137話 ヴェロニア兵はゾルタンの料理に感激する
「さて、私の方はいつものようにおでんを中心に作るけど、レッドの旦那はどうするんだい?」
屋台を引いて次々にくるお客を相手にしているオパララにとって、100人を軽く超える兵士達の立食パーティー程度なら気負うほどでもないのだろうか。
オパララは俺に話しかけながら、準備の手を止めることもなくテキパキと料理の準備をしている。
普段通りのその態度は頼もしい限りだ。
「俺の方はオニオンスープ、レタスサラダとトマトとチーズのサラダの2種、それとガーリックステーキ、フライドポテト、デザートにベリータルトとカスタードトライフル」
「ずいぶん種類作るんだね。1人で大丈夫かい?」
「1人じゃないから大丈夫だ」
リットとルーティは向こうで野菜の皮を剥いたり、切り分けたりと分担して下ごしらえをしてもらっている。
「でもあの2人は料理スキル無いんだろう?」
オパララはそう俺に言った。
この世界では複数人で料理するという行為は簡単な作業ではない。
料理の出来は料理人の持つ加護によってもたらされたスキルに左右されるからだ。
なので調理は一品ごとに分担して作業をするのが基本だ。そうしなければ料理の品質を保てないからだ。
「大丈夫、2人とも頼りになるパートナーだよ」
「そりゃ喧嘩の腕っぷしなら超一流だろうけど……」
俺は今回の料理でスキルが作用するタイミングを把握している。
どの部分を任せて、どの部分を自分でやるか、それさえ分かっていれば問題ないのだ。
「レッド! 皮むき終わったよ!」
「ステーキ用の肉の切り分け終わった」
そして料理スキルがなくても2人の身体能力はずば抜けている。
何をするべきか理解したときの単純な作業スピードは一流の料理人にだって引けを取らないだろう。
「よし、じゃあ次は……」
俺の指示でリットとルーティが次々に料理の下ごしらえを進めていくのを見て、さすがのオパララも料理の手を止めて唖然としていた。
俺はオパララの方へと振り返りニヤリと笑う。
「頼りになるだろ?」
「あ、ああそうだね、全くとんでもない奴らだよ」
ハイエルフは降参とばかりに両手を上げていた。
☆☆
大皿に乗った料理がずらりと並んでいる。
今回は並んだ大皿から参加者が好きなように取ってもらうビュッフェ形式だ。
補充についてはオパララや別の料理人達がやるそうで、お酒をついで回るのもゾルタン当局が人を用意してくれた。
というわけで俺の仕事はパーティー開始時にはもう終わり。
あとはこうして、オパララのおでんを食べながらヴェロニア兵達の反応を眺めるだけだ。
「このステーキすごく美味いな。船で食べる肉と全然違う」
「ソースが違うのだろう。それにこの小さなにんにくのチップが味を引き立てているんだ」
「オニオンスープがまた合うな」
「白いチーズと赤いトマト、それに緑のバジルが色彩豊かで、見ているだけで美味そうだ。もちろん食っても美味い」
評判は上々。
どのヴェロニア兵達も、日焼けした顔で楽しそうに笑っている。
「じゃがいもってこんなに美味かったのか!」
「しなびてない野菜だぞ! やべえ!」
「生焼けじゃない肉だ!」
……喜んでもらえているのは評価の基準が低いだけな気もするが、まぁ美味しかったことに代わりはないはずだ。
「味がついてるうううすげえええ!!!!」
一人の兵士が感極まって叫んだその言葉を聞いて、俺はさすがに頭を抱えてしまった。
「はは、悪いね。彼も悪気があるわけじゃないんだ」
「サリウス王子!?」
振り返ればサリウス王子が、ステーキとフライドポテトを乗せた皿を持って笑っていた。
服装は儀礼用の服だが、ずいぶん着崩している。
「議会の方で外交パーティーに参加されていたはずでは」
「そちらはリリンララが対応してくれているよ。伝説のハイエルフ海賊の女船長の話をみんなせがんでね。わざわざ楽団のバックミュージックを流しながら語らせているんだ。あのリリンララが照れてミストームに助けを求めるなんて、面白いものが見れたよ」
「それはなんとまぁ」
「そういうわけで俺はちょっと兵士達の様子を見てくると抜け出してきたわけだ。兵士達が絶賛していた君の料理を食べてみたかったというのが本音だがね」
「王族の方のお口に合うほどでは」
「謙遜だな。ロガーヴィアの姫君は君の料理を大層褒めていたじゃないか」
その姫君が作った料理でもあるんだが。
さすがにそこまでは予想もしていないだろう。
それがなんだか面白くて俺はくすりと笑った。
「ではどうぞ召し上がって下さい」
「遠慮なく」
サリウス王子はステーキを一口食べると、少し驚いた表情を見せた後あっというまに食べきってしまった。
結構な食べっぷりだが、それでも気品を感じるのは王族のためかハイエルフの血によるものか。
