70話 レッドは古代エルフの遺跡を進む
俺にとっては、ゾルタンに来てから何度も薬草を取りに来た、もはや勝手知ったる我が山。
だが、いつもと違い先に麓にある集落に寄る。
ここは山に薬草を取りに来た冒険者が宿泊する宿もあるが、本業は湿地帯が広がるゾルタンでは貴重な木材を供給するための木こり達が住む集落だ。
時間をかけたくなかったので、クオーターペリル銀貨を渡しながら竜を見たか情報を集めた。
「あっちの方に飛んでいったよ」
「あっち?」
来年くらいから父親に混じって木こりの仕事をするくらいの年齢だろうか。
継当てのある服を着た少年が指差した先は、山ではなく山の側にある森だ。
「ありがとう」
少年に銀貨を握らせ、俺は集落を離れる。
たしかあそこはルーティが飛空艇を隠している場所だったか?
そうティセが言っていたはずだ。
飛空艇はティセでなければ動かせないようにロックがかかっているらしいが、まだ未知の部分も多いそうだ。
もしかするとロックの解除キーを知っていて、飛空艇を奪おうとする魔王軍の手先かもしれない。
「飛空艇はもともと暗黒大陸の技術、ティセよりも魔王軍の方が詳しくて当然か」
ルーティのところへ先に向かうべきか、それとも飛空艇の置いてある森へ向かうべきか。
少しだけ迷ったが、やはり先にルーティの元へ向かうべきだと判断した。
ルーティ自身の問題の方が飛空艇の有無より大切だと思ったからだ。
俺は山の中をキマイラの生息地の中にある古代エルフの遺跡を目指し、進んでいった。
☆☆
「どうですダナン、この見事な飛空艇は。これがあれば魔王軍の海上封鎖など関係なく暗黒大陸へ向かえます。我々の勝利の日は近い」
アレスは自分達の冒険の成果を誇らしげにダナンに伝えた。
「そいつはいいが、ここにはルーティはいないようだぞ」
「たしかに。だが飛空艇がここにあることが分かったことは大きな収穫です。いまのうちに結界を張って、我々以外が近づくのを防ぎましょう。この飛空艇が奪われたら大変なことです。それにこの結界があればルーティが飛空艇に近づけばわかります」
アレスは早速準備に取り掛かっている、連日の魔法で消耗しているにも関わらず、精霊竜を召喚し、さらには飛空艇を覆うほどの結界を張る。
さすがは世界最高峰の賢者というべきだろう。魔力の高さは上級デーモンですら太刀打ち出来ないほどだと、シサンダンはその点については素直に感心した。
(加護は知識や判断力を与えてはくれない。それがこの男の悲劇だろうな)
アレスはレッドより早く山に到着していたのにも関わらず、その選択によって遺跡への到着が遅れることになった。
この差は後の結果に影響をあたえることになる。
☆☆
山を進むと、キマイラの生息地へたどり着いた。
いつものようにキマイラ達は俺を遠巻きに眺めるだけで手は出してこない。
以前のようにキマイラに絡まれている新人冒険者に会うこともなく、遺跡へと進めた。
森に飲み込まれ、木の根や蔦が入り込んだ遺跡を進む。
天井や床は古代エルフの遺跡以外では見ることのできない、つるりとした鉄でも石でもない未知なる硬質の物体でできていた。
以前、俺はこの中を簡単にだが調査したことがある。奥はまだ防衛装置が生きていたので調べてはいないが、中央の遺跡と比べても、ここは非常に厳重な遺跡という印象を受けた。
俺は、古代エルフに関する文献も、かなりの量読み漁っている。
古代エルフの遺跡には、それぞれ明確な目的があったというのが学者達の見解だ。ある意味当たり前であるが。
王都の近くにあった、勇者の証を封印していた遺跡を俺は直に見た。アレスもルーティも、おそらくは気がついていなかったが……あれは封印などしていなかった。
あの遺跡は勇者の証を『生産』していたのだ。ルーティが手にした勇者の証は、先代勇者が使ったものなどではない。ましてや古くから伝わった遺品などでもない。
勇者の証とは先代勇者が使ったものと同じ遺跡で生産された、真新しい道具だった。
普段はここまで入り込んでいるキマイラ達の姿を見かけない。
おそらくはルーティが何体か始末したことで、キマイラ達はここを危険だと判断したのだろう。
先に進むと、大きな穴の空いた扉が見えた。
「ちゃんと装置を動かせば開いたのに」
