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89話 ゾルタンの冬至祭


 港区では、停泊している船の船員達が自分の地方の冬至祭のやりかたで、それぞれ騒いでいる。


「お、ありゃヴェロニアの、多分クヴァシノ族長国の出身だな」


 小さな舞台の上で、褐色の肌をした船乗りの男が、もりをクルクルと振り回して踊っている。

 あれは今は、ヴェロニアに従属している南方クヴァシノ人の踊りだ。


「お兄ちゃん、グヴァシノのこと詳しいの? 私との旅ではまだ行ったこと無かったのに」

「騎士団時代にクヴァシノで不浄竜ダストドラゴンの討伐任務があってね。クヴァシノの親アヴァロニア派への協力も兼ねて、派遣されたことがあったんだよ」


 あの頃、急速に拡大した海賊王のヴェロニア王国より、伝統あるアヴァロニア王国やフランベルク王国と友好関係を結び、保護下に置かれたいという小国は多かった。

 まだ魔王軍の侵攻が開始される前は、ヴェロニア王国こそがアヴァロニア大陸の脅威であると、各国の諸侯や議員達は声を揃えて言っていたものだ。


「クヴァシノは、海の町だ。近海にあるクヴァシノ島と大陸側の港。2つの町が経済的にも文化的にも密接につながり、2つで1つの町を形成している。毎日10本以上の定期便が島と大陸を行き交い、物や人を運んでいるんだ」


 船員の持っているもりはクヴァシノの象徴的武器だ。

 漁業を中心に発達し、クヴァシノの勇敢な漁師達は、他の地方では見られない、海竜シードレイク狩りを行っている。

 犠牲者が後を絶たないが、かつては族長となるためには手漕ぎ船一隻に乗る漁師達だけで、海竜シードレイクを討伐し、自分の実力を証明しなくてはいけなかった頃もあったという。その時に使われる武器がもりだ。

 今では、族長は投票によって選ばれているが、その就任式では手漕ぎ船の船長として近海で漁をするという形でかつての戦いの面影を残している。


「今ではクヴァシノは漁業と中・小型交易船の造船業で名を知られていて、海竜シードレイク狩りは2年に一度。一種の祭りみたいなものだな」

「へぇ、クヴァシノっていったら地図でしか知らない町だったけど、色々歴史があるのね」

「歴史ならどの町にだってあるさ」


 もちろん、このゾルタンにだって歴史はある。


「ルーティ! ティセ!」

「ん?」


 ルーティの名を呼ぶ声が聞こえた。

 おでんの屋台から、ハイエルフが飛び出してくる。


「オパララ」


 おでん屋を営むハイエルフのオパララだ。

 以前ルーティとティセに助けられたことがあって、以来2人とは仲良くしているようだ。

 ハイエルフは相手を信用するまでは、非常に疑り深く心を開かない傾向があるが、一度仲良くなってしまうと、とことんまで相手を信用する。

 オパララは、親しげにルーティとティセを、それぞれ抱擁した。


「今日はここでお店開いてたんだ」

「いつも店だしている場所は、祭りの飾りで取られちまってるんだ。毎年のことだけどね」

「そうなんだ」

「それよりどうだい? せっかくなんだから少しくらい食べていっておくれよ。良いタコが手に入ってね。他にもつみれがお勧めだよ」


 タコのおでんか。


「いいな、俺はそれもらおうか、それとゴボウも」

「私はタコと玉子を」

「私もルーティ様と一緒で。それにつみれとイカ玉と大根とちくわ2つでお願いします」


 最後にリットは悩んだ末、タコとゴボウと玉子とつみれとイカ玉と大根と牛すじを頼んだ。


「随分食べるなぁ」

「だって美味しそうだったんだもん」


 お酒も頼み、ほろ酔いのリットは美味しそうにおでんを食べている。

 ティセは彼女なりに目を輝かせて大根を頬張っていた。幸せそうだ。


「美味しい」


 ルーティも満足そうだ。

 ちょっと寄るだけのつもりだったが、気がつけば追加の注文もしてしまっていた。


「そういえば海産系の具が増えたな」

「ああ、最近流通量が増えてるみたいなんだよ。お陰で安くて質の良い食材が買えて大助かりさ」

「へぇ」

「冬の魚は美味しいんだ。おでんじゃないけど、魚の塩焼きなんか出せるよ」

「いいね。それもらおうか」


 完全に昼食コースだ。

 昼間からおでん屋で、おでんとお酒を楽しむだなんて、なんという贅沢なスローライフ!


 オパララはおでんを温めている炭をいくつか取り出すと、コンロに入れその上に金網を乗せた。

 そして、よく太ったイサキを手際よく捌き、布で水気を取ってから、塩をまぶす。ゾルタンの塩は有名ではないが、結構品質が高いと俺は思っている。

 ほどよく塩の乗った切り身が金網の上に並べられる。ジュゥと音と共に魚の焼ける良い匂いがした。


「はいよ」


 皿に乗った魚は鮮やかなきつね色に焼けている。


「美味しそう」


 早速ルーティがフォークで身をほぐし食べた。


「どうだい?」


 ルーティの静かな目がすっと揺れた。


「そうか! 良かった! ほら、おまけだよ、もう1つ食べな!」


 それだけでオパララには伝わったのか、嬉しそうに残った切り身も焼き始めた。


「良かったわね」


 リットが、そんなルーティ達の様子を見て優しげに笑った。


「ああ」


 俺も、リットの言葉に心から頷いた。


☆☆


 港区ではすっかり長居してしまったが、まだ時間には余裕がある。


「そういえば『冬の悪魔』は今どのへんかな?」

「確かこの時間だと北区だったか」


 一応、祭りの主役である『冬の悪魔』が、どういう順路で町を回るかというのは決まっている。とはいえいい加減なゾルタンでのことなので、あくまで予定は予定である。


「お腹も膨れたし、急がず、北区の次である中央区でのんびり待つとしようかな」

「分かった。それでいいわ」

「よし決まりだな」


 普段は冬の寒気を避けようと、着膨れして引きこもっているゾルタン人だが、今日はみんな外で大騒ぎだ。

 ラッパを持った衛兵が、見事な演奏を披露すれば、サウスマーシュの盗賊達が軽やかなステップで応える。

 魔術師ギルドの魔法使い達が空を駆ける竜花火を打ち上げると、勉強嫌いの子供たちがどうやってやったのかと、魔法使い達に講義をせがむ。

 太鼓を叩きながら歩くのはハーフオーク達。暗黒大陸由来の太鼓と、三絃のバイオリンを弾きながら、陽気な音を奏でている。

 その後を、普段はハーフオークを馬鹿にしている人間の若者達が、楽しそうに踊りながら付いていく。


 通りを曲がればハーフエルフ達が、木製のエルフの縦笛エルヴンフルートで涼し気な音楽を奏でていた。中央の貴族達ですら、その美しい音色に足を止めて聴き惚れている。

 手前にはひっくり返した器が1つ。今日はお代はいらないよという意思表示。

 だから聴衆は盛大な拍手を持ってお礼とする。


「ありがとう」


 そうしてハーフエルフは再び笛を持ち、次の音を心待ちにする人々を魅了した。


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