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32話 勇者は飛空艇を手に入れる

 勇者ルーティは剣を抜いた。

 象のように巨大なカニのモンスターであるタイタンクラブと隼の頭をしたヒエラコスフィンクスが、それぞれ4体ずつ、計8体の集団。

 ヒエラコスフィンクスは、おそらくこの遺跡の入り口を守っていた人の顔をしたアンドロスフィンクスの眷属だろう。


「なぜスフィンクス達はこの遺跡を守っているのでしょう?」


 アレスは死を恐れず戦うスフィンクス達の様子に疑問を持っている。

 ヒエラコスフィンクスは知能が低いが、アンドロスフィンクスは少なくとも人間と同等の知性を持っていたはずだ。

 この誰も来ない遺跡を何十年何百年と守り続ける理由は何か?


「さあ?」


 勇者ルーティは興味なさそうにそう言った。

 それはルーティには関係のない問いだった。

 目の前に敵がいて、自分の手元には剣がある。


 ならば悩むことはない。


 ルーティは剣を脇にだらりと下げたまま、まっすぐモンスターへ向けて斬り込んでいく。


(戦うのは好きだ。この時だけは、加護と私のやりたいことが一致する)


 振り下ろされたタイタンクラブのハサミを跳躍してかわす。

 空中にいるルーティに殺到するヒエラコスフィンクスのうち二体をそれぞれ一撃で斬り捨て、さらにもう一体の前足一本を斬り飛ばす。


 地面に着地すると、間髪入れずに剣を突き上げ、頭上にあるタイタンクラブの腹を突き刺した。


 その間にティセがタイタンクラブを1体、テオドラが1体しとめ、


「チェインライトニング!」


 アレスが稲妻の鎖で生き残っている敵を焼き焦がす。


「威力が足りない」


 ルーティは無表情でそう言うと、まだ息のあったタイタンクラブ最後の1体の頭上へ、鎧を着たまま軽々と飛び乗り、深々と剣を突き入れた。


 地響きを立ててタイタンクラブが倒れる。

 遺跡の隙間から入り込んだ砂が土埃をあげた。


「え?」


 土埃の中から目の前に影がせまった時、アレスは間の抜けた声を上げた。

 最後に残ったヒエラコスフィンクスの大きく開かれたくちばしが、土煙の中から突き出されたのだ。


「う、うわっ!?」


 慌てて逃げようとするが賢者の加護の与える身体能力では遅すぎた。

 アレスの首を引きちぎろうとヒエラコスフィンクスのくちばしが迫るが、アレスの眼前でピタリと止まる。


「る、ルーティ!」


 ヒエラコスフィンクスの後頭部をルーティの左手が無造作に掴んでいる。

 ライオンの体躯を持ち、加護によって身体能力をさらに強化されているはずのヒエラコスフィンクスは、少女の左手を振りほどくことができない。

 ルーティは無言で力を込めた。


「キュルルル!?」


 その体重は1トン以上あるであろうヒエラコスフィンクスの身体が持ち上がった。

 大きな体がくるりと空中で回転する。


 グシャリと頭が潰れる音がした。

 ルーティがヒエラコスフィンクスの頭部を床に叩きつけたのだ。

 血が水たまりとなり、その中をヒエラコスフィンクスの身体が、死に対して最後の抵抗をするかのようにビクンビクンと痙攣していた。


「た、たすかりま……」

「アレス。範囲攻撃はいらない。今は4人なのだから一体一体確実に減らして」

「え、あ……」

「それに立ち位置も悪い。兄さんならいつもカバーに入っていたけど、私もテオドラもティセも、そのような動きはしない。自分の身は自分で守って」

「すみ……ません……」


 アレスは奥歯をギリリと噛み締めた。

 ルーティの言っていることはもっともだ。ギデオンは戦力としては弱かったが、お互いをカバーするにはどうすればいいか、陣形や戦術の考案についても知識豊富で後衛へのカバーも上手かった。

 ギデオンがいたころはもっと楽に魔法を使えていた。


(違う、これはダナンとヤランドララが抜けたせいだ! あいつらが自分勝手にパーティーを抜けなければ上手くいっていたのに!)


 何かを失敗する度に、アレスの賢者としての自尊心が傷ついた。

 なぜ上手くいかない? 私は賢者だ、賢い人間だ。

 これまでずっと私が旅を引っ張ってきた。頭脳労働は私がやってきたはずだ。

 なのになぜこいつらは私を認めない、なぜギデオンなどという足手まといばかり褒めるんだ。

 あいつに一体何ができたというんだ!


