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95話 はじめての共闘

 クレイギスナ村。河にかかる橋の回りにできた村で、南部街道とロガーヴィアを結んでいる。

 この村では畜産が盛んで、牛や馬の牧場が広がっていた。

 特に彼らが何世代もかけて育ててきた牛の品種は、ロガーヴィア王だけでなく、アヴァロニア王国やカタフラクト王国の王宮でも食されることで有名だ。

 ロガーヴィアへ行くなら南方街道を通るべし。旅人達は日程を調整し、必ずクレイギスナ村で一泊し、最高品種とはいかないまでも、クレイギスナの牛に舌鼓を打つのだった。


「やめてくれ! その子は種牛なんだ!!」

「ああん?」


 緩やかに湾曲したオークこしらえのサーベルを持った、オークの兵士はすがりつく人間の男を、口元に嗜虐的しぎゃくてきな笑みを浮かべながら睨みつけた。


「親父や爺ちゃん、そのご先祖様が、ずっと育ててきた血統なんだ! 牛もう全部やったじゃないか! それを持っていかれたら、うちの品種は途絶えちまう! 親父達がやってきたことが全部無駄になっちまう!」

「知るか」


 オークはためらいもなく、サーベルを振るった。

 男は背中にサーベルを突き立てられる。痛みに悲鳴をあげながら、男は倒れた。


「ここの食い物はすべて徴発しろと、デーモン様から言われてるんだ」


 オークはつながれた牛へと歩きだす。

 だが、怯える牛の前に立ち、両手を広げる少女の姿を見て立ち止まった。


「お、お父ちゃんの牛に手を出さないで!」


 その隣には、真っ青な顔をしてクマデやクワを構える少年が2人。

 オークはぺろりと唇を舐めた。


「へへ」


 彼女達の父親の血で濡れたサーベルをだらりと下げたまま、オークは再び歩きだす。

 少女は恐怖で逃げ出したくなるが、地面に倒れ血を流している父親の姿を見ると、ぎゅっと目をつぶって耐えた。

 少女も少年達も何の抵抗もできず殺されるだろう。だが、その行動はなんの意味があるからではない。少女は家族のために、ここで戦わなければならなかったのだ。そうしなければ、生涯後悔し続けるだろうと、少女も少年もそれだけは理解していた。


 オークがサーベルを振り上げた気配を感じ、少女はカチカチと鳴る歯をうるさく思いながら、必死に歯を食いしばった。


☆☆


「がっ!?」


 オークの革鎧の隙間を縫って、俺とリットの剣がそれぞれ差し込まれる。オークは崩れ落ち、動かなくなった。


「みんな怪我はない!?」


 リットが少女達に駆け寄る。その間に俺は、倒れた農夫の元へ向かい、キュアポーションを飲ませる。


「エクストラキュアを渡してやれれば良いんだが、キュアポーションで我慢してくれ」

「う……」


 血を流して意識は朦朧としているようだが、傷さえ塞がれば命に別状はないだろう。


「もしかして英雄リットさん!?」

「ええそうよ。遅くなってごめんなさい。この村を助けに来たわ」


 リットの方から涙まじりの歓声が聞こえた。

 振り返ると、リットは少女達を安心させるよう笑顔で抱きしめ、戦いが終わるまで隠れているように指示を出していた。


「大丈夫、晩ごはんには間に合うから」

「ホント!?」

「本当よ。英雄リットを信じなさいな」

「うん!! あっちの人はリットさんの仲間?」

「え?」


 俺のことを指さした少女に、リットは言葉をつまらせた。

 思わず、俺は口元をニヤけさせてしまう。


「どうなんだ? 俺は仲間かい?」


 俺が軽口を叩くと、リットは俺のことを睨みつけた。その様子に少女は少し不安になったようで、表情を曇らせる。

 リットは慌てて、


「え、ええ、そうよ! あいつは私の仲間。すっごく強いから、私達にかかれば魔王軍なんてチョチョイのチョイよ」

「すごい!」


 少女と少年達は目を輝かせて俺を見る。俺は笑いをこらえるので必死だった。


「ありがとう! リットさんの仲間のお兄さん!」


 少女と少年達の言葉にリットは微妙な表情をしていたのだった。


☆☆


「笑うな!」


 牧場を離れたあと、声を出して笑っている俺の背中をリットが蹴ってくる。

 もちろん当たってやらない。


「避けるな!」

「理不尽な」


 魔王軍に占領されているクレイギスナ村を解放するため、俺とテオドラでオーク達に襲撃を加えるはずだった。

 占領しているオーク達は、奇襲を受けた場合、一度情報を集めるために指揮官の元へ集結する。そこをルーティ達が攻め、指揮官を討ち取ったということを部隊すべてのオークに見せつけることで、士気を崩壊させ潰走させようという作戦だ。

