3話 魔法との会合
3話目、本日はここまでです。
「九割。九割かぁ~。九割ねぇ……」
幸助は石造りの道を歩きながら呟く。
ユスティアリカから聴かされたあんまりな内容にそれしか口にできない。
「どう思う?というか、どうにかできると思う?正直詰んでると思うんだけど」
そんな幸助の呟きに八雲が反応する。
彼の耳は今や扉の向こうから聴こえてくる足音から人数だけでなく、その足音の主の状態まで分かるほどに強化をされている。
そんな八雲にとって隣を歩いている幸助の呟きを聞き取るなど容易いことなのだ。
「……まぁ、なるようになれ、としか言えんわな~。引き受けちまったし」
「そうだよね。普通に受けちゃったよね。どうしよ」
二人はユスティアリカの話を聞いてもなお『助ける』と口にしたのだ。
その事にやはりユスティアリカは喜んではいなかったのだが、ホッとしているのは分かった。
そして、魔王を討伐する前に人間の代表に会っておかなければならないらしく、現在二人はユスティアリカの部屋の前でずっと立っていたらしい騎士の案内に従って歩いている。
「即答だったよな、おたく。随分なお人好しだこって」
「それに付き添う幸助も大概だよ」
そう小声でやり取りをして二人は背後に少し気を向ける。
そこには申し訳ないと思っていることが見ただけでわかるような意気消沈した姿で歩いているユスティアリカの姿が。
そこまで気にする必要はないと何度も言っているのだが、彼女の態度は変わらなかった。
正直、ずっとそんな空気を流された方が困る。なので二人はこの空気を何とかしようと話題を探すために周りを見渡す。
今歩いているのは城と同じ敷地内にある別館とでも呼ぶべき施設とを繋いでいる石橋だ。
右の下方には草花の咲いた中庭が広がっており、世話をしているのであろう女性がこちら―――正確にはユスティアリカ―――に頭を下げていた。
同じ人物に気付いたのであろう八雲が軽く会釈しているのをスルーして幸助はネタ探しを続行。
左側はうって変わって手入れのされているようには見えない草原が見える。
そう、草原である。この城の敷地はかなり広いというのがその一点のみでも予想が着く。
少し高い草のような緑色が二百メートル以上先に見えているが、あそこまでがこの草原のエリアなのだろう。
その草原を見渡していると、ど真ん中、百メートル辺りの所に人の姿を見つける。
数は五人で、二人ずつ向き合い、間の少し離れたところにもう一人居るという、いかにも試合前といった構図だ。
五人は全員一メートル近くの棒を握っている。
(お?)
その集団の位置から魔力があふれでてきたのを魔術師である幸助は知覚する。
魔術、いや、魔法を行使するのだろう。幸助はどんなものが見れるのか興味をもってその行為を見つめる。
「うぅ、何だろ?スッゴイ変な感じがする」
と、その横に八雲が不快そうな顔を浮かべながら並んできた。
召喚されて身体能力を強化された彼だが、魔力感知に関しても同様に強化をされているようだ。
それは幸助が魔術をこっそりと使うことができなくなった事を意味しているのだが、その点に関しては既に誤魔化しの目処が立っている。
いや、正確にはこれから目処が立つのだ。
幸助はその為の仕込みを始める。
「八雲もか?」
「え?幸助も?」
「何か、何つうか、こう……」
「ゾワッ、てする?」
「あー。そうだな。口にするならそんな感じか?」
幸助は魔術師であることを隠している。そのためにここでは初めて魔法を見たかのような反応をしなければならない。
が、ここで問題になるのは幸助にとって、魔力を浴びた感覚が幼い頃から慣れ親しんだものであることだ。はっきり言って、一般人がどんな反応をするのかがわからない。
なので幸助は初の感覚、その全てを八雲に任せ、それに同調するだけにしたのだ。その上、召喚の恩恵を受けている八雲並みに魔力を感じ取れる、という点を主張しておく。
これは今後のためだ。
魔王を倒すのだったら必ずこの城を出なくてはならない。その時に、役立たずは安全な場所に置いていかれる、という可能性がある。
友人一人で死地に送る気などない幸助にとって、彼と別行動になってしまうのは困るのだ。
「彼等はまた……」
