164話 スローライフ会議
ランチを終えた俺達は、テントの設営を始めた。
旅をしていた時は、地面に置けば勝手に組み上がり、所有者達以外が近づいてきたら知らせる警報機能や動物程度なら追い払える結界機能付きの魔法のテントを所持していたが、今回は手作業でテントを組み立てる。
あれは便利だが普通の旅人が使うものじゃないし、安全な場所で使うものでもない。
「やっぱり基本は自分でテント立てるよね」
「超高級品な上に、夜襲とかで壊されたら大変だったしな」
旅をしていた頃も毎回使っていたわけではなかった。
だからこうしてテントを立てるのも慣れたものだ。
ここにいるのは皆、旅慣れた者達ばかり。
「ここをこうしてっと」
「そして両端を引っ張りながら固定する」
野営の準備が素早くできれば、その分進むことのできる時間が増える。
全員が自然と役割を分担し、あっという間に野営の準備が整った。
「うーん」
「どうしたのレッド?」
「いや、みんなでワイワイ騒ぎながらテントを組み立てるのも楽しいかなと思っていたんだけど。このメンバーなら黙々と作業しちゃうよな」
俺の言葉を聞いて、リットは笑った。
「仕方ないよ、私達は危険な冒険の中でどう生き残るか、そればっかりを考えて野営をしてきたんだから」
1人なら意識して手を抜くこともできるが、こうも冒険者が集まるとお互いの動きに合わせていればどうしても効率的な動きになってしまう。
「なら次はスローライフっぽいことしようよ」
「スローライフっぽいこと?」
俺の質問を受けて、リットは楽しいことを思いついた表情をした。
「それをみんなで考えるのもスローライフっぽくない?」
リットはそう言った。
ここで俺達が何をするか決めたほうが早いだろう。
ルーティもティセもヤランドララも、ゾルタンでスローライフをしてきたリットの提案なら素直に受け入れるだろうし、きっと楽しい時間にもなるだろう。
だけどこうして、みんなで考える回り道を楽しむことこそがスローライフ。
確かにリットの言う通りだな。
「ヤランドララ達が何を提案するのか楽しみだ」
みんなの考えるスローライフっぽいこととは何だろうか?
ルーティは勇者としてスローライフとは真逆の人生を送ってきた。だからこそ、これまでの人生でやれなかったことがスローライフっぽいと考えそうだ。
ティセは暗殺者ギルドに所属する精鋭暗殺者。だが遊びも心得ていて、おでん大好きだったりお風呂のレビュー本を書いたりと凄い子だ。俺でも思いつかないようなスローライフを提案してくれるかも知れない。
ヤランドララは、歴史の中で数多くの偉業を成し遂げてきた伝説だ。ならばスローライフにおいても伝説的な提案を……。
「あんまりハードル上げちゃ駄目よ? 突然スローライフっぽいこと提案してなんて言われて、すごいこと思い付ける英雄なんて滅多にいないんだから」
俺の表情を見てリットは苦笑しながら言った。
……釘を刺されてしまった。
☆☆
「では、スローライフっぽいこと会議を始めます」
「「「「わー」」」」
俺の言葉に、みんな一斉に合いの手をいれた。
俺達はテントの中に輪になって座り、リンゴジュースを飲みながら会議を始める。
「お兄ちゃん議長」
「はい、ルーティ」
「私の席がお兄ちゃん議長と離れているので隣に移動したい」
「許可する」
「やった」
冒険の最中に方針を決める時のようなピリピリした雰囲気は無い。
時間をかけることも気にせず、俺達は雑談を交えながら会議を進めた。
まず最初に発言したのはティセ。
「定番の釣りで夕飯を準備するのはどうでしょう? 自分で釣った魚を捌いて食べる、中々にスローライフでは?」
「いいな」
渓流釣りに野外料理。
うんうん、中々らしいんじゃないか?
「でも野外での食料調達と料理は冒険中もしてた」
ルーティがそう言った。
「確かに」
リットも頷いている。
「そうですね、では渓流釣りとちくわ作り体験にしましょう」
いきなり発想がぶっ飛んだなこの子。
「どうです? これは冒険していた時には無かったスローライフでしょう」
「スローライフかどうかは置いておいて、面白そうではあるな」
さすがティセ。
想像を超えていた。
「候補に入れておこう」
「えへん」
ティセは微表情な顔に満足げな様子を浮かべている。
「はい」
「ルーティ」
「私はお昼寝するのがいいと思う。この森はとても心地が良い、小鳥のさえずりや木の葉の揺れる音を聞きながらお昼寝する。きっと、とても幸せな気持ちになれる」
なるほど、それはスローライフの王道と言っても良いかもしれない。
冒険者をしていれば、危険な野営中みんなで昼寝をするなんて考えもしないことだ。
さすがルーティ、今やスローライフの達人と言ってもいいだろう。
「そして私はお兄ちゃんの腕の中で眠る。すごく幸せな時間になること間違いない」
ルーティは確信を持った口調で言った。
「え、じゃあ私もレッドの腕の中で眠るよ!」
すかさずリットも言う。
ヤランドララはふむと考える仕草をしてから。
「じゃあ私の腕の中にはティセちゃんが来る?」
「遠慮しておきます」
ヤランドララとティセはそんなやり取りをしていた。
「とりあえずこれも候補として保留と……」
「じゃあ次は私ね」
ヤランドララが言った。
その表情には強者の余裕が現れている。
さすがは人の何倍もの時間を生きるハイエルフの大英雄。
スローライフにおいてもあっと驚くような提案を……。
「この森には巨大蜜蜂の巣があるらしいのよ、そこから蜂蜜を貰ってくる冒険なんてどう?」
ヤランドララの提案は普通に冒険だった。
まぁヤランドララがこれまで達成してきた大冒険に比べれば、ただ蜂蜜を貰いに巨大な蜂の巣を探索するのはスローライフなのかも知れない。
「やっぱり楽しいね」
「ああ、みんなで決めてよかった」
俺とリットはそう言って笑いあったのだった。
更新が滞っていてすみません……
今後も頻繁に更新する目処は立っていないのですが、ブックマークの隅っこに置いて、更新表示があって思い出した時にでも楽しんでいただけたら嬉しいです……!