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テレパシー能力者の恋

作者: ネコ助





俺の名前は中村匠(なかむらたくみ)

東京生まれ、東京育ちの大学生、二十二歳だ。


俺には誰にも言えない秘密がある。

それはーー


『匠君、今何してる?』


『今は大学の学食で昼飯食ってるとこ。美菜(みな)さんは?』


『私は仕事の休憩中。お弁当食べてるよ』


『そっか、お疲れさん。午後も頑張れよ』


『うん、ありがとう』


俺の秘密。それはテレパシーができる事。ちなみに今の会話はすべてテレパシーで行った事だ。


俺が人と違うって事に気付いたのは小学校一年の時。それまでも家族しかいない家で他の誰かの声がする時はあって、家族に『誰かの声がするよ』と言っては、嘘をつかないで、と怒られていた。自分にしか聞こえない声に、不思議に思いながらも自分の妄想なのかもしれない、と思って日々を過ごしていたんだ。


だけど、小学校一年の時に『Hello.Nice to meet you』って聞こえて、良く聞く単語だな、と気になった俺はその言葉を先生に聞いたんだ。

そしたら「それは『こんにちは、初めまして』っていう意味の英語よ。匠君は英語を勉強してるのね、偉いわねー」って言われて。そこで初めて俺は〝他の人の声〟を聞いてるんだ、って気付いた。


だけど俺はそれが普通じゃない事は分かってたから、誰にも言わなかった。


テレパシーをする人は英語で話す人が多くて、日本語を聞いた事はなかった。でも俺は英語が苦手だったから、返事をする事も出来なくて。


テレパシーが聞こえる度に気が散るし、俺はこんな能力いらない、普通の人に産まれたかった、って何度も思った。


だけどその考えが百八十度変わったのは、俺が大学一年生の夏だった。

その年は例年稀に見る猛暑で、校閲のバイトをしていた俺は一つの〝声〟をキャッチした。


『暑い……頭がくらくらする……気持ち悪い……』


(! 日本語!? てか……具合が悪いのか……? どうする、無視するか?)


『頭痛い……うっ、吐きそ……。でも、我慢、我慢……』


(この人、声が伝わってる事に気付いてない……? てゆーか吐きそうなの我慢すんなよ……)


心配になった俺は、初めて自分から話しかけてみた。


『あのー、もしもし? 大丈夫ですか?』


『何……? 幻聴……? はは、ヤバイかも……』


『幻聴じゃないですよ、お姉さん。気持ち悪いなら我慢しないでトイレで吐いた方が良いですよ。てかさっき暑いとか頭がくらくらするとか言ってましたよね? 多分熱中症になりかかってるんですよ。早く涼しい所行って水分摂って、首筋とか脇の下とか冷やして、横になった方が良いですよ』


『はは、すごい親切な幻聴……。でもね、私はこのクーラーが壊れた部屋であと一時間は作業しないといけないの。だから……』


『お姉さんが今何してるか知りませんけど、無理して倒れた方が人に迷惑かけますからね? 救急車の世話になるか、今すぐ休むか、どっちが良いですか?』


『……分かったわよ、幻聴さん。休みます、休みますともーー』


そこで一回通信が切れて、お姉さんの声は聞こえなくなった。


その日の夜。


俺は昼間のお姉さんの事を気にしながらも、夕飯を食っていた。するとまた声が聞こえてくる。


『んー、よく寝たぁ。って十九時!? 寝すぎたー。でも頭もスッキリしてるし、昼間の幻聴さんの言う通り休んで良かった〜』


俺はまたあのお姉さんと繋がった事に気付き、声をかけようかかけまいか悩んだ。

しかしこのままこのお姉さんが脳内の声をテレパシーでダダ漏れにした場合、もしも聞いた人が日本語を理解出来る人だったらお姉さんの私生活が他人に漏洩してしまうという危険に思い当たり、俺はお姉さんに教えてあげようと思った。


『お姉さん、お姉さん』


『ん? また幻聴さん? やっぱりまだ具合が悪いのかしら、私……』


『お姉さん、幻聴じゃなくて、テレパシーですよ、テレパシー。俺と繋がってるからお姉さんの脳内が俺にダダ漏れなんです。だからお姉さんがテレパシーしないように制御しないと』


『え? テレパシー? やだ、私の幻聴おかしな事言うのね……』


俺はため息を吐いた。どうすれば本物のテレパシーだと信じてもらえるだろう。

暫し考えた俺は、ここで繋がったのも何かの縁だと考えて、ある事を決意した。


『お姉さん、「アミーゴ」ってSNSやってる?』


『やってるわよ、それが?』


『じゃあそこのID検索でローマ字で「takumi8850」って検索して。そしたら中村匠って出てくると思うから。それ、俺だから、出てきたらテレパシーだって信じてくれよな』


