155話 悪女と嘘の世界の物語
ありえなかった可能性の世界。
ヴェロニアの王宮。
王座の間にて、勇者ルーティはレオノール王皇后とヴェロニア王となったウズクと対面していた。
「いくら勇者様といえど、王座の間に帯剣して押し入るなど許されることではありませんよ」
真っ赤なルビーの指輪をはめた老女レオノール王皇后の指がルーティ達を指差した。
老いた身体を宝石で着飾り顔を歪める悪女の姿は伝説の魔女のようだ。
王座に座るウズク王はニヤニヤと笑みを浮かべている。
周りに立つヴェロニアの新鋭騎士達は剣を抜き、殺気立った目でルーティ達を睨みつけていた。
その殺気に『賢者』アレスと『アサシン』ティセはわずかにたじろぎ、『ウェポンマスター』キッファ王子は2人をかばうように盾を構えた。
『木の歌い手』ヤランドララは兵士に目を向けることなく王座に座るウズクと傍らのレオノールを睨みつけている。
ギデオンを失ってから、ヤランドララの魔王軍に対する憎悪はどのような状況でも衰えることがないほど激しいものだった。
その姿を仲間達は危うく思っているのだが……彼女の心を変えることは誰にもできないだろう。
「レオノール先王妃。貴女の間違いを正しに来ました」
勇者ルーティはどんな状況でも変わらない赤い瞳でレオノールを見据え、そう言った。
だが王皇后ではなく、先王妃。
ウズクを王とは認めないという意思表示だ。
もちろんレオノールは激昂して喚き散らす。それでもルーティの目は変わらない。
その時、背後の扉が音を立てて開け放たれた。
「黙れレオノール」
鋭い声と共に兵士を伴い入ってきたのは壮年のサリウス王子、眼帯をしたハイエルフのリリンララ将軍、そして。
「お、お姉様!? 死んだはずじゃ!!」
杖をついたミスフィアが立っていた。
「ふん、この日のために生きながらえて来たのさ」
「この日ですって!?」
「あんたの悪行を終わらせる日さ! 勇者よ、今こそ真実を明らかにしておくれ!」
ルーティは懐から古びた銀鏡を取り出した。
「ララエルの鏡よ、秘められし邪悪を照らし出せ!」
ルーティは鏡をウズク王へ向ける。
「あっ!!」
それまで余裕を持って笑っていたウズク王が鏡を見るなり慌てて顔を隠した。
だが遅い。
鏡に映ったのは、角をはやしたデーモンの姿だ。
「ぐ、ぐわあああ!!!」
ウズク王の身体が泡立ち、膨れ上がり、ネジ曲がった角を持ったデーモンへと姿を変えた。
「コントラクトデーモン!!」
デーモンの正体を見たアレスが叫んだ。
契約の悪魔、それがウズク王子の正体。
「ひ、ひいいい!?」
自分の一人息子であるはずのウズク王がデーモンに変化したのを見て、レオノールは悲鳴を上げて倒れた。
「おのれ勇者! よくも私の正体を!!」
「コントラクトデーモン! あなたはレオノール王妃を騙しヴェロニア王国を乗っ取るつもりだったのね!」
「騙したとは心外だな。私はただその女の願いを叶えてやっただけだ、私の中にウズク王子の魂はちゃんと残されている、指一本動かせない身ではあるがね」
コントラクトデーモンはそう言って笑い、それから勇者を睨みつけた。
「だがそれも貴様のせいで台無しだ、契約の悪魔としてこれほどの屈辱はない! 四天王にも匹敵すると言われた私の怒りを思い知るがいい!」
「来るよ! ミスフィアさんは下がって!」
ルーティは降魔の聖剣を構え、仲間達が陣形を組む。
ほとばしる魔力によって生まれた炎をまとい、コントラクトデーモンは勇者達へ襲いかかってきた。
☆☆
激しい戦いだった。
アレスは倒れたキッファ王子とティセを治療している。
治療しているアレス自身も、もうほとんど魔力が残っていない。
ヤランドララも用意していた種をすべて使い切ったようだ。
そこまでしなければ勝てない相手だった。
勇者ルーティは剣を納めると、レオノールのもとへと近づく。
レオノールは倒れたまま泣いていた。
「レオノール先王妃」
「……はい」
「悪魔は去りました」
「ありがとう、妾は国を滅ぼした愚妃にはならなかったのですね」
「あなたはこれからヴェロニアの法によって裁かれます」
「おそらく絞首刑でしょうね、受け入れましょう。私はそれだけの罪を犯した……愛する息子を殺してしまったのだから」
ルーティは悲しそうな顔をした。
「私のような愚か者のために勇者は悲しんでくれるのね」
「あなたは悪事を悔いています」
「……野望に取り憑かれ愛する者を失ってしまった。勇者ルーティ、どうか私の物語を皆にお伝え下さい、これが人類を裏切った者の末路だと」
「レオノール先王妃……」
「それとこれを」
レオノールはルーティに鍵を手渡す。
「これは?」
「先王が暗黒大陸より奪った魔王の船ウェンディダートの操縦キーです。船には暗黒大陸へ渡る航海地図もあります」
「!!」
「飛空艇では、魔王の作り出した嵐を越えることはできません。ですがウェンディダートで進めば暗黒大陸へたどり着けるはずです」
「……ありがとうございますレオノール先王妃」
「勇者よ、どうか世界を救ってくださ……い!!」
次の瞬間、レオノールは腰に佩かれていた細身の剣を抜き、勇者の胸に突き立てた。
血を吹き出した勇者は表情を変えず、そして世界が色を失い静止する。
老いたレオノールの身体は死んだ時と同じ少女の姿へと変わり、弱々しかった目は炎のような活力を宿す目へと戻った。
「これを見せて何が言いたいのです。これが正しい人生だったと、そういう意味なのかしら?」
レオノールが空を見上げれば、そこには無尽光の輝きがある。
光の中に何かがいるが、人間の目でそれを見ることはかなわない。
「デミス」
レオノールは自分の目が光で焼かれていくのを感じながら、それでも絶対神を睨みつけ叫んだ。
ヴェロニア王宮は消え去り、そこにあるのは一本の道。
そこにレオノールは1人で立ち、神と相対していた。
ついに登場