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9話 訓練の裏側

9話目です。

 呼び出されてしまった者達との訓練を終え、ロイドは一人で自身の執務室に戻る。机の上に積まれた本日分の紙束を見て少々憂鬱な気分になるが、団長としてやらねばならないものであると理解している為に文句の類いは出てこない。


 けれど、今回は目の前に積まれた紙束よりも先にやらなければならないことがある。彼は目の前の紙束を一度机の横に置き、スペースを確保してから席につく。


「……ふぅ」


 昔はこんなことで疲れを感じなかったのに、と自身の歳を実感しつつ右下へと手を伸ばす。そこは机の一部で、その部分が引き戸になっており物を仕舞えるようになっている。


 そこそこの値段はするが世間にも広まってる机。そこには色々としまってあるのだが、その内の紙を二枚取り出し机の上に広げる。


「さてと……」


 その紙の上部にはそれぞれ『ヤクモ・カンナヅキ』『コウスケ・クジョウ』と、自身の文字で書いてある。


『ヤクモ・カンナヅキ』と書かれた紙には彼の身体的特徴から、体力量、動きの良し悪し、癖、性格等々が事細かに記載されている。勇者というのは伊達ではなく、何れも高評価だ。


 唯一の欠点は経験のなさ。致命的であるが、経験さえ得れば確実に自身より強くなるだろう。


 ()()()()()()()()()()


 一方『コウスケ・クジョウ』と書かれた紙にはまだ名前以外何も書かれていない。この紙に今からコウスケについて記入するのだが……。


「どう書いたもんか……」


 ロイドはとりあえずコウスケの身体的特徴を書きつつ呟く。


 結局、彼は彼自身の実力を見せることはなかった。どの剣技も自身の真似をした物しか見せていない。それらを組み合わせて放ってくることはあったが、それは逆に元々持っているであろう技とも合わせられることを予見させる。


 模擬戦で勝ったのはロイドだ。一度も傷を受けず、コウスケを下した。というより、コウスケがバテた。体力は勇者(ヤクモ)の足元にも及ばないようだ。それでも一般兵より体力量は多いようだから、才能とは羨ましい。


 と、わかる範囲から書きつつ、彼の能力を整理していると、コンコンとノックの音が部屋に響いた。


「開いてるからどうぞ~」


「失礼」


 そう言って男―――宮廷魔導師が部屋に入ってくる。やたらと疲労を感じさせる声だった。


 ロイドは書類にペンを走らせつつ、入室者の顔を一瞬確認する。声や足音で誰かは分かっていたが、目でも確認したのだ。


 そして、書類にプロフィールを記入していた手が止まる。つい、二度見をしてしまった。


「……どしたの?ボロボロだよ?」


 宮廷魔導師のローブは所々が黒く炭化しており、髪はボサボサ。殆どが見分けられないだろうが、杖も痛んでいるようだった。


 あんまりな姿にロイドはそう問いかける。


「いえ。いろいろありまして」


 彼はそう言ってそっぽをむいた。表情を隠そうとしているのだろうが、全身が纏っている疲労感が漂っているのが隠しきれていない。説明するのも億劫なほど疲れているようだ。


 それがわかった彼は追求を止め、書類作業に戻る。


 宮廷魔導師は部屋に置いてあるが殆ど使うことのない来客用のソファーに勝手に座った。よほど疲れているのか背もたれに全体重を乗せ、グテーとしている。


 もの凄く小さな声で「ぁ~……」と呻いているのがロイドの耳には届いていた。


「それで?何の用?」


 その呻きを聞こえなかった事にしたロイドは手を止めることなく宮廷魔導師にそう問いかける。


 団長であるロイドと同じくこの宮廷魔導師は勇者(ヤクモ)達のプロフィールを作成しているはずだ。勇者達のプロフィールはロイドと宮廷魔導師の二人が、それぞれ身体面と魔法面のプロフィールを分担して作成している。