『……。幻聴なのに随分リアルね。まぁ、幻聴だし、試してみてもいっか。えーと、た、く、み、8850ね〜。…………。あなた、中村匠って言ったっけ?』


『そうそう。出てきた?』


『……。で、出てきたぁ〜! な、なんで!? 私、中村匠なんて人、知り合いにいないけど!? なんで〜!?』


『まぁまぁ、落ち着いて下さいお姉さん。だからテレパシーですって。なんなら俺に「テレパシーしてる人ですか?」ってメールしても良いですよ』


『ちょ、ちょっと待ってちょうだい。私、テレパシーしてるの? 貴方と? どうやって?」


『どうやってかは知りませんけど、お姉さんが何らかのきっかけで脳内の言葉をテレパシー能力者に伝えられるようになって、で、たまたま俺が貴女の〝声〟をキャッチした……って感じですかね。昨日とか今日とか、なんか思い当たりません?』


『昨日……は何も無かったわ。今日は……あっ! 今朝、朝シャンしてたら滑って転んでおデコをぶつけたわ。コブになってるのよ。それが原因かしら?』


『あー、そうかもしれませんね。それでテレパシー能力が開花しちゃったのかも。俺はテレパシー能力を消す方法は知りませんから教えられませんけど、お姉さんは脳内で考えてる事が漏れ聞こえてきちゃうからどうにかしてテレパシーで伝えないように制御しなくちゃダメですね。今は俺と繋がってるから良いですが、もし悪い人に繋がっちゃったら大変な事になりますよ?』


『そう……そうよね。どうすれば良いのかしら』


『んー、俺はそういう脳内がダダ漏れになるって経験がないからなぁ。とりあえず俺がお姉さんと繋げたままにしとくんで、気合いで脳内の言葉を俺に伝えないように頑張って下さい』


『気合い……。わ、分かったわ』


『それじゃ』


そっからは俺はお姉さんに話しかけなかったけど、お姉さんからは『どうしよう……』とか『お腹すいた……とりあえず食べるか!』とかが伝わってきた。


お姉さんと繋がってる間、色々な事が分かった。まず、お姉さんは朝シャン派。そしてアイシャドウの塗り方を研究してるらしい。朝はパン派で、最近はチーズトーストにハマっているようだ。

仕事は花屋で働いていて、熱中症になりかけた時はクーラーの壊れた部屋で生け込みをしていたらしい。


そんなお姉さん情報を知りながら一週間が経った。まだお姉さんからの声は聞こえている。


『あーもう、あのセクハラおやじ! 人がニコニコしてりゃあ調子に乗りやがって!』


「…………」


(そろそろ一度、まだ聞こえている事を教えた方が良いだろうか……?)


そう思った俺は、久々にお姉さんに話しかけてみる事にした。


『お姉さん、まだ聞こえてますよー。何があったんです?』


『きゃっ、やだ。中村君!? き、聞いてたの?』


『自然と聞こえちゃうんですってー。まだ聞かせないようにする方法は見つかってないみたいですね』


『そうなの……。あ! もう一回おデコをぶつけたら治らないかしら!?』


『下手すりゃ死にますからやめて下さい』


『そう……。あー、中村君、貴方で良いわ! 聞いてちょうだい! さっきね、お得意様の社長室の部屋を生け込みしてたら、社長が帰ってきてね。私の胸をジロジロ見てきて、「いやぁ〜若い子は良いですな〜、胸は何カップですかな? ん?」とか言って堂々とセクハラ発言かましてきたのよ! 必死に笑顔でご想像にお任せします、って答えたけど、私頭にきちゃって! もうあそこには行きたくないわ!』


『そ、そうなんですか。それは失礼なオヤジですね〜。花屋の店長に訴えてみたらどうですか? セクハラされたからもうあそこには行きたくない! って』


『そうね、そう言えたら良いんだけど……。ウチの花屋、万年人手不足なのよね。いつもギリギリの人手で回してるのよ。だからこのくらいのセクハラは我慢しなきゃいけないのよね』


『うーん、店長が男なら、店長に代わってもらった方がいいけど、店長も女性なんですよね。じゃあ店長からそのお得意様の社長の秘書に内密に連絡取ってもらって、セクハラおやじには鉢合わせしないように段取ってもらったら?』


『そうね……あのセクハラおやじの秘書は女性だから、きっと手を回してくれるわね。ありがとう、中村君』


『どういたしまして。じゃあ、引き続きテレパシーの制御、頑張って下さいね』


『はーい』


そして、その会話から十日後、パタリとお姉さんの声は聞こえなくなった。


俺はお姉さんの声が聞こえなくなってから一週間はお姉さんと波長を合わせてたけど、流石に一週間も聞こえなかったら大丈夫だろうと波長を合わせない事にした。きっとお姉さんも俺もひと時の夢のような時間として、忘れていくんだと思ってた。


そう、考えていたんだけどーー


それはお姉さんの声が聞こえなくなって、一ヶ月が過ぎた頃だった。


『た……すけ……』


「ん?」


(なんか聞こえた気がしたけど……気のせいか?)