 10人にも満たない俺達では、展開した軍隊の相手は不可能だ。集結したところを叩く必要があった。


 リットは俺達のやり方を見てみたかったようで、勝手に付いてきた。最初はルーティ達と一緒に指揮官を叩くという話だったのだが、村で魔王軍が好き放題しているのを見て我慢できなかったようだ。

 そこでテオドラとリットを入れ替え、こうして2人でオークを狩っているのだった。


「あーもう! 仕方ないでしょ! あの場面で、こいつは仲間じゃないんだよなんて言えるわけじゃないじゃない! あの子が不安になっちゃうでしょうが!」

「そうだな。さすがリットは頼りになる仲間だよ」

「ぐぬぬ」


 そうこうしているうちに、巡回と思われるオークが4人歩いているのが見えた。


「さて、前方にオークが4人」

「左側2人は私がやるわ」

「OK、じゃあ俺は右を」


 オーク達が俺達に気がついて叫び声をあげた。

 さっきは余裕がなかったため、すぐに倒してしまったが、ああして騒ぎを起こさせなくては意味がない作戦なのだ。


「よしいくか」


 俺は剣の抜いて駆け出した。


「何だお前らは!!」


 オーク達もサーベルを抜いて応戦する。

 俺の最初の一撃は、オークのサーベルに阻まれた。


「止めるか。あんた、結構やるな」


 すぐに残った3人のオークが俺を斬ろうとする。


「何手こずってるのよ!」


 リットが両手にショーテルを持って飛びかかる。

 内側に湾曲した特徴的なショーテルの一撃は、受けようとしたオークのサーベル外してオークの身体へと切っ先を届かせた。

 その一瞬、俺の目の前のオークの意識が逸れた。その隙きを見逃さず、剣を切り返しオークの左肩へ剣を突き入れる。


「ぎゃ!?」

「いぎっ!?」


 2人のオークが傷口を押さえながら、よろよろと後ずさり、倒れた。

 だが、残ったオーク達は怯える様子もなく背中を合わせる。その顔は、俺とリットの剣技を見たにも関わらず、自信に満ちていた。

 ……こいつら、多分強いぞ。


「連携武技:阿吽合風刃あうんごうふうじん!」


 全方位に刃の風が巻き起こった。


「くっ!?」


 初めて、リットの表情に緊張が走った。

 俺達は無数の刃を防ぎながら、後方に飛び退く。


「……魔王軍本隊ともなると、こういうのがたまにいるんだよな」


 俺は剣では受けきれず、着ている鎧に残った傷を見てつぶやいた。

 リットも、ローブの袖が裂かれている。お互いダメージは負わなかったようだが、あの剣風を突破するのは骨が折れそうだ。


「俺はガデリュト。その意味は火鳥ファイアーバード

「あたいはビジュリュト。その意味は雷鳥サンダーバード

「「十三騎兵隊の雷火ヒジュガデを相手にするとは、あんたら運が無かったな!」」


 オークの英雄というやつだろう。

 幾度となく死線をくぐり抜け、その加護レベルを成長させてきた猛者。


「しかも連携武技とは」


 2人以上が同時に武技を発動することによって効果を倍増させる武技がある。今のは曲刀系武技の、“阿風刃あふうじん”と“吽風刃うんふうじん”を同時に発動させることで使える武技だったはずだ。


