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124話 ルーティの幸せな時間


 ルーティが住んでいる屋敷には浴場も設置されている。

 もちろん俺の家のお風呂とは比べ物にならないほど大きなものだ。


「お兄ちゃん、先に入っていいよ」

「ん、いや、ルーティが先に入りなよ。汚れたままだと居心地悪いだろ?」


 ルーティが首を傾げる。


「旅をしていた時は汚れたままなんて珍しくなかったよ」


 それもそうか、あの頃は髪についた泥を払うことも飽きてそのまま不潔な沼地を進み続けたこともあったな。


「私は時間がかかるから、お兄ちゃんが先に入った方が効率がいい」

「分かった、じゃあ先に入らせてもらうよ」


 ルーティがそこまで言うのなら、素直に入らせてもらうことにしようか。

 俺はルーティに向かって頷くと、立ち上がり風呂へと向かった。


☆☆


「ほぉ岩の浴槽か」


 ルーティの住んでいる屋敷は、もともとゾルタンの貴族の屋敷だったものだ。

 ゾルタンの貴族は、自分の領地……といっても村や集落、中にはほとんど手付かずの湿原だけといったささやかな土地だが、そこには住まず、このゾルタンの町に住んでいる。

 自分の領地には自分の親戚か雇った者を代官として駐在させ、その者に領地運営の権限を委託しているのだ。

 それに最も重要な納税関係は、信用できる教会が教徒台帳を用いて代行してくれることもあり、放任主義的な貴族の在り方がこのゾルタンではスタンダードとなっている。


 俺は椅子に座ると、瓶の中に入ったお湯を桶ですくい、汗と泥を流す。

 それからタオルで石鹸を泡立て、身体を洗っていく。


「ふぅ」


 作業し、汚れた身体を洗うのは気持ちがいい。

 特に、今のような冬の寒空の頃は格別だ。


「ふんふーん♪」


 思わず鼻歌が漏れる。


 ガラッ。


 引き戸が開く音がした。


「えっ?」


 そこには一糸纏わぬ姿で、身体を隠そうともせず堂々と立つルーティの姿があった。


「る、ルーティ、どうした?」

「?」


 慌てる俺にルーティが首をかしげる。


「お風呂入るって言ったよ」


 確かに先程の会話を思い返してみれば、ルーティは一度も別々に入るとは言っていない。

 俺が悩んでいる間に、ルーティは頭からお湯を被ると、ぶるりと身体を震わせ水気を払った。

 普通の人がやっても大した効果はないのだろうが、ルーティが姿がブレるほどの速度で身体を震わすと、大半の水気を払えてしまう。

 その仕草がネコを思い起こさせて、俺はほっこりしてしまった。

 んー、いいのかなぁこのまま一緒にお風呂入って。

 大丈夫か、兄妹きょうだいだし。

 俺が悩むのをあっさり止め、現状を受け入れたところでルーティが声を掛けてきた。


「お兄ちゃん」

「どうした? ああ、石鹸か?」

「ううん違う」


 ルーティは強い意志の宿った赤い瞳で俺を見つめる。

 な、なんだ? 最近はルーティもしっかり自己主張するようになって喜んでいたところだが、今日のルーティはさらに一味違う。


「お兄ちゃん」

「う、うん」

「昔、一緒にお風呂に入っていた頃のこと、憶えてる?」

「もちろん。あの頃のルーティは小さかったな」


 故郷の村の鐘風呂のことだな。

 村の教会に使われていた壊れた鐘を、村の鍛冶屋が修理して共同浴場としたものだ。とはいっても鐘は大人がゆったり入れるようなサイズではないため、もっぱら子供用のお風呂だった。

 普通は親が付きそうのだが、幼い頃のルーティは、『勇者』の加護の特異さのせいで、親からも気味悪がられていたから、俺が2歳のルーティを抱えてお風呂に入れていた。

 ルーティは俺の肩にしがみつきながら、お風呂を楽しんでいたな。

 まぁ俺も『導き手』に生まれたときから触れることができていたので、子供らしくないと思われていたようだけど。

 あの頃のルーティも可愛かったなぁ。もちろん、今が一番可愛いけど。


「私はゾルタンに来て、たくさん自分のやりたかったことをやった……ワガママかな?」


 ルーティの言葉に、俺は昔のルーティの姿を思い出す事を中断する。

 ワガママか……。


「いいことだよ。人は誰だって、自分のやりたい事、望んでいることを叶えようとする権利がある。ルーティの、普通に暮らしたいってワガママなんてささやかなものだ。いくらでも言っていい」

「そう……ありがとう。それでね、もう一つワガママ言いたい」


 お風呂で?


