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新作ラノベ総選挙1位お礼SS その1 相合い傘

新作ラノベ総選挙1位記念のお礼SSになります


 春の近づくゾルタン。

 この時期のゾルタンは半月程度の短い間だが、連日大雨が降る。

 気象に詳しい鉱竜ミネラル・ドラゴン曰く、この時期になると風向きが変わり南洋の風が吹き込むことで雨が降るらしい。

 この雨によって冬の冷たい風が消え、ゾルタンの気温は一気に春らしくなる。


「あちゃあ、ひどい雨だな」


 俺は窓を叩く雨を見て声を上げた。

 今日は店休日。

 俺とリットは、2人で小舟に乗って川遊びをしようと予定していたのだがこの雨では諦めるしかなさそうだ。


「むー」


 リットは悔しそうに窓から見える黒い空を見上げている。


「諦めようリット。天候には勝てないさ」

「私にヤランドララくらいの魔法があれば!」

「ヤランドララなら天候操作もできるだろうけど、彼女は滅多なことでは天候操作の魔法は使わないよ」


 精霊魔法の達人であるヤランドララでも天候操作は魔力の大半を消費するらしいが、その気になれば半径5キロ圏内の天候を自在に変えることができる。

 嵐を晴天に変えたり、町を猛吹雪で覆ったり、砂漠に雨を降らせたりと凄まじい天変地異を引き起こすのだ。

 だがそれによって動植物に影響がでるのを嫌ってヤランドララは天候操作をやりたがらない。

 アレスもある程度は天候操作できるようで、アレスの場合はその土地と季節でありえる天候のみになるのだが……天候操作の魔法を安易に使うなとヤランドララはアレスと喧嘩になったこともある。

