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92話 アークメイジのお婆さん


「それで、自称『竜騎士』はお婆さんを置いて逃げちまったと」


 ティセから事情を聞いた俺は苦笑した。敵がいなくなってから放り出すあたり、薄情というわけじゃないのだろう。少しは見直してやっても良いかも知れない。


「あの方にお礼がしたかったのだけれども」


 お婆さんは残念そうにそう言った。

 はぐれアサシンはティセが倒したのだが、オットーはお婆さんを下ろすと、お婆さんが呼び止める声も聞かず、一目散に逃げてしまったそうだ。

 困ったティセは、ひとまず港区の隣である下町の俺の店につれてくることにしたらしい。


「それでそのはぐれアサシンはどうしたんだ?」

「そちらは縛って衛兵に引き渡しました」

「良かったのか? ギルドを通さない殺しは制裁対象だろ?」

「でもゾルタンにはアサシンギルドの支部がないので」


 もちろん、アサシンギルドの支部といっても白昼堂々看板を掲げているわけではない。普通の店や民家に偽装した、隠れ家だ。

 アサシンギルドというのは、その名の通り暗殺者の組合ギルドだ。無秩序に行われる暗殺行為をコントロールし、暗殺者が捨て駒とされないように逃走経路を用意することを目的とする。正義の味方などとうそぶくことはないが、小を殺し大を活かすというのが建前として掲げてある。

 不可侵のルールとしては、暗殺は必ずギルドを通した依頼のみを受けること。その殺しによって起こされるさまざまな影響、依頼の目的に正当性があるか、そういった要素を支部長が検討した上で許可をだす。


 こうした組織が許されるのは、加護の存在があるからだ。『アサシン』の加護が存在する以上、暗殺者という存在とその行為は、デミス神が認めたものであると解釈できる。聖方教会の主流派は、アサシンギルドの運営方針を批判することはあっても、存在について批判をしたことはなく、諸国も権力に左右されない組織として、ある種の信頼をもって接している状況だ。

 とはいえ、暗殺者という職業に対して、多くの人は侮蔑の感情を抱くのは事実なのではあるが。


 暗殺に秩序をもたらそうとするアサシンギルドに対し、その厳格なルールを嫌い自由に暗殺するべきという勢力は常に存在する。そうした存在は、アサシンギルドに一度所属しておきながら、出奔しゅっぽんして、個人で暗殺を行ったり、自分で組織を立ち上げることがある。

 彼らが、はぐれアサシン。アサシンギルドが唯一、自分たちの意思で行う殺しが、はぐれアサシンの対処であった。


 ぴょんとうげうげさんがティセの肩から床に飛び降りた。羽虫を捕まえたらしい。

 幸せそうに食事を始めたうげうげさんを眺めながら、ティセは言葉を続けた。


「あいつらのリーダーだった男はハークスという名のはぐれアサシンです。一度会話したことがあったので憶えてました。あの場で殺すことも考えたのですが、アサシンギルドが無い以上、後処理に苦労することになりますので衛兵に引き渡すのが最良だと考えまして」

「ああ、良いと思うぞ。それで、そのハークスってやつは何か喋ったのか?」

「腐っても『アサシン』ですから。拷問されても依頼人の名前は明かしませんよ。でたらめの名前を言って逃れようとするだけです」

「そうか」


 リットには自分の家に戻ったルーティを呼びに行ってもらっている。別にルーティがいなくても大丈夫だとは思うのだが、多分呼ばないとあとで拗ねる。


「ひとまず今晩はうちにいてもらった方がいいだろうな。暗殺者がその3人だけとも限らないし」

「そうですね」


 俺達2人は、お婆さんの方へと向き直る。


「何から何までお世話になってしまい、申し訳ありません」


 お婆さんは丁寧な物腰で俺達に謝った。

 どうやら上流階級の出身のようだ。


「いいんですよ。ここは下町の薬屋ですが、英雄リットやここにいるティセ、そしてこれからくるルーティはBランク冒険者です。安心して休んでください、ええっと、俺はレッドと言いますが、お名前をお聞きしても?」

「はい、私はミストームと申します」


 ミストームだって?


「もしかして、ミストーム師マスター・ミストーム? 先代市長にして先代ゾルタン最強パーティー、『アークメイジ』のミストームさん?」

「ええ、昔はその名前で呼ばれたこともありましたわ。でも今はただのお婆ちゃんですのよ」


 ミストームは、シワのある顔に上品な笑みを浮かべていた。


☆☆


「ただいま! ルーティ連れてきたよ」

「お兄ちゃん、何があったの?」


 リットとルーティが戻ってきた、説明をしておきたいところだが……。


「あれ、お婆さんは寝室? もう寝ちゃったの?」

「いや、冒険者ギルド幹部のガラディンに預けた」

「ガラディンに? あの人が出てくるってことは、やっぱりどこかの貴族のご隠居?」

「まぁそんなところだな。あのひと、先代市長のミストーム師だったよ」

「へ? あの人そんなすごい人だったの?」


 リットが驚いている。ルーティは状況が分からず、ティセから話を聞いていた。

 先代市長のミストームは、かつてゾルタンのトップに立っていた女性だ。さらに冒険者ギルド幹部のガラディン、聖方教会のシエン司教、衛兵隊長のモーエンと共に、アルベールが来るまでゾルタン唯一のBランク冒険者パーティーとして、高難易度依頼の解決を行ってきた。

 市長という仕事を続けながらゾルタン最強の一角だったのだから、その実力の程が伺える。加護は『アークメイジ』。魔法使い系上位の加護で、通常の魔法系スキルの他に、“高等秘術”という固有スキルを持つ。

 それがまた強烈で、魔法を反射して打ち返したり、単体を目標とする魔法を範囲目標に変えたり、威力と魔力消費のバランスを変えたりと、魔法をその場で改良して使えるのだ。


 『賢者』が秘術と法術両方を使えるようになるのに対し、『アークメイジ』は秘術一本を極める加護といえるだろう。『賢者』には膨大な魔力増加もあるので、長期戦となるとやはり『賢者』が強いとは思うが。


「ティセ達が助けなくても、1人で苦労せず倒せていたのかもな」


 老いたとは言えBランクパーティーの魔法使いだ。武技と違って魔法は、老化によって効果が下がったりはしない。魔力の回復こそ遅くなるが、一戦だけなら常に全盛期というのが魔法使い系加護の特徴だ。

 ティセが一瞬で倒した程度の相手なら、お婆さん1人でなんとかできたはずだ。


「では、あの自称『竜騎士』は命の賭け損ですね」

「そうだな」


 それに逃げずに残っていれば、ゾルタン当局から感謝状と金一封くらいでたかもしれないのに。

 俺達は、この寒空の中、せっかくの幸運からも逃げ出してしまった大男の姿を思い笑った。


「さて、わざわざルーティに来てもらったわけだし、ホットミルクでも飲んでいくか?」

「うん!」

「リットはコーヒーかな。砂糖ミルクはいつもので?」

「それでいいよ」

「ティセはどうする?

「カフェオレをもらえますか?」

「ホットミルク、コーヒー、カフェオレね。了解」


 俺は立ち上がると、ついでにガーリックパンでも焼くかと考えながら、キッチンへと向かったのだった。


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