 彼がここに来たのは当然暇潰し等ではない。彼とはそこまで仲が良いわけではない、というより仲は悪いと言えるので理由もなくここに訪れる事はないだろう。


「いえ。とりあえずこちらは終わりましたので貴方の困っている姿を少々覗いて英気を養おうかと思いまして」


「ハイハイ。いい趣味してるね~。……で?本音は?」


「……一応今のも本心なんですが。まぁ、勇者殿に付いてきた少年について認識合わせを、と思いまして」


「勇者殿は良いのかい?」


 ロイドは手を止めて問い返す。今、まさに悩んでいる話題であった為、聞いてからの方が纏めやすいと思ったのだ。


 そんなロイドの態度の変化に宮廷魔導師は少しだけ満足そうな顔を浮かべた。


「そちらは分かりやすいでしょうから、認識合わせ等必要ないでしょう」


「……なるほど。付いてきた少年、コウスケ君が分からないのはそっちもなんだね」


 ロイドの問いかけに宮廷魔導師は先ほどまで浮かべていた笑みを消して真剣な表情を浮かべる。ここからは魔導師としての見解を話す、と言うことだろう。


 ロイドも休憩中だった意識を騎士団長としてのものに切り替える。


「ええ。彼は見ただけで私の魔法の全てを模倣して見せました。あまり好きな言葉ではないんですが。天才ですね。紛れもなく」


「あぁ、それに関しては同意だね。剣でも同じ事をしたよ。彼」


「……勇者殿に聞いたところ彼は弓も見ただけで扱えるようになったとか。他にも球技による遊び、料理、ボードゲームなる軍同士の戦闘をモチーフにしたもので戦略を練ることも一目だったと言っていました」


「それはまた多芸だねぇ」


「ええ。私もそう思いました」


「……それで?彼の才能を語りに来たわけじゃないよね?」


 ロイドの問いかけに宮廷魔導師は少しだけ言うべきかどうか悩む。本当に少しで彼は口を開いた。


「私にはどうも何かを隠しているように見えてならないのです。勘なのですが、別系統の魔法を知っている気がするんです」


「僕も似たようなことを思っているよ。けど―――」


「証拠がない」


「そう。不確かな物を報告書に書くわけにはいかないよねぇ」


「……やはりそうですか。そうなりますよね」


 そう。宮廷魔導師は確証のない推測だったから言い淀んだのだ。


 そして、騎士団長も勇者の友人(コウスケ)について理解しきれていないのだと判断する。


「とりあえずはわかる範囲で書いて、報告書の注意書きにでも一言入れるのが正解なんだろうけど……」


「今の国王代理は、たぶんキレますよ。それ」


「だよねぇ。推測を報告すれば、確証のないものを書くな、とか言うもんねぇ」


「で、判明した後に『何故それを(あらかじ)め言わない!』ですからね」


 二人は揃ってため息を吐く。両者気付かなかったようだが額に手を当てて少し俯きぎみに頭を左右に振るという仕草は全く同じだった。


「一応貴方の方で何か分かっていたりしないかと思って来たのですが。まぁ、貴方の担当は身体面ですからね。期待はしていませんでした。書類は今のまま提出ですかね」


「それしかないでしょう。幸い、どちらも優秀みたいだし悪い報告も無いんだから―――」


「はぁ?優秀?あれのどこが!?」


 ロイドが話を締めくくろうと何気なく口にした言葉に宮廷魔導師が驚愕の声を上げた。


 予想もしていなかった反応にロイドも驚いてしまう。


「え?だって、コウスケ君が天才だっていう認識は同じって言ってたよね?」


「いや、待ってください。貴方、あの勇者が優秀という判断なんですか?」


「ええ?違うのかい?」


「当然です!」


 宮廷魔導師はソファーから勢いよく立ち上がり、ローブの黒く炭化している部分をロイドに指し示す。


「魔力量が多いのは事実ですから認めましょう。威力も高い。けれど、コントロールが壊滅的です。魔法を発動しようとすれば9割方爆発。現在出来ることと言えばバカみたいな量の魔力を前に放出するか、周囲を巻き込んでの爆発くらいです。これなら前の勇者殿(・・・・・)の方が万倍もマシです」


