145話 俺の妹は頼もしい
時間はさかのぼり、ヴェロニアとゾルタンの戦いが始まる前。
ルーティとガラディンを追いかけ、俺とティセ、そしてミストーム師は隠れ里へと向かっていた。
「ルーティ様が何を考えていたのか分かりますか?」
ティセに問いかけられ、俺は少しだけ考えた後ミストーム師を見た。
「船を手に入れに行ったんじゃないかな」
「……たしかに私の船であるレグルス号は近くの隠し湾にあるよ。中の家具は集落へと持っていったけど、船自体は無事さ。いつでも帆を張れるよう整備もしてある……それにしても私の船がまだあるって、よく分かったね」
「集落に船から持ってきたと思われるものはあったけれど、家屋は船を解体した廃材で作ったものではなかったからね。だったら船はまだ残っていると思ったんだ」
「ルーティ様も気づいているでしょうか?」
「もちろん」
俺が気づいたのだから、ルーティも必ず気づいている。
ルーティは優秀なのだ。
「信頼していますね」
ティセはくすりと笑った。
「ならば、私達も集落ではなく直接船を目指しましょう。ミストーム師、案内してもらえますか?」
「分かった。着いてきなさい」
俺達は進路を変更し、船のある湾へと向かった。
予想通り、そこには出港準備をしている集落の老人達がいた。
「お嬢!」
老人の1人がミストーム師を見て叫んだ。
ミストーム師は手を振って答える。
「ルーティはいるの?」
「ええ、青髪の嬢ちゃんならこちらです」
ルーティとガラディンはすぐに見つかった。
地図を見ながら2人で作戦を立てていたようだ。
「お兄ちゃん」
俺が来るとルーティは嬉しそうに微笑んだ。
「待ってた」
「少し待たせたかな?」
「ううん、大丈夫。それにミストームさんを連れてきてくれた」
「私かい?」
「どうやって魔王の船に乗り込むか考えてた」
ルーティ達が見ているのはゾルタン周辺の地図だ。
ルーティは海の一点を指差す。
「ここに船を隠す」
「確かに海からゾルタンへ向かうと、ここは死角になるか。だけど動けばすぐに見つかるぞ」
俺の言葉にルーティはうなずいた。
「うん。だから海に潜ろうと思う」
「海に……ミストーム師が土のデズモンド相手に使った魔法か」
「私かい!? 確かに昔やったことだけど……そこは水深が浅いから船は全部隠せないと思うけど」
「ここに到着したらマストを切る。マストが無くなれば十分海の中に隠せる」
「な、なんだって?」
「集落のおじいちゃん達からは了承を得た。ゾルタンとミストームさんを守るためなら本望だって」
ミストーム師はぎゅっと唇を噛むと、それから肩の力を抜いた。
「分かったわ」
「一発勝負。不意打ちで私達は魔王の船に乗り込まなければならない。乗り込んでしまえば、船の性能は関係ない」
ルーティはそう言って俺の手を取った。
「お兄ちゃん……協力して欲しい」
俺は笑って答える。
「もちろん。一緒に戦おう」
ルーティは俺の手をぎゅっと握り。
「ありがとう」
そう言って笑った。
☆☆
ウェンディダートの甲板に着地した俺達はすぐさま船首にいるレオノールへ向かって走り出した。
「やつらを止めろ!」
シルベリオ王子の指示にレオノールの傭兵達はすぐさま反応する。
飛びかかってきた5人の傭兵を俺とルーティ、ティセの3人が素早く斬り倒す。
「グレーターキュアウィンド!!」
後方に控えていた傭兵が広範囲治癒の魔法を使った。
倒された傭兵達が俺達の背後で立ち上がる。
上級法術。僧侶系上位加護『ハイエロファント』持ちだ。
さらに弓で狙う遠くの傭兵。どちらも『神弓』の加護持ち。
