8話 騎士団長
8話目です。
昼食を食べ終えた幸助達は料理長を交えて料理についていろいろと話し込み、気がつけば一時間程経過していた。
といってもこの世界で時計は見ていないので、あくまでもおおよそ、としか言えない。会話が弾んで時間を忘れてしまっていた幸助達はそれだけの時間は経っていると認識し、慌ててそれぞれの待ち合わせ場所へと向かった。
が、結論から言えば慌てる必要は全く無かった。
幸助が待ち合わせ場所である訓練所へと向かう際、道に迷って余計に慌てたのだが、到着してみれば訓練所にはまだ誰も居なかった。
時間の細かい指定は無かったので幸助は、間に合ったのかな?と胸を撫で下ろした。
だが、待つこと三十分弱。誰も来ないことに幸助は改めて不安になる。
「……場所ちげぇとか?」
そう呟くも、当然答えなど返ってこない。
幸助は不安を紛らわす為に近くにあった剣を手に取る。刃が潰れているのを確認し、幸助はそれを適当に振り回しながら相手の到着を待つことにした。
◇◇◇◇◇
剣を振り回すこと約三十分。本格的に移動するべきでは?と思った頃にようやく訓練所に人の来る気配がした。
「……やっとか」
場所を間違えていなかったようでホッとした幸助は剣を元の位置に戻し、あたかも今来ましたよ~、という雰囲気を出すため入り口に背を向けて立つ。
「……と、早いね」
「……いえ、俺も今来たばかりっす。タイミングが合ってたようで何より」
幸助は背後からの声に反応して振り返る。勿論最初から気づいていたので一連の流れは演技だ。
彼の振り返った先には二十代後半位の外見をした男が周りを見回しながら幸助の元へと歩いてきていた。事前に八雲から聴いていたのだが、その外見に少々驚いてしまう。
均整の取れた肉体に程よく焼けた肌。薄くしか生えていない髭。髪は短く、だからこそ全く薄くなっていない事が分かる。歩く姿にブレが無いことから体幹も良く鍛えているのだろう。
これで40代後半だというのは一種の詐欺では無いかと思う。
「…嘘は良くないね~。僕が来る前にそこの剣を軽く振り回してたでしょ~?大体三十分位かなぁ?」
幸助の前まで来た男性は言う。緩やかな口調ではあるが、彼の眼光は猛禽類を彷彿とさせるほどに鋭いものだった。
「……何故三十分位とわかったので?」
誤魔化しは無意味だとそうそうに悟った幸助はバレた理由を問いかける。自分で言うのもなんだが、不自然な点など無かった筈だ。それに、時間まで当てられた理由が気になった。
「まずは足下だね。ここの芝生の草は結構強いんだけど、草が少し垂れ下がってるの、わかるかな?これはある程度の時間そこに立っていた、ということを示してる。継続的か断続的かは分からないけどね。ただ、周りに似たような状態の草が無いから、まぁ、継続的だろうけど」
「そんだけで時間を?」
「いや?これでも僕は騎士団長なんかをやっててね。武器の状態はしっかりと把握してる。握り部分の摩耗具合から時間は予測した。いや、合ってたようで何より」
「じゃあさっきの芝生の話は何なんっすか?」
「まずは、といったろう?さっきのは軽くの部分の説明だよ。しっかりと踏み込んで振り回していたのなら草じゃなくて地面が少し沈む。何も考えず、ただ適当に振るっていたんだろう?」
男は幸助の問いかけに一つ一つ指を指して示しながら丁寧に答える。
その示されたものを幸助はしっかりと目で見ていたのだが、自身が立ったり使ったりした場所や物とそうじゃない所の違いは全くもって分からなかった。
「…と、自己紹介がまだだったね。勇者殿に聴いているかもしれないが僕はロイド・シューベル。この国で騎士団長なんかをやってる。騎士団長とはいえ既に衰えが来てるおっさんだよ。いい加減引退してのんびりしたいんだけど、時代が許してくれなくてね。ゴメンね、こんなおっさんが相手で」
「いえ、こちらこそ。コウスケ・クジョウと言います。敬語が苦手なんで、粗相が多いかもしれませんがよろしくお願いします」
幸助は素直に頭を下げる。短い間とはいえ、教えてくれる相手に対しての礼儀くらいはわきまえている。
意外に思われるかもしれないが、これでも幸助は年の功という物を尊重している。大抵の事は何でもできる幸助だが、そういう経験の部分はどうすることも出来ない。
絶対に勝ることの出来ない物。それは尊敬に値する。
