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139話 失ったモノと手に入れたモノ


 俺は1人、港で釣りをしていた。

 ルーティとリリンララはゾルタン議会に出ているはずだ。

 川を見れば、リリンララの軍船が急ピッチで出港準備を行っている。

 追ってきたのがレオノールの指示によるものなら、ゾルタン自体には用はないだろう。

 リリンララ達もゾルタンに籠もって戦うつもりはないだろうし、そんなことをしても勝ち目はない。

 ならばリリンララ達は、ゾルタンを離れどこかに逃げるしかないだろう。


「魔王の船か」


 ウェンディダート。

 石炭を燃やし風もない海を走る鋼鉄の船。

 それに最新型の大型ガレオン帆船の艦隊も随伴しているという。

 リリンララの兵士達はみなよく訓練されているが、船は50年以上前に設計された旧式のガレー船だ。

 ヴェロニアで設計されたその船は、50年前当時の軍船より高い甲板を備え、相手の上から弓矢を射掛けることができ大いに活躍した。

 だが今は、帆船の造船技術が大きく進歩した。

 最新のガレオン船はリリンララのガレー船よりもずっと甲板が高く、大量の漕ぎ手を必要とせず、膨大な輸送力を持っている。

 海賊の戦い方も変わった。

 リリンララの率いる妖精海賊団が活躍していた頃は、海賊の力は国家の海軍力を圧倒さえしていた。海賊は堂々と国家の船を襲い、討伐に来た海兵達と真っ向から立ち向かっていた。

 今は違う。中型の快速帆船の艦隊で輸送船や商船を襲い、軍船が出てきたらその機動力でバラバラに逃げていく。

 色んな海域を逃げ回りながら弱き者から略奪し、警戒されればまた逃げる。

 リリンララの姿はまだ妙齢の女性のようではあるが、彼女も、あの船のように時代に取り残された存在なのではないだろうか。

 そんな考えが、俺の脳裏に浮かんだ。


「いや、ウェンディダートも50年以上前の船か」


 俺は頭を振って考えを消した。

 いかんな、どうも感傷的になっているようだ。

 とにかく、この状況がリリンララとサリウス王子にとって厳しい状況だというのは間違いない。


 問題は、俺はどう動くかだ。

 ここまでは自分の住んでいるゾルタンを守るためという、俺達の生活に直結する目的があった。

 だが、ゾルタンの危機は去ったのだ。

 おそらくミストーム師もサリウス王子と一緒に行くだろう。

 もうサリウス王子に対して正体を隠す理由もなくなったことと、そして彼女がいればレオノールがゾルタンを攻撃する可能性があること。

 リリンララ、サリウス王子、ミストーム師が去れば、もうゾルタンは関係ない。

 ミストーム師はゾルタンにとって英雄だが……ゾルタンの全軍がミストーム師に味方をしても、結果は変わらないだろう。

 だけど俺達なら……。


「よっと」


 釣り糸のついた鞘を引くと、小さな魚が針に食いついていた。


「こんな釣り竿でもたまには釣れるか……スープに使えるな」


 俺は魚を針から外して、水袋へ入れる。

 我ながら、ヴェロニアの艦隊が迫っているとは思えない時間の潰し方だ。

 だが。


「だからといって、これ以上俺がなにかするべきなのだろうか」


 ミストーム師もサリウス王子もリリンララも、まぁ嫌いではない。

 見殺しにして気分がいいかと言われれば、ムカつくほど気分が悪い。

 だが、相手は魔王軍につながっているヴェロニア王国とレオノール王妃だ。

 魔王軍との戦いを止めた俺やルーティの前に、まるで世界が戦いを用意してきたような……そんな遣る瀬無さがある。

 もしここで戦えば、また俺達は世界を救う戦いへと連れ出されていくような……。


「レッド」


 リットの声がした。

 振り返ると、リットが両手に白い湯気を立てるミルクココアを持って立っていた。


「どう釣れてる?」

「小さな魚が一匹だ」


 リットは俺の隣に座った。

 差し出されたミルクココアは、リットの魔法によって温められており、冬の川で釣りをしていた俺の身体にじんわりと広がっていくようだった。


「ほぅ」

「美味しい?」

「うん、すごく美味しいな」

「でしょう、ずっと練習してるんだ」

「練習を?」

「レッドが作ってくれるお茶やココアは美味しいけれど、レッドだって誰かが作った飲み物が飲みたい時があるでしょ。そういうときに私がレッドのために作ってあげられるように」


 もう一口、ミルクココアを飲む。

 優しい甘さと、凍えたからだを包み込むような暖かさ。


「美味しい」


 俺は固まっていた口元の表情筋が解けていくような気がしていた。

 俺とリットは2人並んで川と、ずっと向こうにあるリリンララの船を眺めた。


「レッド」

「なんだ?」

「前に言ってくれたよね、スローライフは生き方を縛るものじゃないって」

「シサンダンの時か」

「今度は私から言うね。私達のスローライフは、何かを我慢するものじゃない。私達は私達のペースで一番楽しく、そして悔いの無い人生を送るものじゃないかな」


 リットの肩が俺の肩に触れた。

 空色の瞳が俺の目をじっと見つめ、可愛い口が優しく笑っている。


「何かあったら何かあったときに考えようよ。もし戦いが私達のことを追っかけてきたのなら、やっつけてもいいし、面倒なら逃げても、無視してもいい。その時にやりたいようにやればいい。スローライフをしているからって、人生に悔いを残すのは嫌でしょ?」

「……そうだな、リットの言う通りだ」


 俺は川から針を引き上げた。

 針先の餌を外して、川へと放り込む。

 針がついていた時は見向きもしなかった魚がパクリと餌を食べた。

 賢い魚だ。


「それにしても、俺が何に悩んでいたかよく分かったね」

「分かるよ。私のレッドのことだもん」


 にへらと白い歯を見せて笑うリット。


「それに、個人的にレオノールのやったことは頭にきてたし。直接ぶん殴れないのは残念だなって思ってたんだ!」

「そうか……ありがとうリット」


 勇者パーティー時代に、俺が1人で地図を眺め作戦を考えていたことを思い出す。

 あの頃俺が持っていた、たくさんのマジックアイテムやバハムート騎士団の肩書、国すら動かせる勇者の仲間という立場。

 どれも今はもうないものだ。

 そして今俺の手にあるのは安物の銅の剣と、寄り添ってくれる恋人、愛する妹とその頼れる友達。

 なんだ、今の方が頼もしいじゃないか。


 俺は腰に剣を差すと立ち上がった。


「ルーティのところへ行こう」

「うん!」


 ゾルタン議会のある中央区へ向けて、俺とリットは肩を並べて歩いていった。


☆☆


 俺達が議会へ行くと、衛兵は揉めること無くすんなり中へ通してくれた。

 まぁそれも当然か。

 こちらには英雄リットがいるのだ。


「レッドさん。俺、あなたがアルベールと戦っているところ見ました。いつか俺にも剣を教えてください」

「あら?」


 若い衛兵の1人は俺に向かって敬礼した。


「みんな、あなたの良さを分かってきてるのよ」


 リットはそう言って、嬉しそうに笑っていた。


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