128話 ルーティは大胆に決断する
「よいしょっと」
「か、頭!?」
俺はロープで縛ったリリンララとその部下の二人を、ルーティの屋敷の地下室へと運んだ。
中ですでに捕まっていた二人のハイエルフは、信じられないものを見ているかのような表情で狼狽していた。
「ぐっ……」
意識が戻ったのかリリンララがうめき声をあげた。
「気がついたか。応急処置はしてあるが、キュアポーションは使ってない。あまり動くと傷が開くぞ」
「貴様……私をどうするつもりだ」
「どうするって……そっちから襲ってきたんだろう。俺の仕事はルーティ達に引き渡して終わりかな」
俺は苦笑した。
ミストーム師達を見つけたことで、この件についての俺の仕事は終わりなのだ。
今回は襲われたので仕方なく応戦したが。
「一体お前たちはなんなんだ」
俺の淡白な反応に、リリンララは毒気を抜かれたように唖然としている。
いやまぁ、なんというかお互い事故みたいなものだしな。
まさかゾルタンに魔王軍と渡り合っていた勇者達がいるなんてありえないだろう。これを予想しろという方が理不尽だ。
俺からしても、まさかここにアヴァロン大陸史に残るヴェロニア王国の政変の主役であるミスフィア姫がいるなんて思いもしなかった。
そしてそれが今になって問題になるとも。
「俺はただの薬屋だって言ってるだろ」
「お前のような薬屋がいるか」
それにしても、変な話だがアヴァロニア王国とヴェロニア王国が魔王軍侵攻前から険悪なおかげで、俺の顔が知られていないのが助かっている。
これが別の国だと騎士時代に王宮にも式典などで呼ばれたところもあるのでバレていたかも知れない。
「おいてめぇ! お頭の傷をちゃんと治療しろよ!」
「うん?」
思案していた俺へ、ルーティ達が捕らえたハイエルフが文句を言った。
動いたときに傷が少し開いたのか、リリンララに巻いた包帯が赤く滲んでいる。
「お前らから襲いかかってきておいて治療しろとは随分だな」
俺は少々トゲのある言い方で言葉を返す。
実力差があったから事なきを得たが、彼女達がやってきたことは暴力を伴う拉致行為だ。
「薬は塗った。それにハイエルフの生命力とその加護レベルの高さがあれば後遺症も残らんだろう」
「捕虜に対する扱いはアヴァロニア=ヴェロニア間で条約が決まっていただろ!」
「ここはアヴァロニア王国じゃなくてゾルタン共和国だ。都市国家でも独立した国家。それに宣戦布告もなしに襲ってきたやつがいっちょ前に海軍面するんじゃない。お前ら扱いとしては誘拐未遂犯で犯罪者だぞ」
「ぐ、そりゃそうだが……」
全く。
「……貴様、元軍属か?」
リリンララの言葉に、俺は思わず顔をしかめた。
やらかしたな。これだけで俺の正体がバレることは無いと思うが。
「どこかで問題を起こしたか権力闘争に負けた将校か? ならどうだ、貴様の妹やその仲間も含めてヴェロニアの将校に取り立ててやることもできるぞ」
「断る。その線は無いから諦めろ」
「そうか、交渉の余地はなさそうだな」
リリンララは縛られたまま身動ぎして体勢を戻す。
部下たちが慌ててフォローするが、彼らも両手を縛られたままだからあまり力にはなれていない。
その様子を眺めながら、俺も床に座ってルーティが来るのを待つ。
やがてルーティ、ティセ、リットの三人がこの地下室へと降りてきた。
「ん、リットも来たのか」
「私だけ除け者はやだもん」
「俺はルーティに引き継いだら帰るつもりだったんだがなぁ」
「私はお兄ちゃんにもいて欲しい、迷惑じゃなければ……」
「ほら、ルーティもそう言ってるし」
ルーティにそう言われると弱い。
「分かった、じゃあルーティの後ろで何かあった時のために待機させてもらうよ」
「ありがとう」
ルーティは嬉しそうにそう言った。
その顔を見ると、俺もまぁいいかという気分になってしまう。まぁゾルタンでは、こんな騒動、滅多に起こるもんじゃない。
「なんというか、本当に貴様らは一体何者なんだ」
「だから……」
「それはもういい! 貴様らはヴェロニア王国の将軍を捕らえたのだぞ? 身代金を取るなら市民が一生遊んで暮らせるだけの額にもなるし、捕らえたと宣言すればどの国の将校にもなれる名声が得られる。そうでなくともこのゾルタンを騒がせている騒動の元凶の片割れを捕らえたのだ」