「話はそれだけよ、先に進みましょう」


 アレスの口から怨嗟の声が漏れそうになる寸前、ルーティはそんなアレスに興味もないと言うかのように、そう淡々と言って、振り返りもせず歩きだす。

 彼女はもうアレスを見てはいなかった。


☆☆


 絵と文字の刻まれた巨石の壁で覆われた通路を進む。


「間違いなくこれは、先代魔王の時代の遺跡です」


 壁に書かれた暗黒大陸の文字を見て、アレスが言う。

 

「アレス殿。そんなことは今更言われなくても分かっている。今はこの状況をどうするかを考えろ」

「……先程のマグマスライムどもは、魔王軍四天王、火のドレッドーナの溶岩部隊ですね」


 遺跡の中を熱で溶かして掘り進むマグマスライム達は、各地の古代兵器を集める火のドレッドーナ自慢の部隊だ。

 戦闘能力も高く、攻撃に対して溶岩の粘液を噴出するカウンター能力も厄介だ。


「しかも火術士や暴力拳士サヴェージファイターの加護持ちが多い。数で攻められては我々も危ういのではないか?」


 撤退するなら早い方がいい。

 奥に進めば進むほど、状況は不利になる。


 だが、


「先代魔王の兵器を奪われたら、なんのためにここに来たか分からないわ」


 ルーティの言葉にアレスも頷いた。


「テオドラ、安心してください。いざとなれば私の氷の魔法で切り抜けられます。マグマスライム達は氷の魔法に弱い」


 テオドラは何か言いたそうにしていたが、意味がないと思ったのか首を小さく横に振った。


(壁の中に潜み、どこから穴を空けて襲ってくるか分からない相手だぞ。スライムでありながら知性も人間並。相手の数も分からない。壁に隠れながら波状攻撃を仕掛けられるだけで、こちらはすぐに魔力を使い果たすだろうに)


 だがテオドラやアレスが死んでも、勇者だけは生き残るだろう。

 彼女の強さは益々高まっている。もはやどれほどの高みにいるのか、槍術と法術の達人であるテオドラにすら理解できない。


(勇者殿が生き残るのであれば、それでいいのかもしれないな)


 そう考えると、テオドラは滅多にしない苦笑を浮かべた。


「私もギデオンを探しに行けばよかったかな」


 彼なら、きっとこの状況でも自分ができる最善を見つけられるだろう。

 戦うこと以外、能の無い自分とは違う広い視野を持つ男だった。

 自分の身が足手まといではないかと感じた時に、何をするべきなのか教えを請うべきだったと、今更ながら後悔する。

 テオドラは、久しく見ていないギデオンの顔を思い浮かべ、懐かしく思っていた。


☆☆


 ホーンドデーモン。

 遺跡の最深部を守っていたのは、ヤギの骸骨に薄く皮膚が張り付いたような、おどろおどろしい外見をしたデーモンだった。

 上級デーモンの一種で、手にした歪んだトライデントを構え、開かれた口から酸性のよだれを垂らし威嚇する。


「ホーンドデーモンが相手だなんて……!」


 アレスは上級デーモンの存在に絶句した。

 上級デーモンの多くは魔法無効化能力を持ち、ホーンドデーモンの場合おおよそ50%の確率で大半の魔法を無効化する。

 アレスなどの魔法で戦う者にとって脅威なのはもちろんだが、悪魔を使役しようとする魔法使い達にとって、この能力は致命的であり、どんな周到な準備に、完璧な制御魔法を用意しても、2回に1回は、制御に抵抗し魔法使いの首をへし折るのだ。

 ゆえに、ホーンド(恐怖)デーモンと呼ばれている。


 テオドラもティセも、強敵に緊張した表情を見せているが……ルーティだけは別のことを考えていた。


「なぜ、ここにホーンドデーモンが? デーモンは魔王軍側だと聞いていたけれど、周りで死んでいるのはマグマスライムよね?」


 先程アレスがヒエラコスフィンクスについて疑問を口にしていたのとは逆の形になった。

 ヒエラコスフィンクスが誰の眷属であれ、ルーティにとってはどうでも良かったが、ここのホーンドデーモンの存在の意味には、興味が沸いた。

 魔王軍=デーモン。

 数少ない歴代魔王の文献を紐解いても、この部分だけはどの文献も一致している。


「先代魔王と今の魔王タラクスンは同じ思想や主義の勢力ではないの? デーモンとは多様性の無い種族だと本には書いてあったのだけど」


 アスラデーモンという例外を除き、デーモンも生きとし生けるものであり加護を持つ。

 ただし、デーモンは固有の加護一種のみを同一種族すべてが持って生まれてくる。

 この目の前にいるホーンドデーモンであれば、すべてのホーンドデーモンが、『ホーンドデーモンの加護』を持つのだ。戦士や魔法使いといった加護を持つデーモンは確認されていない。

