2話 召喚者
2話目です。
「ん……。ここは……私の部屋?」
少女はベッドの上で目を覚ます。
視線の先にはいつも見ている天井が。
いつの間に寝たんだろう?と、ボーっとした頭で周りを見渡す。
見覚えの無い男性が横に座っていた。
「……っ」
彼女の表情に一瞬恐怖が浮かぶ。
自分にも来てしまったのか、と。
「あ、良かった。気がついた。いきなり倒れるからビックリしたよ」
だが、彼女の思っていたような事は起こらず、その男性―――八雲は優しい笑みを浮かべる。
彼は自身達をこの場に呼び寄せた少女が目を開けたことを純粋に喜んでいた。
「あ、私。そう、ですか……。申し訳ありません。お見苦しい所を」
魔力不足と寝起きによって混乱していた頭がようやく自身の現状を認識した。
彼女は八雲達の返事を聞いた直後に気が抜けて、気を失ってしまったのだ、と。
同時に、彼女は自身の行ってしまった事を思い出す。
(私は、彼等を巻き込んでしまった。彼等にも彼等の生活があったはずなのに……。それを、私は……私が奪ってしまった)
謝らなければ。
そう思い上体を起こそうとするのだが、魔力を消耗仕切った体ではそんな簡単な行為も行えない。
そもそも、魔力を消費しきっているのに目を覚ましていること事態が一種の奇跡に近いのだ。
これ以上無理をしたら命に関わる可能性もある。
「んっ、くっ……!」
それでも、少女は無理をして上体を起こそうとする。謝らなければ、と。
そんな強迫観念に囚われていた。
「まだ安静にしてないとダメだよ」
そんな彼女の肩にそっと手が当てられる。
八雲が彼女を軽く押すようにして抑えたのだ。
力を入れていない優しい手つきだったが、その僅かな力にさえ逆らえず、彼女はまたベッドに体を預ける。
「で、すが……」
「ですが、じゃないよ。さっき倒れたばかりなんだから」
八雲はそう優しく語りかけながら、彼女の頭を撫でる。
「お疲れ様。君の呼び出しはちゃんと成功したんだ。頑張ったね」
少女はしばらくされるがまま撫でられていた。
彼の手は、優しさは暖かかった。
撫でられているだけなのに体が軽くなったような、思考の靄が取れていくような、そんな気さえしていた。
「……成功、しない方が良かったんです。私は貴方を……」
そして、思考の靄が取れてしまった少女にはその優しさが辛かった。
彼女は彼から居場所を、家族を、友人を奪ってしまったのだ。
深く考えずにそうしなければと思っていたものが、確たる重みを持って彼女にのし掛かる。
謝って償えるものではない。
怨み言でも言ってくれれば良かったのに。暴力を振るわれればそれが償いだと割りきることもできたのに。
彼はただ、少女に優しくするだけだった。
彼女の瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。
ただ優しくされるのは辛かった。
だが、同時に嬉しくもあった。
頑張ったね。そう言われて認められたような気がした。
頭を優しく撫でられて気持ち良かった。
怨まれることもなく安堵した。
そして、そんな思いを持ってしまった自身が嫌になる。
彼女自身、自分の感情が整理できていなかった。
ただ涙を流すことしかできない彼女の頭を八雲はただ優しく撫で続ける。
部屋の角にいる友人へと助けを求める視線を向けながら。
「イケメンだからこそ許される行為だよな~」
「女の敵ですね」
「いや~あいつ、あれで彼女どころか友達も少ないっつったら信じるか?」
「無理ですね。彼女が十人いると言われたら信じるレベルでしょう」
その八雲の友人こと幸助は、八雲のヘルプを無視して共に一部始終を見ていたメイドとそんな話を始める。
