104話 レッドは少しだけルーティを手伝うことにする
「へぇ、そんなことが起こってるんだ」
「うん」
ルーティの話を聞きながら、俺はテーブルにトマトパスタを盛った皿を置いた。
「残り物で悪いけど」
ルーティとティセは、ちょうどお昼休憩にしようとしたときに呼び出された為、昼食抜きだったようだ。まぁルーティは、無効化している加護のスキルを使えばいつでも空腹や疲労への完全耐性によって肉体をベストな状態にできるのだが、今のルーティは自然とお腹が減るのに任せている。
ルーティは俺の作ったありあわせのパスタを食べ終わると、満足そうにため息を吐いた。
「お兄ちゃんの料理はいつも美味しいよ」
ルーティの嬉しそうな顔を見ると、俺も笑顔になるな。
「お兄ちゃん、ミストーム師の暗殺って、今回のことに関係あると思う?」
「今の段階じゃあるともないとも言い切れないな。だが……ミストーム師も40年前だったか50年前だったか、そのくらいにゾルタンに移住してきた人間らしい」
「前に住んでいた所って」
「それは分からない。本人も過去の経歴は話したがらなかったそうだ。本腰入れて調べたわけじゃないけど、アルベールがゾルタンに来るまで、ゾルタンを支える英雄だったんだから、隠して無ければ知っている人も多いはずだな」
「でも40年以上も前の話です」
ティセが首をかしげる。
「そんな昔のことを今更蒸し返したりするんですか? ミストーム師が最近ゾルタンを離れていたことは?」
「それも聞いたこと無いな。とはいえ、ミストーム師は引退してからゾルタンの外のどこかでひっそりと暮らしているようだ。だから、詳しい情報はゾルタン市民も知らない」
ミストーム師は、かつてのゾルタンの英雄で、先代市長まで務めた人物だ。にもかかわらず、公開されている情報が意外なほど少ない。
何かから逃れてゾルタンに流れてくる逃亡者は多い。勇者のパーティーを追放された俺や、勇者であることを辞めたルーティ、お家騒動を嫌って流れたリットもそうだろう。
だから、ゾルタンでは、ゾルタンに来る前の過去については詮索しないという暗黙の了解がある。先代Bランク冒険者で唯一の移住者。そして、もっとも成功しゾルタンのトップにまで上り詰めた女性。『アークメイジ』という華々しい加護を持ち、加護に見合った実力もあったという。
「ミストーム師って、まだ衛兵隊が保護してるの?」
「どうだろうな……そうだな、モーエンとは前の騒動で顔見知りだし、話を聞きに行くくらいやっておくか」
「お兄ちゃんが手伝ってくれるのは嬉しいけど……いいの?」
「手伝うといっても話を聞きに行くだけだから。久しぶりにアデミの様子を見に行きたいのもあるしな」
悪魔の加護事件で、誘拐されていた少年アデミ。衛兵隊長モーエンの息子で、類まれな『喧嘩屋』の才能の持ち主。
あの時は、『喧嘩屋』の衝動に振り回されていたが、今はどうだろうか? 落ち着いているとは聞いているが。
「そういうことだから気にするな。店が終わってから、俺はそっちを調べて見るから」
「分かった、ありがとお兄ちゃん」
「じゃ、俺は店に戻るから。2人はのんびりしていってくれ」
「ううん、私も行くね。お兄ちゃんが手伝ってくれるから……私も頑張る」
「そうか? まっご飯くらいいつでも作ってやるから。気が向いたら店に来てくれ」
「うん、来る」
俺の言葉にルーティはコクリとうなずき答えた。
☆☆
俺とリットは中央区の議会通りを歩いている。
衛兵隊長モーエンの屋敷は、ここの北側だ。
「リットは家で休んでても良かったんだぞ?」
「レッドいないと、家でやることもないもん」
「本でも読むとか。貸本店に確か中央で人気の新しい写本が入ってきたとか」
「本を読むのもレッドのお腹を枕にして読みたい」
「……そうか」
リットの言葉は冗談や軽口ではなく本気だ。男のお腹や太ももを枕にして何が楽しいのかわからないのだが、リットは俺が寝転がっていると、隣に来てお腹に頭をおいてくるのだ。座っている時は膝枕して欲しいと要求してくる。
まぁ別に減るもんじゃなし、それくらいはいいんだけど。
「モーエンの家が見えてきたよ」
「ん。モーエンは戻っているかな」
俺達はモーエンの屋敷の玄関へとたどり着くと、ドアに備えられたノッカーでドアを叩いた。
ガンガンという音が響く。
「すみません、薬屋のレッドですけど」
すぐに足音が近づき、扉が開く。
出てきたのは、使用人のふくよかな中年女性だった。
「すみませんレッドさん、旦那様はまだ戻られておりませんで」
「まだ仕事中なのか?」
「多分……昨日からずっと屋敷には戻っておりません」
「ずっと?」
愛妻家で家族想いなモーエンにしては珍しいな。
「レッド!」
少し考え込んだ俺の頭上から声がした。
見上げると、窓からアデミが身を乗り出し手を振っている。
「アデミ! 調子はどうだ!」
「んー、まだ上手く衝動をコントロールできないけど、前よりはずっと良くなった!」
「そうか、頑張ってるな!」
「うん!」
アデミは窓から顔を引っ込める。屋敷の奥からバタバタと階段を駆け下りる音と、「アデミ! 家の中で走らないの!」と怒鳴る女性の声が聞こえた。
使用人は困ったような、だが慈しみを感じる笑みを浮かべる。
「レッドさん、せっかくですのでお坊ちゃんにもお会いになられては?」
「そうだな、もともとアデミの様子も気になっていたし、少しお邪魔していいかな?」
「ええ歓迎しますよ!」
「レッド!」
元気そうなアデミの姿からは、悪魔の加護事件の影は感じられない。加護の衝動をコントロールできるようになっているというのも本当だろう。
元気になってくれてよかった。