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103話 ルーティはゾルタンの会議に出席する


 ゾルタン中央区のさらに中心にあるゾルタン議会。

 ゾルタン市長トーネード、将軍ウィリアム男爵及び衛兵隊長モーエン、冒険者ギルド長ハロルド及び幹部ガラディン、聖方教会シエン司教、その他各種ギルド長や幹部などが部屋には集まっていた。


「失礼します」


 メグリアに連れられて入ってきたのはルーティとティセだ。

 その姿を見て、ゾルタンを動かす首脳陣達には眉をひそめる者もいた。というのも、ルーティは、農作業のときに着ていた服のままだったからだ。

 ウィリアム卿は侮蔑の眼差しを隠すこと無くルーティ達に送る。ルーティは意に介した様子もなく案内された席についた。


「ルーティ・ルール、こっちはティファ・ジョンソン。よろしく。それで状況は?」

「ルール君、よく来てくれた」


 あいさつもそこそこに状況を尋ねたルーティに、ウィリアム卿はますます不機嫌そうな顔になったが、トーネード市長がそれを制し、笑みを浮かべてルーティに答える。


「今はゾルタンとしてどのような態度でヴェロニア王国に対応するのか議論しているところだ」

「それで結論は?」

「いや、中々難しい問題でね。教会の領分に国は不可侵が基本なんだが、ヴェロニア王国はどうしても、探している何者かを見つけたいようで、両国の友誼ゆうぎを思えば、協力してやるのも決して恥ではないだろうが……」


「市長!」


 割り込んだのは冒険者ギルド幹部ガラディン。

 ただでさえ盗賊ギルド幹部の方が合っているような、恐ろしげな顔を歪ませ、ガラディンは市長をにらみつける。


「理由すら説明せず、教徒台帳を寄越せなど暴挙以外の何者でもない。このゾルタンを舐めているのですぞ!」


 参加者の何人かはガラディンの迫力に気後れしているようだが、トーネードは涼しい顔をしている。むしろ、ガラディンの隣に座る冒険者ギルド長の方が冷や汗を流していた。


「ガラディン、メンツで国を守れるのか?」

「そうだ。ゾルタンの軍部トップとして言わせてもらうが、もしヴェロニアと戦争になった場合、ゾルタンに勝てる見込みは皆無だ。今の軍船1隻を相手にするのがギリギリ、あと1隻も来られたら戦わずに降伏すべきだと進言させてもらう」


 市長と将軍の2人は強い口調でガラディンの意見に反論する。他のギルド長や幹部達もそうだそうだと追従した。


「しかし、教徒台帳を渡せなど前代未聞の要求だよ。教会としては到底受け入れられない。聖地ラストウォール大聖砦に御わす教父きょうふクレメンス聖下せいかに言上し、ヴェロニアに非難声明をだしていただくべきだ」


 シエン司教の口調には譲らないという意思が感じられた。トーネード市長は眉間にシワを寄せ、大きなため息をつく。そんな市長の様子を見てもシエン司教の表情は変わらなかった。

 温厚そうな顔立ちで性格も穏やか、寛容な司祭として知られる普段のシエン司教とは思えない態度に、ゾルタンの首脳陣は困惑している様子だった。


(ラストウォールか)


 ルーティは少し懐かしく感じた。仲間だったテオドラと出会ったのが聖地ラストウォールの大聖砦だ。あの時は、魔王軍の策略により、ルーティ達は魔王軍にくみする異端者として捕らえられそうになり、デミス教の僧侶たちと戦う羽目になったのだ。

 その中で、テオドラがルーティ達を信じ、教父クレメンスの命令を無視してルーティ達についたことで、枢機卿の陰謀が明らかになり事件を解決することができた。

 そういえば、ラストウォールの聖堂の奥に、誰も入ったことのない秘密の神殿があったっけな。用がなかったので放置したけど。聖地のことをルーティは懐かしく思い出していた。


「以上のように、教会としてはたとえ相手がヴェロニア王国でも、教徒台帳を渡すつもりはありません」


 ルーティがラストウォールのことを思い出している間に、シエン司教は、教会が世俗せぞくの権力から独立していることを説明し、教徒台帳を渡すつもりはないことをあらためて宣言する。