立ち上がった背後の5人のうち3人は、『ザ・チャンピオン』、『ルーンナイト』、『バトルマスター』。
「キィエエエエエエ!!!」
さらに気勢を上げて上空から飛びかかってきたのは武闘家系上位加護『風家拳士』。
上位加護のオンパレード。
大国ヴェロニアが擁する精鋭傭兵達だ。
「お兄ちゃん」
「任せろ」
俺は“雷光の如き脚”で『神弓』の2人のところへ一瞬で近づく。
2人は空中へと跳び上がり、頭上から弓で応戦しようとした。
接近戦でも対応できる弓使いの極地ともいえる加護。
「だがレベルが足りないな」
2人が飛び上がった時にはすでに俺の剣が2人の身体を斬っていた。
『神弓』の2人は血しぶきをあげて、そのまま水面へと落下する。
「クソ! 船の外は魔法の範囲外だ!」
『ハイエロファント』が毒づいた。
「ならばあなたも追いかけないと」
「がっ!?」
背後に回り込んでいたのはティセ。
ティセの剣が『ハイエロファント』の背中から肋骨の隙間を抜け心臓を貫いていた。
『神弓』の2人へわずかに視線をそらしただけだというのに、その瞬間ティセの存在が『ハイエロファント』の認識から消えていたのだ。
崩れ落ちる『ハイエロファント』をティセは水面へと突き落とした。
5人の傭兵に動揺が走る。
「だがこれでこっちは5対1だ! 今度は負けん! 秘術武技:雷神臣三獣剣!」
『ルーンナイト』の放った魔法と武技を合わせた魔法剣。
稲妻がルーティーの視界を塞ぎ、そこへ5人の傭兵達が襲いかかる。
ルーティは剣を大きく円を書くように振るった。
「武技:大旋風」
『ルーンナイト』の稲妻を切り裂き、ルーティの一閃が5人を一撃で両断した。
「隙あり!! 武技:流星墜撃!」
最後に残ったのは跳躍する『風家拳士』。
ルーティの頭上から強烈な蹴りを放つ。
だが。
「ば、化け物め」
ルーティは武技の力を乗せた蹴り足を左手で掴んでいた。
『風家拳士』は圧倒的な格の違いを理解する。
だが手遅れだった。
ルーティの腕力で甲板に叩きつけられ、『風家拳士』も動かなくなった。
「このまま一気に突破する」
「「了解!」」
ルーティを先頭に、俺達は甲板を走り抜けていった。
☆☆
「ミストームさん、側面の敵の足止めを」
「任せなさい! アッシュストーム!」
腐食性の灰の嵐が傭兵達を襲う。
「ガラディンは引き続きミストームさんを守って、敵の半分以上はあなたより強い。ミストームさんと連携して」
「分かっている、ミストームのことはこちらに任せろ!」
「お兄ちゃんは右前方の敵を押さえて。私とティセは正面の敵を突破する」
ルーティは自身も目まぐるしく戦いながら、次々に指示を飛ばす。
ゾルタンで再会したときは仲間との連携を忘れてしまっていたかのようだったが、今はパーティーリーダーとして仲間と共に戦っている。
「いや昔以上か」
昔のルーティは、それが敵を倒すのに一番効果的だから連携していたところがあった。
それも確かに正解なのだろうが、今のルーティは各自が余力を残して戦えるようにしている。
なにか不測の事態が起こったときに、ルーティ本人だけでなく全員が臨機応変に行動できるようにだ。
つまりは味方が誰も倒れないためにルーティは指揮を執っている。
勇者を辞めたルーティは以前よりもずっと頼もしく思えた。
「レオノール!」
ミストーム師が叫んだ。
視線の先には少女の姿をしたレオノールがいる。
神話の戦士像のようなたくましい2人の王子に守られ、レオノールは血走った目でミストーム師を睨んでいた。
俺達はついにレオノールのもとへとたどり着いたのだ。