43話 頑張った後はお風呂に入ろう
事件が終わってから5日後。
「まだかな? まだかな?」
「んーもうちょいだ」
俺は湯船に腕を入れて温度を確かめる。
まだちょっと温い。
ついさっきゴンズから完成したと告げられたばかりの浴室。
俺とリットはさっそくお風呂に入るべくお湯を入れているところだ。
浴室は、3人くらい入れる大きな浴槽と、壺のような形をした小さな浴槽がある。
扉一枚隔てた狭い部屋にストーブが置かれており、このストーブから伸びるパイプが浴槽の水を温めている。
また扉を開け、ストーブのパイプを開くことで浴室がサウナにもなるオトクな設計だ。
風呂は病魔を退けるとしてアヴァロン大陸の各地で様々なタイプが建設されているが、ストーブとパイプを使うゾルタン型の浴室は、なかなか便利なんじゃないかと思う。
王都では外で火を焚き、床下から温める仕組みを取っていた。これだと、すぐに温まる反面、火の調節が浴室内からできないという欠点もあった。
まぁリットは魔法で水を温めることもできるのだが、こちらは温度調節が難しく熱湯になってしまうことが多い。それにこれから風呂でくつろぐのに精神集中を要求する魔法を使うのはしんどいという面もある。
「よしそろそろ良いだろう!」
「やった!」
振り返ると、すでにリットは服を脱ぎ、バスタオルで一応隠しているだけの状態になっていた。
「な、おま……!」
「レッドも早く着替えてよ」
「水着って話じゃ」
「ヘタレ!」
こ、こいつ!
そこまで言うなら仕方がない。というかリットがOKなら俺が断る理由なんてないのだ。
ちょっと恥ずかしいだけで。
何てことはないが、視線が落ち着かないくらいは許してほしい。
俺達はお互い何も身に着けず、向かい合って浴槽に入った。
「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー」」
2人の間の抜けた声が浴室内によく響く。
「疲れたー」
「俺も疲れた、久しぶりに真面目に戦ったんで、まだ筋肉痛が残ってる」
「えい」
あろうことか、リットは足の先で俺の脇腹を突いた。
「うげ」
筋肉痛の鈍い痛みがお腹に走る。
お返しに俺もリットのお腹を突いていやると、リットも「うげ」と声を出した。
リットだって久しぶりに本気だしたもので筋肉痛なのだ。
「やっぱたまには身体動かさないとだめかな」
「どーだろなー、こういうこと滅多に起こるもんでもないし」
お互い、「ふー」と息を吐いた。
湯船にたゆたうは心地よく、俺は目をつぶって身体をお湯に預ける。
「やっぱお風呂作ってよかったなぁ」
今回の事件の報酬で、俺達は浴室を増設した。
まぁ浴室の建設費は130ペリルと、そう高くないものだ。
それに今回の事件を解決したことで、下町の大工が「俺達の町の英雄リットと薬屋レッドに」と集まって仕事してくれたことで、8日かかる工程を5日で終わらせてしまった。
大工達に毎日昼食を作って渡してやると、やたら喜んで、また部屋を作ることがあったら遠慮なく呼んでくれと言ってくれた。
まだ貰った報酬は残っているし、庭に温室を作ったり、醸造室を作って、そこで薬草酒を作ってみるのもいいな。
ふにっと柔らかい感触が俺の胸のあたりに当たった。
「ん?」
目を開けると、目の前でリットが悪戯っぽい笑顔を浮かべている。
さっきの感触はリットの……胸が当たった感触か。
わざわざ隠密スキルまで使って、湯船に波1つ立てずに近づいてきたらしい。
ふざけるのにも全力だ。
と、冷静さを装ってはいるが、実際の所テンパってしまっている。
「にひ」
リットも笑っているが、こいつも顔が真っ赤だ。のぼせたわけじゃないだろう。
毎回、リットは本当は恥ずかしい癖にこうしてアピールしようとしてくる。
「お?」
俺はリットの肩をつかむ。そしてくるりと回転させ、リットの背中が俺の胸の位置にくるようにした。
そしてそのまま抱き寄せた。
「おー」
口調は平静を装っているが、リットの身体は固い。
しかしそれもすぐに力が抜け、俺に体重を預けるようになった。
リットの身体は温かい。
「ねぇレッド」
「なんだ?」
「本当に良かったの? アルベールと一緒に行けば、勇者パーティーに復帰できたかもしれない。アレスだってあなたのことを見直したかもしれない」
「言うまでもないな。ここに来たばかりの頃の俺なら分からなかったけど……今はありえない」
「でも、勇者達は苦労しているかもしれないわよ。あなたに戻ってきて欲しがっているかも」
リットの口調は不安そうだ。
