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新作ラノベ総選挙1位お礼SS その3 ヤングリットの冒険「はじめの一歩」

書いてみたかった外伝

キャラクターの若い頃のスピンオフ作品って好きです

 城を抜け出しロガーヴィアの町を歩く9歳の少女。

 美しいブロンドの髪を赤いバンダナで後ろにまとめたポニーテール。

 丸いおでこに形の良い眉。

 空色の瞳は1人で外を出歩く開放感で輝き、口元は無邪気に白い歯を見せ笑っている。


 いずれ英雄リットと呼ばれることになるリーズレットがまだ小さな女の子だった頃。

 この頃からすでにお転婆お姫様としては完成していたようだ。


☆☆


 リーズレットは憧れだった場所へと向かう。

 そこはロガーヴィアの冒険者ギルド。

 ロガーヴィア公国建国当時からある建物は、古ぼけた木の扉ですら風情を感じられた。

 多くの英雄達がこの扉をくぐって、伝説に語られる冒険と偉業を成し遂げてきたのだろう。

 そして今、未来の英雄も第一歩を踏み出そうとしているのだ!


 という感じのモノローグを頭の中で流してから、リーズレットはニコリと笑ってギルドの扉を勢いよく押した。

 だが扉はリーズレットが思ったより重かったので、「バーン!」とは開かずギシギシとゆっくり開いた。


「なんだ?」


 中にいた冒険者達がリーズレットを見た。

 ジャジャーンとポーズを取るリーズレット。


「子供か」


 近くにいた冒険者がそう言うとすっかり興味を無くしてしまったようだ。

 またガヤガヤと冒険者同士で喋り始めた。


「ぐぬぬ」


 頬を膨らませて冒険者達を睨むが、9歳のリーズレットに睨まれても微笑ましいと思うだけだろう。

 仕方ないと気を取り直して、リーズレットは受付に座る女性のところへ向かう。


「お姉さん!」

「はいお嬢ちゃんどうしたの?」


 受付嬢はニコニコして言った。


「冒険者になりにきました!」

「冒険者に登録したいの? 勇敢なお嬢さんね!」


 そう言って受付嬢は手元に置かれた冒険者登録用の書類……ではなく足元に置かれた小さな黒板とチョークを渡す。


「はい、これにお嬢さんのお名前と得意なことと苦手なこと、好きな食べ物と嫌いな食べ物、将来の夢を書いてね」


 渡された黒板はチョークで枠を引かれただけのものだ。

 リーズレットはちょっと変だなと思いながらも言われたことを素直に書く。


「あ……名前」

「ん、どうしたの?」

「ううん、なんでもない!」


 名前の最初の1文字を書いたところで手が止まる。

 幼いながらも、リーズレットという本名を書くのはまずいだろうと思い当たったのだ。

 少し悩んでから、リーズレットは別の名前を書く。


「よくできました……お名前はリットちゃんね!」


 黒板に書かれた名前を見て受付嬢はくすりと笑った。


「冒険者に憧れる女の子っぽくて可愛い名前ね! それじゃあ、リットちゃんにはこれをあげましょう」


 受付嬢が渡したのは木のメダル。

 メダルには冒険者ギルドを示す盾が彫られている。

 そして盾の下にはインクでリットと名前が書かれてあった。


「今日からリットちゃんを、ロガーヴィア冒険者ギルド所属の子供ランク冒険者として認めます!」


 リーズレットの表情がパァと輝いた。


「私も冒険者なんだね!」

「そうよ! あなたは今から冒険者リットよ!」

「やったー!」

「ただし」


 喜んでいるリーズレットに、受付嬢は真面目な顔をして言葉をかける。


「冒険者には色々と守らなければならない約束があるの」

「うん! 私、約束守る!」


 城を抜け出しているリーズレットが言っても説得力は無いが、幸いここに彼女の正体を知る者はいなかった。

 受付嬢は、慣れた口調でリーズレットに1人で危ないところに近づかないことなどを説明する。


「そして何より大切なのが、冒険者であることに誇りを持つこと」

「誇り?」

「そう。私は立派な冒険者になるんだって思うことかな。だから悪い冒険者にならないようにしないといけないの。たとえば私は冒険者だーって他の友達をいじめたりしちゃいけないよ」

「もちろん! 私はみんなのお手本になるような冒険者になるよ!」

「ふふ、頼もしいわね。実は子供ランクの冒険者はここじゃなくて別の場所で冒険の依頼を受けられるようになっているの」

「分かった! ありがとうお姉さん!」

「どういたしまして。頑張ってね、冒険者リットちゃん」


 周りの大人の冒険者達の何人かが冒険者リットの門出を祝福する。


「ありがとう! 私立派な冒険者になるから!」


 教えてもらった住所へと、リーズレットは嬉しさを抑えられない様子でパタパタ走っていった。


☆☆


「サフィーちゃんもよくやるね」


 冒険者の1人が受付嬢に向けてそう言った。


「わざわざお手製のメダルまで作って子供の相手をしてやるなんて。あれって休みの日に作ってるんだろ? その黒板とチョークも私物だし」

「好きでやってることだもの。それにあの子達がそのうち本当の冒険者になって、もしかしたら英雄と呼ばれるようになるかもしれない。その物語の旅立ちに私がいるかもしれないなんて……素敵じゃない」


