106話 ギルド職員は英雄を熱く語る
ゾルタン北区は農地の広がる区画だ。
ゾルタンの中で、北区が一番面積が広いのだが、住んでいる住人の数はそうでもない。ほとんどの土地は小麦や野菜が揺れる農園だ。ルーティの薬草農園も、この北区の土地を借りている。
なぜそんな北区に冒険者ギルドがあるのかというと、一つは農地で起こる問題の解決を依頼されることが多いからだろう。
ゾルタンの城壁とは名ばかりの大人なら簡単によじ登ることができる程度の塀では、時折農作物や人そのものを狙うモンスターや動物が入り込むので、それにすぐ対応できるように北区に配置したらしい。
だがまぁ、ゾルタン周辺のモンスターは嵐の災害で数が増えにくいせいか平均的に加護レベルが低い。
モンスターのレベルは弱肉強食の生存競争によってあがるからだ。
生まれつき強い肉体や強力な特殊能力を持つモンスターは、成長過程で多くの生き物を殺すためレベルがあがる。
これが自然災害によって数を減らされる地域の場合、災害をも圧倒する強大な個体が現れるか、ゾルタンのように災害をやり過ごすことに始終する平和な地域になるかだ。
そんな平和なゾルタンなので、冒険者ギルドが北区にある理由は、ただ単に忙しい時期には冒険者を農作業に駆り出せるからかもしれない。
「これはリットさん! お久しぶりです!」
ギルドの受付に座っていた女性は、リットの姿を見て感激した様子で声を上げた。
「ルイズ、久しぶり。元気だった?」
「はい! でも、リットさんが引退されてから、難しい依頼を受けてくれる人がいなくなって。ビュウイさんは頻繁にいなくなることがあって大変でしたし、ルールさん達は薬草農園の方が本業なので長期の依頼は受けてくれませんし」
「ごめんね」
「あ、いえ、私の方こそすみません、つい愚痴っぽくなってしまって。リットさんがいたころが特別なんですよ」
ルイズという名のギルド職員は、熱っぽい視線をリットに送っている。
どうやら英雄リットのファンだったらしい。
「あ、その、今日はどのようなご用件で」
我に返ったのかルイズは顔を赤くして用件をたずねた。
「ガラディンに会いに来たの。実はルール達のことを手伝っていてね」
「ルールさんの依頼というと、例のヴェロニアの軍船関係ですか!?」
ルイズの顔がぱっと明るくなる。
「良かった、実は私も不安だったんです。海賊王ゲイゼリクの悪名はこのゾルタンにも届いていますし、あの船の中にどんな怖い人達が乗っているかと思うと……でも、Bランク冒険者のルールさん達、英雄リット、それにガラディン様たち先代パーティー! 歴代ゾルタン最強の冒険者達が動いてるんですもの! 乗り越えられない危機なんてないですね!」
声が大きくなったルイズを見て、リットは照れくさそうに笑っている。
まぁ、その、俺も動いてるんだよ? Dランク冒険者だけどさ。
「ところでガラディン達もというと?」
俺が後ろから声をかけた。
ルイズはようやく俺もいたことに気がついたようで、小さく「あっ」と声を上げた。
「ひ、久しぶりですレッドさん」
「うん久しぶり。それで、ガラディン達もってことは、冒険者ギルド幹部としてではなく、シエン司教やモーエンと一緒に動いてるってことなのか?」
「それだけじゃありません。ミストーム師も一緒です!」
「ミストーム師? しかしいくらなんでも高齢だろう」
「失礼な! 魔法使いはいつだって全盛期なの知らないんですか! 特にミストーム師のような英雄ならば、毎日戦い続けるのは無理でも、ゾルタンの危機には颯爽と駆けつけてくれるんです! レッドさんは新参だから知らないとは思いますけど、ミストーム師が現役のときは凄かったんですよ! ゾルタン史上最初の『アークメイジ』! 四大属性を自在にあやつる魔法の達人! ガラディンとシエンが無数のゴブリンから村を守るためにたった2人で立ち向かい、囲まれて武運尽きたかと絶望しかけたそのとき、さっそうと現れた美しい旅の『アークメイジ』様! あなたがミストーム師の何を知っているというのですか!」
「悪かった悪かった」
すごい早口でまくしたてられ、俺は慌てて謝った。どうやら英雄的な冒険者に対する思い入れが強い子らしい。
リットが俺がタジタジになっているのが面白いのか、小さく吹き出している。
「そ、それでガラディンに会いたいんだが」
「まだ話は……仕方ありませんね、ガラディン様は今外出中です」
「外出中?」
「ええ、午後、議会での会議が終わった後一度戻ってきて、我々に指示を出した後、シエン司教とモーエン衛兵隊長、それにミストーム師の4人で出かけられました。きっとゾルタンを救うために動いているのでしょう!」
「ミストーム師もか」
「確かにお歳を召されていましたが、長身のガラディン様と比べても遜色のない英雄的オーラを感じました!」
「え、英雄的オーラねぇ」
とにかくガラディンもいないようだ。
「どこに行ったのかは分からないのか?」
「私たちには何も伝えずに行きましたね。冒険者ギルドの幹部としてではなく、先代Bランク冒険者として動くのでしょう! すぐそばでその活躍を見ることができなくて残念です!」
目を輝かせて英雄の活躍に思いを馳せているルイズから視線をそらすと、俺は「さて困った」と小さくつぶやいた。
「この調子じゃシエン司教も教会にはいなさそうだな」
「何か裏があると思う?」
「そりゃあるだろう。英雄が国を救うときはこそこそ動くもんじゃない。剣を掲げ、盛大に名乗りを上げて、堂々と進むもんだ。今回のルーティが議会を仕切ったように、味方の柱となるのが英雄だ。堂々とできないってのは、何かしら人には言えない目的があるもんだ」
「確かにそうね」
俺とリットは、顔を見合わせながら首を傾げ悩む。
「まぁ一応教会にもいくか。いなくても、なにか聞けるかもしれないし」
「でもなんかこう、右往左往している感じが嫌ね」
「そうだなぁ、それじゃあちょっと本腰入れて調査するか。先代Bランクパーティーの過去から調べよう」
今回起こっている事件の原因はずっと昔のできごとだ。そう俺の直感が告げている。
「ミストーム師の暗殺未遂、はぐれアサシン達を連れ去ったガラディンとシエン司教、部下に命令も出さずガラディン達と行動しているモーエン」
「さらに言えば、勝ち目もないのに徹底抗戦を訴えているのがガラディンとシエン司教、モーエンの三人というのも、考えてみれば奇妙な一致ね」
「ヴェロニア側の情報も知りたいが、そちらはルーティに任せよう」
こちらは先代Bランクパーティーの情報収集に専念だ。
「それでまずはどこへ?」
リットに尋ねられた俺は、力強く頷き答える。
「貸本屋だ」
下町にある貸本屋。名前の通り娯楽用の本を有料で貸し出しているお店だ。
今もちょくちょく利用しているあの店に、俺たちはまず向かうことにした。