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113話 そしてお姫様は海賊となった


 『帝王』の加護。ゲイゼリクの言う通り、初代アヴァロニア王のみが持っていたと記録される加護。

 希少性でいったら『勇者』以上だろう。

 アヴァロニア王国が建国されたのは数百年前、現在のヴェロニア地方だという。アヴァロニア人は、勇者の国ガイアポリス王国から追放された貴族達とその郎党達が祖先だそうだ。

 当時のヴェロニア地方は全くの辺境で、集落一つない状況だった。そこから人々をまとめ、未開の大地を開拓し、ときにモンスターの襲撃と戦い、やがてアヴァロニア王国を建国した大英雄。


「歴史に『帝王』の加護の名がでてくるのはアヴァロニア王ただ一人。ゲイゼリクは本当に『帝王』の加護を持っていたのか?」

「さて、私には“鑑定”のようなスキルはないもの。ヴェロニアの『賢者』は、『帝王』の加護を持っていると証言したけれど、あれも脅されていたのかも知れないね……ただ、私はゲイゼリクを信じたんだよ」


 場面が変わる。

 そこはどこかの宮殿。おそらくはヴェロニア王国の王宮だろう。


「ゲイゼリクに会う少し前だね」


 ミストーム師が言った。美しいドレスを身につけた若い頃のミストームが、ホールの中央で踊っている。エスコート役は金髪の若い男。きらびやかな貴族の服を着て、上品な仕草でホール中の視線を集めていた。


「アヴァロニア王国のキッファ王子に少し似ているな」

「彼はザキ公爵家の跡取りピエトロだよ。今のアヴァロニア王妃の母親がピエトロの姉だから、キッファ王子からしたらピエトロは大叔父ということになるね」

「貴族の血縁関係は複雑ね」


 他人事のようにリットが言った。いや、リットも王族なんだけどね。

 リットの言葉に反応したかのように幻影のピエトロとミストームがリットの方を見た。リットは少し驚いていたが、何のことはない、リットと重なるように現れた執事風の男がピエトロを呼んだだけだ。

 ピエトロはリットとすれ違うように消えた。


「あら、お姉さま」


 ピエトロがいなくなった代わりに、別の女性がミストームに話しかける。

 ミストームと似ているが、目元が柔らかく、ミストームの美しさには誉れ高さを感じるのに対し、彼女には誰からも愛されるような花の美しさがあった。


「レオノール」

「ピエトロ様はダンスがお上手でしょう? 私もあの方と踊るときは気持ちがいいわ」

「そうね。でも、少し優柔不断だわ。ピエトロ様はヴェロニア王家の分家でもあらせられるのだから、他の貴族への応対はもっと威厳を持って接して欲しいですわね」

「お姉さまは今日という日に至っても変わりませんわね。女性というものは男性を立てるものですわよ?」

「もし父上にお世継ぎが生まれなければ、ピエトロ様は王位を継承することになります。今のヴェロニアに必要なのは強い王。そのために夫を支え、導くのが良き妻ではありませんか?」

「まぁ! 今から夫が王になる話をなさるなんて! お姉さまは野心家ですわね」


 レオノールは少し声を大きくして言う。周りの貴族の幻影のうちの幾人かがミストームの方をちらりと見た。


「あら失礼を」


 悪びれもせずレオノールは謝る。その表情は悪意で歪んでいた。


「下品な人」


 ルーティがぼそっと呟いた。その言葉を聞いて、ミストーム師は苦笑している。


「レオノールは私の妹だよ。見ての通り可愛く、誰からも愛され、そして私なんかよりずっと野心家だった」


 ミストーム師は懐かしそうに目を細めて幻影の妹を眺めているが、若きミストームとレオノールはお互いに鋭い視線をかわし合っている。


「さすがは『アークメイジ』様ですわ。私のような『闘士』の加護持ちとは違いますわね……ですが、私はこの『闘士』の加護で良かったと思っていますの。だって、花は愛でられるものでしょう? 『闘士』の固有スキルは純粋な能力強化。衝動も少なく、自身の身体の美しさに専念できる加護はそう多くありませんもの」

「私は愛でられる花より、病を癒せる薬草でありたいわ」


 毅然と言い返すミストーム。口元を扇子で隠し忍び笑いを漏らすレオノール。


「本当にご立派。お姉さまとお話するのはとても楽しいですわね。お姉さまが王宮を離れられるのが寂しくてなりません」

「私も、あなたにもっと沢山のことを伝えてあげたかったわ」

「く、くく……本当に、お姉さまという人は」


 ヴェロニア国王が壇上に登った。何か発表するらしい。

 その隣にはピエトロが。周りの貴族達はパチパチと拍手を送る。


「この目出度き日を貴公らと祝えることを、ヴェロニアの王として、貴公らの盟主として嬉しく思う」


 再び拍手が起こる。壇上を見つめる若きミストームの顔は嬉しさと憂鬱さが混じったような、不思議な表情だった。老いたミストーム師は、そんな過去の自分を懐かしむように目を細めていた。

