に戦えるし、木の枝と変わらないから別に気にしないわよ?
大切なのは自分の魔力のコントロールと精霊との対話かしら。
道具に頼らなくっても自然に魔力はいくらでも転がってるんですもの」
なるほど。この女の言う事は理にかなっている。
「まぁ、あの大賢者の末裔の子みたいに、先天的に爆発的魔力を宿してる子は精霊と対話しなくても、無理やり周りから力を引き出せるんだろうけどね」
「たしかテイルって子だよね? 父さんから聞いたよ」
「あぁ、団長も剣術を教えてあまりの才能に驚いたって言ってたわねぇ。
でもウチの息子の方が潜在能力は上だなって言ってたわよ。」
なんだか聞いてて背中がむずかゆいような恥ずかしさが走った。
「じゃ、この杖あげるからこれで魔力を引き出してみましょうか」
そう言ってウェーライは俺に杖を放り投げた。
「目を閉じて火をイメージしてみて。それがメラメラと燃えるようなイメージ。
そして手を伝ってその炎が杖に流れ込むイメージを持つのよ…… そう上手よ、目を開けてみて。」
目を開けると杖の先から小さな火が灯っていた。
「これ杖燃えてない?大丈夫?」
オロオロと不安な気持ちになった瞬間火は消えてしまった。
「大丈夫よ、燃えたりしないわぁ。それより集中力が切れて消えちゃったわねぇ。
でも初めてにしては上出来よ。もう少し頑張れば、松明の代わりか薪に火をつけるくらいは出来そうねぇ」
少し冷たい手が優しく俺の頭を撫で、それに赤面したのに気付いたウェーライは、
「かわいい」と言って微笑んだ。
「お姉ちゃんはどうやって魔法を出すの?」
「見たい? いいわよぉ」
そう言うとウェーライは小さく口を動かした。
《汝、炎の精よ、現れろ》
神語でそう言ったように聞こえた。
俺は一瞬戸惑ってしまったが、それに彼女が気づいた様子はない。
次の瞬間、緋色の球体が彼女の周りに集まった。
そして小鳥のような形を形成し、彼女の肩に泊った。
「いくわよぉ」
そう言って火炎を岩に放つと燃えないはずの岩がメラメラと燃えだした。
「まぁこんな感じかしらねぇ。威力はだいぶ弱くしてるけど、並みの魔術師の火炎魔法よりは強いわよぉ。
でも、大賢者の末裔の子には流石に敵わないでしょうけどねぇ」
「そんなにその子ってすごいの?」
「えぇすごいってレベルじゃないわよぉ。普通ある程度の魔法を使おうと思ったら詠唱が必要なの。
でもその子は詠唱なしで上級魔法をバンバン使っちゃうよの。
それに私達がしらない魔法も使えるみたいだわぁ」
「でもお姉ちゃんも、精霊を呼び出す以外には何も詠唱しなかったよね?」
「アナタさっきの聞こえてたの!? 精霊語を誰に習ったの?
っていうかもしかしてこの子見えてる?」
「いや、精霊語なんて誰にも習ってないしそんな言葉初めて聞いたけど……
でも小鳥みたいな精霊なら見えてるよ」
嘘はついていない、俺が知ってるのは神語だ。
「ホント最近の子はどうなってるのかしらぁ……お姉さん自信なくしちゃうわぁ……
これでも宮廷一の天才魔術師って呼ばれてるのよぉ?」
「お姉ちゃん凄いんだね!」
「下手な慰めは失礼なのよ、女性にモテないわよぉ?
でもレニがこっち側だってわかったわ。その棒切れは地面に落書きするのに使いなさい」
そう言うとウェーライは杖を取り上げて地面に放り投げた。
そして手の平に乗せた精霊を撫でながらウェーライが話した。
「私達みたいな精霊から魔力を貰う魔術師は精霊と仲良くならなきゃダメなの。
精霊は何処にでも居るけど、何処にも居ないの。この意味わかるかしらぁ?」
「何となくだけど、火の精霊は火に、水の精霊は水にしか居ないとかそういう事?」
「その通りよぉ。だからその属性の精霊と契約する必要があって、契約するには認められなきゃいけないの。
この子は私と契約してるからレニとは契約出来ないけど、対話できれば力を貸してくれるはずよぉ」
彼女の手の平から俺の肩に飛び乗った小鳥は俺の耳元で囁いた。
――血に染まりし黄金の盃、指輪となって主は力を取り戻す――
ウェーライには精霊の言葉は聞こえていないようだった。
小鳥は歌うように続けた。
――ヴァキュラ湖畔の狼が指輪の持ち主待っている――
そういうと精霊はウェーライの元へ戻って行った。
「仲良くなれたかしらぁ?」
「ヴァキュラ湖畔に行けって言われた。
そこで狼が待ってるってさ」
ウェーライはそれを聞いてとても驚いた表情を見せた。
「ヴァキュラ湖畔の狼って言ったら守護精霊よ!?
あなたホントに団長の息子ぉ?」
「守護精霊?」
「守護聖霊は聖地を守る聖霊よぉ。最も格が高い精霊で、滅多な事じゃ人に姿を見せないし、契約するなんてもっての他なのよぉ」
そう言って少し考えた後、ポンと手を叩いて彼女は言った。
「今度ヴァキュラ湖に国王の勅命でアナタのお父さんと一緒に向かう事になってるから、一緒に行きましょうか」
こうして俺はヴァキュラ湖へと向かう事となった。