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7話 審査

7話目です。

 この世界に呼び出された一夜明けた今日。


「―――そこっ!」


「甘い!」


 八雲は刃を潰した剣を振るって模擬戦を行っていた。


 相手はこの城の騎士団で団長を勤めているという20後半に見える青みがかった銀髪の男性。名前はロイド・シューベル。


 若く見えるが既に40半ばに差し迫っていて実力がかなり衰えてしまっていると言っていた。早く引退したいらしいが時代が許してくれないと出会い頭に愚痴る程にだらけた性格をした男、というのが第一印象だ。


 そんな男だが、さすがに団長を勤めているだけあって訓練となるとかなり厳しい。


 日の出後に朝食を取った後、自己紹介をして直ぐに訓練が始まり、既に太陽は中天近くに差し掛かっている。


 初めは良かった。剣の振るい方の基礎や戦闘の基本、戦術の立て方や攻撃への対処などを実際にゆっくり見せてもらい、八雲もその動きをゆっくり真似て指摘をもらい修正するというものだった。


『何事も基本が大切だ。面倒ってのは分かる。オッサンもよ~く分かるよ~。自分だけの必殺技とか憧れるよね。でも、基礎のなってない技は三下にしか通用しない。断言しよう。何故って?オッサンが少年だった頃に当時の団長にやってたからさ。しかも、基礎を整えた後に当時の技を再現すると粗末すぎて恥ずかしくなるというおまけ付き。……後悔しかしないから基礎をしっかりやりなさい。マジで』


 最後だけやけに真面目なトーンでいやに説得力のある話だった。


 そして、初めの二時間―――時計などは無いので体感で二時間程―――は徹底的に基礎の素振りを行った。


 そして、唐突に騎士団長ロイドは言った。


『よし、模擬戦やるか』


 そして、現在に至る。


 八雲は今休憩も無しに三時間もの間ただひたすら騎士団長に斬りかかっては弾かれ防がれ、時には反撃の蹴りを叩き込まれたりしていた。


「んぐ!」


 今のように。


「今の狙いは悪くないが、誘いだった場合を考えていない。だからこうやって、たったの一手で追い込まれる」


 尻餅を付いて倒れた八雲の首に騎士団長の刃が突き付けられる。


「はぁ……はいっ」


 八雲の手には何もない。蹴られた拍子に剣から手を離してしまったようだ。


 この状況を迎えた回数は十を越えた辺りから数えるのを止めた。何回目で勝利を取れた、と覚えておきたかったのだが、正直勝てる見込みが全く見えず、不毛だと思ったから。


「……さすがに疲れたかい?攻撃も単調になって、勢いも衰えているしね~。休憩する?」


「い、いえ。まだ、やれます!」


「お~。若いねぇ~」


 そう言って騎士団長は八雲に手を差し出す。


 その手を掴んで立ち上がろうとした八雲だが、グンッ、と予想外に強い力で引っ張られて―――


(あた)っ!」


 ―――コツン、と額を軽く殴られる。


「自分の体の事はしっかり理解しなさい。これが今の君の限界。これ以上やったって意味はないよ。むしろ体を壊す」


「……はい。ありがとうございました」


「うん。お疲れ様。今日は体をしっかり休めるように。素振りや筋トレも駄目だからね?可能なら走るのも避けるように。休憩後は体を使わない代わりに魔力を使うことになる。今日はキツいと思うけど、頑張ってね~」


 そう言って騎士団長ロイドは一足先に城へと戻っていく。


 八雲と一緒に行かないのは、これから本来の仕事をするためだ。


 団長だけあって彼はそれなりに忙しい身だ。それでも八雲に稽古を付けてくれたのはユスティアリカからの頼みだったからだ。


 正確にはしっかりと戦えるよう戦闘を学びたいと八雲がユスティアリカに言い、それを聞いたユスティアリカがロイドにお願いした、という流れだ。


 最も、彼も彼で勇者の戦力がどの程度なのか調べる必要があると思っていたのでユスティアリカが言わずとも何時かは似たような事があっただろう。


 結局、早いか遅いかの違いでしかない。


「……能力的には今の(・・)僕と同等かな~?経験の差が圧倒的だったからあしらえただけだねこりゃ。あれで初めて剣持ったんだっけ?はぁ、オッサン自信無くなっちゃうな~」