 多分……これから何が起こるのか想像はつく。


「余の愛するヴェロニアを担う貴公らよ、今日この場で、どうか余の愛する娘レオノール・オブ・ヴェロニアと余の愛する忠臣ピエトロ・ザキ・アレルが交わす結婚の誓いの立会人となって欲しい」


 シィンと場が静まり返った。そして、人々は困惑した様子でヒソヒソとささやきあっている。


「へ、陛下……レオノール様ですか? ミスフィア様ではなく?」

「ああそうだ。言い間違いではない、レオノールとピエトロだ」


 ミスフィア、おそらくはミストーム師の本当の名はミスフィア・オブ・ヴェロニアなのだろう。

 ミスフィアは信じられない様子で壇上の二人を見つめ、壇上に上がってくるニタニタと笑みを浮かべる男の姿を見て、何が起きているかを理解したのか真っ青な顔で両手を握りしめた。


「そして」


 壇上に上がったオースロ公爵の姿を見て、ヴェロニアの貴族たちも何が起きたのかを理解した様子で、目をそらした。


「我が娘ミスフィアの才能を、余が……余、が、最も信頼する……オースロ公が高く評価してくれた」


 王は悔しさを隠しきれず声を震わせた。顔には汗が浮かび、目は血走っている。


「でもこれが父上にできた唯一の抵抗だった」


 ミストーム師が言った。王の口からオースロ公への賛辞が次々に述べられる。


「オースロ公に我が娘を嫁がせる余の喜びを、どうか皆も分かち合って欲しい。今日は目出度き日である」

「で、ですが陛下、オースロ公にはすでに奥方が」


 老貴族がおそるおそる言った。周りの貴族も頷いている。

 王の代わりにオースロ公がニタリと笑って答える。笑ったときに虫歯で黒くなった歯が見えた。


「ミスフィア様は側室としてお迎えする」

「ば、馬鹿な!!」


 さすがに我慢できなかったのか、軍人然とした貴族が叫んだ。


「デュラン卿」

「ミスフィア様はヴェロニア王家の第一王女であらせられるのですよ! い、いくら公でもそのような暴挙は……」

「何か問題でも」


 貴族たちは絶句した。その様子を見て、オースロ公は満足そうに頷く。


「言い訳すらしないのね」


 リットがそう呟いた。

 何という暴挙だろうか。今でこそ自他ともに認める大国ヴェロニア王国だが、ほんの50年ほど前はここまで弱っていたとは。歴史としては知っていたが、幻影として実際に見ると、その姿は生々しく、そして痛々しい。


「当時のヴェロニア王家が自由にできたのはヴェロニア王都くらいだったわね。ゾルタンと似たようなものさ……でも私が絶望したのは、そのことじゃない」


 吹き消すように幻影の貴族が消えた。残っているのはミスフィア、ピエトロ、レオノールの3人だけとなった。


「これは……」


 ピエトロとレオノールは見つめ合っていた。そして笑っていた。


「喜んでいるのか、この状況を」


 二人はこの状況で、一緒になれたことを無邪気に喜んでいた。もしかすると、二人のどちらかがオースロ公を煽ったのかもしれない、そう思えるほどに二人の顔は笑顔だった。

 レオノールが振り返り、ミスフィアを勝ち誇った目で見下ろす。


「ご婚約おめでとうございます。どうかお幸せに……苦い苦い薬草さん」


 レオノールの言葉に、ミスフィアは崩れ落ちる。


「女としての敗北感、王になる可能性のあるピエトロへの失望、ヴェロニア王国の未来への絶望、いろいろ渦巻いたね、このときは」


 ミストーム師はため息と共に言った。


「ゲイゼリクに会わなければ、私はオースロ公爵の慰み者として生涯を終えていただろう」


 ミストーム師の記憶から作られた幻影は、次々に場面を変えていく。


「ちゃんと分配するのですから、ちょろまかしたりしないでくださいね!」

「へいお嬢!」


 ドレスとスカートから動きやすいシャツとズボンに着替えたミスフィアは、魔法の威力をあげる杖を手に海賊達に指示をだしている。杖は細く鋭く加工された金属製で、エペ・ラピリエのような刺剣としても使えるだろう。腰には鞘まで佩いていた。

 海賊達はミスフィアの指示のもと、敵船から略奪品を運び出す。


「海賊稼業も慣れたもんだな」


 ゲイゼリクと、長い耳をしたハイエルフのリリンララが笑いながら声をかけた。50年ほど前だというのに、ハイエルフの容姿はほとんど変わらない。


「これはリリンララ様」

「その様はやめとくれ。リリンララでいいんだよ」


 二人の笑顔につられたのか、日焼けしたミスフィアの顔にも笑顔が浮かんでいた。


回想はもっと短くまとめるつもりだったのですがあと2話くらい続くかも知れません。もう少しだけお付き合いください。

ぶつ切り感がでないように幻影という形でレッド達がその場にいるようにしましたが、素直にミストーム視点で書いた方が良かったかなど作者としても悩む話でした。

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