151話 王子とハイエルフは突然やってくる
「ふぅ、満足満足」
リットは空になったお弁当を前に、満足気にため息を吐いた。
「幸せだねぇ」
「あはは」
リットが幸せそうなら、俺も幸せを感じる。
俺はお弁当を片付けながら町を見下ろした。
もう見慣れた町並みも丘の上から眺めるとまた違った新鮮さがあり楽しい。
「ここ、良い場所でしょ」
町を眺める俺の横顔を見てリットが言った。
「うん、とても良い場所だな」
近くにこんな気持ちの良い場所があるとは知らなかった。
「えへへ、伊達に毎日レッドのことを考えているわけじゃないのだよ」
リットが胸を反らせ言う。
その仕草が可愛くて、俺はまた笑った。
「他にも色々見つけてそうだな」
「うん、いろいろあるよ」
「楽しみだ。またお弁当作るよ」
「やった」
それから2人で顔を見合わせ笑う。
このプチピクニックの間、俺はリットと一緒にずっと笑っていたような気がする。
「この景色はね」
リットが優しい笑みを浮かべたまま口を開いた。
「レッドが守った景色なんだよ」
「……まぁそうだな」
「だから、レッドが思うようなことをルーティは気にしていないと思うな」
「あはは……気がついていたのか」
「もちろん、私のレッドのことだもん」
リットの言う通り、ルーティのことで俺は少しだけ悩んでいた。
「ルーティが『勇者』を辞めてゾルタンに来てから、すぐに今回の事件が起きた。中央からすれば王族のお家騒動に過ぎないだろうが、ゾルタンでは到底起きることのない未曾有の大事件だよ」
「でしょうね。私もゾルタンで軍の指揮を執ることになるとは思ってもいなかった」
「リットの指揮官っぷりはかっこよかったな」
リットの戦いには華がある。
単純な強さとは違う、剣を振るう姿が仲間に勇気を与える華だ。
これで、なぜか作戦が上手く行かない属性さえなければ一流の指揮官なのだろうが。
「む、なんか変なこと考えたな」
俺の僅かな表情の変化に気がついたのか、リットは口をとがらせて俺に抱きついた。
抱きついたままグリグリと自分の額を俺の頬に押し付けてくる……ちょっと痛い。
だから俺もリットをギュッと抱きしめ、自分の顔をリットの肩へと移動させる。
頬と頬を触れ合わせながら、俺達はしばらくそうして抱き合っていた。
「さっきの話の続きだけどね」
リットが俺の耳元で優しくささやいた。
「今度、ルーティを誘ってここでお弁当食べてみるといいよ」
「ルーティと?」
「そう、レッドとルーティ、兄妹2人で。そうすれば、レッドの悩みは解決するよ」
「そうかな」
「うん、大丈夫。ルーティもきっと、この場所とこの景色を気に入ってくれるよ」
「……そうだな」
リットの言葉に俺は頷いた。
☆☆
夜になり。
俺は薬の在庫の確認を終え、居間へと戻ってきた。
「お疲れ様」
リットがそう言って迎えてくれて、白い湯気の立つホットミルクを差し出した。
「ありがとう」
ホットミルクには蜂蜜が溶かしてあった。
「レッドのやりかたを真似てみたんだけど、どう?」
「うん、美味しいよ」
もっと気の利いたことを言いたかったのだが、俺のために俺の真似をして蜂蜜ミルクを作っているリットの姿を想像すると、嬉しい気持ちが強すぎて上手く言葉にできなかったのだ。
「やった」
笑顔で喜ぶリットを見て、さらに嬉しくなる。
ニヤける口元を隠すために、俺はもう一口蜂蜜ミルクを飲んだのだった。
その時、コンコンとノックの音がした。
「ん、お客かな」
「営業時間はとっくに過ぎてるけど」
リットが玄関の方へと向かった。
一体誰だろう?