『助けて! 中村君!!』


「!」


『お姉さん!? どうしたんですか!?』


『今、前に言った事のあるセクハラおやじに後ろから抱きつかれて……! 秘書の人は出かけてて居なくて、どうしたら良いか分からないの!』


『そうなんですか! おやじの手は今胸元にありますか!?』


『ええ、あるわ!』


『じゃあおやじの左手を自分の左手で握って、体を右に傾けて右手の肘を手の平を上にしながら鳩尾に一発入れて下さい! そしたら左手で持ってたおやじの左手を右手で持って、おやじの左手を自分の身体に密着させて下さい。そのまま右に身体を回転させておやじの左手の内側を抜けたら、右手で持ったままのおやじの左手が捻られますから、痛がってるうちに逃げるんです! 良いですか!?』


『よく分からないけどやってみるわ! まず左手を左手で握ってーー。おりゃあ! そして右手で左手を持って……密着させながら身体を右に回転……抜けたわ! あ! 痛がってる痛がってる!』


『今の隙に、逃げて下さい!』


『あっ、そうね! 逃げるわ!』


それからしばらくは何も聞こえてこなくてハラハラした。

三十分程経った頃、声が聞こえてきた。


『中村君、聞こえる?』


『あっ、聞こえますよお姉さん。大丈夫でしたか?』


『うん、今警察が来てるわ。あのおやじ、俺はやってないの一点張りだけど、どうなるかしら。なんにせよ、ありがとうね、中村君』


『いえ、お姉さんが無事で良かった!』


『それにしても、なんであんな技知ってたの?』


『それは……。俺が高校の時特別授業で女子が護身術を習う機会があったんですけど、俺が女子の代わりに見本として襲われる役だったので……』


『そうなのね。中村君が見本で助かったわ〜』


『そうですね。というかお姉さん、テレパシーまだ出来るんですね。制御の仕方、覚えたんですか?』


『あ、それなんだけど。おデコのコブが消えたくらいの頃に中村君に話しかけてみたんだけど、応答がなかったのよ。だからてっきりコブが治ったと同時にテレパシーも出来なくなったのかと思ったんだけど、今回必死に助けを呼んでみたら届いたみたいね。でもさっき大丈夫でしたか? って聞いたって事は、さっきまでの私の思考は流れてなかったって事よね? 私……テレパシーの仕方、覚えちゃったみたい』


『そうなんですか。まぁ日本人でテレパシーする人は俺はお姉さんが初めて出会った人なので、そうそうテレパシーで会話する事は無いと思います。思考がダダ漏れにならないなら、テレパシーさえ使わなきゃ大丈夫ですよ』


『そうなのね。それは安心だわ。それにしても、初めてテレパシーした人が中村君で本当に良かったわ。そう言えば私の名前、知らないわよね? 私は坂田美菜(さかたみな)。二十一歳よ。宜しくね』


『坂田さん……。俺は知っての通り、中村匠です。歳は十九歳です。宜しく……って言っても、今日が最後の会話になるでしょうけど』


『え? 最後の会話? なんで?』


『え? だってテレパシーしなきゃ俺達話す事無いですよね?』


『私、これから中村君とテレパシーする気満々だったんだけど』


『え? なんでですか?』


『今回の事のお礼もしたいし……。あっ、そう言えば最初にテレパシーした時も私に熱中症になりかけてるから休んだ方が良いって助言くれたわよね? やだ、そのお礼言ってなかったわ。その節は本当にありがとう』


『あ、いえいえ。言う通り休んでくれて良かったです。それでーー』


『あ、ごめんなさい呼ばれてるわ。じゃあね! またテレパシーするわ!』


『あ、ちょっとーー』


そこで通信は切れた。

まぁ俺も一時の感情で俺とテレパシーするなんて言ってるんだろうと、特に気にしなかった。きっと制御出来るようになったテレパシーという未知な力を使ってみたいだけなんだろうと。だけどそれは間違いだった。