「強くなろうとするのは良いことです。今、この世界では強さこそが正義なのですから……」
「そんな世界は、間違っています」
「そうね。私も、そう思うわ。けれどもう私にはそれを否定する資格はないの。いいえ、こんな世界でも間違いだと言えることを私は……」
「エー―――」
「始まるぞ」
ユスティアリカの呟きに八雲が何かを言いかけるが、その瞬間に幸助達から見て右側の二人組が魔法を発動した。
ファンタジーでお馴染み、人の頭ほどある大きさの火球だ。
それぞれ三つ、二人で計六つ。それらがもう片方の二人組目掛けて走る。
それを炎を向けられた二人組がそれぞれ巨大な水の腕とでも呼ぶべきものを出現させ、それを相手の魔法どころか術者まで巻き込むように大きく振るう。
が、受け手も上空に飛翔することでその腕を上手くかわしている。
「おぉ、飛んだ……」
「派手だな」
その攻防に異世界組が感嘆の声を上げ、魔法戦を眺める。
空中に飛んだ二人の内片方が火の玉を放つ。それに合わせて視線を地上に向ければ岩と岩が噛み合っている不思議な光景が。
地上組の片方が地に手を付けていることから地面を操るような魔法―――攻撃か防御かは分からないが――を扱い、空中に居る片割れがそれを阻止するような同属性の魔法を放ったのだろう。
そして、地上組の片割れが空中組に杖を向け、そこから扇状に放たれた雷が火球を空中で爆散させながら空中組に襲いかかるが、既に二人は地上に降りている。
中々に見ごたえのある攻防だ。
「凄いね。本物の魔法だよ。現実だよ、これ。信じられないよね!」
八雲は子供のようにキラキラと瞳を光らせながら思った事を口にする。いや、実際彼はまだ高校生の子供だ。
初めての非日常の象徴とも言える光景に興奮を隠しきれないようだ。ユスティアリカへの心配も忘れてしまう程に。
そんな友人の様子を幸助は微笑ましげな目で見ながら「俺達の世界には物語でしかねぇもんな」と同意する。
「……え?御二人の世界には魔法が無いのですか?」
と、そんなやり取りをしながら魔法戦を見ていた二人にユスティアリカから驚きの声がかけられる。
「ん?あぁ。ねぇよ」
「そんな……。では御二人の世界はどうやって回っているのですか?」
しれっと幸助が言う。その言葉にアルフが驚愕を隠しきれないといった様子で聞いてきた。
その問いに今度は八雲が驚愕する。
「え。この星、自転してないんですか!?」
「いや。そういう意味じゃねぇだろ。……違ぇよな?」
幸助が八雲に呆れたように突っ込むが、ここは異世界なのだ。
もしかしたら、が有るかもしれないと思いユスティアリカに確認する。
「アルフ。この星は自転してますよ?」
「知っています」
向こうは向こうで異世界組と同じようなやり取りをしていた。
ユスティアリカも冗談を言えるくらいには気を取り直したようだ、と幸助は判断をすることにする。
「私が言っているのは交通や流通や、とにかく移動を伴う色々です。他にも多数ありますが特にこれ等は魔法がなければ不便でしょう?」
「ここでは魔法が発展しているのと同じように、俺達の世界は科学が発展してんすよ。簡単に言えば、鉄の塊が空を飛んだり海中や海面を進んだりしてるってなわけだ。勿論、俺達の世界に魔法はないから魔法は使ってねぇ。それでも、世界一周するだけなら一日かかりませんぜ?」
アルフの問いかけに幸助は自身の世界の物流に使われている存在を、固有名称無しで軽く説明する。
魔法の模擬戦から視線を外さずの説明なので丁寧に、とはお世辞にも言えないし、失礼な態度であることには間違いないのだが、アルフにはそれを咎める余裕がなかった。
「……信じられません」
あり得ない。そう言いたいのがよく分かる表情で首を横に振るアルフを見て八雲が苦笑いを浮かべる。
「まぁ、僕達からしたら魔法の存在が信じられないもの何ですけどね」
「つーか、世界が違うなら常識が違うのも当たり前だっての。ただでさえ国同士でもちげぇんだ。異世界なら尚更だろ?」
「言われてみればそうだね」
幸助の言葉に八雲はあっさりと納得したのだが、ユスティアリカとアルフは二人の態度に納得がいかないらしい。
「……御二人の世界には魔法が無いのですよね?」
「はい。ありません」