 受付嬢はそう言ってひざから先の無い自分の足に触れた。


「それにね、私の存在がほんの少しでも未来の英雄の力になれるのならば、私の失敗した冒険も……無駄じゃなかったって思えるから」

「サフィーちゃんみたいな元冒険者が依頼の仲介やってくれて、俺達は今でも大助かりなんだけどな」


☆☆


「ここだよね」


 リーズレットがやってきたのは町の郊外にある普通の家。

 看板も無く、ロガーヴィアではよくある2DKの間取りの一軒家だ。

 リーズレットは少し緊張しながら扉を叩いた。


「はーい」


 家の中から穏やかな声と足音が近づいてくる。


「はいはい、どなたかな?」


 扉を開けて現れたのは、品の良い身なりをしたおじいさんだった。

 白い髪は綺麗に整えられ、服もしっかりとシワを伸ばされたシャツ。

 黒縁のメガネの奥の目は優しそうだった。


「あ、あの、ここに冒険があるって聞いたんですけど」


 ちょっと緊張した様子で、リーズレットは貰ったメダルを見せた。


「新しい冒険者さんだね。よく来てくれた、ここがロガーヴィア冒険者ギルド子供ランク支部だよ。私はセンボルト、この支部のギルド長なんだ」


 ニコニコと笑ってセンボルトは手を差し出した。

 リーズレットは笑って、上機嫌に老人の手を取り握手した。


「私はり、リット! よろしくセンボルトさん!」

「よろしく冒険者リット。うん、素敵な笑顔だね」


 センボルトはリーズレットを部屋の中へと案内する。

 リットが椅子に座ると、センボルトはリットの前にミルクとクッキーを置いた。


「どうぞ」

「ありがとう!」


 リーズレットがいつも食べている宮廷の料理ほど繊細ではなかったが、優しい味がしてとても美味しかった。


「君はとてもお行儀の良い子だね」


 リーズレットの様子を見てセンボルトが言った。

 その目は優しくも、相手を分析するような鋭さがあった。

 リーズレットは思わず食事の手が止まる。

 センボルトは笑った。


「それに勘も鋭い。うん、将来有望な子だ」


 センボルトに促されて、リーズレットは食事を再開した。

 ちょっとした駆け引きだったが、リットはちょっとドキドキしていた。


(なんだか冒険者っぽい!)