リリンララ達の表情からは、いつしか捕虜となったことへの怒りが消えていた。
そこにあったのは理解できない物を見る不安感。漠然とした恐怖。
「貴様らは、なぜそうも落ち着いていられるのだ。なぜまるで普段の日常を過ごしているかのような振る舞いができるのだ」
俺達は顔を見合わせた。なるほど確かに四人とも、普段どおりの顔だ。
リリンララはかつて暗黒大陸へ渡った伝説の海賊。俺達も行ったことのない魔王の大陸を生き残ったというのは尊敬すべきところだ。
だが、ヴェロニア軍は魔王軍と戦わなかった。たった2年でアヴァロン大陸の半分を支配した絶望的に強大で狡猾な魔王軍をリリンララ達は知らないのだ。
アヴァロン大陸の各国が総出で迎え撃っても苦戦する相手と戦ってきた俺達にとって、たとえ海賊覇者ゲイゼリクの右腕といえども、リリンララは一国の将軍に過ぎない。
そしてこの事件も、一国の継承者争い程度であって、人類国家存亡の危機には程遠い。
ルーティが『勇者』だったころに比べたら、深刻度が違うのだ。
「まっ、田舎者だから都会のノリが分からないだけだよ」
もちろん俺達の考えを正直に伝えることはできない。だから俺はリリンララにそう言って、苦笑したのだった。
☆☆
ルーティの尋問は短かった。
最初から何か情報を引き出せるとは思っていなかったのだろう。リリンララが質問に答える気が無いと分かると、早々に打ち切った。
「それでどうする?」
「レッドさんの持っている薬に効きそうな自白剤とかはないのですか?」
「全員、加護を十分に成長させている。俺の作れる薬程度じゃ昨日の朝食メニューだって引き出せないよ」
ティセからの質問に俺は正直に答える。
相手に悪影響を与える薬には加護が抵抗する。これにより副作用のある薬でも加護レベルの高い者や、そもそも加護が強い抵抗力を保つ場合などに安全に使用することができたりもする。
ここにいる四人は、一般的な水準からしたら精鋭と言ってもいい加護レベルを持っている。コモンスキルしかない俺には無理な相手だ。
それにこのレベルの相手に自白剤のような薬を使うなら、“上級錬金術”のような高度な薬を作れるスキルだけでなく、“毒の極意”や“投薬強化”のような与える薬を強化するスキルも必要だろう。
「そうですか」
ティセも確認のために聞いただけで期待していたわけではないのだろう。小さく頷いただけで、落胆した様子はない。
「やっぱりゾルタン当局に引き渡すのは? 情報は引き出せないだろうから外交のカードとしてサリウス王子から譲歩を引き出すとか」
リットは元王族らしく外交カードとして捕虜を使うということを提案してきた。
「それがいいかもな。下手に手を出すわけにもいかないし」
相手はヴェロニア王国の重鎮だ。
彼女に必要以上の危害を加えればヴェロニア王国海軍自体が動くかも知れない。
そうなれば勝てない……とはいわないが、ゾルタンに甚大な被害がでることは間違いない。
もちろんそんな英雄の舞台になんて立ちたくないし、そのルートは無しでいきたい。
「私は」
じっと考えていたルーティが俺を見ながら口を開いた。
「ミストームさんとリリンララを会わせて話をさせようと思う」
俺もリットもティセも、驚いて言葉が止まる。
「これは当事者同士で解決するべき」
「確かに……国や外交、後継者争いなんて要素もありますが、これは突き詰めればミストーム師とリリンララの確執ですね」
「でも、大丈夫なの? リリンララが探している本人を私達が連れてくるだなんて」
「私が立ち会えば問題ない」
ルーティはリットの質問に対して、そう断言する。
確かに、ルーティが立ち会えば、人間が相手なら誰が何をしようとも止められるだろう。
「お兄ちゃんはどう思う?」
「大胆だが……うん、ありだと思う。ルーティの考えているようにやってみよう」
「うん」
これで事態は大きく動くだろう。
この大胆さが、魔王軍相手に戦い抜いてきたルーティ本人の資質だ。
決して加護の力だけで戦ってきたわけじゃない。
やはり俺の自慢の妹だな。