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6話 英雄リットと普通のレッド

 勇者ルーティがついに二人目の四天王『風のガンドール』と彼の居城である天空城を攻略したという知らせは、このゾルタンにも届いていた。

 無数のワイヴァーン騎兵を従えるガンドールの航空戦力は、少なくとも5倍の兵力でなければ太刀打ちできないとまで言われるほどの最強戦力だったが、これで魔王軍も弱体化を免れないだろう。


「頑張ってるなぁルーティのやつ」


 辺境のゾルタンでは魔王軍の脅威は遠い世界のことのように感じる。ゾルタン人達も連合軍の勝利に喜んではいるようだが、脅威が遠のいたというより、祭り的な喜び方のようだ。

 カランと音がして俺は思考を中断する。扉に付けた鈴の音だ。


「いらっしゃ……なんだ、ゴンズとタンタか」

「おう、遊びに来たぞ、相変わらず客がいねぇな」

「ほっとけ」


 外は雨。大工の仕事は雨が降ると休みになる。

 ゾルタンのこの時期は昼から夕方にかけて雨が降ることが多い。日中の気温も37度を超えることもあり、基本的にこの時期のゾルタンは全員あまり気合を入れて働かない。

 冒険者達もこの暑かったり、雨が急に降るような中で働こうとは思わないようで、冬と春の間に貯めた資金で、夏は働かず休んでいる者も多い。


 しかしゴブリンのような略奪種族も、盗賊のようなアウトローも活動を止めてくれるわけもなく、そういった対処にはアルベールのような責任ある高ランク冒険者達が駆り出されている。

 俺は自分の店の商品集めばかりで、最近は冒険者としての活動は殆どないが。


 それよりも、俺には店に客があまり来ないという切実な問題をどうかしなければならない。


「まだ半月だけど売上はそこそこ上がってるんだろ?」

「まぁニューマンの紹介で他の病院にも薬草卸しているからな。だが……」

「一般客が来ないと。まあこの時期はみんな家でだらけているだろうし、薬屋まで歩く気力もないんだろう」

「夏風邪の薬とか用意してるんだけどなぁ」


 薬にも消費期限がある。何ヶ月かすれば、作った薬や取ってきた薬草も破棄しなければならなくなる。

 薬の販売価格の1/5以下の買い取り額とはいえ、取ってきた分すべて冒険者ギルドに買い取ってもらえた頃と比べたら、少々胃が痛い。


「まぁそのうち客も増えるだろ」


 ゴンズはガハハと笑っているが、俺にとっては笑い事ではないのだ。


「ところでレッド、飯はもう食ったか?」

「いんや」

「おし、じゃあどっか食い行こうぜ」

「いい、外食は控えてるんだ。うちで作る」

「ええ? レッド兄ちゃん料理作れるの?」

「おう作れるぞ、冒険者ってのは料理も作れないとなれないんだ」


 なにしろ食事は重要だ。

 つらく厳しい旅の中で、朝と夕方の食事だけが楽しみということもよくある。

 まずい食事が辛くて、俺は戦力的には役に立たないとは思いつつも、料理スキルをちょこっとだけ取っている。

 最初アレスからは猛反発を受けたが、ルーティをはじめ仲間からは好評で、アレスも何日かしたら文句を言うこともなくなっていた。というか図々しくもおかわりを要求するようになっていた。