「美味いな。君を我が船のコックとして迎え入れたいくらいだ」
「謹んでお断りいたします」
サリウス王子は口を大きく開けて笑った。
その姿は王族というより、着崩した服装も相まって放蕩貴族のようだ。
「ん、これが気になるか?」
サリウス王子は俺の視線に気がついたのか、自分の服を引っ張る。
「ハイエルフは特別な場を新しい服で着飾るのが習慣らしいが、俺にはその気質は受け継がれなかったらしい。窮屈でたまらんよ」
「ヴェロニアの王宮ではそういう機会も多かったのではないですか?」
「俺は昔から動きやすい服が好きでね。母さん……リリンララによく叱られたものだよ」
サリウス王子はそう言ってから少し照れたような笑みを浮かべた。
「そういうところは父上に似たのかもしれないな、父上もよく側近を困らせていた」
「父君ですか」
『帝王』の加護を持つ海賊ゲイゼリク。
英雄であり多くの人間の人生を狂わせた張本人でもある。
俺は他国の人間で、俺の故国であるアヴァロニア王国ではゲイゼリクの評判は魔王軍の侵攻前は卑劣なクーデターで成り上がった王冠を盗んだ海賊。
侵攻後は魔王軍にしっぽを振る日和見で臆病な耄碌王。
そりゃもう酷いものだった。
そういった誹謗中傷を真に受けるわけではないのだが……加護の衝動が理由としてあっても、ゲイゼリクのやった罪に対して思うところがないわけでもない。
「君達は良いやつだな」
「は?」
「父上の話をしたら表情が僅かに変わった。我々のために表情を曇らせてくれるのか」
「まぁ思うところはありますね」
「父上の加護は絶大な力を持つ。仕方がなかったんだよ」
だが俺の身内には『勇者』を宿すルーティがいる。
ルーティはあれほど強固な衝動に縛られても、ルーティであろうとし続けた。
だから俺は、『帝王』だから仕方がないと割り切ることに不満があるのだ。
そんな俺を見て、サリウス王子は目を細めた。
「我々は君達にずいぶんと迷惑をかけたと思っている」
「そりゃあゾルタンにとっては前代未聞の大騒動でしたからね」
「だというのにこうして骨を折って料理を作ってくれた」
「頼まれましたので」
冒険者としての依頼なら断るが、レッド&リット薬草店のレッドとして頼まれたのならそう無下にはしない。
俺はこのゾルタンという町を気に入っているのだから。
「ゾルタンの人々もそうだ。他の国なら、ここまで暴挙を働いた相手を謝ったからはいそうですかとはいかない。石を投げてくる市民の1人や2人もいると思っていたのだが」
「戦闘が発生していたら、ここまで穏便にはいかなかったでしょうが」
「権謀術数渦巻くヴェロニアの王宮で育った俺には眩しいほどの素朴さだ……ゾルタンでは年功序列で権力者が決まるというのは本当か?」
「ええ」
サリウス王子は「おおっ」と驚いている。
「俺の国もそうであれば継承問題など気楽にできたのだろうな」
「ヴェロニアのような大国でそんなやり方をすれば、すぐに破綻しますよ」
「そうだろうか、案外上手くいくかもしれないぞ? トップなど飾りでいいんだ、国を動かすのは人だよ」
「『帝王』の息子であるあなたがそう言いますか」
「俺の加護は『帝王』ではないからね。ありふれた『アーケインアーチャー』の加護さ」
『アーケインアーチャー』は弓矢に魔法を込めて戦う魔法戦士系の加護だ。
上級加護でありふれているというほど数は多くないが、『帝王』に比べたら大抵の加護はありふれているということになるんだろうな。
『帝王』に匹敵するほどありふれていない加護は『勇者』くらいだろう。
「射手の役割である俺が王などおかしいだろう?」
「今王子自らおっしゃったではないですか」
「うん? 何か言ったかな?」
「国を動かすのは人だと。加護ではありません」
サリウス王子は少しの間呆然としたあと苦笑した。
「困ったな。本気で君をスカウトしたくなった」
「断りますがね」
「一体君は何者なのか、どこかで見た気もするのだが……いや、それを考えるのは野暮だな」
サリウス王子は近くを歩いていたボーイを呼び止め食べ終わった食器を渡した。
「そろそろ戻るよ。残る調停も半月もせずに全部終わるだろう。我々はヴェロニアに使者を送るが、多分帰らずにどこかの国に身を寄せることになると思う。すべてを捨てて東方に逃れようかと考えていたが……父上亡き後レオノールのもとで魔王軍の属国となる我が国を見るのも忍びない」
「戦いますか」
「この身に流れる帝王の血があれば、ヴェロニア解放という大義名分も立つだろうさ」
サリウス王子とリリンララは戦う道を選んだようだ。
俺は微笑むと、サリウス王子と握手をかわした。
「ご武運を」
「ありがとう。打算の無い応援の言葉というのは良いものだな」
祖国を敵に回す辛い戦いになるのだろう。
だが今日この瞬間のサリウス王子の顔は爽やかな笑顔だった。