「実際に見るのは初めてだがな」


 これほどの腕の持ち主だ。ここで討ち取っておきたい。

 俺は試しにスローイングナイフを投げつけてみたが、すぐに刃の風によって撃ち落とされる。

 リットは精霊魔法でフレイムアローを打ち出すが、それすらも届かずかき消された。


「俺らの阿吽合風刃あうんごうふうじんには矢弾も、魔法も通じん!」


 ハッタリではなさそうだ。アレスやテオドラくらいの強大な魔法ならば別なのだろうが。リットの魔法では突破は難しいだろう。


「このっ!!」


 リットは接近戦を挑もうと剣を構える。


「待て」


 剣を構えたリットの腕を、俺が抑えた。


「え、あ、あれ? あんたいつの間に?」


 俺はスキル“雷光の如き脚”でリットの側に回り込んだのだ。

 オーク達も一瞬、驚いた表情を浮かべていたが、すぐに冷静さを取り戻す。


「脚を速くするスキルか。だが、いくら脚が早くとも、あたい達の武技には関係ない!」


 確かに、360度すべてをカバーする“阿吽合風刃あうんごうふうじん”を、俺の“雷光の如き脚”で突破することはできない。

 俺のスキルは、ただ脚が早くなるスキル。遠隔攻撃に対して、狙いを定めにくくなる効果はあるが、無数の刃による嵐に対しては無力だ。


「なによ、まさか逃げようなんて言うんじゃないでしょうね!」


 腕を掴んでいる俺を、リットが睨んだ。


「もちろん違う。だが、ここでいつまでも時間を取られているわけにはいかない」

「だからこれから私が戦おうとしてるんじゃないのよ!」


 俺は腕に力を込め、リットの目を見つめた。


「な、なによ……」

「こっちも連携した方がいい。俺が攻撃を防ぐから、リットは後ろから着いてきて攻撃に専念してくれ」

「……連携ね、まぁ一理あるのは認める。でもね」


 ゴチンと音がした。リットが俺の額に頭突きした音だ……痛い。


「見損なったわよ。私は二刀でたくさんの攻撃を捌くのに向くし、あなたの剣はロングソードで私のショーテルより長い。あなたの方が二歩は間合いを稼げるでしょ。役割が反対よ。それとも女を守るのが騎士の務めだとでも言うの? バッカじゃないの!!」


 額を突き合わせたまま、リットは俺の目を真っ直ぐ見つめた。

 そうだな、リットが正しい。


「悪かった。俺を守ってくれるか?」

「任せて」


 双剣を構えるリットが先頭に、その後ろに俺が立つ。


阿吽合風刃あうんごうふうじんは、お互いが約270度の効果範囲を持つ武技だ。死角となる背面はお互いがカバーする。だから死角はない。が、刃が薄い部分はある。狙いは敵の正面。そこがもう1人にとっての死角だ」


 俺達はオークの真正面。視線が交差する位置へと飛び込もうとする。

 だが、オークの顔には余裕の笑みが浮かぶ。


「これは俺達の技だぞ! その程度で破れると思うな!」


 背中を合わせたオーク達の身体が息の合ったタイミングで、くるりと回転する。俺達から見て側面。そこは2人の剣が合わさる、もっとも刃の密集したところ。


「一点集中にはあたい達の刃の嵐で迎え撃つ! 阿吽合風刃あうんごうふうじんに死角はない!」


 すぐに武技:“阿吽合風刃あうんごうふうじん”が再開される。その刹那、俺はリットの腕を引きながら“雷光の如き脚”を発動した。


「な、なに!?」


 瞬きする間に俺とリットはオーク達の正面に移動していた。

 驚くオーク達とは違い、リットは一瞬の戸惑いもなく、すぐさま刃の中へと飛び込んだ。


 カカカカカカカッ!!!!


 超高速のリズムで、リットの双剣が鳴る。

 俺の眉間を切り裂こうとした刃の風を、リットの剣が弾いた。だが俺を庇おうと右手を伸ばしたことで、リットの身体が開いた。大きくなった的に無数の刃が殺到する。

 リットは左手一本でそのことごとくを弾くが、受けきれなかった刃がリットの太ももを浅く斬り裂いた。


「あと3歩!」


 俺はリットを気遣う代わりにそう叫んだ。

 1歩踏み出す。次に2歩目。リットの左腕から鮮血がほとばしった。だが止まらない。そして3歩。

 リットと俺は、肩を触れ合わせながらお互いの位置を入れ替えた。

 突き出された剣がオークの革鎧を貫き、胸へと吸い込まれる。


「ぬおおおお!!!!」


 だがオークはその状態で俺の剣を掴んだ。


「なに!?」


 オークは全身の筋肉を硬直させ、突き立てられた俺の剣を抜けないよう固定する。

 そしてもう1人のオークがサーベルを俺の心臓へ向けて突き出した。

 俺の差し出した左手にリットの手が添えられる。その手が離れた後には、リットのショーテル。

 俺は、左手に持ったリットのショーテルで、サーベルを振りかざしたオークを斬り上げた。


 俺に振り降ろされたオークのサーベルは首筋のすぐ近くで止まった。

 ガチガチと金属が摩耗する音がする。リットのショーテルが俺に振り下ろされたサーベルを防いでいた。


「あんた、身を護る素振りすら見せなかったね。そこまで仲間を信じられるとは大したもんだよ……」


 オークは賞賛の言葉をかすれた声でつぶやいた。

 ショーテルの切っ先を脇腹から内臓へと深く突き立てられ、サーベルを持ったオークは力尽きて倒れる。


「見事だ」


 仲間が倒れたのを見て、もう1人のオークは突き立てられた俺の剣を抜いた。血がドゥと溢れる。傷は致命傷だった。

 血で赤く染まった口元を歪ませ、最後のオークも、相棒の隣に寄り添うように倒れたのだった。

レッドとリット、初めての共闘。

レッドと仲間達の戦闘能力が逆転したばかりのころで、まだレッドが純粋な戦闘能力で頼りにされている時代になります。

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