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116話 かくて王女はヴェロニアに帰る


 土のデズモンド。

 俺が戦った唯一の魔王軍四天王であり、ルーティの足手まといになっていたと認めるしか無いほどに歯が立たない相手だった。


 1年前。

 都市国家カザーン共和国。

 マリオネイターデーモンの大隊を撃退した俺達は、カザーンの市長達とともにささやかな宴を開いていた。

 この勝利は特別だった。都市国家とはいえ、ついに魔王軍に占領されていた国を一つ取り返したのだ。

 アヴァロニア王国から派兵された走竜騎士達も勝利に浮かれ、歌いながらワインを傾ける。


 その輝ける日はたった一日で終わった。


「なんだあれは」


 たった一人でカザーンの荒野を歩むボロボロの衣を纏ったデーモンを見た時、ルーティを除く全員が、俺でさえも見たものを信じられずにそう言った。


「土の四天王デズモンド。ついに出てきたのね」


 ルーティだけが冷静に見たものを伝える。

 たった一人。アヴァロニアからの援軍も含め、6000人以上の兵士がいるカザーンの城へ向けて、デズモンドはたった一人で向かってきた。

 だが、誰もその無謀を笑ったりはしない。笑っていたのは……


「あの野郎、笑ってやがる」


 ダナンが呻いた。

 デズモンドの骨に皮が張り付いたような顔には、ニタニタと無防備な獲物を前にした残虐な狩人のような笑みが浮かんでいた。


「全員武装しろ! 弓を持て! 何かがやばい!」


 鐘が鳴り響き、兵士達はすぐさま武器と鎧を身につける。

 並んだ兵士達はたった一人の軍勢相手無数の矢を放った。

 デズモンドが手をかざすと、大地から湧き出した影が、盾をかまえてデズモンドを守る。


「なん……だと……ありえない」


 アレスは目の前の光景が信じられない様子であとずさった。

 誰だって同じ気持ちだ。こんな理不尽なことがあるか。


「た、たった一人で地平線を埋め尽くすほどのゴーレムを作り出すなんて……」


 大地がうごめき、ゴーレム達が次々に立ち上がる。人型、獣型、腕が投石機となっているもの、他のゴーレムが乗り込む攻城塔となっているもの、門を打ち砕く破城槌を胴体に持つもの……。


「み、見ろ! 翼を持つゴーレムまでいる! まさか飛ぶのか!?」


 数は10万くらいか。城にいる兵士が6000だから……戦力差は15倍以上。絶望的だ。


「よくぞ儂を戦場に引きずり出してくれたな勇者よ。見事なり」


 デズモンドはパチパチと手を叩く。

 デズモンドの声は枯れ木を引っかくような、乾いた音だった。だが広大な戦場であっても、その声は不気味によく響いた。


「これから儂は部下の失態を取り返すべく、その城を攻める。兵は儂一人。だが軍勢は無尽蔵」


 デズモンドは枝のような腕を伸ばしルーティを指差す。


「勇者よ。群では儂に勝てん。儂に挑めるのは圧倒的な個のみ。肉を引き裂く砂の嵐を切り裂ける武勇でもって儂の軍勢を切り裂き、儂へとその刃をたどり着かせることができるか? 儂は魔王軍四天王が一、土のデズモンド。あまねく大地に宿る万軍のつわものどもが王なり。儂が名を恐れぬというのなら、かかってくるがいい」


 デズモンドが腕を下げた。それを合図に一斉にゴーレム達が進軍する。大地が揺れていた。


「お兄ちゃん、あれにはまだ勝てないよ」


 ルーティが俺にそう言った。

 その通りだ。だが、この国を取り返すためにどれだけの兵が犠牲になった?

