01.許婚との再会
俺は高校二年生の夏、全てを失った。賭け事がやめられない父が俺を置いて夜逃げし、借金の全てを俺が肩代わりすることになったのだ。その後通っていた地元の高校を自主退学、仲がよかった友達や幼馴染とも音信不通となった。
俺は走った、できるだけ遠いところに行きたかった。借金の取り立てから逃げたかったのもあったが、俺と同じくらいの歳のやつを見ると胸に収まりきらない程の黒い嫉妬で狂いそうだったからだ。
そのときだった。自分のすぐ左側からクラクションの音。急いで振り向くが避けて間に合いそうもない。
「嗚呼、俺……死ぬのか。」
あっさりと脳が死を受け入れる。
「何諦めてるのよ!」
どこかで聞いたことあるような声と同時に俺は宙へ浮く。間一髪だったようだ。
「って何これ!? すごい視線集めてるんだけど!?」
「諦めて死のうとした罰よ。恥をさらしなさい。」
すごいみんな見てる。そりゃそうだよな。空中に吊り上げられてるし。
ってその声は……。
「もしかして、かすみなのか?」
かすみちゃん。本名、花宮かすみとは十五年前、まだ母親が生きてたころから縁がある。五年前までは母親同士の縁で歳も近く、よく会って遊んでいた。ただ母親がなくなってから父が大荒れしてしまい、かすみに怪我させてしまう危険性からもう会うことをやめたのだ。
「そうよ、久しぶりね。馬鹿悠樹。」
「馬鹿って言うな。しかしだいぶ大人になったんだな。で、これは何なの?」
ワイシャツの襟首からフックのようなものがかかっている。というかまんま釣竿のあれだ。
「釣竿よ。」
いや、こんな頑丈で大きい釣竿をどうしてこんな街中で持ち歩いてるんだよ。
「なーに? その怪訝な表情は。下ろしてあげないわよ?」
「いやごめんなさい、だから下ろしてください。」
「ごめんなさいもそうだけど他に言うことあるでしょ?ほら。」
「えっと、身長縮んだ?」
「違うわ、馬鹿。助けてくれてありがとう、結婚しよう。でしょ?」
唐突に、かつナチュラルにそんなこと言われたから少しビックリしたが、昔からそういうところがあったし今はもう慣れている。
「ありがとう、でも結婚はできないかな。」
俺もかすみとならまんざらでもないけど、今は借金があるし迷惑かけたくない。
「なっ、なんで?小さいころ約束したよね? 大きくなったら結婚しようって。もしかして嘘だったの? あのころの悠樹はお姉ちゃん大好きっこで可愛かったのに。いつからこんな子に……」
「ねえ。そ、そろそろ下ろしてくれないかな。周りの目が冷たい。」
「嫌よ。せっかく見つけたんだもの、結婚してくれるまで下ろしてあげない。だいたい私たちは親同士でとっくに結婚することが決められているわ。いわば私はあなたの許婚よ。だから結婚しなさい。」
今までにない猛烈なアプローチだ。だけど。
「ごめん、それはできない。俺さ、父から借金押し付けられて学校も行けてないんだ。だから結婚してもかすみのこと幸せにできないと思う。」
かすみはどんな表情をしてるだろうか。あまりに甲斐性のない俺に失望してるのだろうか。
「は? それくらい知ってるわ。そんなこと気にしてたの? そんなの私のお母さんが払ってくれるわよ。よし、じゃあこれで結婚してくれるのよね?」
いや、言ってる意味がよくわからないんだが。かすみの家は確かに普通の家よりもお金持ちだがこんな大金支払えるわけがない。
「とりあえずあとはお母さんに聞いて。じゃあ帰るわよ。」
「帰るってどこに?」
もうアパートは契約解除したし。
「今日から悠樹は晴れて花宮家に居候することになったから。これからよろしくね、悠樹。」
そうして俺は状況が理解できないまま釣竿で吊られた状態で花宮家へ連れていかれるのだった。
異世界ものの方は打ち切りました。