次にテレパシーがきたのは三日後だった。

最初は何処に住んでるの? から始まり、生い立ちから大学の話まで根掘り葉掘り聞いてきて、そして聞いてもいないのに自分の情報を伝えてくる。

坂田さんは宮城に住んでいるらしく、俺にすぐには会えない距離な事を大層残念がっていた。いつか絶対会ってお礼するから! という坂田さんの言葉には遠慮の言葉と感謝の気持ちを伝えておいた。


それから頻繁にテレパシーがきて、俺も流されるまま返していたらいつの間にか匠君、美菜さんと呼び合う仲になった。


ある時は『おはよう、今日も頑張ろうね』だけだったり、『おやすみ、今日もお疲れ様』だけだったり、仕事の愚痴とか将来の夢の話とか、他愛もない会話を続けていく内に、いつも明るい美菜さんにいつしか俺は惹かれていって。気づけば三年の月日が経っていた。



そして今日。


美菜さんは東京に来る。


朝から俺は落ち着かなかった。何故なら美菜さんと新宿で待ち合わせしてるからだ。待ち合わせ時間は十一時半なのに、三十分も早く着いてしまった。

東口の改札前の柱に寄りかかり、何度も時計を見て確認して。そして十一時二十六分。


『今着いたよー、これから改札向かうね』


『了解。あ、どんな服装? 俺は灰色のチェスターコートにモックネックニット、黒のスキニーパンツ』


『私は白のワンピに灰色のロングカーディガン、黒のハットを被ってるよ。ふふ、灰色お揃いだね』


『そうだな、お揃いになっちゃったな。ははっ』


そうこうしている内にも彼女は近づいてきている訳で、俺は心臓がドキドキするのを感じた。彼女はどんな顔なんだろう、背は百六十センチって言ってたよな、髪型は最近ボブにしてーー


「匠……君?」


「え?」


名前を呼ばれた俺は、俯いていた顔を上げる。

そこには栗色の髪の色でボブの髪型の、目鼻立ちがはっきりした美人が立っていた。


「え? 美菜……さん?」


「うん、そう。やっぱり匠君だ! あはは、初めて会ったのに初めてな気がしない! あー、会いたかったよ匠君!」


そういうと彼女ーー美菜さんはいきなり抱きついてきた。


「わわっ、み、美菜さん!? こ、公衆の面前ですから!」


「あはは、テンパって敬語になってるー! ごめんごめん、なんか感極まっちゃって。もうしないよー」


「も、もうするなよ。それとも他の男にもそうして抱きつく訳?」


「しないよー、匠君だからしたの。それじゃ、此処じゃなんだし、移動しよっか! カラオケ、予約してくれてるんだよね?」


「う、うん。カフェとかじゃあの話出来ないし……」


「ありがと〜。じゃあレッツゴー!」


そう言って美菜さんは俺の手を引っ張った。まぁ、カラオケ屋の場所は俺が知ってるから、すぐに俺が手を引く形になったのだが。


カラオケ屋に到着して、部屋に入ると俺達は同時にため息を吐いた。


「まさか……」


「本当に……」


「「会えるなんて……」」


声が重なり、俺達は揃って吹き出した。


「美菜さん、本当に居たんだなぁ」


「そりゃ居るよ! 私の方こそ、匠君、本当に実在したんだ……って思ってる。でも安心した! この三年間の脳内での会話は、私の妄想なんかじゃないって事が分かって。匠君、私ね……匠君に会ったら、まず謝らなきゃって思ったの。私がテレパシーを疑ったから、匠君は『アミーゴ』のIDを教えてくれたでしょう? でも、どうしてもメールは送れなかった。『テレパシーしてる人ですか?』って送って、もし違う、何言ってるんだ変な奴だな、って言われたらどうしよう……って怖かったの。匠君は、私を助けるために個人情報を教えてくれたのにね。本当にごめんなさい!」


「い、良いよ気にしなくて。俺も本当に実在してる人と会話してるのか不安だったし。だけど……連絡先、聞いても良いか? テレパシーなんてあやふやな繋がりじゃなくて、もっとしっかりした繋がりが欲しいんだ。それで……もし、良ければ……。俺、俺と、結婚を前提に付き合ってくれませんか!」


「えっ……」


(えっ、てことは駄目なのか!? さっき抱きついてきたから脈ありだと思ったのに……。それとも結婚を前提にってのが重かったか!?)


