20話 リットとレッド
「さあ、アイテムボックスの整理やるぞ!」
「おー」
リットはやる気なさそうな顔で返事をした。彼女は地がお姫様なせいか、こういうことは自分でやろうと思わないタイプだ。
「ほら、とりあえず全部出して」
「はーい」
室内で出したら大変なことになることがあるので、外でやること推奨。周りに人がいないか確認してしっかりと安全を確保することも大切だ。
「よし周りに誰もいないな」
うちの庭なのだからいなくて当然なのではあるが、万が一ということもあるからな。
リットはアイテムボックスをひっくり返して……固まった。
「どうした?」
「…………」
まさか解放のコマンドワードを忘れたんじゃないだろうな。そうなると中に入っている思い出せないものはアイテムボックスを破壊しないと取り出せなくなるのに。
だがそういうわけではないようで、
「笑わないでね」
「?」
俺は何のことだか分からず首を傾げた。
リットは一度気持ちを落ち着かせるように深呼吸すると、
「サンダーウェイカー!」
そう、かつての俺の愛刀の名を叫んだ。
「……このアイテムボックス買ったのって」
「あなた達と別れてからなの」
これは笑うというより照れる。
お互い気まずそうに顔を赤くしたまま、アイテムボックスの中のものが次々に庭へと転がりでていった。
しばらくその様子をぼーっと見ていたのだが、
「……って、多い!」
しかも出て来る物の中に結構な確率でガラクタが混じっている。いや、ガラクタではないのだがBランク冒険者なら普通無視するようなものだ。
「普通の剣とか槍とかどうして回収したの?」
「一応売ろうと思って」
そりゃ一般人にとってはそれなりな収入になるのだが、その横に転がっているフロストスピアが、4,500ペリルで売れることを考えたら10ペリル程度の通常武器とか誤差だ。
「むぅ、売りに行くのは明日にするとして、とりあえず必要のないものは貯蔵庫においておこう」
大容量のアイテムボックスを買った冒険者にありがちなのだが、とりあえず回収しておく悪癖がついていることがある。
冒険者が一般人より儲かるのは、依頼の報酬よりも、敵対したモンスターや盗賊などの財産をそのまま奪ってしまうことにある。彼らも人生の間に財宝や魔法のアイテムを蓄えており、そう言ったものは討伐した冒険者が原則すべて自分のものにできることになっている。
例え近隣の村から盗まれたものであってもだ。回収を依頼された場合以外は返還義務はなく、回収依頼の場合は報酬が跳ね上がる。
そういった財宝も含めて冒険者は生計を立てているのだ。
「……上と下の下着の量に随分偏りがあるな」
「もう見ないでよ!」
にしても、大量だ。
というか服を買って入れたまま忘れているものも多いだろう。
というか半分くらい明らかに洗っていない。
「う、うー」
まずい、リットが顔を赤くして半泣きになっている。冒険者ならよくやる整理と軽く考えていたが、冒険者を辞めたあとやると結構問題が起こるのだと、今更理解した。
「これくらい普通だって! ほら、ささっと整理して洗う服は洗面所に持っていって。道具は俺が分けるから」
とってつけたようなフォローに、リットは顔を背けて抗議した。
旅の途中ではずぼらな姿どころか、野営中の着替えとかもお互い気にしないことが暗黙の了解だったのに、スローライフは大変だ。
「……じゃあレッドの洗濯物、明日から私が片付けるから」
「は?」
「それでおあいこだもん」
「そ、そういうものか?」
まぁそれで気が済むならいいか。よく分からないけれど。
俺がうなずくと、リットは納得したようで、渋々衣類を片付け始めた。
☆☆
「よし、じゃあ泳ぎに行くぞ!」
「オー!」
「クーラーボックスは持ったか!」
「持った!」
「中身はあるか!」
「お肉に野菜にワインにビール!」
昨日出会った変な人達と冒険者はもう巡り合っただろうか?