 考えて考えて考え抜いて、たくさんの血を流して、今日のために戦ってきたというのに、それがこんな不条理にひっくり返されるとは。


「あれが魔王軍四天王か……くそ! 市長、撤退だ!」


 俺達はこの時、初めて魔王軍に占領された国を解放し、そして俺達が参戦していながら初めて魔王軍に国を奪われることを経験したのだった。


 その後、俺達は氷竜の心臓というマジックアイテムを用いてデズモンドの城を氷漬けにし、土を奪った状態にすることでデズモンドを倒すことができた。

 デズモンドと戦うには、それだけの準備が必要だったのだ。


☆☆


 ミスフィア達は迅速だった。

 守っていたのが土の四天王デズモンド配下のゴーレム使いだったのも、幸運だったと言えるだろう。

 防衛兵力であるゴーレムは自律思考しているわけではなく、ゴーレム使いによって操られている存在だ。突然の爆発でゴーレム使い達が動揺したことで、ゴーレム達も行動不能に陥った。

 シサンダンが手に入れた見取り図もあって、ミスフィア達はすぐに魔王の船へ乗り込み、中にいたソルジャーデーモン達を蹴散らす。

 アスラデーモンの二人、ガシャースラとチュガーラがいたのもある。二人のアスラはソルジャーデーモンやドールゴーレムを瞬く間に斬り伏せていった。

 操縦法はリリンララが理解していたようだ。操縦スキルマスタリー“円熟の操者”により、物理的な操作で操縦できるものはひと目見ただけで操縦できるからだ。


「仕組みはよく分からないけど、これで動くんだね! あんたらは下の炉の所にいって石炭を放り込みな!」

「へ、へい!」


 魔王の船ウェンディダートは煙突から蒸気を吐き出し、船の側面についた外輪を回して動き始める。

 ドック内は海賊船の自爆でまだ身動きが取れていない。ミスフィア達の作戦は完全に上手く行った。

 だがミスフィア達の不運は、ここを守っていたのが土の四天王デズモンドだったことだろう。


「不甲斐ない部下どもだ、これではあと100年は引退できんのう」


 海の側まで歩いてきた、ボロボロの衣を纏ったデズモンドは、地面に手を触れる。


「な、何をするつもりですの!?」


 ウェンディダートの周りの海面から水柱が次々にあがる。

 そこから現れたのは、ウェンディダート号に似た形をした外輪を持つ船。だが煙突もマストもなく、甲板には兵士タイプのゴーレムがひしめいていた。


「まさか海底の土から船舶型のゴーレムを作り出しましたの!?」


 それも8隻。ウェンディダートを取り囲むようにしてゴーレム船が現れる。ミスフィアは焦った様子で周囲を見渡した。


「これで詰みだ。海の屑どもが手間を掛けさせおって。貴様らの頭をゴーレムの中に封じ込め、儂の命がある限り永遠に海中へ沈めてやろうか」


 デズモンドの乾いた恐ろしい声が響く。リリンララはどこか包囲の隙間はないか忙しなく周囲を窺うが……そのような隙はなかった。


「くっ……すまないゲイゼリク!」


 リリンララが操舵輪を叩き叫んだ。

 またもう一つ水柱が上がった。


「なんだと?」


 それを見てデズモンドの顔に驚愕が広がる。


「あれは、キャラック船。儂のゴーレムではない。魔法で船を水中に沈めていたのか」


 海面へ浮力で跳ね上がった船の操舵輪を握る男は、髭の生えた口をニヤリと歪めた。


「目に焼き付けやがれ魔王軍! これがアヴァロン大陸の大海賊ゲイゼリクの相棒マザー・エンヴィール号だ!」

「いかん!」


 デズモンドはゴーレムを操作して回避行動を取らせようとする。が、


「遅いぜ!」


 ゲイゼリクが甲板を走り、海に飛び降りたと同時に、マザー・エンヴィール号が爆発した。

 直撃を受けたゴーレム船が1隻が沈み、余波を受けた隣の1隻が暴走して他のゴーレム船と接触する。甲板に並んでいたゴーレム達が次々に海へと落下した。


「ミスフィア!」

「分かってます! アーケインエスケープ!」


 魔法で素早くゲイゼリクを拾い上げ、ウェンディダートはマザー・エンヴィール号の炎の中を突き抜ける。

 デズモンドは表情を変え、羽の生えたゴーレムを作り出すと、自身を運ばせゴーレム船へ乗り込んだ。


「逃がすものか!」


 デズモンドに追われながら、ウェンディダートはバラバラになって沈んでいくマザー・エンヴィール号を置いて、外洋へと逃げていった。


☆☆


「デズモンドは3日間追撃を続けたけれど、土の四天王にとって外洋は得意な場所じゃない。私達は、食料や水を集めていた妖精海賊団のブリーイット号と合流し、アヴァロン大陸へと戻ったのさ」