 その時は俺が仲裁したのだが……いやもうこの2人の喧嘩は本当勘弁して欲しい。

 アレスはとにかく自分の意見を曲げることが嫌いで折れないし、ヤランドララは間違っていることは間違っていると納得できるまで空気を読んで同意したりはしない。

 普段は喧嘩っ早いダナンが「なんでこんな言い争いでマジになってんだこいつら」とドン引きするくらいの大喧嘩になったのだ。


「レッドー、なんか眉間にシワが寄ってるよ」


 リットが俺の顔へ手をのばすと、こめかみの辺りをぐにぐにとマッサージし始めた。


「リラックス、リラックス」

「ありがとうリット、もう大丈夫だよ」


 リットは「えへへ」と笑った。

 大変だった旅も、この笑顔に続いていたと思えば何でも許せる気がする。

 俺はリットが愛おしくなり、両腕でぎゅっと抱きしめたいという衝動に駆られた。


 なのでぎゅっと抱きしめることにした。


「わっ!? 急にどうしたの? えへへ」

「俺がリットを抱きしめるのに理由がいるか?」

「ないね」


 リットもお返しとばかりに両腕でしっかりと俺の身体を抱きしめた。

 雨の音を聞きながら、俺達はしばらくの間抱きしめ合っていたのだった。


☆☆


「それで今日はどこへいこうか」


 お互いちょっと汗ばむくらい抱き合った後、離れてリットはそう言った。


「どこって、雨は止みそうにないぞ?」


 窓を見れば、全く勢いの衰える様子のない雨が降り続いている。

 リットは腕を組んで「むー」と唸った。

 関係ないけどリットは腕を組むと胸の存在感がとても良い感じになる。


「すぐには思いつかないけど、雨に負けてレッドとのデートを諦めるのは悔しい!」


 どうやら今日のリットは負けたくない気分のようだ。


「そうだなぁ、とはいえこの雨の中で船遊びはしんどいだろう。川も増水してそうだ」

「うん、それは諦める。でも外には出たい」


 俺は窓を少し開けた。

 僅かな隙間から雨が入り込み俺の手を濡らす。


「遠出するには辛そうだぞ」


 リットは店の中をうろうろしながら考え込んでいた。

 その様子を微笑ましく思いながら、俺も一緒になって今日リットとどう過ごすかを考える。

 外を見ていると、雨の中を下町の子供が数人ふざけ合いながら歩いていた。


「そうだ」


 歩いていた子供のうちの2人を見て、俺は手を打った。


「今日は一緒に散歩しよう」


☆☆


 冬の終わりを告げる雨は冷たく、道を歩く者の体温を容赦なく奪う。

 ほっと吐いた息は白くなって雨に溶けていった。


「寒いのもあと数日かなぁ。去年は雨が降り出してから段々気温が上がっていったし」

「うん」

「この懐炉も、もう売れなくなるか。新しい商品として春らしい何かを考えないとな」

「うん」


 リットはさっきから赤くなってうつむいている。

 緩んだ口元をバンダナで隠し、時折ちらちらと俺を横目に見ていた。


「それにしても、リットが雨傘を持っていてくれて良かったよ」


 俺はそう言って笑った。

 俺とリットは雨の中を散歩している。

 俺もリットも雨用のコートは身につけておらず普段着のままだ。

 その代わり、俺の左手には大きな雨傘が握られていた。

 雨具としての傘は、あまり一般的ではない。蝋を塗った丈夫な布で作られたこの傘は、基本的に貴族が従者にもたせるために使われる。

 旅の道具としては全身を覆うコートか、頭の上にマントを広げて雨をしのいだりする方が普通だろう。

 何より雨傘は、安いものでも4ペリルはする高級品だ。冒険者なら2クオーターペリルの防水マントでも買ったほうがいいだろう。


「うん、傘にこんな幸せな使い方があっただなんて」


 リットは照れながらも嬉しそうに呟いた。

 俺とリットは1つの傘の下、腕を組み身体を寄せ合い歩いている。

 相合い傘というやつだ。

 さっき走っていた子供が大きな葉っぱの傘を雨よけにしていて、その下に2人が身体をくっつけて入っていたのだ。

 それを見て、せっかくの雨なのだからこうして相合い傘でデートするのはどうかと思いついたというわけだ。


 それにしても。

 こうして相合い傘で歩くのは確かにちょっと照れるけれど、今日のリットはやたら照れている気がする。

 リットから話しかけてくることもなく、俺から話しかけても会話が続かない。でも全身から楽しいというオーラを放っていた。


「あー、リット、どこか茶店に入って休憩するか?」

「もうちょっと一緒に歩きたいな」

「分かった」


 やはり相合い傘は気に入っているらしい。

 もちろん俺も気に入っている。

 こうして冷たい雨の中を歩いていると、触れ合う身体から伝わるリットのぬくもりが伝わってくるのがはっきりと分かった。

 土砂降りの雨なので俺達の歩みは自然と遅くなる。

 いつもの道を、いつもの半分くらいの速さでのんびりと歩き続けた。


「もうすぐ春だ。ここらの木も花を咲かせるんだろうな」

「私は北国のロガーヴィア公国出身だから。冬は耐え忍ぶもので、春の訪れがいつも待ち遠しかった」

「俺は冬が訪れる前にロガーヴィアから離れたけど、ロガーヴィアの冬はすごいらしいな」

「北の内陸国だからね。魔王軍との戦争が冬までもつれ込んでたらと思うと」

「あの後って、暖を取る薪は足りたのか?」

「魔王軍の戦利品もあったから。それでサンランド公国やベルリア共和国から輸入もしたわ……あはは、話がそれちゃったわね。とにかく、私にとって冬は楽しいという存在ではなかった」

「……今は?」

「あなたと一緒の冬は楽しかった。冬の寒さもこの雨も、こうして一緒にくっつく理由になる。そう思ったら、冬が去っていくのが惜しいと思ってしまうほど」


 リットはぐっと俺に身体を寄せる。


「ふふふ……幸せだなぁ、私って本当に幸せなの。こうしてレッドと一緒に雨の中を歩くなんて、なんて幸せなんだろうって。ああもう、レッドのこういうとこずるいなぁ。大好き」

「うぐ」


 照れて喋らなくなってたと思ったら、いきなり猛攻撃してきたなこの子。

 会心の一撃でありクリティカルヒットである。

 リットが支えてくれなかったら、膝から崩れ落ちていたことだろう。

 なるほどなぁ、幸せな気分になるとあんまり喋れなくなるわけだ。

 俺も喋らなくなり、2人でただ歩く。

 雨音と2人の時間を感じることだけで十分だった。

 今日も良い日だ。


☆☆


「ところでこの雨傘って結構良い物だけど、ロガーヴィアのものなのか?」

「ロガーヴィアで持っていた物をずっと入れっぱなしにしてたの。たまに王女としての公務と冒険者の依頼の場所がちょうど重なっていることがあって、それでドレスとか全部アイテムボックスにつっこんでモンスターを倒して、着替えて戻るとかやってたから」

「お転婆お姫様だなぁ」

「お転婆なお姫様は嫌い?」

「もちろん大好きだよ」

「えへへ」


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