幸助は相手が聡明な歳上の者であれば例え実力が下であろうと敬って接する。だからこそ魔術師の世界では敵も味方も多かった。
余談だが、玉座の間に居た面々は全員が歳上だったが、彼らに対しては敬う必要性を感じていない。
「じゃあ、早速剣を握ってもらおうかな。体は温まってるみたいだしね」
「はい」
幸助はロイド団長の指示に従って剣を手に取り、何度か握り直して手元を調整しながら剣道の様に正眼に構える。
「違う。君にとって馴れている構えだ」
彼の言葉に幸助は驚く。いや、驚いてしまった。それが認めている事だと気付き歯噛みする。
「戦闘事態があまりない世界と勇者殿に聴いたんだけど、コウスケ君は殺しの経験があるね?それも、一人や二人じゃない。もっとも、多いという程でもないね?十数人って所かな?ただ、どれも質が高い」
「……俺達の世界では充分に多いと言える数っすよ、それ」
何とか誤魔化そうと考えていた幸助だが、ロイド団長の的確すぎる指摘に不可能だと諦めた。代わりに意識を切り換える。
「何で分かったか、参考までに聞いてみても?」
コウスケの問いかけには威圧感が含まれていた。彼は意識を戦闘のものに切り替えたのだ。何時でも口を封じることができるように。
その威圧感を受けてもなおロイド団長はのほほんとした雰囲気を崩さない。彼ほどの実力者が殺気に気づかないわけがない。
なのに態度は変わらない。幸助の殺気など軽くあしらえるということだろう。
「……何て言うのが良いのかなぁ。こう、う~ん。実力者は力を隠すのが上手いんだけど、コウスケ君は隠すのが上手すぎたんだよねぇ」
「上手すぎる?いや、上手いんなら気付かれてねぇっしょ?」
「いや、上手すぎると実力者特有の雰囲気だけじゃなくて、一般人っぽさも合わせて消える。そこまでできるから逆に実力者だと分かっちゃうんだよね」
「それ、人数までわかるもんじゃねぇすよ。人数はどうやって判断した?」
「そこはほら…………勘?」
「経験か。成る程。あんたほどの実力者の勘はやっぱ怖ぇな」
幸助の素直な感想だ。勘とはこれまで培ってきた経験からなるもの。そして、その勘でロイド団長は幸助の経験を見切った。
これだから聡明な年上というのは尊敬に値する。
「いや、怖いのはこっちだよ」
と、心の中でロイド団長の元々高かった評価を更に上げているとその団長から苦笑い混じりに『怖い』と言われた。
幸助からすれば殺気を向けられている状態で―――苦笑いとはいえ―――笑みを浮かべている団長こそ恐ろしいと思うのだが、口には出さずに団長の言葉を待つ。
「君、勇者殿と同い年ならまだ十六・七なんだよね?とてもそうは思えない程の闘気だ」
「は?闘気?殺気の間違いっしょ?」
「あぁ。殺気も混じってるけど、君、僕を殺す気が薄いみたいだからね。殺気も同様に強いけど薄い。本気で殺気を乗せられると咄嗟に剣を構えちゃうかもね」
「…と言いつつ剣を構えてらっしゃるのは?」
「いやぁ。これだけの物を見せられたら、実力を見たいと思うのが剣士の性でね。さ、コウスケ君も構えて構えて。大丈夫、刃は潰してある。酷くても骨が折れるだけだよ。そのくらいならユスティアリカ様がすぐに直してくださる」
片手半身に構えたロイド団長がニコニコと笑いながら言う。喋りながらも切っ先は幸助の喉元へと向けたままピクリとも動かない。
団長だけあって構えが様になっている。まるで片手半身の見本のようだ、という感想がこれほどしっくりくる人間はそうそういない。それだけ、この構えを繰り返し行ってきたということだろう。
「骨折も場所によっては死ぬんですけどねぇ…」
と、ぼやきつつ幸助も構えを取る。
「……それが、異世界での構えかい?」
ロイド団長がもの珍しそうに幸助の構えを見る。
幸助は剣を両手に持ったままその両手を顔の横に持っていき、刃で口元を隠す様にして構えていた。
「俺達の世界でも一般とは程遠い構えっすよ。まぁ、すぐに見覚えのある構えに変わりますんで、お気になさらず」
「そうかい?じゃあ模擬戦始めるよ。ちゃんと加減はするから安心して、全力で来るように」
「酷くても骨が折れるだけ、とか言ってたくせに。あぁ、先手は譲ります。俺、後攻の方が得意なんで」
「若いうちはもっと攻めるべきだとおじさんは思うんだけどね!」
言うやいなや、ロイド団長が一足で幸助の懐に飛び込んできた。彼はそのまま袈裟斬りを放つ。
幸助はそれを剣で正確に受け止める。軽い感じで放ってきた斬撃なのに結構な重さがあり、受け止めた幸助は一足分ずり下がっていた。