「……どうして直ぐに未知のものを受け入れられるのですか?」
「僕達にとって、魔法は存在し得ないものだけど、未知ではないんですよ」
「「???」」
八雲の説明にユスティアリカ達は言っている意味が分からないと首を傾げる。
八雲もこの説明で分かるとは思っていなかったのだが、いざ説明しようとすると中々上手い言葉が見つからず、返答に詰まる。
「この世界に物語とかを綴った書物はねぇか?伝承でも、実話でもいい」
と、それを気配で察したのか、幸助が未だに模擬戦から視線を外さずに助け船を出す。
「多数ありますが、それが?」
「有るんなら話は早い。俺達の世界では娯楽のために空想で物語を創る仕事の人間達が居てな。その空想の物語で魔法はよく出てくるもんなわけ。それはもう様々な魔法が、もう出尽くしてるんじゃないかと思うほどに、な」
「だから、受け入れられると?」
「実際、今ドンパチやってる目の前の光景だが、どの魔法も俺達は知ってる。細かく合ってるかはわかんねぇが、少なくとも見た目は知ってんだ。それに、だ。俺達の状況。異世界に呼ばれた~何てのも俺達の知ってる物語であるわけだ。俺達の世界ではこの状況は少年が憧れてる光景だったりする」
実際に喚ばれ、戦わされる身としては全く喜べない光景だが、という言葉は飲み込んでおく。喚んだことを悪いと思って何度も謝っている相手に追い討ちをかけるような真似は慎んだ。
それが幸いしたのか、ユスティアリカの顔色は幾分か良くなっていた。それを、幸助は振り返って確認した。
会話中ずっと視線を外さなかった魔法戦から視線を外して。
その意味を八雲が正確に理解する。
「できそう?」
八雲の問いかけに幸助は行動で示す。
彼は自身の手を握り、少し勢いをつけるようにして手を開く。
ボッ!と彼の手の上に火の玉が現れた。
「大体分かった」
「凄いよね。スポーツとかもそうだったけど、魔法もなんだ」
「いや、俺もこれにはちょっと驚いた。魔力っぽいのが分かるんなら行けるかもな~とは思ってたが。案外簡単なんだな、魔法」
「「いやいや」」
幸助が魔法を発動し、それを『少し驚いた』程度で済ます八雲。二人のやり取りにユスティアリカとアルフが揃って首を横に振る。
「……本当に貴殿方の世界には魔法が無かったのですか?からかっているのではありませんか?」
「ええっと、まぁ、気持ちは分かります。けど、僕たちの世界に魔法がないのは事実です」
「ですが、その、私達も魔法は扱えますが、そんな簡単にできるものではないと思うのですが……」
「幸助は俗に言う『天才』ってやつです。向こうでも見れば大抵何でもできてました。魔法までできるとは思ってませんでしたが、まぁ、『あり得ない』とも思ってなかったので」
「『見えて』さえいれば誰でもできるもんっすよ」
幸助は彼女らのやり取りをその一言で済ませる。
『見たから覚えた』
これが、幸助が今後魔法を使用しても疑われないようにするための手だ。
かなりの暴論なのは理解している。だが、八雲が言った通り、幸助は何でもできた。
バスケ部の試合を見ればそれだけでバスケ部員全員を一人で抜いて点を取ったり、サッカーの試合を直接観戦すればそれだけでハットトリックを軽々と行える。
『覚えよう』と思って見たことは一切忘れず、ゲームという娯楽でさえ一度強者の操作を見ればその人に勝てる位になる。
もちろん、これ等の事に魔法を使ったり等していない。彼の世界では魔法は隠匿するものであるのに観衆の前で扱う訳がないのだ。
ただ、単純に人としての能力が優れている。
それを八雲は知っているから、このような暴論でも『まぁ、幸助だから』と納得する。
「正直に言いますが、僕を勇者として喚び出すより幸助を勇者として喚び出した方が世界を救える確率は高かったと思います」
「いや、ねぇわ。勇者とか、がらじゃねぇ」
苦笑いと共に放たれた八雲の言葉を幸助は即座に否定する。その事に「え~?」と疑うような声を八雲が上げるも、幸助はそれを無視して彼らに背を向ける。
「んなことより。お偉いさんを待たせちゃ不味いんじゃねぇですかい?面倒事はゴメンですよ?」
幸助はそう言って、まるで逃げるかのようにその場を後にするのだった。
今後ともよろしくお願いします。