1話 俺は真の仲間じゃないらしい
暗黒大陸を支配する憤怒の魔王タラクスンによる、アヴァロン大陸侵攻がはじまり3年。
たった3年で4つの国が滅ぼされ、大陸の半分は魔王の手に落ちた。
もはや人間達に為す術はないかに思われた……が、神は人を見捨てたりはしなかったのだ。
勇者誕生の預言。
そして防衛戦力もほとんど無かった地方の部隊を指揮し魔王軍の先遣隊を撃退した少女。
勇者ルーティ・ラグナソンは、『勇者の加護』という誰もが分かる証拠を持って王都に現れる。
王都を騒がす地下盗賊団との戦いと和解や、古代エルフの遺跡に眠る勇者の証を入手したなど様々な活躍によって、国王も少女が伝説の勇者であることを確信した。
そして勇者は人々の歓声と祝福と共に、世界を救う為に旅立ったのだ。
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勇者の故郷からも、魔王軍との前線からも、遠く離れた辺境の地ゾルタン。
水源こそ豊富だが南洋からくる嵐の通り道で、北と東は『世界の果ての壁』と呼ばれる未踏の大山脈に阻まれる。また湿地帯が広がる土地は、交通の便も悪く開発は遅々として進んでいない。
戦略的には何の価値もない土地だ。
ゾルタンは豊富な水源、嵐による河川の氾濫で養分を補給される肥沃な大地によって水はけの良い農耕地では種を蒔くだけでもある程度作物が取れる。しかし本気で農業に取り組んでも嵐ですべて吹き飛ばされることも多く、ここの人々は自然と怠惰で努力を嫌う性分が身についてしまった。
中央で働く人なら誰もが恐れる怠惰の地ゾルタンへの左遷。犯罪者ですら、ここでは稼ぎにならないと寄り付かない見捨てられた地。
ここにくる旅人は逃亡者か隠者か変人だ。
だが今の俺にとっては、こういう土地の方が合っていた。
「ヒヨス草3キロ、コクの葉2キロ、ホワイトベリーが1袋……」
冒険者ギルドの収集品買い取り窓口で、俺は採取してきた薬草をカウンターに載せる。
「いつもご苦労さまですレッドさん……合計で130ペリルですね」
受付嬢は手慣れた様子でテキパキと計量を済ませ、代金を俺に手渡す。
「またよろしくお願いします」
カウンターから離れた俺を見て、周囲の冒険者達はニヤニヤと笑った。
「ようレッド、また薬草採取かよ、たまにはゴブリン退治にでもいったらどうだ?」
「悪いか。俺はこれが性にあってるんだ」
「だがよぅ、いい加減、その銅の剣はかっこ悪いぜ。鋼鉄の剣くらい無きゃ冒険者として恥ずかしいだろ」
俺は肩をすくめた。
そりゃ馬鹿にされて良い気はしないが、あの時に比べればなんてことはない。
この冒険者達も軽口を叩いているだけで本気ではないのだ、彼らだって楽な依頼ばかりを受ける怠惰なゾルタン魂あふれる冒険者なのだから。
なぜこのような場所で冒険者をやっているかというと……俺が薬草取り専門冒険者になる前の話だ。
☆☆
昔、といっても1年もまだ経っていないのだが、俺は勇者のパーティーにいた。
あの頃の名前は、ギデオン・ラグナソン。
何を隠そう、勇者ルーティ・ラグナソンは俺の妹なのだ。
この世界で、人は生まれつき加護を持つ。その人が生きるべき道を示し、力を与えるために神が授けたものとされ、それゆえに加護と呼ばれていた。
加護から『戦士』や『魔法使い』といった種類に応じたレベルとスキルという力を与えられる。
俺は『導き手』という前例の無い加護だった。
その力は、初期加護レベル+30。
俺は生まれつきレベル31。
王国近衛騎士クラスのレベルを持っていた。
そりゃもうちやほやされた、実際6歳の頃からモンスター退治に出かけ、8歳の頃には騎士団にスカウトされた。そして18歳で副団長まで出世した。
妹が勇者だとわかると、人類希望の双翼など持てはやされたものだ。
ルーティと共に辺境での戦いを終え、魔王を倒すため王都を旅立つ時には、当然のごとくそのまま俺もパーティーに加わった。
少なくとも、あの時点では俺は妹より強かったし、王都で5指に入る騎士だった。勇者のパーティーに加わることを反対するものは誰もいなかった。
ただ1人同じくパーティーに加わった賢者アレスを除いては。
結局、アレスが正しかったのだ。
俺の加護は『導き手』。勇者の旅立ちを守るための加護。
勇者達のレベルが上がり、他の仲間が強力なスキルを身に付けていくにつれ、『導き手』の問題点が明らかになる。
勇者の加護であれば勇者用のスキルが、賢者の加護であれば賢者用のスキルが、戦士などありふれた加護であっても戦士用のスキルが用意されているのだが、導き手用のスキルは存在しない。
俺が選べるスキルは誰でも身に付けられるコモンスキルのみだった。
