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146話 アスラは旧友との再会に笑う


 魔王の船ウェンディダート。

 未知の技術で作られた蒸気を吐き出す鋼鉄の船は、ゾルタンの川底に座礁しもはや船としての機能を失っていた。

 その船首。

 ウズク王子とシルベリオ王子の2人が両手の大振りのグレートソードを構えた。

 普通なら片手で振り回せるような剣ではないが、2人の王子の太い腕に握られていると、振り回せるのが当然のように思えてくる。

 その背後ではレオノールが青い血管を浮かび上がらせ、悪鬼の形相でミストーム師をにらみつけていた。


「お姉様、あなたはいつも私を不愉快にさせますわね」

「それはあなたが人に不幸を振りまいているからでしょう。あなたの両腕は憎悪の重みで引きちぎれそうね」

「ならば、引きちぎれる前にお姉様を絞め殺して差し上げましょう……お姉様の『アークメイジ』と違って、私の『闘士ウォーリアー』は印を組むだけで相手を殺せる便利なものではないから殺すのには時間がかかるだろうけど、せいぜい苦しんで死んでくださませ」

「やってみなさいレオノール、あなたにそれができるのならね」


 今にも戦いが始まりそうな殺気だが、2人の間には王子達がいる。

 まずあの2人を倒さなければならない。


「母上はお下がりください、ここは我らが兄弟の役目」

「しかし兄上、あれに見えるは魔王の卵ではないですか」


 ウズク王子がルーティを見て嬉しそうに獰猛に笑って言った。


「そのようだ、まさかこんなところで巡り合うとは。我らアスラであるゆえ魔王は滅ぼさねばならないが」

「勝てますかね」

「この姿では無理だろう」


 俺は剣を上段に振りかざし、シルベリオ王子に向かって走り一気に間合いを詰めた。

 アスラデーモンの姿になる前に一太刀でも浴びせようと思ったが十字にかまえたシルベリオ王子の大剣に阻まれる。

 キィィィンと甲高い音が響いた。


「くっ!!」

「母上! しばしお暇をいただきます! 戦いが終わるまであなたの息子であることはご勘弁願いましょう!」

「仕方ないわね。しかし姿を見たものはすべて消さねばなりませんよ? この辺境とは言え、あなた達の正体を知られるのはまだ早いですから」

「心得ました、幸いここは船の上。傭兵達も逃さず皆殺しにできるでしょう」


 シルベリオ王子とウズク王子の姿が膨れ上がる。

 2振りの剣を押さえている俺の頭上から4振りの剣が襲いかかる。


「ハッ!!」


 降り注ぐ剣撃に対して、俺は気勢を上げると銅の剣を跳ね上げ剣撃を打ち払いながら、身体を大きく開き牙をむき出しにした王子の顔へと剣を突き入れた。

 だが俺の一撃はシルベリオ王子に紙一重でかわされた。

 反撃の剣が来る前に、俺は身を翻して間合いを取る。

 その時にはもうシルベリオ王子とウズク王子の姿は、6本腕を持つアスラデーモンへと姿を変えていた。


「魔王の卵の他にも貴様のような英雄がいるのか。やれやれ、先が思いやられる」


 アスラデーモンは肩をすくめた。流れた血がアスラデーモンの肩を汚すが、気にした様子はない。

 シルベリオ王子だったアスラデーモンのその顔は右頬から耳にかけて俺の剣により傷が走り、耳は切り裂かれていた。


「で、デーモンだあああ!!」


 背後から悲鳴が聞こえた。

 レオノールの傭兵達がアスラデーモンに姿を変えた王子に恐れをなしたのだ。


「これで背後は大分楽になるな」


 傭兵達の大半は戦意を失い、じりじりと後退していく。

 いざとなれば俺とガラディンの2人で食い止めるつもりだったが、アスラデーモンとレオノールの3人に集中すればいいようだ。

 よし、俺は剣を握り直す。


「お兄ちゃん」

「大丈夫だ」


 俺は斬られた袖を見ながら答えた。

 傷はない、だが危ういところだった。


「40年以上身を潜めていた割に腕が立つな」


 2人の王子の正体。

 死産したレオノールの子を食らってその姿を奪ったアスラデーモン。

