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129話 ルーティは事件を解決する

「正気とは思えん」


 ミストーム師を伴って、冒険者ギルド幹部ガラディンと聖方教会のシエン司教がルーティの屋敷へと入った。

 ガラディンはまだ不満顔だ。


「狼の前に羊を連れて行くようなものだろう」

「ちゃんとルーティとリット、それにあなた達2人も立ち会うんだろう」

「しかしだな……!」


 また文句がこみ上げてきたのか、大声をあげようとするガラディンをミストーム師が手を上げて制した。


「いいのよガラディン。やっぱり私が決着をつけなければならないことよ」


 コツン、コツンとミストーム師の杖が床を叩く。


「『アークメイジ』はダメね。すっかり足腰が弱っちゃった」

「地下への階段は急だよ。手を貸そうか?」


 俺がそう訊ねると、ミストーム師は首を横に振った。


「リリンララは昔のままだったんでしょう?」


 ミストーム師の記憶から再生された幻影と、実際に会ったリリンララは少し歳をとった様子はあったが、確かに老人となったミスフィアに比べたら変化は少なかった。


「50年ぶりに会うのですもの、私もかっこをつけないと。海賊はメンツの商売なのよ?」

「そういうものか」


 ミストーム師の様子はどこか楽しげだ。

 だが、


「怖くないの?」


 そんなミストーム師にルーティが訊ねた。


「怖い? もう私はお婆ちゃんだから。あんまり心も動かないのよ」

「でも、リリンララは怒っているかも知れない」


 その場にいる全員が、ルーティの方を見た。ルーティはなぜ注目されたのか分からない様子で首を傾げている。

 ルーティの言葉は、周りの誰からもズレていた。

 これから出会うのはミストーム師の命を狙う因縁の相手。ヴェロニア王国の将軍。

 だが、ルーティの言葉こそが本質をついているのかもしれない……はっと表情を変えたミストーム師を見て、俺はそう思った。


「……そうね、きっとリリンララは怒っているでしょう。50年も怒らせたままの親友と再会するだなんて……ふふっ、確かに怖くなってきたわ」


 ミストーム師、いやミスフィアは、50年前リリンララとサリウス王子を捨てて逃げた。

 そこにはレオノールの陰謀があったのだろうが、この50年、ヴェロニア王国に残された2人がどのような想いで今日まで過ごしてきたか。

 ゆっくりと階段を一段ずつ降りていくミスフィアの背中は小さく見えた。


 地下室の扉の前にたどり着くと、ミスフィアは深く息を吐いた。


「この先にリリンララが?」

「ああ。あなたと会うということは伝えていない。ただ他の捕虜とは別にしてあるよ」


 他に捕らえている3人は、1階の別の部屋に移してティセとうげうげさんに見張ってもらっている。

 1階は地下と違って逃げられる経路が多いが、あの2人なら心配ないだろう。


「大丈夫? ここで引き返してもいいけど」


 リットがミスフィアを気遣って聞く。

 ミスフィアは一瞬、表情を曇らせたが、迷いを払うように首を横に振るとにっこり笑った。


「ありがとう、でも私は彼女に会わなければならないの」


 そう言ってから、ミスフィアは扉に触れ、ゆっくりと開く。

 部屋では手枷を付けられたリリンララが椅子を使わず、床に座っていた。


「……な」


 入ってきたミスフィアの姿を見てリリンララの目が見開かれる。


「まさか……」

「久しぶりねリリンララ」


 50年ぶりの再会。

 ぎこちなく笑うミスフィアと、歯を噛み締め殺気を込めた目で睨むリリンララの姿は正反対だった。


「よくも自ら私の前に顔を出せたものだな」

「ごめんなさい。でも私はあなたにまた会えて嬉しいわ」


 リリンララの顔から取り繕ったヴェロニア王国将軍としての表情が消えた。

 床にツバを吐くと、幻影の中でみた海賊のものに変わる。


「あんたが勝手に出ていったせいで、ゲイゼリクがどれだけ苦しみ、そしてサリウスがどれだけ苦労したと思ってるんだ! ああそうだね! 私もあんたに会えて嬉しいよ! この手であんたを殺してやれる日をずっと待ち望んでいたんだからね!!」


