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141話 英雄リットの大作戦


「これはゾルタンを守る戦いでは無いのかも知れない。ゆえに逃げても私は咎めない。だが、これはゾルタンを守ってきた英雄を守る戦いだ」


 ウィリアム卿が拳を握りしめ演説している。

 ウィリアム卿の前には、緩やかに湾曲したサーベルと騎兵用の軽い鎧に身を包んだゾルタン走竜騎士、チェインメイルにハルバートとクロスボウで武装した衛兵、装飾された細身の剣を腰に佩く貴族、装備はバラバラの冒険者、黒いコートの内側に鋭い剣を覗かせる盗賊、そして支給された槍と盾を持ったゾルタンの市民達による民兵。


「ミストーム師がゾルタンに移住してきたのは45年前。ゴブリンキングの残党によって危機に陥っていたゾルタンへ輝ける帆船と共に現れた。私は当時まだ物心もつかない子供だったが、ミストーム師に救われた人々の歓声を憶えている」


 集まった者達のうち当時のことを知っている年齢の者達が息を呑んだ。

 ミストームさんの過去について隠すという話になっている。それを、ゾルタン軍務のトップが破ったのだ。

 今ゾルタンを襲っているヴェロニア王国との確執が、ゾルタンの英雄であるミストームさんの過去に起因するものだと、ゾルタンの人々も理解した。

 果たしてどのような反応をするのかと、俺とティセは隅から人々の様子を眺める。


「く、おおおお!! やっと、あの時俺達を助けてくれたミストーム様に恩返しできるんだな!」


 中年の冒険者が叫んだ。


「俺はやっとあの人達にお礼を言えるのか!」

「ミストーム様の敵なら俺にとっても敵だ! やってやろうじゃねぇか!」


 人々、特に45年前にすでに物心ついていた年代のゾルタン人達は勇ましく叫び、そして嬉しそうに笑っていた。

 自分達を助けてくれた恩人達に報いたいのに、これまではミストームさんのことがヴェロニアに伝わらないよう、正確な記録を残さないようにという暗黙の了解があったのだ。

 もちろんミストームさんの正体がヴェロニア王妃だということは知らないだろうが、ミストームさんが過去から逃れてきたということは理解されていた。

 それがついにヴェロニアの軍艦がやってきて、ミストームさんのために功績を隠すことを止める日が来たのだ。

 45年間我慢し続けた称賛が、戦いを前にした状況であっても笑顔となって溢れてきたのだろう。


「やっぱり良い町だな」

「そうですね」


 俺とティセはそう頷きあう。

 そんな俺達のところへ、走ってくる影があった。


「おお、ティファ殿にレッド君、ここにいたのか」

「トーネード市長」


 結局、トーネード市長は慣れない鎧を脱ぎ、動きやすい鎖帷子チェインシャツの上から、胸にゾルタン共和国の国章が刺繍された陣羽織タバードを着ている。

 フルプレートは重かったようだ。


「さすが英雄リットだ、あの作戦ならきっと勝てるだろう」


 トーネード市長は意気揚々とそう言った。

 リットが提案した作戦は、水上戦。

 ただしこちらは川から出ずに迎え撃つ。

 もちろんゾルタンの小さな船では、ヴェロニアの軍船に太刀打ちできないだろう。

 だが、最新鋭のガレオン艦隊も魔王の船も、浅い川の中までは入ってこれない。

 上陸のための小舟が相手ならば、ゾルタンの船でも優位に戦える。

 問題は海岸から上陸された場合だが。


「こちらの主戦力であるキャラベル船を火船にするとは、なんと大胆なことだろうか」


 リットの作戦の肝は、キャラベル船に錬金油と薪を積んで体当たりさせる火船を使うことで、相手に警戒させることにある。キャラベル船の積載量なら、ガレオン船を沈めるほどの破壊力があるだろう……もちろん直撃したらの話だが。

 火船や焼き討ち船と呼ばれるこの戦術は珍しいものではなく、回避する戦術をヴェロニア軍も熟知しているだろうが、そのためには十分な人員が必要だ。

 海岸から上陸してゾルタンを攻めようと動けば、その隙に船を突っ込ませて爆破する。ヴェロニア軍は、火船がある限り、下手に兵士を降ろすことができないというわけだ。


 ヴェロニア王国に比べて、ゾルタン共和国は比べることもできないほどの小国である。

 これはヴェロニアにとって負けるはずのない勝ち戦。

 ゆえに、ヴェロニアは勝てるのかではなく、どういう勝ち方をするのが良いのかを考えなければならない。レオノールはリリンララの息のかかった海軍を使わず、傭兵を集めたのだからなおさらだろう。

 傭兵は勝てる戦では命を惜しむものだ。

 要するにヴェロニアはただの一隻も軍艦を損失することなく完全勝利しなければならないのだ。

 勝利条件が同じなら勝ち目のない戦いだが、それが違えば勝機はある。


「相手の心理をついた見事な作戦。いやはや全く、英雄リットが薬屋の奥さんに収まるなんて勿体無い……おっと、今のは失言だったか」


 俺がじろりと睨むと、トーネードは慌てて発言を取り消した。


「しかし市長。あなたはてっきりミストームさんのことを嫌っているのかと思っていたよ」


 市長としてのトーネードのやりかたは、ミストームさんがやってきたことの否定だった。

 ミストームさんがあらゆる情報を市長に集約して粘り強い対話によって解決するのに対して、トーネードは現場裁量を重視する。それでも解決できない問題には、強権を発動して強引に解決する。

