21.金色のユリ
花宮の家まで帰ってきた。中に入りたくない、怖い、時雨を傷つけたようにかすみも傷つけてしまうのではないか。そう思う自分がいる。
「……ただいま。」
「おかえり。遅かったわね、一体どこいってたのかしら。」
「ごめん。」
「まあ今はいいわ。すぐにお風呂に入りなさい。酷い顔よ。」
「ありがとう。」
俺は何も考えたくなかった。明日のことも明後日のこともこれからのことも全てがどうでもよかった。人はこんなにもすぐ感情が変化する生き物なのだろうか。昨日、一昨日の感情なんてすぐどこかに行ってしまった。お風呂から上がった俺は何にも考えずに寝た。
朝起きるとすでに学校に行かなければならない時間だった。だが学校に行きたくない。もうずっとほっといて欲しい。そう思った。
「悠樹君、今日はお仕事休みますか?」
香奈さんだ。どうしよう、居候の身で仕事なんて休んだら……
「やり……ます。」
「……やっぱりいいです。しばらく休みなさい。あなた、疲れてるみたいですし。そんな感じでお仕事やられたらはっきりいって迷惑ですから。」
「そんな……俺は……」
「黙りなさい。……疲れが取れるまでずっとそこにいなさい。ご飯は私が持っていきます。」
「……すみません。」
香奈さんの気遣いに甘え俺は学校を休んだ。
短針が一周した頃、リリーが部屋の前にやってきた。
「悠樹、お体は問題ありませんか。」
「うん。大丈夫だよ。……俺、しばらく学校休むことにしたから。ごめんな。」
「そうですか……。私待ってますから。」
「……ごめん。」
「私、悠樹が戻ってきたときここに入学してよかったって笑ってもらえるように頑張ります。だから覚悟しててください。」
「俺……リリーのこと傷つけるかもしれないよ。」
「傷なら悠樹がかすみを選んだ時にもう負っています。だからいつでもいいです。明日でも明後日でもいつだって構いません。学校に来てください。私が絶対悠樹を笑わせます。……笑った悠樹さんが一番幸せそうですから。」
「リリー……」
「それでは失礼します。また学校で会いましょう。」
リリーは去っていった。俺はまだ決心がつかない。他人と関わることが怖くて仕方がないんだ。
リリーが部屋の前に来てから三日が経った。昨日は香奈さんと少し話しただけで他は誰とも話していない。
そして今日、香奈さんは言った。
「悠樹君、そろそろ学校に行ってはどうですか。」
「…………」
あまり今までそういうことを言ってこなかった香奈さん。心臓の鼓動が大きくなる。
「……少し考えさせてください」
「わかりました。」
俺は考える。本当に行くべきなのか。
リリーは俺を学校で待つと言った。……俺はリリーに会いたいのか?
答えは決まっている。Yesだ。俺はリリーに会いたい。
「なんだよ、簡単じゃないか。」
俺は覚悟を決めて部屋を飛び出す。そうだ、学校へ行こう。
「香奈さん、学校……行きます。」
「わかりました。……そういえばシャーウッドさんから連絡が来てました。すぐ体育館に行ってあげて頂戴。」
「体育館ですか?わかりました。」
俺は身支度を整えて家を出る……その前に
「香奈さん、迷惑掛けてすみませんでした!」
お世話になった香奈さんに心からお礼を伝える。
「いいのよ、悠樹君は私たちの家族みたいなものなんだから。食費や迷惑料は給料から引いておくわね。」
「あっ、はい。よろしくお願いします。」
香奈さん、優しいなー。
学校に着き、急いで体育館へ向かう。そして体育館のドアを開き、中へ飛び込む。
「……は?」
思わずその光景に唖然とした。
「悠樹くんお帰りなさい!」
いっせいに全校生徒がこちらを向く。
「…………」
いや、嬉しいよ。そりゃ。
けど規模大きすぎない。そしてさ……
「ありがとう!だけど何でみんな金髪なの!?」
確かこの学校金髪禁止だったよね。ねえ、なにこれ。新しいドッキリか何かなの?
「悠樹、おかえりなさい。待ってましたよ。」
「リリー、これは一体どういうことなんだ?」
「それはですね……皆さんに私が頼んだからです!」
「……は?」
「あの後私、全校集会で悠樹さんのことお話しました。悠樹さんに笑ってもらいたいから手伝って欲しいってみんなに言いました。そしたらみんな私のために協力してくれたのです。生徒会の権力をつかってないとはいいませんが理事長に許可は貰いましたから問題ありません。」
「……なんで金髪なんだ?」
「私が金髪だからです。」
「……なんでこれをしようと思ったんだ?」
確かヒロインの金髪の女の子が四人くらい出るゲームはあったような気がするが……桁違いすぎるだろ、これ。
「それは……悠樹に笑ってもらいたかったからです。」
マジか……リリー、お前すげーわ。それだけのためにこんなことを……。
「フフッ、ありがとう。リリー、すげー面白いわ。どんな頭したらそんな考え思い浮かぶんだろうな。」
「ムッ。悠樹の言い方に悪意を感じました。皆さん、悠樹を取り囲んでください。」
金髪×500に取り囲まれる俺。なにか本能的に身の危険を感じる。
一箇所だけ空いてる場所があるのを見つけた。俺はそこへ駆け出す。
「逃がしませんよ。」
俺の目の前に立つリリー。じりじりと距離を縮めてくる。
「私、悠樹が好きです。ですが私は正妻の座を花宮さんに渡します。やっぱり悠樹さんには花宮さんがお似合いです。私は二番で構いません。だから私とも家庭を持っていただきたいのです。それで私は十分幸せです。」
「リリー……ありがとう。俺もリリーが好きだ。」
……よし。
「結婚しよう、リリー。」
俺は片膝をつきリリーに手を差し出す。
リリーは驚いて目を見開く。その瞳は潤んでいた。
「……はい!」
俺の手を握るリリー、湧きあがる歓声。俺とリリーは金髪の軍団に胴上げされるのだった。