 食事の時間は、足手まといだった俺が周りから頼りにされる数少ない時間だったのだ。


「へぇレッドがねぇ」

「まっ、本職の料理人の加護持ちには勝てるわけないけれど、素人としては結構なもんだぞ。なんなら食ってくか?」

「良いの!?」

「おう、ちょっと待ってろ」


 この店は、俺の生活する場所も併設している。

 間取りは、店頭、貯蔵庫の他に、寝室、台所、洗面所、居間、調合の作業場、そして薬草を育てる庭がある。

 考えてみれば結構広いのだが、あの材料費で足りたのだろうか? もしかすると、ゴンズが無理してくれたのかもしれない。


 俺は貯蔵庫の食材を入れている棚を開き、何を作るか考える。


「ポテトサラダとエッグトースト、トマトスープ、あーついでに昨日買った鶏肉も使っておくか」


 食材をカゴに入れ、俺は台所へと向かった。


☆☆


「ほれできたぞ」


 俺は居間のテーブルに料理を並べた。


「おお、何が出てくるかと思ったら、普通に旨そうだな」

「料理人じゃないんだから、作れる料理は普通の家庭料理だよ」


 ちょっと期待値を上げすぎたかもしれない。

 あくまで素人にしては美味しいと俺は言いたかったのであって、料理の技術自体は大したものではないのに……まぁいいけど。


「それじゃあいただきます」


 飲み物は柑橘類の切れ端を浮かべた冷たい水。

 食後にはハーブティを用意している。どちらも薬草採取のついでに取ったおまけだ。

 タンタはベーコンエッグを、ゴンズはポテトサラダを、それぞれスプーンで一口食べた。


「どうだ?」

「……まじか」


 ゴンズとタンタは動きを止めた。


「ど、どうした? 口に合わなかったか?」

「いや……まじで旨い」

「すごいよレッド兄ちゃん! 母ちゃんのご飯より美味しい!」


 そう言うと、2人は、喋ることなく黙々とスプーンを動かしはじめた。

 俺も一安心すると、スープから手を付ける。

 うん美味い。


 食事を終えると、2人は満足そうな顔でハーブティを飲んでいる。


「しかしなんであんなに美味いんだ? 料理自体は普通のものなのに」

「あー、そうだなぁ。多分、調味料が良かったんじゃないか」

「調味料?」


 薬草以外にも山には色々な植物がある。

 中腹までは熱帯から温帯、頂上の方に進むと亜寒帯の気候になる山には、カラシやニンニク、シナモンやナツメグといった有名な香辛料や、名前もわからない雑多な香草など豊富に群生している。

 そうした材料から作った調味料が味をよくしている……と思う。


「へぇ、お前さんが本当に料理に詳しかったとは思わなかったぜ」

「野営の時にできる料理が基本だから、凝った料理や変わった食材を使った料理とかは知らないけどな」

「いや十分。これだけ旨けりゃ店が開けるよ」

「おだてても、お茶しかでないぞ」

「このお茶も美味しいね」


 お茶に使うハーブも山で取ってきたものだ。

 おそらくゾルタンに昔住んでいたウッドエルフ達が品種改良したハーブが山に自生しているのだろうと推測している。

 この大陸の野菜や果物、家畜はウッドエルフ達が長い時間をかけて野生のものを品種改良したものが多い。魔王との前の大戦でウッドエルフ達の国は壊滅してしまい、今ではウッドエルフの血は人間とのハーフという形でしか残っていない。


 だが、彼らの残した自然科学に関する知識は人間にも受け継がれている。俺の薬草や薬に関する知識はウッドエルフ達の残した本から学んだものだ。


 店の方でカランと鈴がなった。


「客かな? ちょっと行ってくる。2人はこっちでくつろいでて」

「おう」


 雨の中客が来るとは珍しい。

 俺は慌てて店頭へと戻った。


「いらっしゃ……」


 入ってきたのは異様な出で立ちの女性だった。

 全身を黒いフードつきのコートで覆い、口元を首に巻いた赤いバンダナで隠している。

 フードの隙間からちらりと覗く髪の毛は流れるような金色。

 そして腰にはグリフォンの羽飾りのついた2本の大きく湾曲したショーテルの柄が窺える。


 ゾルタンの住民ならば皆、彼女を知っている。

 彼女がもう一人のBランク冒険者。だがその実力はアルベールより遥かに上。彼女は誰とも組まずソロで活動しながらBランクパーティー相応の評価を得ているのだ。

 個人の実力であればAランクか、それ以上の実力者だ。


 彼女の名は、リーズレット。人から呼ばれるときは縮めてリット。俺がレッドだから紛らわしいのだが……こればかりは俺が文句を言うわけにはいかない。


「……ギデオン、本当にここにいたんだ」


 ついにこの時が来たかと俺は表情を引き締めた。

 彼女の本当の名はリーズレット・オブ・ロガーヴィア。ロガーヴィア公国の第二王女。

 かつて短い間だったが、俺やルーティと一緒にパーティーを組んだ仲間だった女性だ。


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