メイドは幸助の言葉を冗談と流していたが、この言葉に嘘はない。
八雲は困っているのなら誰でも助けるような善良の塊だ。助けられたものは彼に憧れやら恋慕やらそんな好印象を持つ。
友達は彼の周りに勝手に増える。
が、実際に仲良くなって共に行動すると、誰でも助けるという八雲の行動に誰もが付いていけないことに気付くのだ。
例え相手が凶器を持っていても、自身より強いとしても、彼は必ず助けるという行為を行う。
赤の他人のために自ら危険に飛び込んで行く。
例えそれがどれだけ善良な行為であろうと行き過ぎればそれは異端となってしまう。正常な人間の行うことではない、と。
彼の行為は異常だと、それを理解した友人が一人、また一人、と疎遠になり、彼は変わっていないのに次第に彼の周りから勝手に友人が減るのだ。
だから、彼は友達が少ない。
「ま。俺も長いこと友人やってなきゃ同じ感想を持っただろうな」
「そこ。普通に聞こえてるからね?人が気にしてることをペラペラ喋らないでくれないかな?ねぇ。人のヘルプを無視する僕の数少ない友人さん?」
いつの間にか助けを求める八雲の視線が責めるようなジト目に変わっていた。
そんな彼に幸助は人の悪い笑みを浮かべて言う。
「助けて欲しけりゃ言葉にしろ」
「助けて」
「諦めろ」
「……僕はたまに、何でキミと友人を続けてるんだろう?って思うことがあるよ」
幸助の言葉に八雲は即助けを口にしたが、それに幸助が即答で言い返す。
あまりの即答に、一瞬固まってしまった程だ。
「俺が居なけりゃ友達が居なくなるからだろ?」
「わーい、ほんとだ~。涙が出るね」
「感謝しろよ~」
「でさ、幸助の友人関係って―――」
「ハッハッハー」
「わっかりやすい誤魔化し。実は誤魔化す気ないでしょ」
「フフっ」
そんな友人同士だからこそできる勢いだけの会話をしていると、二人とは別の、鈴を転がすような女性の声が聞こえた。
二人は驚きの表情を浮かべて声の主の顔を見つめる。
「あ、ごめ、申し訳ございません」
慌てて少女が言うが表情は隠しきれていない。
何とか笑みを隠そうとして少し変な顔をしていた。
それを見て八雲と幸助は互いに顔を見合わせる。
すぐに互いに笑みを浮かべて、どちらからともなく、互いの手のひらをパンッと打ち合わせた。
意図していた訳ではなかったが、笑ってくれたのならそれでよし、と言わんばかりに。
「さて、場も和んだところで自己紹介でもしましょうかね」
「そうだね。名前が分からないのは大変だし。僕の名前は神無月八雲。苗字……じゃなくて、家名が後ろに来るならヤクモ・カンナヅキになるかな?」
「コウスケ・クジョウだ。姫さんの名前は?」
幸助が訊ねると、ベッドに寝ていた少女は上体を起こした。
寝起きのような速度ではあったが、先程と違いあっさりと起き上がった事に幸助達は驚く。
「大丈夫なのか?」
「無理してない?」
「はい。もう大丈夫、みたいです」
幸助と八雲の問いに少女はそう答える。少女自身驚いているような反応だったが、本当に問題は無いようだ。
彼女は体調を確認するためか、自身の体に手を当てて首を軽く傾げた。彼女自身不思議に思っているようだ。
「……カンナヅキ様。クジョウ様。無理矢理連れてきたにも関わらず、大変失礼を致しました。私はこのヴァルナイツ王国第三王女。ユスティアリカ・アト・ディアナ・エーヴェルバイン・ヴァルナイツと申します」
彼女は自身の事を一旦棚にあげたようで、姿勢を正して八雲達へと自己紹介を始める。
「「oh...」」
直後の少年達の反応である。
彼等は素早くアイコンタクトを取る。
(覚えられた?)