ルーティが無理やりこじ開けたのだろう。たしかにルーティならそれが一番効率がいいのだろうが、その強引なやり方に思わず苦笑してしまう。
ルーティは決して頭が悪い訳じゃない。本気でこの扉の装置を調べれば、開け方だって分かったはずだ。ルーティはあれで結構ずぼらだ。
扉の先に進むとぽっかりと空いた黒い穴が見える。
普通ならここに昇降装置があるはずだが……。
「なにもないな」
ティセが言っていたようにルーティが破壊してしまったようだ。
ここを降りるしかない。
「仕方がないな……軽業スキルマスタリー:スローフォール」
俺は内面の加護に触れてスキルを起動する。
このスキルがあれば、手や足が触れられる距離に壁などがあれば、それを使って減速し、どんな高さからでも安全な速度で降下できる。ビッグホークの屋敷でも使ったスキルだ。
上から覗き込む限り、昇降装置の中は暗そうだ。俺はベルトポーチからライトスティックを取り出す。ライトスティックは真鍮でできた30センチくらいの細い棒だ。
俺は床にライトスティックの先端を叩きつけた。すると、ボウッと小さな音を立て、真鍮が熱もなく燃え始める。松明ほどの光が当たりを照らした。
ライトスティックは特殊な魔法が仕掛けられた1本2ペリルほどの安価なマジックアイテムで、衝撃を与えると10時間ほど光を発する使い捨ての照明器具だ。
安いと言っても松明約100本分の値段だが、簡単に点灯することができ、一度つければ消えることはなく周りのものを燃やすこともないため、慣れた冒険者は予備としてや非常用の光源として数本常備している。俺もベルトに3本、いつも携帯するようにしていた。
俺は壁を何度も蹴って速度を落としながら、真っ暗な縦穴を下っていく。
左手に持ったライトスティックの光量では縦穴の奥までは到底届かない。よく見えるのはせいぜい20メートルほど。それより先は薄暗い影か完全な暗闇だ。
そんな中を減速を繰り返しているとは言え、高速で降りていくのだから神経を使う行為だ。
その後、数百メートルは降ったと思う。やがて足元に昇降装置の残骸が見えてきた。
着地できそうなところを見つけ、俺は壁を蹴ってそこへ着地した。
「ふぅ」
スキルがあるとはいえ、これだけの高さを飛び降りるのは少々疲れた。俺にも疲労耐性があるのだが、神経をすり減らすような行為は関係なく消耗する。
だが休むのは後回しだ、遺跡の地下はところどころ照明が生きているようだが、大部分は闇に覆われている。
俺は左手にライトスティックを掲げ、奥へと進んだ。
地下になると、壁を覆う蔦のような植物はもう見られない。
通路には時折、ルーティが破壊したと思われる古代エルフの防衛兵器の残骸が転がっていた。これらを持ち帰るだけで、俺の店の稼ぎの何十年分になるだろうか。
もっとも、ゾルタンじゃこんな高価なものを換金できる店などないだろうが。
「確かティセの話じゃ、南西のベッドなどがある区画で悪魔の加護を作らせてるってことだったよな」
ルーティがいるとしたらそこだろう。
俺はコンパスを取り出し、方角を確認しながら遺跡のさらに奥へと進む。
しかし、なんだって古代エルフはこんな地下奥深くにこんな巨大な設備を作ったんだ?
先に進んでいると、途中、周囲の建材とは明らかに違う、粘土でできたプレートが壁にかけられていた。
「これは古代エルフ文字ではなくウッドエルフの文字か」
先代魔王に滅ぼされた種族。ゴンズなどハーフエルフはそのウッドエルフと人間の混血が進んだ者だと言われている。そのため、古代エルフの文字とは違い、ウッドエルフの文字はほぼすべて解明している。
「勇者管理局?」
これはどういう意味だろう。ウッドエルフ達が古代エルフの遺跡に入り込んでいたのも謎であるし、その遺跡にこんな言葉を彫られた粘土板を置いたのも謎だ。
「それにこの先は宿舎区画だろ?」
ベッドが各部屋に置かれていたというティセの言葉からするに、この先は古代エルフ達が寝泊まりするのに使っていた部屋……だと思う。この遺跡自体の役割が何なのかは知らないが、それは別の部屋にあるはずだ。この先にあるのはただの部屋。
そこにわざわざ粘土板を設置する意味はあるのか?
「……いや、考えても仕方がないな」
それより今はルーティに会うことが先決だ。
湧き上がる疑問と好奇心を、今は無視しながら俺はルーティのもとへと先を急いだ。