 ロイドはそうぼやいて城内へと入っていった。



 ◇◇◇◇◇



 午前の訓練を早くに終えた幸助は料理長に頼み厨房で料理を作らせてもらっていた。


「……ん~。何か違ぇが、まぁいいか。ロコモコ丼完成っと」


 作成したソースをマッシュポテト、葉物、ハンバーグ、目玉焼きを一つのお椀に盛りまくったどんぶり4つに均等になるようかける。


 一口味見をしたのだが、きちんとしたデミグラスソースは作れなかった。少々不満ではあるが仕方ないものと諦める。


 異世界であるため、材料がなかったのだ。


 それでも似たような味の調味料をあわせてそれっぽいものは作成できた。


「……ケチャップがあればほぼ完璧だったのになぁ」


「……あれ?確か、厨房の方ですよね?どうして席に?」


 と、完成品に文句を言っていたらタイミング良く八雲が食堂に現れたようだ。


 幸助は目の前のどんぶり3つを盆の上に載せて彼等の居る席に運ぶ。


「お連れの方が料理をしたいと仰りまして。ほら、来ましたよ」


「ほい、お疲れさん。昼飯だ」


「幸助も―――って、これロコモコ丼じゃん!作ったの?いや、幸助が作れるのは知ってるけど、材料とか……」


「擬きだ。食えば分かるが調味料が足らん、というか分からん」


 八雲は幸助の持ってきた料理に驚く。異世界に来て良く知っている料理が出てくるとは思っていなかったようだ。


 幸助、そして八雲も料理はできる。だからこの世界でどうやって地球の料理を作ったのかが気になるらしい。


 勿論逆の立場だったら同じように思うだろう。なので幸助は用意していた答えを言う。


 八雲は、これ食べれるの?という表情を浮かべた。それに対して幸助は盆をわざと音を立てるようにしてテーブルに置き席に座ってニッコリとした笑みを八雲に向ける。


 ―――味見して無いとでも思ってんのか?殴るぞ?という意味である。


 そこまで細かく伝わっているのかは分からないが、ある程度は分かったようで八雲が冷や汗を流す。


「ほう。ロコモコドン、ですか。当然ではありますが、知らない料理ですね」


 そんな二人のやり取りに一切興味を示さず料理長は幸助の作ったロコモコ丼を興味深げに眺めている。


 そもそも幸助が料理をしたいと言ったのはこの世界の食事があまり口に合わなかったからだ。


 幸助達は既に昨日の夜と今日の朝で二度この世界の料理を食べた。そして二人は思ったのだ。


『あぁ。日本人が食にうるさいのは本当なのかもしれない』と。


 不味かった訳ではない。ただ、何か物足りなかったのだ。


 なので二人は朝食中に肉体的な余裕のある方が昼食を作るということを決めてから訓練へと赴いた。


 最も両者共にバテてそんな余裕が無いかも知れなかったので厨房にお願いしたのは訓練後だ。既に昼食を用意されていたら諦めるつもりだったが、幸い用意はされていなかった。


 というより、料理人がほとんど居なかった。疑問に思いながらも幸助が料理長に昼食について話すとその疑問も直ぐに解消された。この世界では朝夕の二食が普通らしい。


 昼食を食べるということに驚かれたものの条件付きで厨房の使用許可を得た幸助はこうして昼食を作成したのだ。


「……ほう。旨い」


「ん。美味しい。さすが幸助」


 幸助が作ったロコモコ丼を料理長と八雲がそれぞれ口に入れる。


 厨房を使う条件は、料理長も食べるというものだった。異世界の料理が気になるらしい。さすがは料理長と言ったところだろう。


「しかし、このソースは人を選びますね。濃い味付けだ」


「……けど、デミグラスにしては味が薄いかな?」


 二人の感想が重なり、互いに驚いた表情を浮かべた。正反対の評価になったことが意外だったようだ。


「俺達の世界じゃこれは濃い味の料理だからな。知ってるのと知らないのとで感想が違うのは当たり前だ。念のため言っとくが、常に濃いもんばっか食ってる訳じゃねぇよ?」


 幸助は自身の分を取りつつ評価が異なった理由を説明する。


