新作ラノベ総選挙1位お礼SS その2 うげうげさんと黄金竜 前編
新作ラノベ総選挙のお礼SSその2になります。
ゾルタン。下町の鍛冶屋。
一匹の蜘蛛が天井の梁を歩いていた。
その下、店の中ではドワーフのモグリムが客を前に自慢の武勇伝を披露している。
モグリムはレッドの使っている銅の剣や冒険者アルのショーテルを鍛えた鍛冶師だ。
「そう! これは儂がブルーサークルの開拓村に滞在していた時の話だ! 知っているか? 人がブルーサークルに住み着く以前から、この呪われた地には黄金竜が住んでいたのだ。嵐の夜になると黄金竜は大空を飛び、開拓村から食料や財宝、そして罪なき乙女を略奪しておった!」
「あーはいはい、新しい剣ありがとな」
冒険者は苦笑しながら、モグリムのほら話を取り合うこと無く店を出ていった。
「なんじゃい、儂の話なんかだーれも聞いてくれん」
ドワーフはひげの中に埋もれた口を曲げてぼやいた。
1人寂しく黄昏れているモグリムの目の前へ、小さな影がするすると降りてくる。
「む、おお、ティセのところのうげうげ坊やか」
うげうげさんはふるふると腕を振った。
これは、自分の名前は「うげうげ坊や」ではなく「うげうげさん」だと主張しているのだが……。
「挨拶するとは蜘蛛の癖に礼儀正しい奴め」
とモグリムを上機嫌にしただけで終わった。
うげうげさんはやれやれと頭を振ると、自分の乗っているカウンターを小さな腕でトントンと叩いた。
「ん? ……なるほど、儂の竜殺しの大冒険が聞きたいというのだな!」
今度は伝わったと、うげうげさんは両腕をゆらゆら振って喜んだ。
「よーし、黄金竜はな、敵ながら見事なやつだった」
モグリムは両手を振り回し力説する。
「家屋を踏み潰す巨体、人間ほどもある恐ろしげな牙の間から滴る炎、瞳は血のように赤く、翼を広げて空を飛べばどんな鳥よりも速く遠くへ飛べる。そして何より恐ろしいのがその黄金色に輝く鱗だ。どんな名工の鍛えた剣でも傷一つ付かない、ドワーフの儂ですら感嘆する天然の鎧なのだ。やつは並ぶもののない孤高の竜。強いが孤独なやつだった」
そこでうげうげさんは両腕を振り上げた。
「ん? なんじゃ? おおそうか、早く続きをということか。よしよし、そうだな。そんな孤独な竜と戦った儂の間にはある種友情のようなものが芽生え……」
うげうげさんはまた伝わらなかったとがっかりした。
うげうげさんは、黄金竜は1体ではなく2体いると伝えたかったのだ。
☆☆
ティセとうげうげさんがゾルタンに来るよりずっと前、まだティセがルーティの仲間になるより前。
うげうげさんとティセは、ブルーサークルという名の土地にある開拓村に来ていた。
湖の辺りにある人口30人ほどの小さな村で、家も一軒家はなく3世帯共有の長屋が並んでいる。
村の西側は小さな丘があり、その上に木の柵で囲まれた領主の館があった。
領主であるズットー卿は、この開拓民を引き連れてきたブラント卿の息子であり二代目の領主だ。
そんな村で、うげうげさんは頭の上に銅貨を一枚乗せてちょこちょこと歩いていた。
蜘蛛であるうげうげさんにとって貨幣制度というものはよくわからないが、ティセからもらったこの小さな金属の塊を届けると美味しい虫をくれる人間がいる。
うげうげさんは、人間風に言えばティセに隠れておやつを買いに行っていたのだった。
その人間は、湖から引いた用水路の一番下流にある小屋に住んでいた。
「蜘蛛さん!」
壁に空いた穴からうげうげさんが顔を覗かせると、中にいた少女が嬉しそうに叫んだ。
少女の歳は今年で14歳。
同世代より少々幼く見えるのは栄養状態が悪く発育が遅れているためか。
だが肌は健康的な色とツヤをしており、貧しさに負けない生命力を持って生まれたのだろう。
特に黄金色の髪は、まともな手入れもされていないにもかかわらず、貴族令嬢でさえ羨むような美しいものだった。
うげうげさんは少女に頭に乗せた銅貨を見せる。
少女は枝で編まれた虫かごを、うげうげさんの前に置いた。
交換は同時に。少女が銅貨を受け取るのと、捕まえておいたハエなどの虫が入った虫かごにうげうげさんが入る。
中でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、うげうげさんはお腹いっぱいになるまで食べた。
その様子を少女は楽しそうに眺めていた。
うげうげさんがこの家に通うようになって5日。
うげうげさんはこの少女の名前も知らないが、彼女は友達だと認識している。
食事を終えたうげうげさんは、丸いお腹を揺らしながら満足気に昼寝しようとしていた。
☆☆
夕暮れ。
10代後半くらいの少年2人が、少女の住む小屋の側に座り込んで何かを行っていた。
「竜の魔女め、お前は火炙りの刑だ」
少年は自分の言葉の何かそんなに面白いのか「ぎゃはは」と声を上げ嬉しそうに笑っている。
彼らが準備しているのは薪と油。少女が中にいる小屋に放火するつもりだった。
