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69話 リットは迷い、決断する


 上空に見える精霊竜スピリットドレイクは凄まじく速い。


「ただのスピリットドレイクじゃないな。移動速度を強化する魔法かなにかがかかっている」


 単純な速度なら同等だと思うのだが、こちらは陸路。

 曲がるときはスピードを落とさなければならないし、道がぬかるんだりしていれば速度は一気に落ちる。


「ルーティなら大丈夫だとは思うんだが」


 ルーティは俺より遥かに強い。俺が心配するようなことは何もないとは思う。

 だが、目の前で得体の知れない相手がルーティのいる山へと向かっているかと思うと、やはり心が落ち着かない。


 しばらく走っていると、前方を駆ける二匹の走竜ライディング・ドレイクが見えてきた。


「ん、追いついたか」


 遠くからでもリットの後ろ姿を見間違うことはない。


「リット! ティセ!」

「レッド!」


 走竜は自分と並んで走る俺の姿を興味深そうに覗き込み、「ぐぅ」と鳴いた。

 走竜の周りには水の精霊と風の精霊が漂っている。

 魔法を解析するようなスキルや魔法を持たない俺には推測するしか無いが、おそらくは水の疲労治癒と、風の速度上昇。

 やはり魔法を使って急いでくれていたのか。


「リット、空のスピリットドレイクを見たか?」

「うん、見た。でもゾルタンにあんな召喚魔法を使える人はいないわ。先代Bランクパーティーのミストーム師でもそうよ」


 ゾルタン最強の冒険者として、ゾルタンに住む強者を把握しているリットが言うのだから間違いないだろう。


「外部の人間か」


 ダナンが現れただけでなく、さらに勇者パーティーに匹敵するほどの加護レベルを持つ魔法使い系加護持ちがゾルタンにいるということか。

 偶然だろうか?


「そうだ、ダナンもあとから来る」

「ダナン!?」


 リットが驚いて声を上げた、ティセも目を見開いている。


「レッド、ダナンに会ったの?」

「ああ、港でな。俺を探しに来たらしい」


 リットはそれを聞いて、少し躊躇したあと、


「そう……ごめんなさい、実は私も会っていたの」


 目を伏せ気味に、そう言った。


「リットがダナンに?」

「うん。レッドを連れ戻しに来たって。でもレッドが平和に暮らしているから見なかったことにするからレッドにも伝えるなって」


 ダナンが? あいつはそんなことを言うようなヤツじゃない。

 あいつは平穏に暮らすことが幸せだという概念が理解できないレベルの脳筋だ。一緒に暮らしているのが楽しいなら一緒に魔王討伐に行けば解決だなとか迷わず言うだろう。

 幸せに必要な要素から平穏という部分が抜け落ちるんだ。あいつはそういうやつなんだ。

 それに……


「それはいつのことだ?」

「ええっと、最初に会ったのは悪魔の加護の生産拠点がどこかって調べてた時だから……」


 おかしい。

 ダナンは今日ゾルタンに到着したと言っていた。あの場面でダナンがウソを付くはずがない。

 だが、リットがこの場でウソを付く理由もない。


「リット、そのダナンになにか変わったところはあったか?」

「変わった所? いえ特にはなかったと思うけれど……まぁ私、ダナンとはあまり話したことなかったからよく分からないけれど」


 リットを仲間に入れて、惑わしの森を突破する時、テオドラとダナンはロガーヴィアの防衛の為に残っていた。その代わりにヤランドララとリットが加わって援軍を呼びにいったのだ。