「昔は小さかったから上手く出来なかった。でも今ならしっかりできると思う」

「何のことだ?」


 今度は俺が首を傾げた。

 ルーティはグッと俺に顔を近づける。ルーティの赤い瞳が、俺の視界に広がった。


「私、今ならちゃんとお兄ちゃんの身体を洗える」

「へ?」

「あの頃は、力も無かったし、どう洗えば綺麗になるのかも分からなかった。洗えていたのは背中とか広い部分だけで、全然ダメだった」


 ああ、そういえばそんな感じだったな。

 あの頃、俺がルーティの身体を洗っていたのだが、そのうちルーティが俺を真似して、お返しにと俺の身体を洗おうとしてきたのだ。

 確かに上手く洗えていたとは言い難い。残った部分は結局自分で洗っていた。だがちっちゃい手で、一生懸命頑張っているルーティの姿が可愛くて、何だかんだ大変なことも多かった俺達の子供時代の貴重な癒やしになっていた。


「だからリベンジしたい」


 ルーティには上手く出来なかったというのが心残りだったのか。

 俺は少しだけ気恥ずかしさを感じながらも、


「分かった、それじゃあ、お願いしようかな」


 そう言った。


 とはいえ……。

 俺はルーティが石鹸を泡立てるのに苦戦しているのを見て微笑ましく思いながら、少しだけ不安を感じていた。

 ルーティの『勇者』の加護がもたらす耐性には肉体の状態を常に最善に保つものがある。それは皮膚の状態にも適応され、旅をしていた頃のルーティは服こそ汚れるが、身体の方は軽く拭くだけで綺麗になるのだ。

 なんだか行商人が大げさに吹聴する拭くだけで綺麗になる食器みたいだと、少し思ってしまったものだ、口には出してないけれど。

 というわけで、ルーティは身体を洗うという行為について、多分人より経験値が少ないと予想される。さらに言えば、他人の身体を洗ったことなど、もちろん幼い頃俺の身体を洗った時以外ないだろう。


「あっち向いて」

「あ、ああ」


 俺はルーティに背中を向ける。

 ルーティの細い指が俺の背中に触れ肌の感触を確かめるように撫でると、それから両手に持ったタオルでそっと俺の身体を洗い始めた。


「ん……」


 人から身体を洗ってもらうのは、なんとも言えない心地よさがある。

 やはりぎこちない様子ではあるが、ルーティは脇の下や指先まで一生懸命に洗ってくれている。


「くふっ」


 ルーティの指が脇腹を撫でた時に、くすぐったくって俺は思わず声を漏らした。

 ルーティは少し慌てた様子で手を離す。


「くすぐったかった?」

「ああ、大丈夫だ」

「むぅ」


 ルーティは自分の手を見つめて、首を傾げている。

 自分の脇腹に触れたりして、どう洗えば良かったのか考えているようだ。それがまた可愛い。

 何度か確認したあと、小さく頷くと、ルーティはまた俺の身体を洗う作業に戻った。


 丁寧な作業が続き、背中と腕は大体洗えたようだ。


「ありがと、大体洗えたんじゃないかな」

「全然まだ。続ける」


 そう言ってルーティはまたタオルを持って俺に近づいた。

 そして、ギュウと背中から両腕を回すようにして抱きしめられた。


「へ?」


 背中に押し当てられている柔らかい感触はルーティの胸か。リットのものとは違い、小ぶりだが形が良く愛らしい胸だ。

 密着した肌からは暖かいぬくもりが伝わってくる。人肌というのはどうしてこう心が安らぐのか。ミストーム師の件で忙しかったのも忘れてしまうようだ。

 しかしなぜルーティは抱きついてきたんだ?


「ん」


 ルーティの手が俺の胸のあたりを撫で、手にしたタオルで洗い始めた。

 俺の肩から自分の手元を覗き込みながら、ルーティはふざけている様子もなく真剣な顔で俺の身体を洗おうとしている。


 ……なるほど。


 俺は、さきほどルーティが自分の脇腹を洗うような仕草で確認していたことを思い出した。

 ルーティは自分の体で試したやり方を実践しているのだ。力加減などをできる限り再現できるように。

 だから体の前面を洗うときは、正面から洗うのではなく、自分の体を洗うときと同じように、俺の背後から腕を回したのだろう。

 ルーティは真剣なのだろうが、この洗い方は心情的にくすぐったい。

 普段の超人ぷりと、こういうちょっと抜けている部分のギャップが、なんとも兄心をくすぐるというか。

 つまり可愛い。


「ふ、ふふ……」

「?」


 耐えられず笑いだした俺を見て、ルーティはまたくすぐったかったのかと思ったのか、手を止める。

 だが、俺の表情を見て、それが嬉しさからこみ上げたものだと伝わったのだろう。ルーティは口元に笑みを浮かべ、俺に抱きついたまま、泡立てた石鹸とタオルで俺の体を洗っていった。

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