「……あぁ。それ爆発に巻き込まれたのね。お得意の障壁で防げないほど急だったのかい?」


 ロイドは宮廷魔導師の格好に深く納得する。


 初めは勇者が優秀で魔法を激しく打ち合った結果だと思っていた。むしろそれしか思いつかなかった。


 だからこそ、彼は悩むこともなく自身と宮廷魔導師の認識は同じ『勇者は優秀である』というものだと思い込んでいた。


 けれど、実際は逆。宮廷魔導師も想定外なほどに勇者の魔法がダメダメなだけだった。


 どれだけ優れた魔導師でも想定外の事には対応が遅れるものだ。


 むしろどうやって彼ほどの実力者の想定を――下方向とはいえ―――裏切ったのかが気になり問いかける。


「……あんな簡単な魔法で暴発するとは思いませんでしたので」


「どんな魔法?」


光球(ライト)ですよ。伝承同様(・・・・)魔力適正が光でしたので」


 光球(ライト)は光の玉を目の前に浮かべる魔法だ。暗闇を照らしてくれる明かりとして使える。というより、むしろそれにしか使えない。


 光の適正が無かったとしてもこれだけは使える、という人が多数いるほどの簡単な魔法で何かにぶつかると衝撃も何もなく弾けて消える攻撃力皆無の魔法、の筈だ。


「えぇ?それで何でローブが焦げるの?」


「知りませんよ!むしろ私が知りたいわ!はぁ~っ!」


 彼が言うにはその光球(ライト)が暴発してローブを焦がしたという。疑問に思って問い返すも、彼から逆ギレを貰うだけだった。


 宮廷魔導師が苛立たしげなため息を吐く。それをロイドは黙って見ておく。


 ストレスが溜まったとき宮廷魔導師はああいう溜め息を吐いて一度気持ちをリセットする事を知っているからだ。


 彼の思った通り、数秒で宮廷魔導師はいつもの様子に戻る。


「失礼。魔法がまともに発動しなければ測定も何もありませんので、何とかならないかと教鞭をとって見たのですが……」


「ダメだったのね」


「ええ。壊滅的です。まぁ、幸い暴発のおかげで威力自体は高いことが分かっています。それに、正直あり得ないと思いますが、もし、万が一、万が一にもですよ?もはや神の加護が必要なレベルでしょうが」


「……そこまで言わなくても」


「魔力コントロールを覚えて魔法を扱えるようになれば、彼は化けますよ。それほどまでに魔力が多い」


 まぁ、あり得ませんけどね。


 彼はそう話を締め括った。



 ◇◇◇◇◇



 その後、ロイドは勇者がいかに身体的に優秀かを述べ話は平行線となり、らちがあかないとばかりに宮廷魔導師は部屋を出ていった。


 ―――たしかに?魔力量だけなら魔王と張り合えますよあれは。


 宮廷魔導師はそう言っていた。同時に、その前に自身の魔力に殺されるでしょうが、とも。


 宮廷魔導師はそう気になることを言っていた。それについて考察する時間が欲しいがやらねばならないことを優先する。


「とりあえず、報告書はこんな感じかな」


 ロイドは書いた書類に目を通しつつ一人呟く。


 彼は宮廷魔導師との話で一つ嘘を吐いた。


『……手札を晒すしか無いのかと葛藤して晒すと決めた俺の気持ちを返して下さい』


 彼は知っていた。手が何かは知らない。けれど、コウスケが何かしらの手札を隠し持っていることを。


 しかし、彼はその事を宮廷魔導師に言わなかった。国王代理への報告書にも記載しなかった。


「さてと、今日は徹夜だねぇ。おっさんにはキツいわ~」


 代わりに彼は新たに二枚の紙を取り出す。


 そちらにはより細かく勇者達のプロフィールを記載する。先ほどは書かなかった見解や予測までを細かく。


 この紙の宛名にはある人物名が書かれている。


 その名はこの国の者ならば誰もが知っている、けれど、この国にはもう居ない筈の人物の名前だった。


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