 かつてミストーム師と一緒に戦ったガシャースラとチュガーラだ。

 1体6本、合計12本の腕にはグレートソードがそれぞれ握られており、その立ち姿はかつて戦ったシサンダンとは違った豪腕の戦士という印象を受ける。

 俺は知識と経験から相手の加護とレベルを推察して戦うことができる。

 相手が何をできるのか知りながら戦えるから、『導き手』という弱い加護でも同等以上に戦える。

 だが、アスラデーモンは加護を持たない唯一の種族だ。

 魔王軍との戦いでも、アスラデーモンが増えてきてから俺の戦い方は制限された。


「王子として生きていたなら、大きな戦いとは無縁だったんだろ?」


 俺の言葉にシルベリオ王子だったガシャースラは笑って答える。


「我々は他者を殺さなければ成長できない人間とは違うのだ」

「……何だと」

「王子としての日々は実り多きものだった。この大陸の武芸者や思想家と語らい、スポーツに勤しむ」

「貴人に混じりて美酒を呑み、美味を喰らい、美姫を抱く。ときには民草に交じりて田畑を耕し草の根を煮て食い安酒を片手に歌う。どれもアスラクシェートラでは得難いものだ。新たな体験はすべてアスラの力となる」


 2人のアスラデーモンの姿には威圧感がある。

 戦いから離れていたのなら力をつけることはないと思っていたのだが……誤算だった。


「アスラデーモンの性質は異様だな」

「我々からすれば加護に魂を捻じ曲げられたこの世界の生物どもの方が異形に思えるのだがな」


 ガシャースラが何か言っている、きっとそれはこの世界にとってとても重要なことなのだろうが……今は意識から排除する。

 俺は一度息を吐き出し、剣を握る手に力を込め、そして抜く。

 速く、そして鋭く。

 6本の腕から繰り出される大剣の連撃に対抗するのに必要なのは力ではなく精密さだ。


「ガラディンはティセの援護に専念してくれ、まともに戦えばやられるぞ」

「言ってくれるな若造が! くそ、お前の言う通りにしよう!」


 ガラディンが悔しそうに吠え、ウォーハンマーを捨てると剣を抜いた。

 速い攻撃を受けるためだろう。

 ガラディンはゾルタントップクラスの戦士だが、相手はガラディンより遥かに強い。まともに打ち合えばすぐに叩き斬られてしまう。

 ティセの『アサシン』が力を発揮できるよう、ティセの攻撃に合わせて援護してもらうのがいい。


「よし、それじゃあ……」


 剣を構えようとした俺の背後から魔力がほとばしった。


「むっ」


 アスラデーモンはすばやくレオノールを庇う。


「ファイアーストーム」


 激しい炎がレオノール達を包み込む。

 だがアスラデーモン達が庇っていることでレオノールに炎は届いていない。


「どういうことなのレオノール!!」


 ミストーム師が叫んだ。


「なぜ王子達がガシャースラとチュガーラに!? あなた達は暗黒大陸に帰ったはず!!」


 ミストーム師も王子達の正体がアスラデーモンだと目の当たりにしたことで、なぜ“埋伏種絶の毒”を飲んだレオノールが2人の王子を得たのか理解したのだ。

 2体のアスラデーモンは炎の中で顔を見合わせると、12振りの剣を振るってミストーム師の魔法を切り払った。


「お久しぶりですミスフィア姫。貴女との航海は良いものでした」

「懐かしゅうございますミスフィア姫。貴女との国盗りもまた良いものでした」


 2人のアスラデーモンは牙のむき出しになった恐ろしげな顔で屈託なく笑った。


「なぜ……」

「今はレオノール様の元におりますので」


 それだけ言うと、アスラデーモン達は軽く頭を下げあとはレオノールと話せというのか口を閉じた。

 その様子から悪意は全く感じられない。ただ懐かしい友人にあった時の笑顔があるだけだ。

 盟友であったはずのゲイゼリクを騙しミストーム師を破滅させたというのに……。

 彼らと人間とでは価値観が違うことをあらためて認識させられたのだった。


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