やっぱりちゃんと分からせてやらなければならないだろう。
俺はリットをギュッと抱き寄せた。
彼女の金色の髪の中に、俺は鼻先をうずめる。いい匂いがした。
「例えそうだとしても、俺は戻らない。勇者を助ける戦力は別にいる、アルベールがそうなっていたかもしれないし、他の町にも英雄候補はたくさんいる……だけどリットはここにしかいないから」
いや違うな。
「そういうことじゃないな。よし、はっきり言おう」
「?」
「俺はリットが好きだ。超好きだ。多分リットが、“きっとレッドはこれくらい私の事が好きなんだろう”って思っている百倍くらい好きだ」
「な、え、あ……!?」
「だから俺はここに残る。誰がなんと言おうと。英雄であるよりリットの隣にいるレッドでいたい」
リットはいつもの口元を隠すバンダナが無いので、顔半分を湯船に沈め、緩む口元を隠していた。
最近のリットは何か俺に対して不安を感じていたようだが、この日以来、そういった不安も消えたように俺には思えた。
また、いつもの日常が戻ってきたのだった。
☆☆
アルベール、ビッグホークの両名はさしたる抵抗もなく捕縛された。
生き残ったデーモン達は衛兵を倒して逃走していたが。
ついに今日、逃走していた最後のストーカーデーモンも討伐された。
討伐したのはビュウイ。
冒険者ギルドにはまだ所属していなかったため、経歴不明の謎の剣士だ。
「一応、本人の自己申告では遊歴の貴族だそうで。ただし四男で、家督の相続権はないとのこと」
「マウデスター家? フランベルク王国の貴族か? だがあの国は魔王軍との戦争で滅亡しただろう」
「国が滅んでも貴族の家がなくなるわけじゃないでしょう。マウデスター家の正妻はヴェロニア王国の貴族の娘です。今はそちらの領地に身を寄せているらしいですよ」
「なるほどな。ちなみにその情報は?」
「ビュウイの自己申告です」
「どこまで本当やら」
ここにいるのは冒険者ギルドの幹部達。それに自慢の髭を撫でている市長のトーネード。
「しかしそんなことはどうでもいいでしょう。極端な話、ビュウイがどこかで殺人を犯した逃亡者だったとしても構わない」
トーネードが言った。
冒険者ギルドの幹部のなかには眉をひそめるものもいたが、反論はない。
「ビュウイを特例としてCランク冒険者と認める。さらにパーティーを組み、南の漁場を荒らすブレードシャークを討伐した時点でBランク冒険者パーティーと認め、その後は彼をゾルタン全体でバックアップする。異存はありませんな」
復帰を打診してみたが、リットは結局首を縦には振らなかった。交渉の余地はない。
かといって、老齢の先代市長にして『アークメイジ』であるミストーム師に再び冒険者になってもらうことなどできるわけがない。まだ残っている悪魔の加護の問題もあり衛兵隊長モーエンも忙しい。
ビュウイがアルベールの代わりにBランク冒険者になってもらうしかないのだ。
「それに、ビュウイは勇者の仲間である、あの武闘家ダナンの弟子なのだろ?」
「ええ、英雄リットがそう言っていました。裏は取れていませんが」
「こんな辺境で裏も何も分かるわけ無いだろう。リットもそんなことは分かっている。言い方も曖昧だったんだろ? 要するに、Bランクを任せるのにそういう肩書は便利だということだ」
トーネードは、あのリットという名の若い女剣士が、実は政治的駆け引きにも長じている聡明な人物であることを知っている。
トーネードのあとに市長になる冒険者ギルド幹部のゴランはいささか頼りない人物であり、トーネードは自分の任期でゾルタンの足場をしっかり固めないといけないことを決意していた。
ミストーム師は優秀な魔法使いであったが、市長としては凡庸以下だった。
自分が直接戦いに出向いて事態を収拾するなど下の下の策。それではミストーム師が引退した後はどうなるのだ。
市長の役割は、自分がいなくても円滑に問題が解決できるシステムを構築すること。そう、トーネードは考えている。
「では、予定通りに?」
「ああ、ブレードシャーク程度なら万に一つも失敗することはないだろう。戻ってきたら早々にBランク認可をだしてくれ。私の方でも今回の事件の犠牲者への追悼式典と一緒に、新しい英雄の誕生ということで市民にアピールするつもりだ」
結局、この会議は初めから決まっていたことを確認するだけのものになった。
Bランク冒険者ビュウイ。もし彼がこれからもずっとゾルタンに残るつもりなら、いつか市長になる日もくるかもしれない。
彼がこれからゾルタンを引っ張っていく若き英雄である。