150話 ゾルタンのルーティ
議会では、ルーティがいつもの表情で、次々に仕事をこなしていた。
その仕事ぶりにゾルタンの官僚達は忙しそうに走り回りながらも、尊敬の眼差しを送っている。
「逃げ出したヴェロニアの傭兵達への対処は解放した傭兵達で警備隊を組織して。彼らの装備の返却を報酬にすれば断らない」
「大聖砦への報告はジョースター副司教を派遣して。彼なら中央に留学していた経験もあるから適任」
「賠償金の分配は予定通り。ごねる人がいればウィリアム卿に行ってもらって」
さすがルーティだ。
内務指揮能力も完璧だ。
「この案件はあなたのやり方で問題ない。任せて正解だった、引き続きお願い」
「はい!!」
ミストーム師と違って、優秀な自分がすべてをやるのではなく他人がやれる仕事は任せるという方針のようだな。
簡単な事のように見えて、失敗したらフォローするという覚悟も必要だ。
俺と旅をしていた頃は、戦闘外のことの多くは俺が担当していたが……『勇者』から解放されたルーティは、かつてあった他人を威圧し従わせるような特別な存在であるカリスマを、信頼されるリーダーの素質へと変化させつつあった。
まぁ今が非常事態であり、強力なリーダーシップを必要としていたというのもあるだろうが。
もしルーティが望むならきっと優れた政治家にもなれるだろう。
「お兄ちゃん」
出ていった男と入れ替わりで、俺が部屋に入るとルーティは俺にだけ分かるくらいに口をほころばせ、嬉しそうに笑った。
「お疲れ様、今日もお弁当持ってきたよ」
「ありがとう。お兄ちゃんのお弁当、大好き」
ルーティはぐっと伸びをした。
同じ姿勢を続けていたから身体が固くなる。
そんな当たり前のことも、ルーティにとっては失われていたことだった。
俺はそんなルーティの変化を嬉しく思いながら、ルーティの側へ移動した。
「さっきの賠償金をごねるやつがいたらウィリアム卿に説得してもらうって判断、俺も良いと思う。最前線で戦ったウィリアム卿を前にもっとよこせなんて言えるような奴は滅多にいないだろう」
「うん、お兄ちゃんならそう考えるだろうって」
「そ、そうか」
ルーティの中では、今も俺が教える役として相談に乗っているようだ。
もう俺がルーティに教えられることはなにもないというのに。
それが少しくすぐったいが、ルーティが今でも俺のことを頼ってくれているようでやはり嬉しかった。
「ふふ」
ルーティが微笑んだ。
「どうした?」
「お兄ちゃんが嬉しそうにしていたから、私も嬉しい」
そう言うルーティの顔は、とても可愛いものだった。
☆☆
ルーティは昼からは衛兵と一緒に近くの村を巡回するそうだ。
逃げ出した傭兵部隊が潜伏している可能性があるらしい。
その傭兵達は悪名高い連中で、このゾルタンに確実に倒せる戦力は、ルーティとティセしかいない。
戦いは終わったが、逃げた傭兵による治安悪化が解決するのはもう少し時間がかかるだろう。
「ただいま」
「おかえりレッド」
店に戻ってきた俺をリットが出迎えてくれた。
「お待たせ、リットのお昼を作るよ」
「んー……」
リットはじっと俺の顔を覗き込んでいる。
「ねぇレッド」
「どうした?」
「たまには外で食べない? 私もレッドのお弁当食べたいな」
リットはそう言って俺に笑いかけた。
外で?
なんだって急に……。
「どうかな?」
「うーん……そうだな、リットがそうしたいなら、今日のお昼はプチピクニックにするか」
俺はルーティのお弁当を作った時に残った食材を使ってサンドイッチとシチューを手早く作る。
棚の中から久しぶりに取り出したのは、冒険中にシチューを持ち運ぶために使っていたミスリル銀製のランチボックス。
もちろん、全体がミスリル銀でできているのではなく、内側に薄く貼られているだけだが、1000ペリルもする高級品だ。
保温性ばっちりで、食材によって金属が溶け出すということもなく汚れもひと拭きすればすぐに取れる。
これがあれば朝の食事をそのまま詰めて、昼食と夕食に使うことができる。
冒険していた頃は、火を使えない場所へ進む前にはよく使っていた。
ただのピクニックで使うには勿体ないものだけど、今日はなんとなく使いたい気分になったのだ。
☆☆
レッド&リット薬草店から歩くこと20分。
小さな丘の上に俺とリットは座っていた。
ここからだとゾルタン下町が一望……とはいかないが、それなりに見晴らしがいい場所だ。
「へぇ、ここらへんは来たことなかったな」
俺はあたりを見渡しながら言った。
側には小川が流れており、それが木々を開いて空間を作っていた。
広葉樹の森は不思議と温かく、とても穏やかな場所だ。
「ここらへんは湿度もいい感じでしょ?」
「確かに、ここまで歩いてきてちょっと乾燥してるなって感じたから、ここは気持ちいいな」
俺はお弁当を広げた。
「いただきます~!」
リットは満面の笑みで俺の作ったサンドイッチを頬張った。
「美味しい!」
「あはは、良かった」
美味しそうに食べるリットを見て、俺はつい口が緩んで笑みが漏れた。
「じゃあ俺も食べよう」
俺もリットが食べているものと同じ具材のサンドイッチを手にとった。
みずみずしく赤いトマトとシャキシャキとしたレタス、それにスクランブルエッグを挟んだサンドイッチは食感も良く、我ながら美味しくできたと思う。
シチューはベーコンとキノコ。早く火を通すため材料を細かく切ったものだ。
温かいシチューは、冬の屋外で食べるといつもより美味しい気がした。
「たまにはこういう場所で食べるのもいいでしょ?」
「ああ、食事も美味しく感じるな」
「レッドのごはんはいつだって美味しいけどね」
リットはまた美味しそうにシチューを食べた。
「うーん! これも最高だね」
俺達はこうして楽しい食事の時間を過ごしていった。