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102話 冒険者ギルド職員はBランク冒険者ルーティを信頼する


「それで、どうしたの?」


 ルーティは冒険者ギルド職員のメグリアにたずねた。

 メグリアは血の気の失せた顔を緊張させて、ルーティに答える。


「ヴェロニアの王子サリウスが軍船でゾルタンに来られまして」

「うん」


 冷静にうなずくルーティを見て、メグリアの方が逆に驚いていた。


「さすがルールさん、知ってましたか」

「軍船は昨日見かけたけど、サリウス王子が来たことは知らなかった……たしかサリウス王子は長男だけど、先代ヴェロニア王の第一王女とゲイゼリク王の息子で、第一王女が行方不明になった時に、継承順位を下げられ、ゲイゼリク王の息子の中では王位継承権は最下位だったっけ?」

「はい、そう聞いています。私も詳しくは知らないのですが……」


 そう自信なさそうに答えるメグリアはただの冒険者ギルドの職員だ。大国ヴェロニアのこととはいえ、遠く離れた国のことまで詳しく知っているわけではない。ゾルタンでは必要のない知識のはずだった……昨日までは。


「それで、やってきた王子はなにを要求しているの?」

「ゾルタン、及び近隣の村や集落の教徒台帳きょうとだいちょうを寄越せと」

「教徒台帳を……」


 教徒台帳とは、聖方教会が、住民の出生や死亡、結婚や移住、有している加護などを記録したもので、これを元に聖方教会は王や領主の代行として、人頭税じんとうぜいの徴税を行い、その何割かを王や領主からの寄進という形で受け取っている。

 教徒台帳に載っているかどうかは、教会に冠婚葬祭を取り仕切ってもらうために必要だ。税金については不満のある住民達も、教会のすることなので文句も言わず従っている。

 また領主によっては、教徒台帳とは別に、土地の広さや財産を記録した台帳を作成していることもある。教徒台帳はあくまで人の管理をするもので、家族の人数で徴税する人頭税には対応できるが、財産によって変わる税制には対応できない。聖方教会内でもときおり、教徒台帳を改良するべきという意見もでるようだが、納税のためのものではなく、教徒をリスト化し信仰の手助けをするのが、教徒台帳の目的だということで、今のところはこのままで行くようだ。


「教徒台帳は教会で管理するもの。加護についても載っていますからね。ゾルタンの聖方教会はサリウス王子の要求に憤慨しています」


 徴税を代行することはあっても、教徒台帳そのものは王にも渡さないというのが聖方教会の方針だ。今回のサリウスの要求は、教会への暴挙と言える。


「ヴェロニアにも聖方教会はあるのに、よくそんな強気なことが言えますね」


 ルーティの隣まで来たティセが言った。

 アサシンギルドにとって聖方教会は厄介な相手だ。国を超えて張り巡らされた教会の情報網は、暗殺者にとって致命的な障害になることがあった。


「ゾルタンとヴェロニアは離れていますからね。ゾルタンの抗議もヴェロニア本国までは届かないとでも思っているのでしょう」


 メグリアの言葉にティセは腑に落ちないという様子で首を傾げた。人類最高峰のアサシンであるティセにとっても、聖方教会の組織力は脅威だと認識されている。

 魔王軍を前に足並みをそろえることもできない各国と違い、信仰を柱に結束する教会。その教会が辺境だからといって、教会の領分を土足で踏みにじるサリウスの行動を許すだろうだろうか?

 そうティセは疑問を感じていた。


「それで、ヴェロニアの王子がゾルタンの教徒台帳を欲しがる理由は?」

「その……探している人がいるとのことで」

「探している人? どんな人なの?」

「それが……私たちに教える必要はない。ただ教徒台帳を渡せと」


 ルーティは少しだけ眉を動かした。


「なるほど。ゾルタンには関わるなということ」

「はい」

「じゃあ、断った場合は?」

「……何も。ただ、その場合は探している人物が見つかるまで、ゾルタン洋上にしばらく停泊させてもらうとのことです。そして補給はこちらでやるからお構いなくだそうで」

「補給はこちらでか。海賊ゲイゼリクの息子らしい」


 つまり、教徒台帳を渡さなければゾルタン近海で海賊行為を行うという脅しだ。

 これは宣戦布告されても文句を言えない暴挙だが……。


「言うまでもなく、ゾルタンの海軍では太刀打ちできません」


 ゾルタンが保有する軍船は、小型の帆船が3隻。キャラベル型の帆船で20人乗り。戦闘能力という点では300人もの兵士を運ぶヴェロニアの軍用ガレー船には太刀打ちできない。

