11話 ハーフオークの下町家具屋
ベッドを買いに家具屋へ向けて、俺とリットは並んで通りを歩く。
ゾルタンでは夏の間、朝と夕方に働き、昼間は家で大人しくするというのが暗黙の了解だ。
そのため、朝だというのにゾルタンの通りは活気があった。もっとも、全員汗を浮かべて、面倒くさそうな顔をしているため、文字通りの活気とは程遠いのだが。
「リットはゾルタンにはもう慣れたのか?」
「この気風? うーん、戸惑うことは多いわね。暑い土地は皆そうなの?」
「いや、同じ亜熱帯でも、銀の町ムザリは、朝は銀鉱石を求めて鉱山に向かう鉱夫、昼は鉱夫相手に食事を作る人達で、そして夜は仕事を終えた人々がビールを片手にわめき歌う。活気のある町だったな」
「レッドはムザリにも行ったことあるんだ」
「ミスリル銀のインゴットを手に入れにね。色んな所へ行ったけれど、このゾルタンだけは来るとは思わなかったよ」
魔王軍との戦線とはかけ離れ、侵略する価値もない未開発の土地が大半を占める国。国土の大半は湿地帯で農業に適さず、木々も山間以外は低木ばかり。
魔王軍との戦いへの参加は僅かな資金を中央に援助する程度にとどめており、遠征に兵を出すことはほとんど無い。
他に無いような特産物もないし、技術力も低ければ、モンスターもあまり強いものがいない。
中央の山間部では日常的に出没するアウルベア程度にBランク冒険者が必要とされるなんて、それだけこの地の冒険者が強敵との戦いを知らない証拠だ。
「つまりは平和。勇者を必要としない国。勇者のパーティーだった俺には縁のない国だと、そう思っていた」
「勇者を必要としない国ね、確かに」
窓の側に座り、水の入った桶に足を入れたハーフエルフの少女が、俺に気がつくと手を振った。
確か転んで擦りむいた膝に薬を塗ってあげたことがあった子だったかな。
「私は……たまに物足りないことがあるわ」
その様子を見て、リットが言った。
「そうか」
「でも私は、あの時、あなた達と一緒にいかなかった。あなたと一緒に旅をするのは、それはそれできっと満足のいく選択だったと思うけれど……今ここにいる私が答えなの」
「…………」
リットがルーティ達と魔王討伐の旅に出るという未来もあっただろう。
でもそうならなかった。
俺たちは血風の中を進む勇者の道ではなく、ただのリットとレッドとしてゾルタンを歩いている。
☆☆
ストームサンダー家具店。
変わった名前だが、腕のいい家具職人がいる店だ。
「ストっち、いる?」
リットが声をかけると、店の奥からずんぐりとした影が現れる。イノシシのような鼻をした、身長は人間より若干低いが、筋肉質で横に広い身体をした男、口から牙が突き出し恐ろしげな外見を強調している。
「これはリット様、いつもご贔屓にしていただきありが……なんでレッドがいんの?」
「あー、まぁ色々あってだな」
町一番の冒険者と薬草採取専門冒険者という予想外の組み合わせに、ストっちことストームサンダーは短い首を傾げている。
「私、今日からレッドの家に住むことにしたの」
「は?」
「だからベッドを買いに来たのよ」
「お、おぉぉ、そ、それはおめでとうございます? そんなことになっているとは知らず、いやぁ、レッドは幸せ者ですね」
「いや待て、勘違いしてないか?」
「ベッドの注文ですね? このストームサンダーにお任せください」
ストームサンダーは揉み手でリットにペコペコと頭を下げている。
「おいストサン、俺の時と随分対応が違うじゃねぇか」
「そりゃ安物のベッドを30分も値切って買う客と、高級ベッドを言い値で買ってくれる客じゃ対応も違うわな!」
「……そうだな」
呆れて言うストームサンダーに、俺は何も言い返せなかった。確かに言うとおりだ。
ストームサンダーはハーフオーク。人間とオーク両方の血を引く種族だ。
この場合ハーフオークとは、両親が人間とオークなのではなく、先祖のどこかにオークの血が混じり、それが完全に薄くなってしまっていない人間のことを指す。
オークとはイノシシのような顔を持つ暗黒大陸の種族で、戦争では歩兵や騎兵として軍の一角をなす好戦的な種族だ。
彼らの子らは両大陸間で戦争が起こる度に、こちらの大陸にも多く生まれている。
魔王軍の尖兵たる獰猛で残虐な親から生まれたのにも拘わらず、ハーフオーク達の性分は人間と変わらない。しかしながら、その外見や出自から貧困層での暮らしを強いられる者も多く、そのため裏社会で生きるチンピラや、略奪で生計を立てる強盗傭兵に身をやつすものも多い。
ストームサンダーという名は、本来は暗黒大陸の言葉で嵐と雷をさす別の言葉の名を、こちらの大陸の言葉に直したものだ。俺や下町仲間は縮めてストサンと呼んでいる。この愛称を本人はあまり気に入っていないようだが。
「それで、ベッドを設置なさいますお部屋はどのような広さで?」
ストームサンダーは俺には見せたことのない低姿勢でごつい身体を折り曲げペコペコしている。
俺は普段は口やかましい下町職人の現実を見た気がして目をそらし、店内に展示されている家具を見ることにした。
どれも木製の家具で、精巧なもの、質素なものと幅広い。材質も頑丈な樫製、美しい黒檀製、希少なアイアンウッド製、なかでも目を引くのはリヴィングウッドという、非常に生命力が高く、こうして家具として加工され後も、水を霧吹きなどでかけてやると欠けた傷を修復する木を使っているベッドだ。