 激しい殺気に、リットがミスフィアをかばうように前に立った。手はショーテルの柄に置かれ、いつでも抜けるように構えている。


「リット、大丈夫だ。相手は縛られたままだ」

「気がついたら身体が動いてたわ……すごい殺気」


 俺の言葉にリットはぎこちなく柄から手を離す。

 確かに、今のリリンララからはそれだけのものを俺も感じられる。俺と戦ったときよりも、遥かに強烈な感情だ。


「なぜだミスフィア! なぜ逃げた!」

「知っているのでしょう? 私はレオノールに負けたのよ」

「ああ知ってるとも! だがなぜ私に一言相談しなかった!? レオノールは証拠を掴んでいたわけじゃない! やつの性格ならそんな証拠を掴んでいれば脅すなどせずお前を叩き潰したはずだ!」

「……私は怖かった。あの人を騙している事が、そしてあの人に嫌われる事が何よりも怖かった」

「ゲイゼリクがお前を嫌うことなどあるか! あいつを信じてなかったのか!?」

「信じていたわよ! でも最初にあの人を裏切ったのは私とあなたでしょう!」

「それは……違う!」


 リリンララは言葉を吐き出すように、だが断言するかのような強さで言い切った。

 その表情に、俺は僅かに違和感を感じた。

 ゲイゼリクの子ではない赤子をすり替えて王子にしたのだから、ゲイゼリクの立場やヴェロニア王国の安定のためという建前はあっても、裏切ったという言葉を完全に否定できるものではないはずだ。

 だがリリンララの言葉には、断固とした意思があった。

 それは、ルーティが俺にアレスとのことを、俺の勘違いだったと否定した時を思い出させた。

 どういうことだ?


「……リリンララ。なぜ今更ゾルタンに来たの? あなたは私がこの町にいることをずっと知っていたのでしょう?」

「ああ知っていたさ、他ならぬ海のことだしな。それに私には大陸中にいるハイエルフ達の情報網もある。少し時間はかかったが、あんたを見つけることは不可能じゃなかった……切り刻んでサメの餌にでもしてやろうと何度思ったことか!」

「でもしなかったのよね」

「……ああそうだ。すでにレオノールは王宮での根回しを終えていた。今更あんたを殺す価値もなかったのさ」


 ゲイゼリクを恐れるヴェロニア人達にとって、ゲイゼリクと共に海賊となっていたミスフィアより、レオノールが王妃になった方が安心する。

 そうした民衆や貴族の心理を利用して、レオノールは自分と結婚するのがゲイゼリクにとっても最良の選択となる状況を作り出したのだろう。

 ミスフィアを殺すのも、連れ戻すのも万全の体制を整えたレオノールに付け込まれる隙になる。リリンララは政治的に敗北し、サリウス王子を守るのが精一杯だったのだ。


「しかしゲイゼリクの死期が近づき、いよいよサリウス王子の王位継承権が問題となったわけだ」


 俺の言葉にリリンララは射殺すような視線で答える。


「……だがこれもあなたにとっては不本意な状況だったんだろ? サリウス王子とミスフィアさんの間に血の繋がりはない。ミスフィアを呼び戻して解決できるのならずっと前にできていたはずだ」

「ミスフィア……あんたそこまで喋ったのか!!」

「ここにいる人達はみな信頼できる英雄達よ」


 ミスフィアはそう答えたが、リリンララは指が白くなるほど拳を握りしめ震える。


「誰かが漏らせばそれでサリウスと私は破滅するんだぞ……それを」

「私一人じゃ解決できない状況でしょう。誰かに信用されるには、自分も相手を信用しないといけない。そうでしょう?」

「ぐ……」


 リリンララが言葉に詰まって黙る。一瞬だが苦しそうな表情を見せた。

 うーん、確かにもっともな理屈の言葉だとは思うが反応が過剰のような?