頑張ってくれ、俺もがんばって肉を焼いて、川で泳ぐ。
俺たちは走竜を借りると、2人で並んで街道を進む。
走竜を使うのは久しぶりだ。
ドレイク種は大陸で最もよく見かける竜種。ワイヴァーンもポイズンテイルドレイクというのが正式名称だったりする。
ドラゴン種との違いは、足の数だ。ドラゴン種は4足に翼を兼ね備えているのに対し、ドレイク種は二足と一対の翼のみ。知性も獣に近く、こうして乗騎として訓練することができるのだ。
走竜は品種改良の結果、翼を小さく退化させ、頑丈な二本足で飛ぶように走る。褐色のキラキラとした鱗は柔らかく、また温かい。発達したまぶたは強い日差しや砂塵、雪の中でも眼を守りながら走り続けることができる。
欠点としては餌代がかかること。馬の3倍の量を食べ、しかも肉食。
大きな町では国が経営しているレンタルショップがあるので、そこで住民であることを示す身分証明書を出して、100ペリルを保証金として支払うと借りられる。あくまで100ペリルは保証金で、返却するときに1日3クオーターペリルのレンタル料が引かれて帰ってくる。
「やっぱ走竜はいいわ!」
リットが楽しそうに言った。
馬や乗用ヤモリに比べて高価な走竜をわざわざ選ぶのは、この風に乗る感覚を楽しむためだ。
走竜の退化した羽は飛ぶほどの揚力を得られないが、風を“掴み”、ふわりと跳びながら走るのだ。この感覚が他の乗騎では得難い快感で、ただ走竜に乗るためだけに走竜を借りる人も少なくない。
まぁ馬の力強い走りに魅せられる人もいれば、乗用ヤモリの壁や天井を地面のように三次元に走り回るアクロバティックな感覚に魅せられる人もいる。中には本来荷役獣であるロバのゆったりとした感覚がたまらないという人だっていた。人それぞれだ。
騎乗は銀貨で生活する人々にとってはメジャーな趣味だ。
強い風が吹き、走竜の身体がふっと空を跳んだ。
「いやっほぉぉぉぉ!!!」
リットが叫ぶ。俺も思わず声を上げた。
走竜は首を下げ、光沢のある翼を広げ、10メートル近く跳んだ。
着地の衝撃はほとんど無い。『闘士』の加護を持つこの二匹は、戦闘機会が少ないためレベルは低いが身体ステータスが向上していて、なかなかに爽快だ。
「ごめんねわがまま言って!」
「いや、久しぶりに走竜使ったけど、これは値段以上の爽快感があるな! 楽しいぞ!」
川をさかのぼり、近くの山の麓にある清流まで一時間。もちろんこのペースで走り続けることはできないのだが、もうしばらく俺たちは思いっきり走れて喜びの咆哮を上げる走竜に任せるままに、走り続けた。
☆☆
ふと空を見上げると、翼を広げた二頭のペガサスが気持ちよさそうに空を駆けていた。
「つがいかな、そろそろペガサスの繁殖期か」
馬の身体に大きな白い翼を持ったペガサスは仲睦まじく上空を旋回している。モンスターの中でもペガサスは極めて温厚で、多くの土地でその狩猟が禁じられていた。それに加えてアウルベアほどではないにしろ、グリズリーすら蹴り殺す膂力を持っているため、アヴァロン大陸では広範囲で繁殖している。
暗黒大陸では乱獲され数を減らしているそうだが。
「お待たせ、早く泳ご」
リットは、ホルターネックビキニ、トップスを肩ではなく首に引っ掛けるように結ぶタイプの水着だ。普段は服の中に隠されている、大きなバストが歩く度に上下するので眼のやり場にこまる。
かといって後ろに立つと、大きく開いたほどよく筋肉のついた背中が、こう……。
俺が後ろからリットの背中を見ていると、くるりとリットが振り返った。
「むふふ」
俺の視線の動きを見ていたようで、リットは口に手を当て、満足げに笑っていた。
川に着いた俺たちは、バーベキューの準備をする前に、まず泳ごうという話になった。それでリットのアイテムボックスから小さなテントを取り出し、そこで順番に着替えたところだ。