長年使えるとして、中流階級には人気のある品なのだが加工難易度が高く、中級家具作成スキルという、あまり持っている人がいないスキルを要求されるため、ゾルタンくらいの規模の町では手に入らないのが普通だろう。
「おい! 買うつもりもないのに触るな!」
「傷ついても直るんだろう?」
「だからって傷つけやがったら承知しないからな!」
俺がリヴィングウッドのベッドを軽く叩いたりしているのを見たストームサンダーが文句を言う。俺は肩をすくめて素直に離れた。
しばらくすると、リットが俺を呼んだ。
「このウォルナット(クルミ)製のダブルベッドに決めたわ」
「シングルベッドにしなさい」
「ヘタレ」とストームサンダーが小さくつぶやいたのを俺は聞き逃さなかった。
じろりと睨んでやると、慌てて目をそらして「同じデザインのシングルベッドを持ってくる」と、店の奥に逃げていってしまった。
「ヘタレ」
ニヤニヤと笑いながらリットが、そのくせ自分も顔を赤くしながら言っている。
「再会してまだ2日だぞ」
とりあえずはそう言って曖昧な感じにしておく……しかし、ダブルベッドか。
実はこういうの経験ないから正直分からないのだ。
☆☆
「ゾルタンって意外にハーフオークが多いよね」
購入したベッド配達は夕方にしてくれるそうだ。俺たちはリットの住んでいた屋敷から店に合いそうな彫像1点、絵画数点、品の良い机とテーブルを1セット、荷車に載せて運んでいた。荷車を引くのはリットが召喚した土の精霊獣だ。
リットの屋敷は町一番の冒険者にふさわしく、豪華なもので、寝室が4つもあったり、プライベート用のバーがあったり、隠しドアのついた秘密の部屋やいざという時に脱出できる隠し通路、洗濯所と洗面所はちゃんと別、ゆったりと入れる浴場までついていた。
今は屋敷は使用人として雇われていた2人がそのまま使っており、商人達が会合を開いたりするのに貸しているらしい。そっちの収入の方がうちの給料より高いのが悲しいところだ。
「レッド?」
「あ、ああ、ごめん、何の話だっけ?」
「もう、ゾルタンにハーフオークが多いって話よ」
ハーフオークか。
確かにゾルタンは、外の国よりハーフオークの割合が多めだと思う。
「ストームサンダーは、職人の加護持ちでレベルも高い。でもハーフオークだから他の国じゃまともな店を開けないからゾルタンに流れてきたんだ。ここなら多少の嫌な目で見るやつがいる程度で済むからな。他にも同じように他所からまともな環境を求めてゾルタンにやってくる暗黒大陸人とのハーフヒューマンは多いんだ」
「なるほどねぇ……にしても、さすがレッド、加護のレベルが分かるんだ」
「実は代金が足りなくて、あいつの狩りを手伝ったことがあるんだ」
「なるほど非戦闘員系加護は大変だね」
加護は加護を持つものと本気で戦い、打倒した場合にしかレベルの成長が起こらない。非戦闘系の加護を持つものであっても、また戦士の加護を持っているが普段は戦いとは縁のない仕事をしているものであっても、加護の力を高めるには剣を持ち、獣やモンスター、そして人と戦わなければならない。
加護。
この世界の生きとし生けるものは、アスラデーモンというごく一部の例外を除き、すべて生まれつき加護という力を与えられる。
加護を与えるのは至高神デミス。こちらの大陸ではすべての国で国教とされている。信仰の形態は違えど、未開の部族や亜人、知性を有するモンスターに至るまですべてだ。
加護という目に見える力を与え、加護を通じて曖昧ながら対話すらできる実在する神なのだから、他の存在するかもわからない神を信仰する余地はないのだろう。
繰り返しになるが、加護は神から与えられるものだ。
親や教育といったものには一切影響されない。貧民街の孤児から軍師や将軍の加護を持つ者があらわれることもあるし、高貴なる王族の血から盗賊の加護を持つ者があらわれることもある。
どの加護が与えられるかは、まさに神のみぞ知る領域なのだ。
加護には名前、スキル、そしてレベルが存在する。
レベルがあがるとスキルを得られるポイントが与えられ、スキルを得ることで超人的な力や技術を得る。
それは魔法のようなわかりやすい能力から、武器や鎧の扱い、道具の製作、心を震わせる歌まで、知識分野以外のあらゆる場面で力を発揮する。加護のレベルがその人物の価値だと考える人が大半だ。
人が大成するには、加護のレベルを上げることが必須であると言っていいだろう。
では加護のレベルを上げるにはどうすればいいか?
方法はただ一つ、加護を持った相手と戦い殺傷することでのみレベルがあがる。
これは戦闘系の加護も非戦闘系の加護も一緒だ。職人の加護は本業である製作では一切レベルがあがらない。
そのため、冒険者に依頼しレベル上げのための狩りを手伝ってもらう者。あるいは兼業で冒険者となってモンスターや動物を狩る者など、生きとし生けるものはすべて加護を強化するために殺し合う。
冒険者ギルドという無頼の集まりが、組織としてそれなりに高い権力を有しているのは、ギルド員にさまざまな組織の人間が兼業しているからだ。
横を見ると、熱気漂う表通りを13歳くらいの女の子が2人、暑さにも関わらず、キャッキャとじゃれ合いながら歩いていた。
その背には装飾のない無骨な素槍が背負われている。先端の黒鉄の刃には拭き取り忘れた赤黒い血が少し残っていた。
この世界は戦いに満ちている。