「ん」


 隣りにいるリットも気がついたようだ。俺とリットは目配せして、ミスフィアと話すリリンララの表情を注意深く観察していく。

 リリンララが隠している何かがあるはずだ。


「こうして話せるのも、ルールさん達に私達のことを伝えたからなのよ」

「……ふん」

「この話はもういいわね? それで……あなたはサリウスと私が接触することを防ぐために、私を殺そうとした。最初は暗殺者を雇ったけれど失敗。サリウスと一緒にゾルタンについてからは、サリウスの私を探すという目的を助けるふりをして私を直接殺そうとしたみたいだけれど、私はゾルタンの町を離れて隠れていたから見つからなかった。ここまでは合っている?」

「ふん、その通りだ」

「そして、私が推測するに、サリウスに私がゾルタンにいるらしいということを教えたのはレオノール側じゃないかしら?」

「……ああ、私も油断していた。まさかそんな手でくるとは。おそらくは私がゾルタンの情報を集めていたことが気づかれたのだろうな」

「レオノールは、政治的駆け引きだけは優秀だからねぇ」

「それは嫌というほど知ってるさ」


 リリンララとミスフィアは同時に苦笑いを浮かべた。それは幻影で見た昔の2人のようだった。


「状況が変わったんだ。ミスフィア、あんたがサリウスと会って、ヴェロニアに戻ることになれば、レオノールお抱えの学者達が、あんたとサリウスの血がつながっていない証拠をあっという間に見つけるだろう。私にはその方法までは分からないが、レオノールがサリウスにあんたの居場所を教えたってことは、あんたが戻ってきたらサリウスを破滅させる手段を見つけているってことだ」

「やはりそうだったのね」


 これがリリンララ側の事情か。


「だったらミスフィア姫はもう死んでしまったか、行方知れずということにしてしまえばいいんじゃないのか?」


 ガラディンの素朴な質問に、リリンララは首を振る。


「私がミスフィアの居場所を知っていたことを、レオノールも知っているはずなんだ。私が誤魔化したところで、次はレオノールの手先がミスフィアを捕らえようとするはずだ。そのような急所を残しておく訳にはいかない」

「でも私の生死に関係なく、このままレオノールの息子のシルベリオ王子に王位継承されるのでしょう? わざわざ労力を割いてまで急所を刺す必要があるのかしら。私のことはブラフであなたをヴェロニアから引き離すことが目的なのではないの?」

「確かにそれは一理ある……だがゲイゼリクが今際の際にサリウスを王位に指名する可能性も残っているはずだ」

「正当な手順を踏まず継承順位を変えるのは王でも無理よ。遺言は熱に浮かされた言葉で不当だとしてレオノールが握りつぶすでしょう。それよりは今はシルベリオ王子がヴェロニア王になった後でもサリウスが王族として力を保てるように動き、シルベリオの失脚を待つべきよ」

「知ったふうな口を聞くなミスフィア。その程度のことすでに動いているさ。海賊上がりの貴族や反魔王軍派の貴族がサリウスを支持してくれている。レオノール達が王位を獲っても、サリウスを無下には扱い得ないはずだ」

「それはレオノールの政策に敵対するものが一箇所に集まったとも言えるはずよ。まとめて潰す気かもしれない。レオノールの政策を支持する層にも味方を作るべきよ」

「簡単に言ってくれるな……」


 2人は強い口調も交えて話し合っていた。

 それを見てルーティが頷く。


「解決した」

「「え?」」


 唐突なルーティの言葉にミスフィアとリリンララは唖然とした様子だった。

 俺もどういう意味か分からずルーティを見る。もちろんリットやガラディン達もだ。


「2人の目的が同じになった。だからもう大丈夫」


 そう言う、ルーティの顔には満足気な笑みが浮かんでいた。

 その可愛らしい表情が、他の人には伝わらないのが残念だと、俺はそんな場違いなことを思ってしまった。

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[一言] やはりどう考えてもレオノールを殺せば良いだけの話にしか見えない。つよいやつ、勝ったやつが偉い国なんだろ?殺せない理由でもあるのか?
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