20.歪んだ愛
あのあと俺は花宮家には帰らなかった。時雨に森月家へ連れて行かれたからだ。
「今日はお母さんいないから。」
「そ、そうなんだ。」
時雨は多分誘っているのだろう。俺はこれ以上罪を重ねたくない。そう願っていても、時雨に迫られたら俺は……断ることができるだろうか。
「悠樹……」
時雨が俺に抱きつく。俺はどうすれば……
≪ピンポーン≫
インターホンが鳴る。
「無視しよう、悠樹。今は私だけを見て。」
「そんなこと言ったって……」
≪ピンポーン≫
≪ピンポーン≫
≪ピンポーン≫
≪ピンポーン≫
≪ピンポーン≫
流石に無理だろ……。
「……ちょっと私見てくるね。」
「お、おう。気をつけてな。」
時雨が階段の下りてゆく。しばらくして下から喧騒が聞こえる。
ドンドンと階段を上る足音が大きくなる。そしてドアが開く。
「悠樹様!ご無事ですか!!」
「美織!?どうしてここに?」
「悠樹様を助けに参りました。さあ、こんなところからは今すぐ逃げましょう。」
「ちょっと待って欲しい。時雨と俺は付き合ってるんだ。」
「だからどうしたというのですか?私は悠樹様の伴侶です。彼女なんかという関係よりも強靭な糸でつながっています。」
「待ちなさい。私の悠樹をどこへ連れて行くつもりなの?」
「もちろん花宮家です。あそこが悠樹様の居場所です。こんな場所、悠樹様には似合いません。」
「花宮?何であなたがかすみの肩を持つのかしら?」
「あなたと一緒に居るよりはかすみと居た方が幸せになるからです。まあ、私には及びませんが。」
「……なんでそんなことが言い切れるのか全く分かんないんだけど。」
「悠樹様……この女とは縁を切るべきだと私は思います。」
「美織。それはできない……俺は時雨にも幸せになってもらいたいんだ。」
「悠樹様!!そろそろ目を覚ましてはいかがですか!」
美織が俺にビンタした。
「ちょっと美織!?私の悠樹に何してくれてんの!」
「悠樹様は決してあなたのものではありません!!」
「いいんだ、時雨。これくらい覚悟してたから。」
「……悠樹様、失礼しました。すこしこれからお話してもいいですか。二人で。」
「行っちゃ駄目……悠樹は私のなんだから」
「それはできないよ、時雨。ちょっと話してくるから待ってて。」
「……わかった。その女に誑かされないようにね。」
「ふふ……誑かしているのは私なのでしょうか。わかりかねますね。」
森月の家を出て近くのファミレスに入る。
「美織、話って何だ。」
「それは……少し覚悟を決めていただけませんか、悠樹様。これから話すことは全て真実です。この真実を受け止める覚悟を……どうか決めてください。」
美織が軽々しく話さないのは余程の理由があるのだろう。きっと俺がその話を聞いて傷ついてしまう、そう思ったのではないだろうか。なら、俺も傷つく覚悟を決めなければならない。
「……わかった。何を聞いても美織を信じる。疑いはしない。だから話してほしい。」
「わかりました。では、まず最初の話ですが……今日なぜ私たちが悠樹を見つけることが出来なかったのか、その理由をお話します。」
「見つけられなかったからじゃないのか?」
「いえ、そんな理由だったら私は悠樹様の伴侶失格です。いまここで自害してもかまいません。」
「俺が構うから!止めよう、そういうこと言うの!」
美織がいうと冗談だってわかってても不安になるよなー。
「……本当の理由は、私たちの行動が時雨さんに筒抜けだったからです。」
「え?」
「私たちはそれぞれ尾行されていたのです。そしてそこから時雨さんに連絡がいってました。」
「時雨は俺とずっと一緒に居たし、あやしい様子はなかった。なのになぜそんなことができる?」
「それはわかりません。ただ、尾行していた人の一部を捕まえました。そしてその人は証言しました。森月に頼まれたから……と。」
「そうなのか、しかしどうやって……。」
「悠樹様は時雨さんと二人でデートしていたのですよね?じゃあ悠樹様がどこか見落としているのではないですか?」
「そうかもな……ん?俺は時雨と二人きりでデートなんかしてないぞ?りんちゃんって子と一緒に遊園地で遊んでたよ。」
「じゃあその子、きっとグルですね。もしかして時雨さんの友人なのではないですか?」
「あんな小さい子、俺は見たことないけどな……」
「身長や髪の色はいくらでも誤魔化せます。普段から身長を誤魔化してる人とかよくいますし。」
そういわれてもな……りんちゃんに似てるひとっていたっけな……
「この前カラオケにいた子なんてかなり底あげてましたし、その子じゃないですか?」
「言われてみれば……確かに似てるな。」
「名前はなんていうんですか?」
「鈴音……琴原鈴音。」
「……それ鈴音さんですよ、絶対。」
「りんってまさか……」
鈴音、そんな一面があったのか。意外だな。
「二つ目ですが……悠樹様は時雨さんと付き合っても幸せになれません。むしろ、私たちとも会うことが出来なくなりますよ。」
「……どういう意味だ。」
「私たちが中学生の頃、昼休みに私は一回だけ悠樹様のところへ行きました。覚えておられますか?」
「ああ、本当に一回だけだったよな。」
「あの翌朝、私の靴箱に一通の手紙が入っていました。内容はこうでした。」
『悠樹に手を出したら徹底的に苛め抜いてやるんだから。』
「誰からのかなんてすぐわかりました。時雨さんの机の上に置いてあったノートの字と癖が似ていたからです。私は怖くなって昼休みに行くことを止めてしまいました。あの人は悠樹さんの気持ちなんか考えていません。それは今もきっと……」
……それが本当なら俺は時雨とは付き合えない。
「悠樹!ここにいたのね!!遅かったから迎えにきたわ、さあ帰りましょう。」
「時雨……本当なのか。本当にそんなことやったのか。」
「……悠樹?何の話してるの?」
「忘れたとは言わせません。あなたが中学生の頃私の靴箱に脅迫状のようなものを入れたことを。」
「……なんだ、覚えてたんだ。てっきり忘れたのかと思った。そうよ、あなたが私の悠樹に手を出したせいなんだから。苛められるのなんて当然よね。」
「そうなのか!お前、美織にそんなことしてたのか!?」
「苛められてたとは私も初耳です……悠樹様以外話し相手いませんでしたから。」
「……なんかごめん。美織。」
美織は俺が思ってたよりも強い子だったようだ。
「それで何?もう悠樹は私のもの。あなたとは何にも関係ないわ。」
「……時雨。」
「どうしたの、悠樹?そんな悲しい顔して。大丈夫よ、悠樹は私が守るから。」
時雨の俺への愛は酷く歪んでいた。それは今の俺でもわかるくらいに。
「……ごめん。やっぱり俺、時雨とは付き合えない。付き合っても俺は時雨とはこの関係は続けられない。無理なんだ。俺には時雨の想いを受け入れることなんて。」
「悠樹?……どういうこと悠樹!?」
「俺は……他の誰かを傷つけてまで守ってもらいたくない。だから無理だ。ごめん。」
泣くな、俺。決めたんだろ。諦めるって。
「じゃあな、時雨。」
時雨の愛を受け入れることは出来なかった。なんで俺は……こんなに弱いのだろうか。
「待って!悠樹!!私、悠樹がいないと……」
時雨……ごめんな。
俺は泣いている時雨をおいて花宮家に戻ったのだった。