 ミストームさんの構築したシステムを、トーネード市長は跡形もなく作り変えてしまった。


「確かにそう思われてもしかたない。私は政治家としてのミストーム師のやり方は決して褒められたものではないと思っているのが正直なところだ」


 トーネード市長は素直に認めた。


「1人の英雄の力によって統治される国は脆い。それは国が自分の力で立っているとは言えないだろう。国を守るのは、少数の力あるものではなく国民すべてであるべきだというのが私の理念なのだ」

「加護は不平等、だから優れた少数の支配は当然。それが当たり前だというのに、珍しい考え方ですね」

「英雄にだって普通の幸せを享受する権利がある、そうだろう? まぁそれというのも……」


 そこで一度トーネード市長は言葉を切る。


「お二人は口が堅いようですので打ち明けますが」

「なにか事情があったのか?」

「いえ、大したことでもないのだが。いや私にとっては大事件であり、ああ、まぁ、あと戦争となれば私も死ぬかも知れない。恥の一つでも残しておくのも、あとで笑い話にできるだろう」

「なんだか歯切れが悪いな」

「あはは、レッドさん、あなたと英雄リットを見ていてあらためて思うわけだよ」

「俺とリット?」

「もしミストーム師の肩に乗っかっているものがもっと早くに取り払われていたら……私からのプロポーズを受けてくれていたのだろうかと」

「え、あなたがミストームさんに?」

「若かった頃の話だよ。当時すでにミストーム師は妙齢を過ぎていたが、魅力的な女性だった。今でも魅力的だがね。まっ、ただの商人ギルドの勘定係と英雄とでは釣り合うわけもなかったのかもしれないが」


 トーネード市長は恥ずかしそうに笑う。

 アヴァロン大陸の東の外れにある辺境ゾルタン。

 ここで何が起ころうとも、歴史書に記されることのない小国。

 だがそこにだって生きている人がいる、たくさんの人生がある。


 だからこうして戦いを選んだことは、きっと不思議なことではないのだ。


☆☆


「倉庫の奥に投石機カタパルトがあったぞ! 45年前のやつだ!」

「それ動くのか?」


 ゾルタンでは準備が整えられていた。

 港区と城壁には弓や投げ槍ジャベリンを持った兵士と民兵達が並んでいる。

 投げ槍ジャベリンはアヴァロニア大陸の民兵達の使う最も一般的な武器だ。

 投擲スキルはコモンスキルであり、戦闘に特化していない加護の持ち主であっても加護のレベルを上げるために大抵スキルポイントを割り振っているからだ。

 戦士系の加護持ちによって構成された正規軍と戦うには分が悪いが、常に両手の塞がる弓や弩と違って、盾を持って戦うので射撃戦ではそれなりに活躍できる。

 今回はすぐに乗り越えられると頼りない高さとはいえ城壁があるので、ヴェロニア軍にとっては厄介なはずだ。

 川にはゾルタン軍のキャラベル船2隻の他に、商用の小型船も兵士達を載せ展開している。

 何より驚くのはリリンララのガレー船も、川へ入り込んでいることだろう。

 喫水の浅いガレー船とはいえ、あの巨大な船だ。

 常に座礁の危険があるはずだが、船を操るリリンララによれば。


「この川の様子はもう調べてある。その気になればこれくらいできるさ」


 と、自信があるようだった。

 加護のもたらすスキルを超えたところにあるリリンララ達の経験という能力なのだろう。

 これで川での戦いはこちらの優勢は揺るがないだろう。


「これならヴェロニア軍を追い払うこともできそうじゃないですか?」


 ティセとうげうげさんは準備を続けるゾルタン人達を見て言った。

 確かに状況としては悪くない気もするのだが……。


「なにかまだ不安が? 戦力差があるのは分かっていますが、最善と言っても良い状況かと思いますが」


 俺の浮かない顔を見てティセが首をかしげる。

 いや、そこはティセの言うとおりなんだが。


「ただなぁ、どうもリットの作戦、内容は完璧なのに上手くいかないことが多くてな」


 それは誰も予想できないようなアクシデントのせいで、リットの作戦が悪いわけではないのだけれども。

 ロガーヴィアの戦いでも、『私にいい考えがある!』とドヤ顔で言い出した作戦が毎度上手く行かずに俺達がフォローすることが多くて……。


「それはリットさんが悪いわけでもないです。まさか、それが今回も起こるなんてことは無いでしょう」

「そうだな。俺の考え過ぎか」


 俺とティセは顔を見合わせて笑った。

 そうだ、今回もまたそんなことが起こるはずがない。

 はずがないのだが、次善策の打ち合わせもしておくべきだろう。うん。


「ルーティの方はどうなっているか、確認しにいくか」

「はい、そうしましょう」


 俺とティセは、ミストームさんの部下達が住む森に行ったルーティの様子を確認しにいくことにしたのだった。


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