「……なるほど」


 ここまでの話を聞いてルーティはうなずいた。対立状況はシンプルだ。

 トーネード市長を始め、ゾルタン首脳陣の大半が教徒台帳を渡してしまうべきだと考えている。それに対し、シエン司教と教会は渡さない方針、それを冒険者ギルドのガラディンも支持している。

 衛兵隊長のモーエンは、上司の将軍ウィリアム卿の手前、積極的な発言を行っていないが、表情からするにやはりシエン司教を支持しているようだ。


 ゾルタン首脳陣vs聖方教会+先代Bランク冒険者パーティー。


 それが現在の状況のようだ。


「状況は分かった。私からも意見を述べたい」

「おお、ルール君。今のBランク冒険者である君の意見も是非聞きたいと思っていたんだ。君は冒険者だが、もちろん冒険者ギルドに遠慮する必要はない。我々が君の立場を保障しよう」

「冒険者ギルドとして決してそのようなことは……」


 冒険者ギルド長のハロルドはシワの目立つ顔に汗をかきながら、両手を振って否定した。胃痛がしているようで、懐から薬を取り出すと、コップの水で飲み込んだ。


(あ、お兄ちゃんの薬だ)


 北区にある冒険者ギルド長のハロルドがわざわざ南区の下町に薬を買いに来たりはしないだろう。多分、レッドが薬を卸している医者がハロルドに薬を渡したのだ。

 だが、レッドの薬を使っていることを知って、ルーティはこの頼りないギルド長に対して、少しだけ好感をおぼえていた。


「まず情報が足りないわ」

「情報?」

「まず彼らの目的。誰を、なぜ探しているのか。どうしてそれを隠すのか。何も知らない」

「無論聞いた。だが我々に教えるつもりはないそうだ」


 ウィリアム卿の言葉に、後ろにいたティセは顔をしかめた。教えてくれないから分からない、それで済むなら世の外交官たちはずっと休日が多くなるだろう。

 しかしながら、ゾルタンではそれでも良かったのだ。ゾルタン軍というのは、盗賊やモンスター、軍勢といってもせいぜい徒党を組んだゴブリンくらい。

 それがゾルタン軍が想定する敵であり、外交としての戦争なんてものは、ウィリアム卿には全くの未知数であった。


「私が調べる」

「し、調べるだと? 一体どうやって」

「サリウス王子は、教徒台帳があれば分かると考えている。教徒台帳に載っているのは、名前、生年月日と年齢、現住所、職業、両親の名前、加護、そして移住日。このうち、名前と生年月日は偽れるし、それだけで分かるなら教徒台帳なんかに頼らなくてもいい。現住所、職業、両親の名前も人を探すのには必要ない。よって、移住日と加護の2つで絞れる人物ということになる」

「な、なるほど」

「さらに、移住日だけで探している人物が分かるほど正確な情報を持っているなら教徒台帳は必要ない。政府に移住記録を渡すよう言えばいい。教会を敵に回すよりずっと簡単。つまり、ヴェロニアが掴んでいるのはあくまで大雑把な移住日のみ。決め手は加護」

「しかし、加護だけで特定できるのか? 同じ加護もたくさんあるし、教徒台帳に加護を申告していないものもいる」


 ウィリアム卿の言葉にルーティは頷いた。


「だからこそ事情を知らない私達にも特定が可能になる。何十人といるありふれた加護ではなく、『殺人鬼マンスレイヤー』のような申告されにくい加護でもない。本人が申告しなくても周りから加護を知られ、登録されるほどの花形加護。『ザ・チャンピオン』、『剣聖ソードセイント』、『アークメイジ』、『ハイエロファント』、『クルセイダー』……そういった珍しく、それでいてよく知られている英雄的な加護の持ち主」

「確かに……!」


 さらに、ゾルタン出身者ではなく移住者に限定すれば、かなり少ない人数に絞れることになる。


「あとはサリウス王子に直接会って、断片的にでも情報を引き出したい……それにサリウス王子の行動が本当にヴェロニア王国の意思なのか疑問を感じる」

「疑問?」

「ヴェロニア王国は今、アヴァロン大陸で孤立している。いくら一代でヴェロニアを大国にしたガイゼリック王も、今や90を超える老王。魔王軍への中立方針で孤立することに貴族たちや国民が不安を感じているところに、教会まで敵に回したら大規模な暴動が起こる可能性がある。ヴェロニアにとって、それだけの価値がこのゾルタンで探している人物にあるの? それだけのリスクを負ってまで、この辺境ゾルタンにすら理由を明かせないものなのか、違和感がある」

