お母さん。ぼくはここにいるよ。
ぼくのお母さんは、毎日どこかへ出かけている。ぼくは、お母さんがどこへ行っているのか知らなくて、家にかえってくるときは、いつも夜になっている。
ぼくが学校に行くと、お母さんもどこかへ行く。どうやら駅に行ったみたい。
お母さんがいなくてもちゃんと学校に行きなさいって言われてたから、言いつけを守って学校に行った。
ぼくが学校からかえってくると、お母さんが駅前にいた。
お母さんは、こわそうな男の人たちに、ずっと頭を下げていた。
ぼくにはお母さんが泣いてるように見えて、こわそうな人たちを退治しにいった。
お母さんをいじめるのはやめろよって何回も言って、お母さんの前に立ちはだかった。
でも、その人たちは本当にこわくて、こんなことをぼくに言ってきた。
「おいガキ。その女はお前の母ちゃんか?」
って。ぼくはとっさに言い返した。
そうだ。ぼくのお母さんをいじめるやつはゆるさない! って。
そしたら、へんなことを言ってきた。
なんか、“さいそく”がどうとか、“しゃっきん”がなんとか。
それがなにかぼくにはよく分からなかったけど、さいごはこわそうな人たちをおいかえしてやった。
ぼくがお母さんをいじめるやつをおいかえしたのに、なぜかお母さんはずっと泣いてた。
ごめん。ごめん。って言いながら、ぼくをだきしめた。
お母さんが泣きおわるまで待って家にかえると、お母さんがごちそうを作ってくれた。
ぼくの大好きなハンバーグと、からあげと、カレーが出てきた。
ぼくはあまりにもうれしくて、とびはねてよろこんだ! こんなごうかなごはんが出てくるとは思ってなかったから、いつもよりたくさん食べた。
ごちそうさまのあいさつをしたあと、お母さんがこんなことを言った。
「明日の学校がおわったら、夕方になるまで外であそんでいなさい。そうじゃないと、明日は優太のごはん、ないからね」
ぼくはちゃんと言いつけを守るために、早くお風呂に入って、早くふとんに入った。
いつものように朝ごはんを食べて学校へ行くじゅんびをすませると、いつもはとちゅうまでいっしょに歩いていたお母さんが、げんかんから見送ってくれた。
「車には気をつけて行ってくるんだよ。お母さんは今日は家にいるけど、いそがしいからあそんできなさい」
って言ってた。
お母さんが家にいる。そう思うと、ぼくはウキウキして、学校が終わるのが待ちどおしかった。
でも、学校が終わってもしばらく外であそんでいなさいって言われたから、しばらくはかえらなかった。
外でともだちとあそんでから、家にかえった。
6階に着くと、すぐにぼくの家までダッシュした。
お母さんに出むかえてほしかったから、インターホンをおして、お母さんが出てくるまで待った。
でも、いそがしいからか、ぜんぜんお母さんが出てきてくれなかった。
ぼくはガッカリしてげんかんをあけると、部屋がちらかっていた。
げんかんには、お母さんがいつも持っていた変なデザインのカバンが、ポケットのついていないほうだけ赤くなってころがっていた。
ふしぎに思って、お母さんを呼びながら部屋に入ると、お母さんがねていた。
だから、お母さんをゆさぶりながらおこした。
「お母さん、ぼくはどうしたらいいの? お母さんは、どこに行くの? ねえ、お母さん。お母さんってば。ねえ、お母さん。へんじしてよ。お母さん。お母さん。お母さん、ねえ。またぼくのそばにいてくれないの? またどこかに行くの? お母さんはどうしていつも家にいないの? ねえ、お母さん。お母さん」
何回呼んでもお母さんは起きてくれなかった。
もしかしたら、ぼくが大ケガでもしたら、お母さんはびっくりして起きてくれるのかな。お母さんは、ずっとぼくのそばにいてくれるのかな。
そう思って、ベランダからとびおりてみたんだ。
とびおりるのはちょっとこわかったけど、お母さんが言ってくれたんだ。
これからはずっといっしょだよ。ごめんね。って。
ぼくは、お母さんといっしょにいれるだけで、幸せだよ。
即興小説からの転載です。
お題:団地妻のブランド品
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