 あのデズモンドを相手に船を奪うとは。

 ゲイゼリク達がデズモンドより強かったとは思わない。だが、あの場面においてはデズモンドより優れていたのは間違いないだろう。

 一介の海賊から大国の王へと登りつめた『帝王』。

 一体どんなスキルを使っているのかは俺にも分からないが、英雄と呼ばれるのに相応しい男だ。


 場面は俺達にも見慣れた、緑あふれるアヴァロン大陸へと戻る。


「ひぃぃぃ!」


 地面に這いつくばったオースロ公爵。ミスフィアと無理やり結婚し、側室にしようとしたヴェロニア王国最大の貴族だ。

 それを見下ろすゲイゼリクとハイエルフのリリンララ、そしてミスフィア。

 周りにはオースロ公爵の私兵達が転がっている。二人のアスラが倒れた死体の上に腰掛け、談笑していた。

 ミスフィアはオースロ公へと語りかける。


「閣下、私のようなじゃじゃ馬娘を引き取って頂きありがとうございますわ。今日はその権利を頂きに参りましたの」

「お、お前は海賊に誘拐されたミスフィア姫!?」

「はい、お久しぶりですわ。私はあなたの妻としてあなたの遺産をすべて頂戴いたします」

「な、なにをバカな! 婚礼の儀も取り交わしておらぬし、側室にくれてやる物など小麦の一粒もないわ!」

「あなたが先に教えてくれたんじゃないのですか」

「なにを……」

「力があれば無法も通ると」

「がっ!?」


 ミスフィアは鋭く尖った金属製の魔法の杖をオースロ公の背中に突き立てた。


「まずはあなたに死んでいただかないと始まりませんので。別に恨んではいませんわ。あなたのおかげで私はゲイゼリクと出会えたのですから」

「お、王女とあろうものが海賊ごときに……うぐああああ!!」


 ミスフィアが力を込めるとオースロ公は断末魔の叫びをあげて、何度か痙攣すると動かなくなった。


「あなたに王道を説かれるのは、さすがに不愉快ですわね」


 世界最強の船を手に入れたゲイゼリク達はオースロ公の領地を襲撃し、オースロ公を殺害。そのまま領地を占領して実効支配する。


「あの時、ヴェロニア王国では誰もオースロ公に逆らえなかった。ならばそのオースロ公を倒したゲイゼリクにも逆らえない。力があれば無法も通る。あの当時、ヴェロニア王国はそういう時代だった」


 ミスフィアはオースロ公爵の爵位を自称し、ヴェロニアの王族へと返り咲く。

 ゲイゼリクはヴェロニア近海の海賊を次々に屈服させ、戻ってきてから僅か二ヶ月足らずで海賊覇者の二つ名で恐れられるようになる。

 海賊覇者ゲイゼリクと略奪女公ミスフィア。


「そしてゴブリンキング・ムルガルガの動乱が始まり、ヴェロニア王国はゴブリン達や動乱に乗じた海賊達に全く対応できなくなる。そこで私は王宮へ戻り、オースロ公爵の領地の半分を王家の直轄地として、残り半分をゲイゼリクにオースロ伯爵の爵位と共に所領を認める。そういう契約を父上達に認めさせたのさ」


 ミストーム師は目を細めてホッと息を吐く。


「年寄りの長話に付き合わせて悪かったね。もう少しでお仕舞いさ。だけど立ちっぱなしで疲れたろ。私がなぜここにいるのか、サリウスが私を探している理由、そしてリリンララが私を殺そうとしている理由はなんなのか……最後の思い出話をする前に、少し休憩しようかね。新しい飲み物でも用意するよ」


 幻影がかき消え、さまざまな感情を食べて満足そうなホラーフォッグはフヨフヨと部屋の隅を漂っていた。

 ミストーム師はそんなホラーフォッグを撫でるように手でかき回すと、キッチンへと向かっていったのだった。

コミックウォーカー様で本作のコミカライズ版が無料公開されています!

コミカライズを記念してウェブ版読者の皆様にも何か楽しめるものをということで、次回はコミカライズ版1話の逆ノベライズ版を投稿します!

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