 食事を終えると、リーズレットとセンボルトは奥の壁にかけられたボードへと移動する。

 そこには、壁に様々な張り紙がしてあった。


「ここで依頼を受けるんだよ」


 リーズレットはワクワクしながら壁の張り紙を読む。


「えっと、手紙の配達と護衛、野菜の入手、散歩の護衛、庭の雑草退治……」


 報酬はどれもコモーン銅貨で数枚くらい。

 どうやらここは子供好きの大人達が集まって、手伝いを依頼として取り扱っているらしい。

 冒険者に憧れる子供達に、冒険者気分を味わってもらおうという考えのようだ。

 冒険者ギルドの職員だったセンボルトは、サフィーと一緒に子供の遊び場を提供しているのだった。

 リーズレットは張り紙の1つを指差した。


「この野菜の入手っていうのやってみたい!」


 リーズレットは弾んだ声で言った。

 王女であるリーズレットはもちろん町の八百屋で野菜を買ったことはない。

 色とりどりの野菜が並んだお店。

 野菜と土の香り。

 店主の売り込む言葉に、良い野菜を見つけようとする主婦。

 それはとても刺激的で魅力的だと思えた。


 センボルトは微笑むと、手書きの町の地図をリーズレットに渡した。


「ここに住んでいるカリンからの依頼だよ。今からなら間に合うと思うけど、夕方になると彼女は自分で買い物に行ってしまう。だからすぐに行ったほうがいいだろうね」

「分かった! これから行ってくるね!」


 元気よく駆け出したリーズレットは、出ていく前に立ち止まって振り返る。


「ありがとうセンボルトさん! これからもよろしくね!」

「うん、気をつけてリット。良い冒険を」


 小さなリーズレットは、今度こそ外へと駆け出して行ったのだった。


☆☆


 夕暮れ。センボルトの家。

 リーズレットの冒険おつかいの報告を、お茶と一緒に楽しく聞いたセンボルトは安楽椅子に座ってパイプをくゆらせていた。

 テーブルの上にはまだカップが置かれているが、リーズレットはついさっき帰った後だ。

 子供の前では吸わないようにしているため、センボルトがパイプを楽しむのは夕暮れ時からになる。


 コンコンとノックの音がした。


「ん、リットちゃんかな? 忘れ物かい?」


 センボルトはパイプをテーブルに置いて玄関へと向かった。

 そして扉を開ける。


 頭に強い衝撃を受け、目の前が真っ暗になった。


「あ……が……」


 鉛入りの棍棒による一撃を頭に受けセンボルトは床へ倒れる。


「噂通り羽振りの良さそうな家だな」


 入ってきたのは2人組の男。

 1人はセンボルトを殴った棍棒を持ち、もう1人は鋭く尖ったショートソードを抜き身で持っていた。


「う、ぐ……」

「なんだよ、殺ってなかったのか」


 ショートソードを持った男は薄ら笑いを浮かべて言った。


「え? 殺すのか? 捕まった時の罪が重くなるぞ」

「おいおい今更1人や2人どうこうしようが罪は変わらんだろ。これまで何人殺ったと思ってるんだ」

「へへ、それもそうだな」


 2人は強盗。

 それも老人や子供がいる家を専門で狙う、同業者からも嫌われる下衆げすの強盗だった。

 センボルトは立ち上がろうとするが腕にも足にも力が入らない。

 ただ強盗が棍棒で止めの一撃を加えようと振り上げたのが、スローモーションで見えていた。


 だが棍棒が振り下ろされることは無かった。


「ぐぎゃ」


 強盗の口から空気の漏れる音がした。


「な、なんだ!?」


 金目の物を探しに奥へ入ろうとしていたもう1人の強盗は、一瞬何が起こったのか分からず間の抜けた声を出していた。

 強盗の身体が崩れ落ちる。

 急所である後頭部を狙った一撃は、大人の男であっても一撃で倒すのに十分な威力を持っていた。


「センボルトさん!」


 飛び込んできたのはリーズレット。

 少女は強盗を睨みつけると、手にした棒を構えた。


「に、逃げろリット……」


 倒れたセンボルトは弱々しい口調でリーズレットの身を案じている。

 リーズレットはその言葉を聞いて、激しい怒りと冷静さが入り混じった奇妙な感情が心の中に湧き上がっていた。

 逃げないという決意と、どうすれば強盗を倒せるかという思考がリーズレットの頭の中で組み上がっていく。


「こ、このガキ! よくもやりやがったな!」


 強盗が叫びながら襲いかかる。

 リーズレットは強盗に近づかせないよう、リーチで勝る棒を振り回した。

 だが強盗もこれまで何人も殺してきた悪党だ。

 加護レベルはそれほど高くないが、それでも戦いの経験がリーズレットとは違う。

 強盗はリーズレットが振り回している棒をショートソードで叩き落とすと、恫喝するように大声で叫びながら左の拳をリーズレットへ振り下ろした。


「しょせん女のガキ! 顔面に一発入れりゃビビって動けなくなるだろ!」


 女の子を殴るのに、強盗に躊躇ちゅうちょは無かった。

 だがリーズレットは恐れない。


「今だ! 土の精霊さん!」


 リーズレットの手にしている棒がぐにゃりと蠢いた。

 彼女が武器として使っていた棒は、土の精霊そのものだった。

 土の精霊を棒状の形にしていたもので、背後からの不意打ちならともかく剣を持った強盗とまともに打ち合えないことをリーズレットもよく分かっていた。

 だからこその反撃タイミング。

 強盗が拳を振り下ろすより早く、土の精霊は強盗の首に巻き付く。


「があっ!?」


 息が止まり強盗の怒りで赤くなっていた顔は、すぐに赤黒く変わっていく。

 ニュっと土の精霊に腕が生えた。


「ひっ……」


 土の精霊を引き剥がそうと暴れていた強盗の顔が恐怖で引きつった。

 そして、土の精霊の拳が雨あられと強盗の顔面に降り注ぐ。


「ぎゃっ! やめ! たすけ! たすけて!!」


 リーズレットの宿す加護レベルは1。

 召喚された土の精霊も最も弱く小さなものだ。

 精霊の力は一般的な成人男性程度。

 形をある程度変えられる以外は特殊能力もなく武器も扱えない弱い精霊。

 だが、大人の力で顔に拳を何度も何度も振り下ろされたらどうなるか。

 リーズレットの怒りを反映するかのように、土の精霊は強盗に容赦のない拳打を浴びせた。


 今のリーズレットが召喚を維持できる時間はおよそ1分間。

 土の精霊が消えた後にはもう強盗は動かなくなっていた。


「センボルトさん大丈夫!?」


 リーズレットはセンボルトのところへと駆け寄る。


「水の精霊さん、力を貸して!」


 センボルトは頭の痛みが少しずつ軽減されていくのを感じた。

 だがやはりその力は駆け出し冒険者程度のものだ。

 力は強盗達の方が数段上だったのは間違いない。


 彼女が強盗に勝っていたのは、力ではなく勇気。


(それが英雄に必要な最大の素質)


 リーズレットはセンボルトの怪我を見て、まるで自分のことのように悲しみ涙を浮かべている。

 この心優しい少女が、悪意しか持たないような強盗2人を倒したとは、センボルトはただ感嘆した。

 冒険者ギルドの元職員として多くの冒険者を見てきたセンボルトは、若きリーズレットの未来を垣間見た気がしたのだった。

新作ラノベ総選挙応援ありがとうございました!

お礼SS3本、楽しんで頂けたのなら嬉しいです!

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