 それに、仮に勝てたとしても、大国ヴェロニアと辺境の小さな共和国であるゾルタンとでは国力に比べるのも悲しくなるような差が存在する。

 まさかヴェロニアが遠く離れたゾルタンまで本腰を入れて戦争をしかけてくると、ルーティには到底思えなかったが、もし戦争になれば万に一つもゾルタンに勝ち目はない。

 アヴァロニアなど他の大国に救援を要請するにしても、そちらは魔王軍との戦争で手一杯だろう。ここでヴェロニアと戦争する余裕などないはずだ。


 つまりは、ゾルタンはヴェロニアの要求を飲むしか無いということだ。


「ひっ!?」


 ルーティを見ていたメグリアが悲鳴をあげた。

 慌ててルーティは、気持ちを落ち着かせる。


「え、あ、す、すみません」


 メグリアは一瞬、自分が巨大な怪物に睨まれていたような気がしていた。だが、瞬きすればそこにいたのは頼りになるBランク冒険者、ルーティ・ルールとティファ・ジョンソンの2人がいるだけだ。

 メグリアは胸に手を当て、激しく動悸する心臓を押さえながら、大きく息を吐いた。


「…………」


 ルーティは、メグリアの話で自分でも驚くほど不機嫌になっていることに驚いている。

 今からでもヴェロニアの軍船に乗り込んで、真っ二つに沈没させてしまいたい。そうルーティは考えていた。


「それで、私に何をして欲しいの?」


 ひとまず落ち着こう。ルーティはそう自分に言い聞かせ、冒険者ギルドがルーティに何を依頼したいのか聞くことにした。


「ルールさんにお願いしたいのは、まずゾルタンの首脳陣が行う会議に参加して欲しいのです」

「私が?」

「ルールさんが現状、個人としてはゾルタンの最高戦力です。軍での戦いが話にならない以上、ルールさんのような個人の力にゾルタンは頼ることになります……ですので、まずは方針を決める会議にルールさんも参加して意見を言って頂きたいと思いまして」

「分かった」


 ルーティは即答した。メグリアは驚いた表情を顔に浮かべる。


「あ、ありがとうございます。こういう会議を嫌う冒険者も多いので、まさか迷わず決めてくれるとは思いませんでした」

「大丈夫、気にしないで」


 勇者時代はいつも軍の会議に参加していたルーティからすれば、よくあることでしかない。


「場所は?」

「ゾルタン議会です」

「分かった」

「議会では、教会がシエン司教を中心として反対。冒険者ギルドは幹部ガラディンとその派閥がシエン司教の案を支持。衛兵隊長のモーエンも、必要ならば戦う覚悟があるとシエン司教を支持。それに対して市長のトーネード、ゾルタン軍のトップであるウィリアム将軍の両名は戦うのは現実的ではないという意見です」

「シエン司教、ギルド幹部ガラディン、衛兵隊長モーエン。先代Bランク冒険者パーティーね」

「そうですね。個人としても強い彼らだからこその意見かもしれません」

「ありがと、まずは全員の意見を聞いてみる。行きましょう」


 颯爽と歩くルーティの後ろからついていくメグリアの表情から、いつの間にか大国ヴェロニアに対する恐怖心が消えていた。

 青くなっていた顔が、今は赤みがさし、不思議な高揚感を感じている。


(不思議な人だ)


 この新しいBランク冒険者は、無口で、表情が乏しく、何を考えているか分からない。強さだけは本物で、無茶苦茶な状況でも仲間のティファとたった2人で乗り込んですぐに解決してしまう。

 英雄リットや、アルベール、ビュウイと比べると、一見頼りなさそうだが、その強さはこれまでのBランク冒険者と比べても底が知れない。

 なぜかそれが、メグリアには不気味とも怖いとも思えない。その姿を見ていると、不思議と彼女ならきっと何とかしてくれると……そう思えてしまうのだ。


「今度のBランク冒険者……ルールさんは、ずっとゾルタンに居てくれるといいな」


 メグリアは、思わず自分の気持ちを小さな声で口に出していたことに気が付き、赤面したのだった。

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