「言われてみれば奇妙だな」


 いつしかルーティの言葉に、トーネード市長もウィリアム卿も、ギルド長たちも、じっと耳を傾けている。

 ルーティはまだ少女であり、弁舌が立つわけでもない。だがその言葉には魔王軍と戦い続けてきた経験がある。ルーティの正体を知らないゾルタン首脳陣たちも、その言葉から感じられる頼もしさに、この目の前に居る少女の考えを疑わなくなっていた。

 普段はコミュニケーションという点ではあんなにポンコツなのに、こういう場だと言葉ですら誰よりも頼もしい。本当に不思議な人だと、ティセは感心する。


「サリウス王子がもってきた親書も見たい。ちゃんとヴェロニア王家の印章かどうか……」

「親書はないぞ」


 ルーティの動きが止まった。


「将軍、親書が無いとは?」

「言葉通りの意味だ。サリウス王子は口頭で教徒台帳を要求してきた。あ、サリウス王子が本物なのは間違いない。我が部下の一人、もともとは他国で冒険者をしていたそうだが、そいつが以前サリウス王子を見たことがあってな、顔を確認させたから間違いない」


 ルーティは、初めて困ったように眉をハの字に曲げる。少しだけ考えたあと、


「その点も含めて調査する価値がある。10日後に経過報告するから、それまで市長は教会を説得しているところとでも言って時間を稼いで。シエン司教には教会に聞いて欲しいことを明日までにはリストにするからそれを送って。衛兵隊は市民達が動揺したり変な噂が流れないように警戒を。将軍の騎兵は、もしサリウス王子が村を襲った時、すぐに村人を避難させられるよう訓練しつつ待機を。航路が封鎖された分、道路での交易がより必要になるから、各種ギルドが主導してインフラを整備して」

「わ、分かった」

「それなら私にもできるな! 任せてくれ!」


 出口の見えなかった会議がルーティの言葉で一気に動く。自分たちが何をすればいいかさえ分かれば、ギルド長達も迷うことはない。


「いやぁ、まさかルール君にはこういう能力もあったとは。君のような才気のある人間がいずれゾルタンのトップに立つと思えば、私も安心できるというものだ」

「うむ、軍に入りたければいつでも声をかけてくれ。最初から従騎士待遇で迎えよう。兵を貸し与えるから、ヒルジャイアント・ダンタクに占領されている領地を取り返して貴族になるのも良いぞ。私が後見人として君の爵位を認めよう」


 トーネード市長とウィリアム卿は頼りになりそうなルーティの存在に上機嫌だ。だが、


「いらないわ。私は薬草農園があるから」


 ルーティは愛想笑いを浮かべることもなく断る。

 2人は一瞬黙ってしまったが、気まずい雰囲気をごまかすように笑うと、サリウス王子の件でも、それ以外でもいつでも連絡していいとだけルーティに伝えたのだった。


☆☆


 会議が終わり、ルーティとティセは議会を後にする。


「それで、何から始めますか?」


 ティセの言葉に、ルーティは強い決意を込めて答えた。


「お兄ちゃん分を補給しに行く」

「は?」

「久しぶりに真面目な話をたくさんして、お兄ちゃん分が足りなくなった」


 冗談かとティセは思ったが、ルーティの顔は真剣そのものだ。


「ま、まぁそうですね、剣も取りに行かないといけないですし」


 まじめな顔してお兄ちゃん分とか言い出すルーティにティセは思わず笑ってしまった。

 2人はゾルタンの危機を救うため、ルーティのお兄ちゃん分補給という最優先事項を果たすべく、レッドの店を目指し歩き出したのだった。


登場人物整理


現市長トーネード(ゾルタンでは珍しいタイプの市長)

将軍ウィリアム男爵(お腹が出ている)

冒険者ギルド長ハロルド(レッドの作った胃薬が手放せない)


先代Bランク冒険者パーティー

シエン司教(ガラディンのブレーキ役。でもキレると一番ヤバイやつだとモーエンから思われていた)

冒険者ギルド幹部ガラディン(猪突猛進だったが、仲間のミストームに出会ってから丸くなった)

衛兵隊長モーエン(パーティーに入った頃は一人だけ10代でいろいろ苦労していた)

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