「ティセとうげうげさん!」
なるほど、ティセ達が来たのか。
「と、サリウス王子にリリンララ」
「なに?」
思わず声が出た。
俺は慌てて店の方へと向かう。
「こんばんは」
ティセとうげうげさんが挨拶をしてくれた。
そしてその後ろから。
「こんばんはレッド君、今日は良い月だ」
「邪魔するぞ。ほぉ、本当に薬屋をやっていたんだな」
サリウス王子とリリンララが気安い雰囲気でそう言った。
「お二人共、一体どうして?」
「いやなに、帰る前にもう一度レッド君の料理が食べたくなってね」
サリウス王子はそう言ってウィンクした。
「帰るというと……」
「あと2,3日というところだな。補給が済めばその日のうちに出港するつもりだ」
「座礁したウェンディダートはどうするつもりで?」
「どうもこうも、持って帰る方法がない。ゾルタンに譲渡することにしたよ。中には色々と物資もあるだろうし、装甲も鉄資材として利用できるだろう」
サリウス王子は肩をすくめた。
海賊覇者ゲイゼリクの力の象徴であった鋼鉄の船はその役目を終えたのだ。
「良いのだ。あの船は父上の船。俺は俺の船で門出をかざるべきだよ」
「そうですか」
「それはさておき、2人とも立ち話もほどほどにしておこう」
横からリリンララが袋を持ち上げ、俺に中身を見せた。
「また随分色々持ってきたな」
そこには野菜に豆に肉や魚、どれもゾルタンで手に入る高級食材が詰め込まれていた。
「好きに使ってくれ」
「コカトリスのもも肉に女王たまねぎ。お、米もある」
ゾルタンでは珍しい米だ。
ゾルタンは水も豊富だし、気候的には稲作にも合っているのではないかと思っているのだが、アヴァロニア王国の住人が開拓したこの地には稲を育てるノウハウがない。
この米も輸入されたものだろう。
「そうだな、これなら前に一度だけ作ったアレを試してみるか」
「ほぉ、それは楽しみだな」
リリンララが口を歪めて笑った。
しまった、珍しい食材を見てつい。
「俺は大国の王族やら将軍に振る舞うような腕じゃないんだがなぁ」
だがまぁ、ゾルタン最後の思い出に俺の料理をわざわざ食べに来てくれたんだ。
……それにリリンララの船のコックの残念な料理を思い出せば、俺の料理も捨てたものじゃないだろう。
「大丈夫だって、レッドの料理の美味しさは他ならぬこのリットちゃんが太鼓判を押すくらいなんだから」
リットはそう自信満々に胸を張った。
「分かった、リットにそう言われたら引くわけにはいかないな」
「本当に仲睦まじいな」
サリウス王子が温かい目をしている。
リットが顔を赤くしていた。
自分の家にいるせいか、俺もつい、いつもの2人の調子で答えてしまった。
さっきから「つい」とか、「しまった」とか繰り返している気がするな。
俺もやはり戦いが終わって気が抜けているのだろう。
サリウス王子とリリンララは、リラックスした様子で笑いながらも緩めきらない戦士の一線が見える。
だけどまぁ、それでいい。
こうしてポンコツになれることこそが、俺がゾルタンで手に入れた幸せなのだから。
☆☆
さてと。
まずは米だな。
炊き方は知っているが……水が新鮮な方が美味しいって書いてあったし、井戸から新しい水を汲んでくるか。
俺が外に向かおうとすると、ぴょんとうげうげさんが飛び出してきた。
「おや、どうした?」
うげうげさんは両前脚を横に広げて通せんぼする。
一体何なんだ?
「お水汲んできました」
「ティセ」
うげうげさんの後ろからキッチンに入ってきたのは、桶を3つ、両手と頭に乗っけたティセだった。
2月1日発売の新刊6巻に合わせて特設サイトが更新されました!
今回の特典はある日のレッドとリットのお昼のSSと夜のSSです。
2つ揃えるとちょっと楽しくなるかも知れません。
しかもコミカライズを担当している池野先生によるイラスト付き!
下の表紙をクリックすれば特設サイトにいけますので、よろしければご覧ください!
……この2人ウェブ版でも書籍版でもコミカライズでも特典SSでもどこでもイチャイチャしてるなぁ。