率先して放火の準備をしている少年の加護は『異端審問官』。少年の場合、加護の持つ正義感が悪い方向に現れていた。
もう1人はありふれた『闘士』の加護持ちだったが、『異端審問官』の少年に影響され、彼のやることは正しいと思い込み率先して彼の衝動を補強していた。
「そこのドブ川の臭い水を自分の家にぶっかけて消すんだぜ、臭いは一生取れなくなるかもな」
少年達は顔を歪めて笑い合う。
放火は重罪だ。だが彼らにその意識はなかった。
少年は火の点いた小枝を放り投げる。
小枝の放物線を描きながら火は油を十分にかけた薪の上へと……行かずに勢いよく少年の顔へと返ってきた。
少年の鼻っ面に火の点いた小枝が、バチンと音がするほどの勢いで直撃した。
「ぎゃあ!!」
しかも燃える小枝が少年の顔にくっついている。
少年は驚き、現在進行系で火傷している鼻を抑えながら倒れた。
「ま、魔女の呪いだ!!」
情けない悲鳴を上げながら、重罪人とならずに済んだ少年達は慌てて逃げていく。
少年達の背後で糸を操っていたうげうげさんは、少年達の背中に向けて両腕を振り上げ、もう来るなと威嚇していた。
「何があったの?」
外の騒ぎを聞きつけて、小屋の中から少女が出てきた。
「蜘蛛さん」
うげうげさんはピッと飛び跳ねて挨拶する。
少女は微笑むが、壁の側に残された薪を見て表情を曇らせた。
「まさか、あなたが追い払ってくれたの?」
うげうげさんは勇ましく腕を振ったが、少女はさすがに小さな蜘蛛が村の大人達ですら持て余している悪童達を追い払ったとは思えなかったようだ。
彼らが火の扱いを間違えて火傷でもしたのだろうと結論づけた。
少女は残された薪を片付けると、悲しそうな顔のまま小屋へと戻る。
その背中をうげうげさんは追いかけていった。
小屋の中。
ここには少女とうげうげさんしかいない。
生まれついてのハンターであるうげうげさんは、少女が1人で暮らしていることが分かっていた。
いくら待っても誰も帰ってこないだろう。
「蜘蛛さん、短い間だったけどありがとう」
少女はうげうげさん見て寂しそうに笑う。
うげうげさんは頭を傾けた。
「明日の朝、私はこの村を出ていこうと思う」
うげうげさんはピッと腕を上げた。
いい考えだと伝えようとしたのだ。
うげうげさんは群れも巣も作らない種類の蜘蛛で、自分の生きやすい環境へ移動するのは当然のことだと考えている。
だから少女がこんな環境から抜け出そうというのは歓迎すべきことだと思ったのだ。
少女にはうげうげさんの言葉は分からないが。
「ありがとう蜘蛛さん……応援してくれるんだね」
うげうげさんの気持ちは伝わっていた。
☆☆
「竜の魔女の娘がうちの子に呪いをかけたんだ! もう我慢ならないよ!!」
「そう喚くな。いくらガキのしたこととはいえ放火はかばいきれなかったぞ。もし放火したことがばれたらあの2人は縛り首だった」
「だけど! あの子はやっぱり魔女だったんだよ! 母親と同じさ!」
ガシャンと音がした。
「痛っ!?」
騒いでいる女性の頭にコップが降ってきたのだ。
村人達は天井を見上げるが、燭台のロウソクに照らされた天井には誰もいない。
「魔女の呪いだ!!」
誰かが叫んだ。騒然とする村人達。
そんな中、年老いた男がぼそりと呟いた。
「あやつは俺らを恨んどるだろうな」
「……でも、しょうがなかっただろう、相手は領主様なんだ……刃向かえばどうなるか」
「それに悪く思っているからこそ、俺達は少ない食い扶持からあの子をこれまで食わせてやったんだ、感謝されても恨まれる道理はねぇ!」
「あんなドブ川に追い立て村八分にしてもか?」
「さ、さっきからなんだ! あんただって人のこと言えるのかよ!」
喧嘩を始めた村人達を、うげうげさんは天井の梁からしばらく眺めていたが、これ以上ここにいる意味はないと去っていた。
☆☆
翌日。
1人村を出た少女は不安そうな顔で森の中を歩いていた。
父親の形見である鋼の剣を背中に担ぎ、少女のサイズに合うようにコツコツ仕立て直したボロボロの革鎧を身に着けている。
木の盾もあったが、少女の腕力では屈強な戦士だった父親の剣を片手で振り回すことができず諦めて置いてきた。
少女はちょうど良い倒木を見つけ休憩しようと腰を下ろす。
「きゃっ!?」
倒木から小さな影が飛び出し、少女は驚いてつい悲鳴を上げた。
だが影の正体を見て、少女の顔が笑顔になった。
「蜘蛛さん!?」
うげうげさんはびしっと右前脚を上げて挨拶した。
「なんでここに!?」
答える代わりにうげうげさんは肩へと飛び乗った。
「もしかして一緒に来てくれるの?」
ふるふると頭を横にふる。
「そう、途中までなんだ……でも嬉しいよ! 私のことを心配してくれる人なんていないと思ってた!」
うげうげさんはパタパタと脚を動かした。
「そうだね、蜘蛛さんは人じゃなくて蜘蛛だね。あはは……村の人からはみんな嫌われていたけど、蜘蛛さんが私の友達でいてくれるならそれで十分だよ」
肩に乗る小さな蜘蛛一匹が少女の旅立ちの導き手。
だけど、少女の表情からはもう不安が無くなっていた。