……ほんの少しだけ、お互い背中を合わせながら着替えを、なんて想像したりもしたが、俺は悪くない。通常の思考のはずだ。うん。
「多分、俺、自分で思っている以上に盛り上がっているらしい」
らしくない、とは思いつつも、リットに手を引かれて一緒に水に入った時、その冷たさに俺もリットも思わず声を上げた時、子供のようにお互い水を掛け合った時、水に潜ったリットが水面に飛び出した時、いつも気がつけば口元が緩んでいた。
困ったことにそれをリットも気がついているようだ。だけど、リットだって口元緩みっぱなしなのだからお互い様だ。
「そろそろお昼にしようぜ」
「分かった」
今度は俺から手を差し伸べた。リットはちょっとだけ驚いた顔を浮かべた後、
「ありがと!」
そう言って俺の手を取った。
☆☆
騎士にロマンスはつきものだ。騎士物語には必ず何かしら助けを必要とする美姫や、困難に立ち向かう騎士を助ける才女、騎士に降伏し良き味方となる魔女などが登場する。
だが少なくとも俺にはそんな出会いは無かった。同僚の騎士達からも、そんな話が実際にあったということは聞いていない。
つまり何が言いたいかというと、幼いころに騎士にスカウトされ、数々の冒険をこなし、勇者ルーティが村を出た時からずっとパーティーにいた俺は、恋愛経験ゼロなのだ。
そりゃ副団長だった頃に、そういう話を持ちかけられたこともあった。だが俺はルーティが勇者の加護を持っていることを知っていたし、ルーティが旅立つときは俺も一緒に旅立つのだと騎士になる前ですら理解していた。
色恋なんて考えている暇が無かったのだ。ルーティの旅立ちの時、後ろ盾になれるように有力者達と顔をつなぎ、旅で困窮しないように貯金もしていた。
だから……
(何話して良いのか分からん……)
俺とリットは、2人並んで焼いた肉と野菜を食べワインを飲む。
最初は普通に会話していたはずなのだが、どうもお互い意識しあっているようで、会話が続かなくなり、今ではお互い黙ってワインをちびちび飲んでいる。
ちらりと横目で見ると、リットも同じことを考えていたようでお互い見つめ合う形になった。二人とも慌てて視線をそらし顔を赤くする。
「……ぷくく」
「……ふふっ」
「「あはははは……!」」
俺たちは声を上げて笑った。ひどいもんだ、子供のカップルだってもうちょっと上手くやるんじゃないだろうか。
「リットはもっと手慣れてると思ってたんだけどな」
「なんでよ、私ってそういう風に見える?」
「違う違う、だって俺の店に来た時、かなり積極的だったからさ」
「心の中では拒否されたらどうしよう、忘れられていたらどうしようって震えてたんだから……それを言ったら、私だってレッドはもっと手慣れていると思ったわ」
「そりゃまたどうして」
「私が精一杯アピールしても表情も変えず冷静だったもの。私の事なんて子供の背伸びみたいに見られてるんじゃないかって」
「デレデレしたらかっこわるいかなって思って」
お互い、内心を打ち明け、すっきりした顔になって笑いあった。
俺が少しリットの方に身体を寄せると、リットも近寄り、お互い水着でむき出しになった肩をくっつけた。
「ワインもう一本開けるか? それとも泳ぐ?」
「うーん……もうちょっとこうしていたいかな」
「ん……分かった、そうしよう」
どうやらお互い恋愛のレベルは1らしい。
重ねた手、触れ合った肩、感じる体温。
これだけで満足してしまうほどに未熟な2人だったようだ。
まぁ、悪くはないな。
「でもね」
「ん?」
リットの言葉に反応して俺はリットの方に顔を向けた。
目の前にはリットの瞳がある。
リットが少しだけ動いた。唇に柔らかい感触が触れる。
しばらくお互いそのままで……そして、やがて離れた。
「これくらいは……先に進みたいなって」
リットが少し俯き手で口元を隠しながらそう言ったのが、なんだが無性にかわいくて、気がつけば俺はリットを抱き寄せていた。