「……へぇ」
が、それだけだ。構えは解いていないし崩れてもいない。真正面から団長の一撃を防ぎきった。その事に団長は感嘆の声を上げる。
(っ痛ー。けど、これならある程度はやれるな。騎士団長っつってもこんなもんか。身体強化をした術師よりは強いが、その程度。向こうの奴ら程じゃねぇ。人間側が追い詰められるわけだ)
ミカは騎士団長というこの男をこの世界の人間の中でもかなりの実力者であると予測していた。その実力が近接戦闘において強化術式をかけた自身より少し上程度ということから人間が追い詰められている理由を推測する。
この世界の戦闘レベルが低いと思い込む。
「これは、もう二段階上げても問題ないかな?」
「……はい?」
団長の言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
理解したときには幸助の眼前からロイド団長が消えていた。
「ゴッ!」
油断していたとはいえ全く反応出来なかった。かろうじて目で追うことはできたので何をされたのかはわかった。
ロイド団長は幸助から軽く離れた直後に幸助の側面に回り込んで無造作に蹴ったのだ。
言葉にすればそれだけ。けれど幸助は一瞬と呼べる時間で壁に激突していた。体を強化していなければ死んでいたかもしれない。そう思えるほどの威力だった。
「ん?あっさり当たっちゃったね?……あぁ、成る程。本業は術師なのかな?そういえば、勇者殿が言ってたっけ?見ただけで魔法を真似できるとか。優れた術師の弟子だったのかな?」
「……あいにくと、師と呼べる人物にはとんと縁がないんすよ。親、親族、先輩、同期、後輩、魔導犯罪者。初歩から禁呪まで、大体の術は『見れば』OKだったもんで」
「……天才っているんだねぇ。あぁ、術師である君には悪いんだけど、今回の目的は身体能力の調査でね。術で戦うのは無しにしてもらいたい」
ロイド団長の言葉を聴いた幸助は恥ずかしそうに項垂れる。
何故そんな表情を浮かべたのか?という疑問を持つものはこの場にいない。ロイド団長も申し訳無さそうに苦笑いを浮かべている。
「……手札を晒すしか無いのかと葛藤して晒すと決めた俺の気持ちを返して下さい」
「いや、ゴメンね。術を使われると多分僕も本気じゃなきゃ相手にならないと思うからね。この場も、というか、城が半壊しそうだし」
「……俺を何だと思ってんすか」
「そう思えるほど不気味な雰囲気出してたからね。いや、負けるとか殺されるとか思ったことはあるけど『殺せない』と思ったのは初めてだよ。負ける気もしないけど、殺せる気がしなかった」
「そいつはどうも」
幸助はそう言って一度自身の武器へと視線を向け、問題無いことを確認してから問いかける。
「んで?続けるんすか?俺的にはここで終わってもいい、というか、終わって欲しいんっすけど」
「まだ君は武器を振るっていないじゃないか。もちろん続けるとも」
「へーへー。まぁ、そうっすよね」
幸助はやっぱりか、等と思いつつ武器を構える。彼の構えは先程までのものとは違い切っ先を相手の喉元に向けた片手半身。
目の前のロイド団長が幸助と全く同じ構えを取る。
「何の真似かな?」
ロイド団長から笑みが消える。彼には幸助の行いがふざけているものにしか思えなかった。
あるいは挑発の類いだろうか。もしそうなら幸助の挑発は成功したことになるのだが、幸助にそのようなつもりはない。
「見りゃわかるさ」
幸助はそう言って笑い、自らロイド団長の懐に飛び込み袈裟斬りを放つ。
「これはっ!」
威力自体は大したことがない。旗から見ればただの袈裟斬り。けれど受け止めたロイド団長は驚愕の表情を浮かべている。
「ま、こんなもんか」
そう呟いて幸助は一旦距離を取ってまた構える。今度は最初と同じ口元を隠す様にした構えだ。
「いや、驚いた。本当に天才なのかな?今のは僕の一撃と全く同じだった」
「いやいや。威力も速度も、天と地ほどの差があったじゃないっすか」
「逆に言うけど、それ以外は僕の癖も含めて何一つ変わらないじゃない。これは確かに後攻の方が得意だと言える」
ロイド団長はそう笑って再度武器を幸助に向ける。心底楽しそうに笑いながら。
「―――さ。俺に剣を教えて下さいな。団長さん」
それに対して幸助は不気味な笑みを武器で隠しつつ、ロイド団長をしっかりと見据えていた。