「……私、年上なのに、良いの……?」


「そ、それを言うなら俺の方が年下だけどって話になるんだけど……。俺は美菜さんが年上だろうが年下だろうが関係ない、美菜さんが好きなんだ!」


「私……。あーもう! 折角覚悟して来たのに!」


「え? 覚悟?」


「そう、振られる覚悟! 本当は今日、私から告白するつもりだったの! でも私の方が年上だし、絶対振られると思ってたのに、まさか匠君から告白してくれるなんて……。さっき抱きついたのも、思い出を作る為だったの。私……私と付き合っても、遠距離恋愛になるけど、良いの?」


「そうなんだ……。全然良いよ! 遠距離でも。むしろ遠距離が良い。俺はまだ学生だろ? だから仕事始まったらしばらくは美菜さんの事あんま相手に出来なくなるだろうし、結婚は俺が社会人として一人前になるまで、美菜さんには待っててもらう事になるから……。だから。もう一度言います! 俺と結婚を前提に、付き合って下さい!」


「……うっ、うわぁぁん」


「えぇぇえ!? な、なんで泣く!?」


「ち、違うの、嬉しくて……。こ、こんな私だけど、よ、宜しくお願い、します!」


「は、はい!」


その後は美菜さんを泣き止ませて、連絡先を交換して、カラオケで歌って。美菜さんからお礼に、ってマフラーとネクタイを貰って。夕飯を一緒に食べて、終電ギリギリまで喋って、美菜さんをホテルまで送って。そして次の日、美菜さんは宮城に帰って行った。


次の日からは、テレパシーをしたり電話をしたりメールをしたり。連絡先を知ってるってだけで、美菜さんのテレパシー能力が無くなったとしてもいつでも連絡をとれるっていう安心感があって。それに付き合っている訳だから、これまでには言えなかった愛の言葉も言えるようになって……ゴホンッ。これは言わなくても良い事だな。


そして数年後。


俺は宮城に来ていた。


「あっ、匠ー! こっちこっち!」


「あ、美菜。お待たせ。じゃあ行こうか」


「うん! それにしても青葉城址に行きたいなんて、意外だったな〜。伊達政宗好きなんだよね?」


「ああ。まぁ伊達政宗と片倉小十郎の主従関係が好きなんだけどな。片倉小十郎が子供が出来た時に、その時はまだ政宗に男児が居なかったから、もし自分の子供が男だったら殺すって奥さんに言ったらしくて、それを聞いた政宗が止めたって話が有名なんだけど。政宗を敬愛する小十郎と、そんな小十郎を大切にしていた二人が好きなんだ」


「そうなのね。じゃあ政宗像を見に行きましょ!」


そうして俺達は青葉城址に向かった。


「おー、結構見晴らしが良いんだな」


「そうなのよ。今日は天気も良いし、綺麗に見えるわね」


「そして、これが伊達政宗像かー。かっこいいな」


「そうね、あの三日月の兜、重くなかったのかしら」


「ははっ、そうだな。……なぁ、美菜」


「なぁに?」


俺は美菜の前に跪くと、ポケットからある物を取り出す。


「え? え?」


「俺は仕事にも慣れて来て、一人前……と言えるかは分からないけど、それなりに大人になったと思う。だから……俺について来てくれないか。俺は美菜と一緒に喜びも苦しみも分かち合って生きていきたい。俺と結婚して下さい」


そうして俺はポケットから取り出した箱を開け、指輪を見せる。


「……。うっ、うわぁぁん」


「え? また泣くのか!?」


「うっ、うっ。嬉しい……。貴方について行くわ。宜しくお願いします!」


「良かった……! じゃあ……」


俺は美菜の左手を取り、薬指に指輪をはめる。

そして自分の指にも指輪をはめて、美菜と一緒に指輪を見せるように写真を撮った。


それから美菜は仕事を辞めて、東京に来た。でもやっぱり花が好きだからまた花屋で働きたいみたいで、こっちでも就活している。

俺達は籍を入れて、来年には挙式をする予定だ。


美菜のテレパシー能力はというと、全然衰える気配が無い。いつか消えるかもしれないし、一生消えないかもしれない。だけど俺達夫婦はテレパシー能力よりも強い絆で結ばれてるから、消えようが消えまいがどうでも良いって思ってる。


俺は自分のテレパシー能力が嫌いだった。だけど、美菜と出会えて、この能力に感謝している。


テレパシー能力があって良かった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 匠と美菜の出会いから結婚に至る過程がしっかりと描かれた作品でした。 もっとこの二人を見ていたい気持ちもありますが、するすると読めて詰まるところも全くない、過不足ない物語に仕上がっていたと思…
[良い点] ・特殊能力を持っている人が、人には言えないで秘密にしていた所、嫌っていた所、にリアルさを感じました。 ・主人公の男の子が真面目な子なのも好きです。 [気になる点] 少し辛口です。 私自身も…
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