 だからリットはダナンとあまり長く会話していない。

 ……いないのだが、ダナンがもっとも大きく変わった部分を見過ごすことはありえない。


「そのダナンは両腕があったんだな?」

「え? 質問の意味が分からないけど……」

「言葉通りの意味だよ。右腕と左腕、両方あったんだな?」

「う、うん」


「どういうことですか?」


 ティセも質問の意味が分からないと首を傾げている。


「俺が会ったダナンは右腕の肘から先を失っていた」

「ダナンさんが片腕を!? 一体何があったんです!?」

「で、でも私が会ったダナンはちゃんと右腕が……」

「……リット、驚くなというのも無理だろうし、俺もまだ詳しいことは分かっていないんだが」

「もう驚いているわよ!」

「もっと大きなことだ。ダナンは……シサンダンに右腕を食いちぎられたらしい」


 リットの身体が硬直した。

 騎手の混乱を感じ、走竜が戸惑い足を止めようとするが、俺が手綱を引いてそのまま走るように促した。走竜は黒い瞳で不安そうに俺を見つめたが、素直に走り続ける。


「ありえないわ! シサンダンはあのとき確かに殺したはずよ!」

「確かに。リットはシサンダンの首を持ち帰ったし、ロガーヴィアの地に埋められているはずだ」


 リットにとっては、自分の師を殺した憎い相手だ。応報したと思った相手が、実はまだ生きていたなんて受け入れられることではないだろう。

 リットの表情が、一瞬ではあるが憎悪に燃えた。


「シサンダンというと……確かロガーヴィアでルーティ様が戦ったというアスラデーモンですか?」


 ティセの言葉に俺は頷く。


「俺もまだ見たわけじゃない。話を聞いただけだ」

「何かの間違いじゃないんですか?」

「分からん。だがダナンは一度戦った相手のことは忘れない。そのダナンが言うからには、信憑性は高いと思う」


 俺達は少しの間沈黙したまま走る。


「私の見たダナンって……」

「おそらくはシサンダンだろう。右腕を食べたことで姿をコピーしたんだ」


 この世界で唯一加護を持たない種族であるアスラデーモンの能力については謎が多い。

 相手を殺さなくても変身できるとは知らなかった。


「もっと早くあなたに伝えていれば……きっとあなたなら偽物だって見抜いていたのに。そしたら、私は……すぐにでも」

「斬りに行っていたか」

「……うん、冒険者を続ける気はないけれど、あいつだけは別」


 リットの心に葛藤があるのが、俺にもわかった。

 俺と一緒に店を続けたい、2人の日常を大切にしたい。

 その気持は間違いなく本物だろう。


 しかし、仇はまた別の問題だ。

 師匠を殺し、リットを信じてくれた近衛兵団の兵士達やロガーヴィアの冒険者達。その多くを騙し、殺したのがシサンダンだ。


「……あれがシサンダンの手によるものなのかは分からないが」


 視線の先にには空を飛ぶスピリットドレイク。

 俺達との距離は段々と離れていく。


「もしシサンダンがいるなら一緒に戦おう。あれが別物で、まだシサンダンがゾルタンにいるのなら、それでも一緒に戦おう。今度こそガイウスの仇を討とう」

「でもレッド……」

「確かに俺はもう世界のためにとか、そういう戦いはしないって決めたんだけどさ」


 リットが辛そうな表情も見せているのはこれが理由だろう。

 俺は世界を救う旅に戻るよりもリットとの暮らしを取った。

 ならば自分もシサンダンという仇との戦いよりも、レッドとの暮らしを取って忘れるべきではないか。そうリットは考え、それを選べない自分に苦しんでいる。


「リットが戦う必要があるというなら、俺ももう一度戦うよ。別に俺達の生活は呪縛じゃないよ。いや、呪縛であってはならないんだ。辛い思いをしてまで戦いを避ける必要なんて無い」

「……ごめん」


 リットは少しだけ涙を見せた後、表情を引き締めた。


「シサンダンと会ったなら、もう一度だけ私は英雄リットに戻るわ」


 そして決意を視線にこめ、上空の精霊竜を睨みつけた。


「ありがと、私はもう大丈夫だから、レッドは先に進んで」

「そうか、分かった」


 俺はさらに足に力を込める。

 ここからは山に近づくに連れて道が悪くなるため速度は落ちるだろう。あの精霊竜には追いつけない。

 だが10分程度の差で到着できるはずだ。


「リットとティセも気をつけて」


 俺がさらに速度を上げると、走竜達は驚き、負けじと速度をあげようとするが、すぐに引き離されていった。


「ギャア!」


 悔しそうな走竜の鳴き声を聞きながら、俺はルーティの元へと先を急いだのだった。

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