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88話 冬至祭の始まり

 その日は澄んだ冬の空がどこまでも青い日だった。

 今日はアヴァロン大陸は冬至祭だ。

 冬至祭とは、昼の時間が最も短くなる12月ごろに行う祭りのことで、この日生まれる新しい『冬の悪魔デーモン』を追い払い、豊穣と平和を願ってデミス神と希望の守護者ララエルへ、豚とパンとワインを捧げ、春の訪れを祝う祭りだ。


「リット、準備できた?」

「うん、いま行くよ」


 寝室で着替えていたリットが顔を出した。


「どうかな」


 リットは少し顔を赤らめながら、ドレスを着たままくるりと回る。

 スカートの裾がさっと広がり、健康的な太ももがちらりと見えた。


「うん、すごく似合ってるよ」

「えへへ」


 嬉しそうにリットは俺に抱きついた。

 今日はバンダナではなくスカーフを首に巻いている。首の結び目から胸へと流れるスカーフの端には鮮やかな花の刺繍がされていて、リットの雰囲気に本当に良く似合っていた。


「レッドもそのコート似合ってる」

「そうか」


 照れる俺を見て、リットは嬉しそうに笑い、俺の腰に回した腕に力を込めぎゅっと胸を寄せる。


「ロガーヴィアでも、あともうちょっとで冬至祭だったじゃない?」

「そういえばそうだな」

「あの時は我慢したけど、本当はレッドと一緒に冬至祭のロガーヴィアを楽しみたかったの」


 あのときは、ロガーヴィアを救ったらすぐさま次の魔王軍との前線に移動しなくてはならなかった。次に向かったのは、北東カタフラクト王国の玄関口セレン。アヴァロニアへの協力を拒む扇動者が、セレンで民衆を煽っているという話を聞き、それの解決へ行かなければならなかったのだ。


 デーモンに扇動された暴徒達の街で行われた、あの血なまぐさい冬至祭での戦いは、あまり思い出したくない記憶である。


「それじゃ、祭りに行こうか」

「うん!」


 リットは俺の腰に回していた腕を解くと、すかさず俺の左腕に自分の腕を絡めた。


「ん……よし、行こうか!」


 少し迷ったが、祭りのときくらいいいか。

 俺とリットは腕を組んだまま、祭りの下町へと歩き出した。


☆☆


 もし『冬の悪魔』を追い払えなければ、その年の冬は長引き春の収穫が不作となるとされている。冬の悪魔を追い払うのは、ララエルの加護を受けた『聖人』と『竜騎士』。

 金色の鱗を持つゴールドドレイクを模した山車だしに乗る『竜騎士』と、ララエルのシンボルである三叉みつまたの槍を持つ『聖人』が、山羊の頭を被った『冬の悪魔』を退治するという演目を、街や村の人が扮して一日中行い続ける。

 この時、『竜騎士』と『聖人』は別の住人と交代するが、『冬の悪魔』はずっと同じ者が演じることになっている。重い衣装を身にまとって、一日中歩き回り、踊り狂い、暴れるのだから最後は疲れ果ててまともに動けなくなる。

 そこを『竜騎士』の剣が貫き、『冬の悪魔』はよろよろと町の外へと逃げていく。というのが、祭りのメインイベントの流れだ。


 つまり、『冬の悪魔』を疲れさせるため、冬至祭は目一杯、歌い、踊り、遊ぶことが推奨される。


「ようレッド! 楽しんでるか!」


 すでに酔っぱらい、顔を赤くしたハーフエルフのゴンズが声をかけてきた。隣では、タンタが大きな砂糖パンに顔を輝かせながら四苦八苦している。


「ようゴンズ。随分上機嫌だな」

「そりゃそうだ。今日は祭り。仕事もみんな休み。そして明日は二日酔いで休み!」

「明日も休むつもりかよ」

「こんな寒いのに仕事なんてしてられっか」


 ハーフエルフは勤勉だっていう人もいるが、ゾルタンのハーフエルフには全く当てはまらないらしい。


「さすが伯父ちゃん!」


 タンタがゴンズのダメな意味で男らしい宣言に目を輝かせている。

 だめだ、このままではタンタまでダメな大人になってしまう。


「タンタ、俺は明日はちゃんと仕事するぞ」

「えー、休もうよ。みんなで川に釣りに行きたい」

「あ、いいわねそれ」

「でしょ!」

「おいリット……」


 リットまで乗り気になったようで、3人で声を揃えて「休もうよ♪」と歌いだした。

 やめろ、周りの人が見てるじゃないか!


「分かった分かった、どうせ明日はゾルタン中がだらけてるんだろ、休んで川釣りにいくか」

「「「わーい!」」」


 タンタはともかく、ゴンズとリットまで、子供のように手を上げてはしゃいでいる。

 まったく……。


「わーい」


 その時、後ろから落ち着いた声で、しかしリット達の真似をしてはしゃごうとする声が聞こえた。

 振り返ると、そこにはルーティとティセが、2人共無表情のまま手を上げてはしゃいでいた。


「え、ルーティとティセも休むの?」

「だってお兄ちゃん休むんでしょ」

「私達だけ働くというのは不公平だと思います」


 なんてこった、ルーティやティセまでダメな大人になってしまった。


「明日も楽しみだね」


 リットに言われ、俺は肩の力を抜いて笑った。

 まぁいいか。ここは怠惰の街ゾルタンなんだ。


「そうだな」


 俺が頷いたのを見て、ダメな大人たちは、再び「わーい」と声を上げた。


☆☆


 同じゾルタンでも区ごとに住人の構成は大きく違う。

 そのため、冬至祭の様子も区によってそれぞれまた違った楽しさがあった。


 下町では出店が並び、串肉や魚や芋のフライ、ベーコンやレタスを挟んだサンドイッチ、砂糖菓子に甘い味付けのパン、木彫りの玩具や中古の雑貨までさまざまな物が、別に安くもない値段で売られている。


「じゃ、オレたちは母ちゃん探してくるから」


 タンタとゴンズはミドとナオの夫婦と合流するようだ。


「じゃあね、レッド兄ちゃん、今日くらいならデレデレしてても笑わないよ」

「失敬な、俺がいつデレデレしてたというんだ」

「いつもじゃん!」


 そう言ってタンタとゴンズは笑いながら、リュートの音が聞こえる広場の方へ歩いていった。


「ふぅ、さて、何を食べるかな」

「ん」


 俺の右側にすたすたと歩いてきたルーティが、俺の手を握った。


「私も手をつなぎたい」


 少し顔を赤らめてルーティが言う。


「ああ、いいよ。じゃ、このまま行こうか」


 俺は左腕はリットと組んで、右手はルーティを手をつなぎ、回りからの視線をちょっと恥ずかしく感じながら、祭りの中へと進んでいった。

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