(無理)
彼等は一回でフルネームを覚えることができなかった。
相手が貴族だ、というのはこの際関係ない。どんな相手だろうと自己紹介をした相手の名前を間違えるというのはかなり失礼だ。
どう対処しようかと考えながら二人の視線は残りの一人、メイドへと向けられる。
視線を向けられた彼女はスカートの端を摘まむようにして持ち上げ、頭を下げる。
「エーヴェルバイン家に仕えております。アルフと申します」
彼女はそれだけで挨拶を終える。
「家名は?」
名前しかなかった事が八雲は気になったらしい。
八雲の問いに対して彼女は首を横に振った。
無い、という事だろう。
この世界では貴族のみが家名を持っているのだろう、と二人は予測する。
「それで、えっと―――」
八雲が第三王女を見ながら口を開くが、それを言葉として発することはできなかった。おそらく名前を呼ぼうとしたのだろう。
「……長いですよね。ユスティアリカが父から頂いた名で、ディアナは母から頂いた名。アトは名前と名前を繋ぐ言葉です。家名がエーヴェルバインで最後に国名のヴァルナイツが付いています。親しい者からはティアと呼ばれていましたので、ティアで構いませんよ?」
「御嬢様はそれでも構わないかもしれませんが、周りはよく思いません」
ユスティアリカは笑って流してくれたのだが、それに苦言を呈したのはまたしてもアルフだ。
彼女の言葉にユスティアリカは反論ができなかった。八雲達もそれが不味いことくらいは分かる。
「失礼。第三王女様」
幸助は名前を呼ばずに役職を言う。間違えることの無いようにという配慮だが、ユスティアリカはお気に召さなかったようでジト目を向けてくる。
隣では八雲が『エーヴェルバイン……エーヴェルバイン。エーヴェルバイン』と徐々に速度を上げるようにしてユスティアリカの家名を呟いている。
何とかして馴らそうとしているのだろう。
「何でしょう。クジョウ様」
「……様はいらねぇ。九条でいい」
「あ、僕の事も様付け無しでお願いできますか?呼び方は名前でも家名でも、好きな方で構いません」
馴れない呼称に幸助は恥ずかしそうに視線を剃らす。
八雲も様付けは嫌だったようで、若干喰い気味で幸助の後に続く。
「では私の事もティア、と。呼び捨てで構いません」
ユスティアリカは申し訳なさそうに言う。
彼等を持ち上げるのが無理なら、自身が下に行こうと考えているようだ。
「いや、姫様を呼び捨てとか、首が飛ぶだろ?物理的に」
「そうですね。少なくとも城の中ではお止めになった方が賢明かと。今の城では特に」
だが、それは幸助とアルフの言葉で止められてしまう。
「それとクジョウ様は呼び捨て以前に口調が問題です」
「堅苦しいのは苦手でね。ほらここ、世界が違うっしょ?それを理由に、適当に誤魔化しますわ」
その軽い言い方にアルフはさらに何かを言いかけるが、それを幸助が手を向けることで止める。
「言いたいことはいろいろあるのかもしんねぇが、俺としてはとりあえず状況を進めたい」
「状況?」
「俺達は『助ける』と答えた。でだ姫さん。目的は何だ?俺達に何をさせたい?」
「そ、それは……」
この問いにユスティアリカはあからさまに狼狽える。視線は泳ぎ、表情も雲って行く。
それを見て八雲は幸助に、間を開けた方が良いのでは?と言いたげに視線を向けてくるが幸助は首を振って拒否する。
ここで聞いておかなければならないことだ。
「……御嬢様」
「……どうか、魔王の打倒に協力してください」
アルフが気遣うように声をかけたのが決め手だったのか、彼女は八雲達―――正確には八雲だけだろうが―――を喚んだ目的を言った。
その内容に幸助と八雲は互いに顔を見合せ苦笑い。
互いに、ありきたりな展開だ、と思って。
「もちろん」
「既に引き受けた事だしな」
その回答を聞いてユスティアリカは顔を上げる。
彼女の表情はとても喜んでいるようなものには見えなかった。辛そうで、何かに葛藤しているような目をしている。
「…これは命令ではありません。断ってくださっても構わないのです。その場合でも私は全力で、命を掛けてでもお二方をお守り致しますし、帰る術も必ず見つけます。ですので、どうかよく考えて―――」
「くどい。しつこい男はきらわれるっつうが、女も同じだな」
「そんなに脅えなくていいよ。僕が、困ってるティアを助けたいんだ。だから命令なんてされなくても助ける。今さらいい、なんて言われても助けるからね?」
ユスティアリカの言葉を遮って二人は言う。
その言葉を聞いてユスティアリカは少しだけ、安堵の表情を浮かべた。
だが、彼女はそれでも首を横に振る。
「……いいえ。よく考えてください」
ありがとう等の感謝の言葉を予想していた八雲達は意外な返答に顔を見合せる。
ユスティアリカはここでのやり取りだけで目の前の二人がお人好しの部類に入る人間だということが分かった。
だからこそ、彼女は念を押すように言う。
「もうこの世界の九割近くは、魔族の支配下にあるのですから」
彼らのような人をこのような死地に呼び寄せてしまった自分を責めるようにそう言った。