旅立ちのころは強かった俺も、次第に仲間に追いつかれ、追い越され、パーティーのお荷物になっていった。
俺の役割は、序盤未熟な勇者を助けるが、“中盤になる前に外れる仲間”だったのだ。
☆☆
「君は真の仲間じゃない」
魔王軍四天王の1人、土のデズモンドを激闘の末倒し、領主の館で祝賀会を行っていた時、俺は仲間の賢者アレスに外に呼び出されてそう言われた。
「どういう意味だ?」
「真の仲間とは、お互いに苦労を共有し、ともに戦える仲間のことだ」
「俺がそうでないと?」
「自分でも分かっているんだろう? ハッキリ言えば、君は足手まといだ。今回の四天王、土のデズモンドとの戦いだって、君はなにをしていた?」
「……俺も剣で戦っていただろう」
「いいや、君の剣はデズモンドにまともなダメージを与えられていなかった。なにより、デズモンドから君は無視されていただろう。範囲攻撃に巻き込まれることはあっても、君を狙った攻撃は一度も無かった」
たしかにそうだ。
俺はデズモンドから無視されていた。
「君は脅威とみなされていなかったんだ、なのに君は、君を狙ったわけでもない範囲攻撃程度を避けられずにいた。君が傷つけばルーティは君を助けようと回復させる。それだけでこちらは一手無駄にしていた」
「……それは」
「君の存在はルーティの重石だ。ただの足手まといよりなお悪いと思わないか」
「俺だって少しでも役に立てるよう努力してるんだ」
「努力? 馬鹿なのか君は」
「なに!?」
「努力しているというのは成功した理由にはなっても、足手まといの言い訳にはならない。努力しているから足手まといでいることを許してくれだと? 自分勝手なやつめ! やはり君は真の仲間ではない!」
何も反論できなかった。
潮時かもしれない。そう思ってしまった。
ずっと考えてきたことだ……今日がその時なのか。
「だが俺はバハムート騎士団副団長、足手まといだと言われて帰ってきましたでは騎士団の名誉に傷がつく……」
「世界の危機を前に騎士団の名誉か、ふん」
「だから俺はこれから単独で魔王軍の様子を探ってくる……そして戻ってこなかった。そういうことにしてくれ」
「なるほど、いいだろう。口裏合せはしてやるよ」
「……助かる」
俺はうつむきながら立ち去ろうとした。
「おい」
それをアレスが呼び止める。
「装備は置いていけよ、それは俺たちが手に入れたものだ」
「…………」
俺は腰に差した宝剣『サンダーウェイカー』、精神防御の指輪、身かわしのコートなど装備をすべて外し、アレスから僅かな路銀と安物の銅の剣を受け取り、立ち去る。
だが未練があった。
翌日、パーティーから離れる前にもう一度だけ妹の顔を見たくなった。
お兄ちゃん、お兄ちゃんと俺に懐いていた妹。
もちろん、今は俺の方がずっと弱いのだが、それでも妹がこれからは1人でやっていくのかと思うと、心配だったし、それに……俺がいなくなることで取り乱してはいないかと……期待していた。
だが……こっそり窓から覗いた俺の目に飛び込んできたのは、アレスに肩を抱かれる妹の姿だった。
「なんだよ……そういうことか」
もう俺は必要ない。それがハッキリと分かった。
あいつの言うとおり、俺は真の仲間ではなかったのだ。
畜生、なんだかまた涙がでてきたな。
もうお前にお兄ちゃんは必要ないとは思うけど、それでもたまに思い出してくれると嬉しいな……とか情けないことをブツブツつぶやきながら、俺は朝のうちに町を抜け出したのだった。
それから俺は名前をレッドと変え、薬草取り専門の冴えない冒険者として、この見捨てられたゾルタン地方へと流れてきたのだ。
☆☆
「あんときは辛かったなぁ」
1人になるとそりゃもう、男のくせにめそめそ泣いてしまった。
パーティーを追い出されて、しばらくは何もやる気が起きず、滞在した町の近くを騒がせていた盗賊団をテキトーに倒してお金を奪い、1ヶ月ほど馴れない酒に逃げ、飲んだくれていた。
だがそのようなことをしては目立つ。
もし俺の正体がバレてしまえばお世話になった団長や領主様にとんでもない迷惑がかかるだろう。
そこで気合を入れ直し、俺は冒険者レッドとして辺境ゾルタンまで旅をし、ここであたらしい夢を持つことにした。
「このゾルタンで薬草屋を開業して悠々自適にスローライフする! 俺には戦いの才能はないんだ、これからは平和に暮らす!」
妹のことは心配だが、妹より弱い俺が心配しても仕方がない。
俺はどうせ真の仲間じゃないのだから、魔王のことはあいつらに任せて、これからは自分のために生きることにする!
そのためにも薬草採取の依頼でお金をためつつ、季節毎の薬草の分布を自分用の地図に書き込んでいた。