 というより、加護を独自の一種しか持たない種族をデーモンと呼んでいるのだ。


「つまりデーモンは種族全体で加護の役割を共有している。神から悪としての役割を期待されているんじゃないかって、兄さんは考察していたけれど」


 ホーンドデーモンは答えるかわりに、床を槍の石づきで叩いた。

 かかってこいということだろう。


「面白いわね」


 ルーティは口の端を少し歪めて笑った。

 長い夜の間、兄と何度も交わした議題。魔王軍とは何か。自分たちが倒そうとしている存在の正体。

 ここに兄がいたらなんと言うか……それを想像すると、少しだけ心が安らいだ。


☆☆


「だから言ったのだ!」


 テオドラが叫んだ。

 テオドラの張った結界でマグマスライムの侵攻を食い止めているが、破られるのは時間の問題だ。


 ホーンドデーモンを倒すと、見計らっていたように火のドレッドーナとマグマスライム部隊に襲撃された。

 ホーンドデーモンによって張られていた結界も消え、マグマスライム達は次々と壁の中から現れる。この時を狙っていたということだろう。


 ルーティ達はホーンドデーモンが守っていた扉の先へ逃げ込み、籠城しているところだ。


 ルーティを除き、ホーンドデーモンとの戦いで全員が消耗していた。

 アレスもあと数回魔法を使ったら打ち止め、テオドラも消耗が激しい。


「ただいま」

「ティセ! どうでした!? この先に魔王軍のやつらを皆殺しにできるような兵器はありましたか!?」


 望みがあるとすれば、この先にある兵器。アレスはすがるように叫ぶ。


「船がありました」

「ふ、船?」

「通路の罠は解除してあります、ついてきてください」


 そう言って、ティセはまた通路へ戻っていった。

 他に選択肢は無い。

 勇者達はティセの後を追う。


☆☆


 砂漠が割れ、巨大な影が空を飛んだ。

 それは帆の無い帆船のような姿だが、無数のプロペラが回転し、巨大な船体を空に浮かべている。

 船からは長い間堆積した砂漠の砂が吹き飛ばされ、キラキラとした輝きとなって落ちていく。


「な、なんなのですかこれは!?」

「飛空艇です」


 ティセは無表情な顔で操縦桿を握って飛空艇を操縦している。

 だがその手は初めて動かす装置の塊を前にして、緊張と不安で震えていた。

 数は少ないが、後方から魔王軍のフレイムドレイク部隊が迫っている。

 見たところ飛空艇の船体は木製パーツが多い。炎で攻撃されたら燃え広がるのでは……そうティセは考えていた。

 早く逃げなくては!


「飛空艇!? ティセ、なぜお前が私も知らないようなことを、それに先代魔王の秘密兵器を操縦できるなんて……まさかお前は魔王軍の関係者」

「アレス、今はそんなことどうでもいい。ティセ、あなたは操縦に集中して。ドレイク達に追いつかれても私がなんとかするわ」

「分かりました勇者様」


 ルーティは甲板へ向かう。

 甲板から下を見ると、徒歩だと散々苦労したブラッドサンド砂漠を、もう砂漠の民の集落の近くまで突破していた。


「すごい速度ですね勇者殿」


 ルーティの後ろに立つテオドラは感嘆して言った。


「ええ」

「これでまだ全速力じゃないのですから先代魔王の兵器とは凄まじい。これなら世界中どこだっていけます……勇者殿はどこか行きたいところはありますか?」

「そこに私は行けないわ。私が勇者である限りね」


 ルーティは頭上で回転するプロペラを眺めて言う。


「これは、私には過ぎた翼だわ」


 飛空艇。

 世界を自由に飛ぶ翼。

 ここにいるほぼ全員が、その翼に心を奪われている中、ルーティだけは冷めた心で自嘲した。

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