 二人はその説明で納得し、食事に意識を戻す。


「……あ、底の、米じゃない。マッシュポテト?いや、美味しいけど、何でポテト?」


 三口目を口に入れた八雲が幸助に問いかける。本来のロコモコ丼は丼という名から分かるようにご飯の上におかずを乗せた料理だ。


 なのにどうしてポテトを使ったのか?八雲は気になって幸助に視線を向ける。彼は少し沈んだ様子で答えた。


「……米が無かったんだよ」


「……嘘」


「マジだ」


 日本のソウルフードとも呼べる米。それがこの国には無いらしい。


 この世界を探せばあるのかも知れないし、料理長が知っているかもしれないが、あいにくとこの世界での米の名称が分からないために聞けなかったのだ。


 少なくとも、この厨房では見つけられなかった。


「つーか、食料事情もやべぇかもしんねぇ。いや、考えてみりゃ世界の一割しかこの世界の人間は土地を持ってねぇんだ。つまりその一割未満の土地でしか食物を育てられない。厨房にはポテト位しか穀物の代わりになりそうなもんが無かった。後は冷凍された肉肉肉。栄養バランスは期待できねぇよ」


 そもそも食料の種類が少なかった。いや、裕福な日本と比べたら地球にだって食料の種類が少ない国など幾らでもある。その内の砂漠化が進んだ国と同等ではないかと幸助は思った。


 幸助達の基準はあくまで日本だ。実際に砂漠化の進んだ国の食料事情がどうとかは分からないが、砂漠化した国の食料事情は寂しいと偏見でそう思っている。


「……マジかー。もしかして、使ってる食材ってこの世界だと高級品だったりしない?」


「調味料の類い、そのほとんどが希少らしい」


 そう、この国、砂糖や胡椒が高級品であるのは予想していたが、塩も高級品らしい。お酢や味噌や醤油は厨房になかった。


「……それで何でデミグラス作ろうとか思ったの?難しいし、調味料が高いなら、これもっと高いでしょ?」


「いや、ソースっぽいのは安いそうだ。残ってる土地がそのソースの材料を生産してるんだと。基本的にこの国の味付けはこのソースっぽいやつらしい」


「……ソースって塩みたいに簡単にできるものじゃないよね?何かお酢とかスパイスとか、何かいろいろ混ぜた物じゃなかった?」


「……八雲。異世界に地球の常識を求めるな。ソースの実とかあるのかもしれん」


「材料聞かなかったの?」


「お前、もしこれがゴブリンの肝を潰した液体とか言われたら食えるか?」


「……」


「俺は多分無理だと思ったから聞かなかった。材料はきっとソースの実とかだ。異世界便利食材だ」


「うん。そだねー」


 八雲は考えるのを止め無表情で食事に戻る。けれど、幸助の一言が気になっているのか、食事のペースがかなり落ちていた。


「そういや、そっちの訓練はどうだった?」


 幸助は八雲の気を紛らわすために話題を食事から変える。


「俺んところはただ魔法見て真似ての繰り返しでぐーたらできたからな。八雲、午後は(らく)いぜ」


「ん。それはかなり嬉しいかな。こっちはかなりキツかった。最初は型の練習みたいなのだから良かったんだけど、後半はヤバい。模擬戦、しかも団長相手の。幸助も気を付けた方がいいよ。僕は手も足も出なかったし。……まぁ、幸助なら何とでもなりそうだけど」


 八雲もその方が良かったのだろう。嬉々として話に乗ってきた。


「お前は俺を何だと思ってる?」


「天才」


「へいへい。つーか、剣術の相手は団長なのか?いや、俺んとこもあん時の宮廷魔導師だったからそれなりの地位のやつとやってんだろうなとは思ってたが。まじで団長?」


「マジだよ。というか、午後は宮廷魔導師さんか。どんな魔法練習したの?」


「結構色々やったぜ?えっと、初めは―――」


 彼等はしばらく互いの行った訓練についての話で盛り上がるのだった。


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